写真 落合直哉
微生物を育て、物を作らせ、できたものを評価する。医薬品や新素材を生み出す「バイオものづくり」は、こうした工程の積み重ねで進みます。微生物に作らせるのは、たとえば医薬品の原料になるタンパク質です。
その現場を支えてきたのは、研究者の手作業と経験でした。同じ実験でも、人によって結果が変わることがあります。
理化学研究所とセイコーフューチャークリエーション(以下、SFC)による「理研-セイコー連携センター」では、この工程を機械に任せる装置の研究開発が進んでいます。
何を、どう自動化しようとしているのか。SFCの山田さん、作間さん、理化学研究所の渡邉さん、飯田さんに伺いました。
装置のお話を伺う前に、そもそもバイオものづくりがどういう工程で進むのかを教えていただけますか。
― (理研)渡邉さん:いま一番主流なのは「DBTLサイクル」と呼ばれる考え方です。
Design(設計)、Build(構築)、Test(評価)、Learn(学習)の4つを回して、どんどん良いものを作っていきます。設計して、作って、評価して、そこから学ぶ。その繰り返しです。
バイオものづくりは、設計・構築・評価・学習の4工程を繰り返して進む。このサイクルをいかに速く回せるかが鍵になる
4つの工程を、ぐるぐる回し続けるということですね。
― (理研)渡邉さん:はい。ポイントは、このサイクルをいかに速く回せるかというところにあります。
ただ、これまでのバイオ実験は、それぞれの工程が基本的に独立して行われていたため、各工程が自動化されたとしても、その間に人が介在してしまう状態でした。いま研究開発している装置は、2つ以上の工程を自動化し、それらをつなぐ、という発想から生まれています。
理化学研究所 渡邉さん。工程と工程のあいだに残る人の手が、自動化の壁になってきたと語る
最初に伺いたいのが、培養装置です。この装置は、DBTLサイクルのどこにあたるのでしょうか。
― (理研)渡邉さん:Build(構築)とTest(評価)の部分ですね。
微生物を育てて、物を作らせる。ここまでがBuildです。そのあとに、実際にどれだけ物ができているかを調べるTestが続きます。これまでは、この2つが別々の装置で行われていましたが、この装置は計測する仕組みそのものが組み込まれているので、いまどれだけ増えているのか、どれだけ物ができているのかをリアルタイムに計測できます。
装置の仕組みを詳しく見る
培養しながら、同時に評価もできるということですね。装置としてのこだわりはどこにありますか。
― (SFC)山田さん:フラスコを円運動させるだけだと、培養液が壁面を回るだけで空気が取り込めません。8の字に回してあげると、波がたって空気の取り込みが起こります。これで培養すると微生物の生育具合が良くて、往復振とうと比べて1.5倍ぐらい早く育ちます。
フラスコを「8の字」に振ることで空気を取り込み、微生物の生育を促す自律型微生物培養装置
振り方だけでそんなに違うのですね!ほかに、装置が自分で判断している部分はありますか。
― (SFC)山田さん:温度ですね。フラスコの温度を定期的に測定、フィードバックして一定温度に保っています。
微生物がどこまで増えたかも、培養液をサンプリングせずに分かります。微生物が増えると培養液が濁っていくのですが、そこに青色LEDの光を当て、散乱光の強さを捉えれば、どの程度濁っているのか、つまり微生物がどのくらい増えたのかが分かります。
あらかじめプログラムとして入力しておけば、微生物が一定量まで増えた時点で、温度設定を切り替えて培養液を冷やしたり、薬液を投入してタンパク質を生成させるきっかけを与えたりすることもできます。
実験者が培養液を夕方セットしておけば、翌朝には目的のタンパク質ができあがっているんです。
薬液を入れるところまで自動なのですね。
― (SFC)山田さん:装置にはポンプとチューブがセットされていて、そこから薬液を入れる仕組みです。
薬液まで自動で入れられると、外部からの菌の混入も防げます。培養中に他の菌が入り込むことを「コンタミネーション」といって、実験では一番嫌がられます。培養液に触らず観察できて、薬液も自動で入れられると、人が介在する頻度を下げることができます。
セイコーフューチャークリエーション 山田さん。培養から評価までを一台でこなす装置の仕組みを説明する
機械に任せることは、実験そのものの質にはどう効いてくるのでしょうか。
― (理研)渡邉さん:再現性が変わります。
業務上、人が長時間装置にはりついてサンプリングを続けるのは現実的ではありません。そのため、サンプリングするタイミングや、サンプルを分析装置へ運び、評価するタイミングには、どうしても人によるばらつきが生じます。そこを機械に任せれば、装置を常時モニタリングしながら、常に同じ基準でサンプリングから分析・評価まで行えるため、より安定したデータが得られるようになります。
バイオ実験は、経験の差が結果に出やすい世界です。そこを機械が引き受けてくれれば、誰がやっても同じところまで到達できると考えています。
もう一つの装置が、ピッキング装置ですね。培養装置とは、どうつながるのでしょうか。
― (理研)飯田さん:こちらはまだ開発段階なのですが、バイオものづくりでつくられたものや、その材料となるものを選別する装置です。たくさんの候補の中から、より良い性質を持つものを見つけ出し、それだけを選んで回収することができます。
バイオものづくりでは、機械部品とは異なり、つくられるものや材料の品質にどうしてもばらつきが生じます。そのため、たくさんの候補の中から、より良い性質を持つものを効率よく見つけ出し、選び取ることが重要です。選び取ったものが原材料であれば、次のBuildにつなげる。一方、バイオものづくりによってつくられたものであれば、別の視点からさらにTestしたり、その結果をLearnにつなげたりする。そうすることで、DBTLサイクルをより効率よく回していくことができます。
私たちの研究室では、「デジタルバイオ分析」という技術を開発しています。1センチ角ほどのチップの中に、直径3〜50マイクロメートル、つまり小さいものでは1ミリの約300分の1という微小な試験管が、最大100万個集積されています。そこに、タンパク質などの分子から微生物、さらにはヒトの細胞までを1つずつ分けて入れ、それぞれの性質を調べ、識別することができます。
では、100万個もの中から、どうやって「優秀なもの」を見つけ出すのか。そこで使うのが「光」です。優れた性質を持つものほど強く光る仕組みをあらかじめ組み込んでおけば、光の強さを見るだけで、どれが優秀なのかを見分けることができます。
100万個を同時に見て、上位10個を取ってくる。そういう使い方を想定しています。
理化学研究所 飯田さん。微生物を見分けるための装置開発を担う
装置の仕組みを詳しく見る
選んだあと、それを取り出すほうはいかがですか。
― (SFC)作間さん:ここが一番苦労しているところです。
つまむのに使うのはガラス管で、先端は1マイクロメートルしかありません。
ガラス管を動かす装置は0.1マイクロメートル単位で位置を制御できるのですが、ガラス管は1本ずつ微妙に曲がりが違うので、機械の座標だけでは先端が実際にどこにあるのかを判別するのが難しいんです。
そこでカメラでガラス管の先端を認識して、位置を補正しています。この画像認識技術と、機械を精密に動かす技術の組み合わせが非常に難しく、まだまだ精度を上げていかなければなりません。
ピッキングを担う機構。まだ研究開発の段階で、これから精度を上げていかなければならない
そもそも、これまではどうやって取っていたのでしょうか。
― (SFC)作間さん:人が目で見て、手で取っていました。職人技の世界です。
顕微鏡を覗きながら、狙った一つだけを外さずに取る。集中力がいりますし、慣れていない人だと、そもそも取れません。どんなに速くても数分に1個ですから、数をこなそうとすると相当な時間がかかります。
この装置ではいまは20秒に1個を目標にして、正確性を高めている段階です。速く、正確に。それを機械が担保できれば、誰がやっても同じ結果になります。そういう装置を目指していきたいですね。
セイコーフューチャークリエーション 作間さん。人の職人技を機械に置き換える難しさに向き合う
この2つの装置が完成すると、実験はどう変わるのでしょうか。
― (理研)渡邉さん:作業が速くなるのはもちろんですが、もう一つ大きいのは実験の記録がそのまま残ることです。これまでは、人が手を動かして結果をノートに書き留めていましたが、この装置なら、温度も、増え方も、いつ薬液を入れたかも、すべて自動で記録されます。
データが溜まっていけば、それを機械学習にかけられる。将来的に機械学習の仕組みも組み込めれば、DBTLサイクル全体がこの装置だけで完結することになります。
最初に伺った、設計・構築・評価・学習のサイクルですね。この装置1台で完結するのはすごいですね。
― (理研)渡邉さん:そうですね。ただ、実験全体で見れば一部分でしかありません。いまは培養装置とピッキング装置がそれぞれ独立して動いていて、装置と装置のあいだはつながっていません。
いろいろな装置と連携できるようにして、全体を全自動にする。それが、いまのところの夢ですね。
理化学研究所 渡邉さん。装置同士をつなぎ、全体を全自動にすることが次の目標だと話す
全体が自動でつながると、研究の現場はどう変わるのでしょうか。
― (理研)渡邉さん:一つの実験を回すのに必要な、人手と時間が大きく減ります。やってみたいと思いながら手が回らなかった実験に、取りかかれるようになる。研究の幅が変わってくると思います。
― (SFC)山田さん:私たちが掲げているのは「ラボDX」というテーマです。
これまで人がアナログでやってきた部分を、デジタルに置き換えて自動化していく。そうすると、どこでも誰でも実験ができる時代が来ると思っています。
しくみが確立すれば、バイオに限らず他の分野にも応用できる可能性もあります。アイデアさえあれば、誰でも実験結果を得られて、新しいものを生み出せる。そういう世界を目指していきたいです。
理研とセイコーの9名がチームを組み、バイオものづくりの自動化に挑む
理研-セイコー連携センターの立ち上げの経緯や、両者が連携する意味については、以下の前編でも詳しくご紹介しています。
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