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猛暑や激しい寒暖差、突発的な豪雨といった気候変動は年々深刻さを増し、農業の現場にも変化をもたらしています。長年培われたノウハウによって支えられてきた農業ですが、近年の急激な変動を前に、従来のやり方だけでは対応しきれない場面が増えています。

こうした課題に向き合い、経験と勘だけに頼らない農業を支える仕組みとして開発されたのが、セイコーインスツルの農業ハウスモニタリングサービス「健農くん」です。

ビニールハウス内の温湿度などを測定し、スマホで簡単にモニタリングできるサービスです。センサーはIP67準拠の防塵防水性能、ワイヤレス設計、そして10年間電池交換不要。アプリは誰でも使いやすいよう簡単な操作にしました。健農くんはどこまでも農家の声に寄り添い、未来を見据えて開発しました。

その開発プロセスや思いについてお話を伺いました。

「健農くん」導入農家インタビューはこちら

齋藤 修平さん、同 藤原 秀広さん

お話を伺った2名。左から、セイコーインスツル株式会社 WSN部 ソリューション開発課 齋藤 修平さん、同 藤原 秀広さん

無線で丈夫、10年計測を続ける「健農くん」

健農くん

本日は「健農くん」の温湿度センサー(写真左)と、LTE通信に対応した親機(写真右)をお持ちいただきました。どのように利用するものなのでしょうか?

― 藤原さん:センサーが温度と湿度を測定し、1分に1回の頻度で親機にデータを送信します。サーバにアップロードされ、スマートフォンからリアルタイムで確認できる仕組みです。1台の親機につき100台以上のセンサーを接続可能で、現在は温湿度センサー以外にも、CO2センサー、照度センサーなどのラインアップを展開しています。

高い防塵防水仕様も特徴的ですね。

― 藤原さん:はい、IP67準拠という極めて高い防塵防水性能を備えています。土埃や水に日常的にさらされる現場でも安心して使っていただけるよう、75ミクロンレベルの微粒子の侵入を防ぎ、たとえ水没しても浸水しないレベルの防水性能を確保しました。設計には、腕時計の防水設計を担当していたエンジニアも関わっています。

健農くん

先端の白い部分で温度と湿度を計測

健農くん

紐やフックでぶら下げるだけで、任意の場所に設置できる(撮影:番正しおり)

精密で堅牢なつくりには、セイコーならではの技術が凝縮されているのですね。紐で吊り下げて設置するというスタイルもユニークです。

― 藤原さん:ハウス内にはワイヤーや金属フレームが通っていることが多いので、設置場所に困ることはありません。

また、作物には「成長点」と呼ばれる重要な部位があり、その近辺の環境を把握することが非常に大切と言われています。成長に合わせて最適な高さで測定できるよう、位置を調整しやすい吊り下げ方式を採用しました。

バッテリーはどのような仕様なのでしょうか?

― 藤原さん:リチウム一次電池で1分に1回のデータ送信を行っても10年間は電池交換なしで動作し続けます。低消費電力には特にこだわりました。

10年間動き続けるのは非常に心強いですね。これほど長期間、使い続けられるのは大きな安心感に繋がりそうです。

セイコーインスツルが農業に取り組む理由

藤原 秀広さん

藤原 秀広さん

なぜセイコーが農業用のモニタリングシステムを開発することになったのでしょうか?

― 齋藤さん:セイコーインスツルは長年にわたり、高精度・低消費電力の製品や、信頼性の高い無線通信技術を磨き、さまざまな社会インフラを支えてきました。「過酷な環境でも壊れず、目に見えない環境データを可視化する力」は私たちの大きな強みです。

実際、この温湿度センサーの技術は、商業施設や映画館など、すでに幅広い分野で活用されています。

「安定的にデータを集め可視化する」という技術が、すでに社会の至る所で活躍していたのですね。

― 齋藤さん:その強みを農業分野でも活かせるのではないか?という発想から、農家の方々へのヒアリングを始めました。現在、農業の現場では人手不足や高齢化に加え、気候変動に伴う不作や収穫量の低下が深刻な課題となっています。

そこに私たちの技術を役立てたいと考えました。

齋藤 修平さん

齋藤 修平さん

― 齋藤さん:私たちの技術でハウス内の環境を「可視化」できれば、それを判断材料として役立てていただけるはず。いわば「農業の健康診断をしませんか?」というコンセプトです。だから、サービス名も「健農くん」と名付けました。

健康診断を行うことで、なんとなく感じていた不調が数値として現れ、対策が打ちやすくなる。だからこそ、環境の「見える化」に価値があるのですね。これまでも農業のIoT化は進んでいたのでしょうか?

― 齋藤さん:多くのメーカーから多くのセンサーが発売されています。しかし、ヒアリングを重ねる中で現場のリアルな課題も見えてきたんです。

たとえば「電源やネットワークが有線で、足を引っかけて線が抜けてしまう」「同じハウス内でも場所や日当たりによって温度が異なるのに、1箇所しか計測できない」といった声です。そうした「現場の困りごと」を解消するために、無線で多数設置できる「健農くん」の仕様が固まっていきました。

ハウスの色々な場所で環境を測定する。まさに健康診断ですね。

作物にダメージが出る前に、先回りして対策する

実際にどのような農家の方々に利用されているのでしょうか?

― 藤原さん:野菜や果物、花き(かき)など、多岐にわたります。なかでも発売時期が重要となる作物、イチゴ狩り需要に向けて調整が必要なイチゴ農家さんや、母の日に合わせてカーネーションを出荷する花き農家さんなどからはより正確な温湿度や照度、CO2の管理が求められるため、高い評価をいただいています。

また、ハウス内には空調設備がありますが、もし冬場にヒーターが止まれば、作物の成長が停滞したり、開花が遅れて出荷できなくなったりと甚大な被害が出ます。そうしたトラブルを「健農くんの数値を見て察知でき、とても助けられた」というお声もいただきました。

健農くんの利用イメージ

健農くんの利用イメージ

― 齋藤さん:一度のトラブルが大きな損失に直結しないよう、スマートフォンでアラートを鳴らす機能も追加しています。これは農家さんの「異常があれば、寝ている間でも叩き起こしてほしい」という要望から生まれた機能です。
近年は夏場にハウス内が40度を超えたり、冬の朝5時に凍えながら見回りに出たりといったお話もよく耳にします。
そのような過酷な環境下で、点在するセンサーを一つひとつ見て回るのは、体力的にも精神的にも大きな負担です。自宅にいながらスマートフォンでハウスの状態を確認できることは、日々の暮らしの安心にも繋がっているようです。

杉山圭一さん

神奈川・平塚でイチゴ農家を営む杉山圭一さん。イチゴを栽培するハウス内の気温や湿度、CO2濃度などの計測に「健農くん」を導入している。「気温や照度はもちろん、イチゴの収量アップに炭酸ガスを使うので、CO2が計測できるのもいいですね。炭酸ガスやハウス内の暖房に使う燃料の抑制にもつながっています。」(撮影:番正しおり)

現場の声で機能をアップデート

他にはどのようなリクエストがありましたか?

― 齋藤さん:実は農家さんによって「時間帯の定義」が異なることがわかったんです。つまり、日の出直後を「朝」とするのか、あるいはもっと早い時間帯を指すのか、栽培品種や作業スタイルによってずれがあったんですね。そこで、アプリ上で朝・夕方・夜の時間帯をカスタマイズできる機能を追加しました。

まさに現場ならではの気づきですね。

― 齋藤さん:ほかにも、天候情報を知らせる機能についてご意見をいただき、そこで、多くの農家さんが活用している「ウェザーニュース」の気象データをシステムに統合しています。

藤原 秀広さん

― 藤原さん:現在はハウス周辺1km四方のピンポイント予報で、1時間ごとの天気を把握できるようになりました。

「気温低下の予報、近くにいるスタッフに対応を依頼できた」「正確な予報がわかるので、安心して作業できるようになった」といったお声もいただいています。

― 齋藤さん:こうした農家さんでもまたデジタルツールに馴染みのない方もいらっしゃいますから、アプリの画面が直観的に分かりやすいことを強く意識しました。

具体的には、視覚的に分かりやすいよう観測結果を大きく表示したり、一歩踏み込んで「作物が病気になりやすい環境条件」を検知した際にアラートを出す機能を実装しています。主要な病害虫をカバーしていますが、農家さんご自身でアプリ側から条件を更新・追加することも可能です。

勘や経験が数値化され、より使い勝手のよいものに改善されていく。非常に良いサイクルが生まれていますね。

健農くんの利用画面

健農くんの利用画面

日本を支える農業を未来につなぐ

齋藤 修平さん

今後、追加を検討している機能はありますか?

― 藤原さん:土壌の環境を可視化できる「土壌センサー」への対応を進めたいです。私たちにとっても新しい挑戦ですが、現場で必要としている方々の声に後押しされ、現在企画を進めています。今後は「土の中」まで可視化の範囲を広げていきたいですね。

現在の健農くんデバイス

現在の健農くんデバイス

ハウス内の環境が、より立体的に可視化されていくのですね。設備自体も自動化する大規模な「スマート農業」とは、異なるアプローチのようにも感じます。

― 齋藤さん:今ある設備に、後付けで簡単に導入できることが「健農くん」の大きなメリットです。日本の農業の土台を支えている方々に寄り添い、資金的にも技術的にも、日常的に扱いやすいものをお届けしたい。私たちの無線センサー技術を通じてこの先も農業が持続できる社会を支えていきたいですね。

― 藤原さん:「健農くん」は、どこまでもお客さま目線のサービスです。「こういう製品が欲しかった」という現場の声に応える形で、今日まで進化を続けてきました。

データを通じて過去の経験をより確かなものとして活かせるようになれば、将来的な農業の間口を広げることにも繋がるはずです。

農業に挑戦するハードルも下がりそうですね。伝統的な農業の知恵と、これからを担う世代の間を「健農くん」というテクノロジーがつないでいく。そんな未来が見えた気がします。

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