銀座四丁目の交差点を見守るSEIKO HOUSE時計塔(旧・和光本館)。毎日たくさんの人が見上げるこの時計塔には、実は知られざるエピソードや緻密なこだわりがたくさんあります。思わず誰かに話したくなる、時計塔のトリビアをお届けします。
1954年公開の映画『ゴジラ』に登場した銀座四丁目の時計塔。あれこそが、現在のSEIKO HOUSE(旧・和光本館)の時計塔です。ゴジラが初めて東京に上陸した作品の名場面として、今も多くの人の記憶に残っています。そして2026年11月3日には、シリーズの新作『ゴジラ-0.0』が公開されます。
実はこの1954年は、本物の時計塔にとっても特別な年でした。6月10日の「時の記念日」から、学校のチャイムでおなじみのウエストミンスター式チャイムのメロディーが鳴り響くようになったのです。つまり、スクリーンの中で時計塔が注目を集めたのと同じ年に、本物の時計塔ではチャイムの新たな歴史が始まっていたんです。ここからは、そんなSEIKO HOUSE時計塔のトリビアを紹介します。
1954年に公開された『ゴジラ』のワンシーン。SEIKO HOUSE時計塔(当時の和光ビル)は近年公開された『シン・ゴジラ』や『ゴジラ-1.0』にも登場しています。
SEIKO HOUSE時計塔の歴史は、1894年に完成した初代の時計塔から始まります。現在の時計塔は2代目で、1932年6月に完成しました。設計は渡辺仁建築工務所、様式はネオ・ルネッサンス様式です。2032年には、2代目(現在の時計塔)の完成から100年を迎えます。
1932年、2代目時計塔完成当時の写真
毎日午前8時~24時までの毎時0分(以下、正時)に鳴ります。
チャイムは正時の45秒前から鳴りはじめ、ちょうど正時を迎えた瞬間に鳴り響く「第1打」こそが、ぴったり時刻を知らせる合図となっています。
SEIKO HOUSE時計塔のチャイム
時計塔の高さは9.09mで、3階建ての住宅とほぼ同じ高さです。避雷針(8m)も含めると17.09mになります。地上から屋上までの高さは30.30mなので、地上から時計塔の頂部までは39.39mに及びます。
あまり知られていませんが、時計塔の文字盤は4面にあり、ほぼ正確に東西南北を向いています。
SEIKO HOUSE時計塔の文字盤は、直径2.4mです。交差点から見上げると小さく見えますが、実際には一般的な住宅の天井と同じくらいの高さがあります。長針は1.17m、短針は0.75mあり、4面すべてが同じ大きさとなっています。
※セイコーミュージアムでは文字盤の原寸大レプリカを間近でご覧いただけます。
文字盤のすぐ下や窓の周囲をよく観察してみると、ブロンズ(青銅)で作られた美しいアラベスク(唐草)模様の装飾が施されています。交差点から見上げるときは、文字盤だけでなく、こうした細やかなレリーフにもぜひ注目してみてください。
SEIKO HOUSE時計塔の正確さを支えているのは、毎月の保守点検です。一般的な街の設備時計の点検は年に1回程度と言われているため、かなり手厚い頻度なんです。
毎月の点検では約3時間かけて、チャイムの音質や音量、停電時に時計専用の蓄電池へスムーズに切り替わるか、モーターの回転音や発熱に異常がないかなど、200項目以上を確認しています。
さらに、4月と10月には深夜に約6時間かけて、歯車への潤滑油の補給など、より細かな点検も行っています。こうした管理・点検を担っているのは、セイコータイムクリエーション株式会社です。
実は、現在の2代目時計塔が完成した1932年から、毎日熟練の技術者が見回り、ちょっとした進みや遅れも見逃さずその都度修正していたため、当時から1分のずれもありませんでした。今はGPSで自動的に時刻を合わせていますが、アンテナの破損や電波の受け取りにくさ、バックアップの仕組みが正しく働くかなど、人の手による確認は欠かせません。こうした点検のおかげで、今まで1分もずれることなく動いてきたのです。
SEIKO HOUSE時計塔の外装にはすべて天然石が使われており、1〜2階は岡山県産の万成石(御影石の一種)、3階以上は別産地の御影石が使用されています。2代目時計塔への建て替え工事の途中で関東大震災が起きたことを受け、火災や地震に耐える堅牢な構造を目指して再設計されました。
外壁の点検は年に2回、ゴンドラに乗って行われます。約1週間を要するこの作業では、専用のハンマーで外壁を軽く叩きながら壁の状態を確かめます。叩いたときの音の違いを聞き分けることで、外からでは分からない石の浮きやはがれがないかを確認し、もし傷んでいる箇所が見つかった場合は丁寧に取り除いて安全を保っています。
SEIKO HOUSEの屋上には「スカイガーデン」が広がっていますが、残念ながら普段は非公開となっています。
しかし、ブライダルイベントや、子どもたちが「時」について学ぶ「時育」の日時計教室など、特別な催しの際にはイベント参加者や限られたお客様向けに開放されることがあります。
「時育」のわくわく日時計教室では、子どもたちが工作した紙製の日時計で時間を計る実験や、記念撮影などを行っています。
1932年の2代目時計塔完成当時から見た目は変わらないものの、時計の内部は進化を続けてきました。1894年の初代からの歩みを年表で振り返ってみましょう。
| 西暦 | 出来事 |
|---|---|
| 1894年 | 初代時計塔が完成。時計はスイス製の重錘式。服部金太郎の強い希望で、建物の屋上に設置された |
| 1923年 | 2代目時計塔の建設中に関東大震災が起き、工事が中断 |
| 1932年 | 2代目時計塔が完成し、6月10日の「時の記念日」に落成式。時計はドイツ製の振り子式 |
| 1947年 | 服部時計店の小売部門を受け継いで、株式会社和光が設立 |
| 1952年 | 12月、和光がこの地で正式に営業を開始 |
| 1954年 | 6月10日の「時の記念日」から、ウエストミンスター式チャイムのメロディーを時打ちの鐘と共に鳴らし始める |
| 1966年 | 時計をセイコー製のクオーツ方式に切り替え(その後も時代に合わせて最新のクオーツに変更) |
| 1992年 | 短波の標準電波(JJY)による時刻修正を導入 |
| 2002年 | 電話回線による時刻修正(テレホンJJY)に変更 |
| 2004年 | GPSによる時刻修正を導入 |
| 2009年 | 経済産業省「近代化産業遺産」に認定 |
| 2022年 | 完成から90年。建物を「和光本館」から「SEIKO HOUSE(セイコーハウス)」に改称 |
現在のSEIKO HOUSE時計塔は、「うるう秒」の調整にも自動で対応できる仕組みを備えています。外から見つめる優美な姿は昔と変わりませんが、その内部では時代ごとの最先端技術が常に正確な時を刻み続けているのです。
SEIKO HOUSE時計塔の中身は時代とともに新しくなり、人の手で守られてきました。こうした技術と人の手が裏側にあるからこそ、90年以上変わらない姿で時代を超えて愛される銀座のシンボルになったのです。
外の姿を変えずに、中身を更新し、人の手で守り続ける。2032年に2代目の完成から100年を迎える時計塔は、これからも銀座に時を告げていきます。2026年11月3日公開の新作映画 『ゴジラ-0.0』をきっかけに、本物の時計塔もぜひ見上げてみてください。
| 所在地 | 東京都中央区銀座4丁目(銀座四丁目交差点の角) |
|---|---|
| 完成 | 1932年6月(2代目時計塔) |
| 高さ | 時計塔9.09m(地上から時計塔の頂部まで39.39m) |
| 文字盤 | 4面、直径2.4m |
| 針の長さ | 長針1.17m、短針0.75m |
出典
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