写真 落合直哉
企業のサプライチェーン全体における間接的な温室効果ガス排出量「Scope3」。サステナビリティ開示基準(SSBJ基準)に基づき、2027年3月期から対象企業における情報開示が段階的に始まっています。しかし、多くの企業で総排出量の大半を占める「Scope3」は、対象となる品目が多岐にわたるため、担当者にとって大きな負担となっています。
こうした課題に対し、セイコーソリューションズ株式会社は、環境データを継続的かつ効率的に管理するための基盤として「Scope3排出量算定ツール」の提供を開始しました。このツールは、煩雑なデータ処理と環境情報開示をどのように変えるのか。本ツールの企画から販売までを一貫して担当している、DXソリューション本部 戦略ビジネス部長の三好さんに伺いました。
Scope3の算定においてどのような課題がありますか?
― 三好さん:Scope3算定において担当者が抱えている課題は、大きく分けて3つあります。
1つ目は「算定作業自体の難易度が高いこと」です。算定はまず元データを集めるところから始まります。調達なら購買システム、出張であれば交通費精算と、算定項目によってデータの出どころもファイル形式もバラバラ。そこから、必要な項目を取り出して単位を揃え、適切な品目や排出原単位(活動量あたりの温室効果ガス排出量をCO2換算で示す係数)を割り振ります。数万件から数十万件に及ぶ件数を思えば、この割り振りを1件1件手作業で進めるのは一苦労です。その負担を減らそうと、自前でExcelマクロを組んだ結果、かえって入力の手間が増えてしまったといったケースもあるようです。
2つ目の課題は「作業に使える期間の短さ」です。算定に使用する会計データが確定するのは、決算を締めた後。3月決算の企業であれば、動き出せるのは4月に入ってからです。さらに、6月頃に有価証券報告書での開示を目指すとなると、作業できるのは実質3か月程度しかありません。短期間かつ少人数で、社内外からデータを集め、整形・算定して、開示までやり遂げる。そのうえで算定データの質も追求するのは神業に等しいのです。
そして3つ目の課題が、分類の判断が個人に依存する「属人化」です。たとえば、業務用に革製のペンケースを購入した場合、品目は「文具」にも「革製品」にも分類できてしまいます。こうした場合の判断は、各社で定めたルールに則ることが多いですが、細やかな判断はどうしても経験によります。このように、判断が特定の人に依存すると、担当者が異動・退職する際の引き継ぎも大変です。実際、企業様から「担当者の退職後、計算過程がブラックボックス化し、算定結果のファクトチェックができない」といったご相談を受けたこともありました。
このように、作業の難易度と期間の短さ、属人化が重なり、算定担当者は日々、限られた人数・時間のなかで膨大な判断を積み重ねています。
そうした課題はどこから見えてきたのでしょうか?
― 三好さん:きっかけは、Scope3算定にかかる大きな負荷が、社内でも課題として顕在化していたことでした。算定における課題は、セイコーグループだけにとどまらず、日本企業が直面しているもの。そこで、DXの力で改善できないかという想いから、「Scope3 排出量算定ツール」の開発に踏み切りました。
「Scope3 排出量算定ツール」は算定担当者にとってどのような点で助けになりますか?
― 三好さん:一番のメリットは、膨大な件数の分類をAIがまとめて引き受けるため、工数が削減できることです。担当者が行う作業は、データ入力と結果のダブルチェックのみ。入力データを基に、AIが算定項目を自動判別し、排出原単位の紐付けから排出量計算までを一貫して処理します。
購買データ等をAIが排出原単位に仕分け・計算し、システム連携や報告書データとして活用できる
算定結果のダブルチェックの際、確認すべき基準を見極めるのに技術が必要になりますか?
― 三好さん:特別な技術は必要ありません。担当者が確認すべきデータを効率的に見極められるよう、AIによる判定結果の確からしさを確認できる機能も備えています。優先順位をつけることで、膨大な算定結果を一律に確認するのではなく、必要な箇所に重点を置いて精査できます。
算出結果の補正画面。品目や排出原単位の確からしさを「信頼度」として確認できる
「Scope3 排出量算定ツール」は、セイコーグループが従来扱ってきた商材とは領域が異なるかと思います。セイコーソリューションズがこのツールを手がけることにどのような意味を見出しておられますか?
― 三好さん:温室効果ガス排出量の算定という分野は、当社にとって新たな挑戦でした。しかし領域は違えど、“精密で信頼性の高いサービスを提供する”という姿勢は同じ。長年お客様にご愛顧いただき、信頼をいただいている分、その期待に応えるものを提供したいという想いで、プロジェクトに取り組んでいます。
Scope3算定では、担当者によって判断が分かれるケースも少なくありません。だからこそ重要なのは、一貫した基準で再現性高く、継続的に算定できる仕組みを整えることです。システムであれば膨大なデータも同じ基準で処理することができる。そこに、幅広いITソリューションを手がけてきた当社の知見が活きていると感じています。
ものづくりで培った「IT技術」と「精度にこだわる姿勢」が、AIの出力を人があらためてから確定させるという設計にも表れているのですね。
― 三好さん:その通りです。お客様のお困りごとを少しでも解消できるよう、「今ある機能以上のことはできません」とは極力言いたくありませんでした。
そこで、お客様の要望に合わせて必要な設定を足していける、カスタマイズ性の高い設計にしています。運用のなかで学習データとルールを蓄積し、過去の算定結果を学習させる。それにより、排出量の増減を簡単に比較することができ、どの領域・フェーズでの排出量を削減できそうかといった削減計画を立てやすくなると考えています。もちろん、購買データや会計データといったお客様の機密データを保護するため、お客様ごとに学習エンジンを分け、保存領域を分離する設計とするなど、セキュリティ対策にも万全を期しています。
その他にも、「固定ルール」を設定できる機能や、独自の排出原単位を登録できる機能、単位を一括で変換できる機能など、算定担当者様の作業負担を削減するためにさまざまな工夫を施しています。
「精度にこだわる姿勢」は、ツールの導入プロセスにも反映されていると感じています。ツールをお渡しして終わりではなく、お客様の課題に寄り添い、共に伴走することを心がけているんです。データの形も処理フローも企業によって異なるため、状況をヒアリングしながら算定プロセスの整理から支援させていただくことが多いですね。
ホーム画面では月別のCO2排出量を前年と比較しながら確認できる
このツールによって、算定担当者の業務はどの程度改善されるのでしょうか?
― 三好さん:当社の見立てでは、2〜3年継続していけば、手作業での対応時間を9割程度削減できると見込んでいます。件数にもよりますが、実際にデータをインポートしてから算出結果が出力されるまでのスピードは、データの整形さえすれば数秒〜数分程度になります。
また精度面では、件数の多さからこれまでチェックしきれなかった箇所も可視化できるため、分類精度は80%程度向上すると考えています。
すでに導入を検討されている企業からは、どのような反応が届いていますか?
― 三好さん:ありがたいことに、導入のお問い合わせは増加しています。気候変動への対応が制度として求められる以上、算定業務がなくなることは考えづらい。だからこそ、無理なく長期的に継続できるよう、フローや手段を整備していきたいという企業様が増えてきたのではないでしょうか。
お客様から特に評価いただいているのは、排出量が算出されるまでの速さ、そして算定の過程がデータとして残るため、検証を進めやすいことです。入力したデータにどのルールと排出原単位が適用され、その結果どのような数字が出力されたのか。その過程を順を追ってご説明できる点に、納得いただいているように思います。
このツールを通じてどういった未来を実現していきたいと考えておられますか?
― 三好さん:多くの算定担当者の方々は、中小企業を中心に算定に人手を割く余裕がなく、苦労されています。本来、Scope3算定の目的は、算定そのものではなく、排出削減計画を立てて実行することであるはずです。ぜひ企業様にこのツールを使っていただき、算定を効率化し、本来注力すべき削減施策の検討・実行に時間を振り向ける企業様が増えていけば嬉しいです。どのような企業でも無理なく算定できる仕組みを整えていけば、サプライチェーン全体での温室効果ガス削減に繋がっていくと信じています。
将来的に目指したいのは、制度対応のために払うコストではなく、企業の将来を支える重要な業務システムとして認知いただける状態です。購買や会計、営業支援用のシステムが長年活用されているように、非財務の環境データにも情報基盤が必要です。その一役を担えるよう、お客様のご要望をヒアリングしながら、脱炭素経営の推進に、貢献していきたいと考えています。
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