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和光本店の入るセイコーハウスは現在、築94年。時代に合わせて用途や機能を更新し使い続ける「アダプティブリユース」を実践し、今も銀座の街を見守っています。

建物の良さを残しながら未来に繋げる思いについてお聞きした前編に続き、今回はより具体的に、リニューアルの手法や歴史についてお聞きしました。お話ししてくれたのは、デザインを担当する株式会社和光の武蔵さんと、同じく和光の奥田さんです。

今につながる18年前の大改修

2008年には300日間の閉館を伴う大規模な改修工事を行い、2022年に1・2階、2024年に地階、そして2026年に3・4階のリニューアルを終えたばかりですね。2008年の改修から現在に繋がっている点があれば教えてください。

― 武蔵さん:2008年は今回のリニューアルにもつながる大きな変革期でした。まず議論になったことは、この建物をこのままの姿で残すべきか否か、だったんです。結果的に「残す」判断がされ、免震構造を検証した上で、最終的に制振という工法で耐震性能を上げることになりました。

※制振:建築や構造物に振動や衝撃を和らげる装置を設置することで、地震などのエネルギーを吸収し、ダメージを小さくする技術のこと

2008年には他にも、安全性能と、静寂性や空調負荷を下げるための密閉性能の向上や、可能な限りのバリアフリーなど、時代が求める機能を一つひとつ更新していきました。設計にあたっても、竣工時の建築家・渡辺仁の哲学を読み解きながら、当時の考え方と現代の暮らし方を照らし合わせて、各フロアのデザインを決めていったんです。

「残す」といっても単なる保存ではなく、現代に生きる建築物として相応しいように、「更新」「復刻」「新規」という3つの対応を組み合わせました。これは、2026年のリニューアルでも同様に考えていたことです。

インタビューの様子 画像

再び解放された、明かり取りだった窓

2026年のリニューアルで開放された3・4階の窓について、2008年の改修はどのように影響してるのでしょうか。

― 武蔵さん:2008年には、耐震診断の結果、西側だけに構造補強を施し、ショーウインドウや窓がある方の外壁には補強を入れなくても安全性が成立する、と判断されました。この頃、各フロアの窓は什器などで塞がれており、ショーウインドウもシースルー(店内が外から見える形)ではなかったんです。

1932年の建築当初はまだ照明設備が未発達だったこともあり、元々この窓は、室内を明るくするための、明かり取りとして付けられていました。その後、技術の発達とともに窓を閉じても明るさが保たれるようになり、窓側は商品陳列や倉庫的に使われ、塞がれるようになっていったんです。

2020年にショーウインドウのシースルー化を行ったのですが、その時、清水建設の方から、実は2008年当時から「いつかシースルー化するかもしれない」という予見があったと聞きました。それもあって、安全性に問題がないなら窓側に構造補強を入れないことにしたそうです。もしあの時に鉄骨を入れてしまっていたら、シースルー化しても鉄骨が見えてしまうことになっていたと思います。

窓 画像

2008年に補強をしなかったことで、2026年には3・4階の窓が開放されることに。詳しくは前編もご覧ください

― 武蔵さん:補強は入れませんでしたが、2008年に全ての窓を変更しています。開閉可能な二重窓から、開けることができないフィックス窓となり、ダブルガラスにフィルムも入っているので、耐震性や遮音性が高まり、窓ガラスが割れて飛散するような危険も防げるようになりました。

その時から窓周りを活用しようという動きがありましたが、不十分であったところを、今回3・4階のリニューアルで思い切り開放できたので、とても良かったと思っています。

その意味で、先ほどお話した「更新」「復刻」「新規」のうち、窓は「復刻」だと思います。窓を開放したことで、3・4階は想像以上に銀座の街との一体感が出ました。この建物ができた1932年や、終戦を迎えP.X.(占領軍専用購買所)として接収された1945年は、どんな景色がここから見えたんだろうと考えると、感慨深いです。

時計塔のデザイン 画像

竣工年(1932年、昭和7年)の図面は現存しない。現存するのは昭和5年付けのもので、時計塔のデザインが現在とは異なる”幻の設計図”。階高は天井が高いが、上階はオフィスとするため低めで、基壇部・胴部・頭頂部という骨格によって、現在も建物を使い切れる構造の基盤が把握できる

時の厚みを物語る存在、伊達冠石

3・4階のリニューアルで残したもの、そして新たに加えたもの、それぞれの事例を教えてください。

― 武蔵さん:残したものとしては、天井ですね。2008年の改修時から、建築に付随する部分と内装を切り離して設計を考慮することになり、天井システムもその時、この建物の骨格や柱の太さといった固有のモジュールから割り出して設計されました。その時点で、何十年も使うことを想定して作られていますし、少なくとも今はまだこの天井を残すべきだと考えました。

でも全くそのままということでもなく、間接照明を加えたり、色温度も見直して照明は更新しています。

内装の様子 画像

― 奥田さん:加えたものの一つは、商品ディスプレイを兼ねた空間演出として、伊達冠石(だてかんむりいし)を使っていることです。黄土色や錆色の表面と、反対に、重厚な黒檀色が現れる内部のコントラストが独特な魅力をもった石です。伊達冠石でしか成し得ない表情や個性があり、フロアに存在することで、お客様にこの空間を感じてもらうきっかけになるような力があります。

3・4階のリニューアルで最大の特徴は窓際の回廊ですが、それとは別に、さまざまな要素があることで多様なお客様の興味や関心を引き、何よりも記憶に残るきっかけになると考えています。

リニューアル中は度々コスト面が重要な課題となりますが、3・4階のスタイルスクエアを特徴づけ、お客様の滞在時間をより豊かにするためにも、伊達冠石は必要だと考えました。

インタビューの様子 画像

― 武蔵さん:石という素材は、建築物のように人間が意図を持って作った物よりもずっと長く残るものです。伊達冠石も、古(いにしえ)の地殻変動によって2回も海底に沈んだ歴史があり、長い年月をかけて作られた素材です。3・4階は時間の蓄積を感じられる場所にしたいと思っていたので、時間の厚みや自然の力を象徴する存在として、伊達冠石を選びました。この建物自体、外側は石でできていますので、共鳴すると考えています。

希少な天然石・伊達冠石 画像

宮城県の伊具郡丸森町にある大蔵山のみで産出される希少な天然石・伊達冠石

変わらない外側と、更新を続ける内側

リニューアルを担当し、今後この建物が、どのくらい先の未来につながってほしいと思いましたか。

― 武蔵さん:2020年から取り組んできたリニューアルも一段落しましたが、建築当時の読み解きや、オリジナル部分をどう活かし切るかといった構想は、まだまだいろいろな可能性があると感じています。次がどのくらい先の未来のことなのか、今はまだ何も言えませんが、いずれ適切なタイミングがくるのでしょう。

この建物は、銀座の建築物が百尺(約30m)という高さで規制されていた時代に建てられたものです。1998年制定の「銀座ルール」によって規制が緩和され、周りには背の高い建物が増えてきました。このままだと、銀座でどこよりも小さい建物になってしまうかもしれません。それがいつの時代になるかは分かりませんが、銀座の象徴性やこの建物の存在感がどう変わっていくのかを見据えながら、現代でできることに配慮していきたいと思っています。

武蔵さん 画像

現在は6年後の建物100周年をどう迎えるべきか、「少しずつ思案している」という武蔵さん

― 奥田さん:私も次世代のことを考えることはあるんですが、その時の機運や、抱えているミッションによって、どこまで先の未来を見通して、何をすべきかという答えは変わってくると思います。何が最適なのかは、その時々でしっかり考え抜くしかないような気がするからです。

いい意味で、建物の外側は変わらないので、内と外の関係性を考え続けることは大事だと思っています。例えば、窓を塞いで倉庫にしていた時代はそれが最適でした。今はより、内と外の一貫性を重視して、一階の什器も建物に合わせてカーブしていたり、銀座の街との繋がりを考慮しています。銀座ならではの、歩道を歩きながら自然に立ち寄っていただけることを意識して、その時々に最適な表現を落とし込んでいきたいです。

インタビューの様子 画像

普段は“銀座の顔”とも言われる、ショーウインドウのデザインを担当するおふたりに、建物を残しながら繋ぐ思いについて聞いた前編もぜひご覧ください

リニューアルに込められた想いはこちら
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