取材・執筆:淺野義弘
編集:友光だんご
2026年4月現在、日本橋の上空を走る首都高速道路(以下、首都高)を撤去し、地下へと移設する国家規模のプロジェクトが進んでいます。開通から60年以上が経過し、構造物の高齢化や交通量の多さから過酷な使用状況にある首都高の「長期的な安全性の確保」と「日本橋周辺の景観再生」を目的とした長期プロジェクトです。
出典:首都高速道路株式会社,事業の概要,
https://www.shutoko.jp/ss/nihonbashi-tikaka/overview/,参照日2026.4.13
一般に、オープンスカイでの工事現場ではGPS測量が欠かせません。しかし、現役の高速道路の下では衛星からの電波が届きにくく、GPS測量では正確な位置を測ることができないという課題がありました。そこで活用されているのが、セイコーの「Chrono Locate®(クロノロケート)」です。
担い手不足や建設費の高騰といった課題に直面する建設業界では、生産性を飛躍的に向上させる取り組みが業界全体で進められています。その一つとして活躍が期待される「Chrono Locate®」について、大成建設との実証実験で明らかになった成果と可能性を掘り下げるべく、大成建設の大谷氏、佐野氏、そして技術を開発したセイコーの磯谷氏にお話を伺いました。
建設現場における位置計測の現状と課題について教えてください。
― 大谷氏(大成建設): 建設現場での測量は長らくトータルステーション(レーザー光を用いてミリ単位の精密測量が可能な機器)やGPSによる位置測位技術に支えられてきました。当社ではヒューマンエラーなどによる測量ミスを防ぐため、主たる測量方法と異なる手法で測量結果を確認する「ダブルチェック」をルール化していますが、これは結構手間のかかる作業でもあります。GPS測量で座標を確認できれば比較的容易に大きなミスを発見できますが、GPSが使えない現場では、手間のかかる方法を用いなければなりません。
― 佐野氏(大成建設): 私が担当する日本橋の現場は、まさにその「GPSが使えない最難所」です。上空は首都高速道路に覆われ、さらに両側をビルに囲まれた河川上という条件も重なり、GPSの電波が届きません。以前実施した測量調査ではGPSが届く場所まで船を移動し基準となる位置を得る必要があり、本来の測量調査に入るまでに大きな手間がかかっていました。
こうした課題を解決するために採用されたのが、セイコーの「Chrono Locate®」ですね。どのような技術なのでしょうか?
― 磯谷氏(セイコー): 衛星からの電波が届かない場所でも、デバイス同士が連携して正確な位置を割り出す、いわば「地上版GPS(ローカルGPS)」とも呼べる仕組みです。
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)の研究成果を活用し、セイコーの技術で実用化したこのデバイスは、機器同士を100m以上離しても正確に計測できるため、設置コストが低く、高架下のような環境での運用にも適切と考えられました。
「Chrono Locate®」を初めて知った時の第一印象はいかがでしたか?
― 大谷氏:最初に「開発目標としてミリ単位の精度を目指す」と聞いた時は驚きました。杭やコンクリート構造物の建設には非常に高い測量精度が求められます。そのため、この技術なら、地下空間のようなGPSの「死角」でも、高精度かつ容易にダブルチェックが行えるのではないかと直感しました。また、高さ方向(Z軸)の精度が高い点も、GPSと比較して大きな優位性だと感じました。
― 佐野氏:「ついに来たか」というのが率直な印象です。都内の河川工事では20年以上前からGPSが使えない場所が多いことに悩み続けてきましたから。また、セイコーさんの持つ精密な時刻同期技術が、距離の計測に応用できるという説明を聞いて、非常に納得感がありました。
実証実験では、首都高の下に「位置情報の基準となる基準局」を12カ所設置し、日本橋川を行き来する作業船が、自分の位置を正確に把握できているかを確かめる試験を行いました。また、川底の土砂を取り除く船のショベル(バックホウ)の運転席と車体後部に移動局を設置。船の上でショベルが回転したときに、同時に上下方向にも動揺している移動局の向きや動きを正しく読み取れるかをチェックしました。
ショベルを載せた船の2カ所に移動局を付け、位置関係を計測する
今回の実証実験で、具体的にどのようなメリットを感じましたか?
― 佐野氏: 圧倒的な効率化です。以前実施した測量調査はGPSを受信できない状況だったので丸2日かかってしまいましたが、この技術を使えば半日程度で完了する可能性が見えました。
また、タブレットで位置をリアルタイムに把握できるため、目視や勘に頼らない正確なオペレーションが可能になります。さらに、現地における判断だけでスムーズに船を動かせますし、離れた場所からでも安全に船の運航を管理できるメリットは非常に大きいです。
― 磯谷氏:今回の実証実験を通じて、首都高の直下でも船の位置を正確に捕捉できることが確認できました。建設業界でも担い手不足が深刻化する中、大成建設さんはデジタル化による効率化を強く推進されています。その基盤の一部として私たちの技術が活用されることは、大きな手応えとなりました。
磯谷氏 撮影:本永創太
位置精度の向上は、測量以外の領域にも影響を与えるのでしょうか?
― 大谷氏:はい、「安全管理」の面で非常に大きな期待を寄せています。建設業界では今も人と重機の接触防止やクレーンが吊っている荷の落下などによる災害が重要な課題となっています。現在、人と重機が近づいた際に警報が鳴ったり、機械を自動で減速・停止させるシステムは開発されていますが、「Chrono Locate®」を導入し、飛来・落下の恐れのある物すべての位置関係を把握し、現場全体の状況を「立体空間」で捉えられるデジタル基盤を構築できれば、高度な安全管理が可能となると思います。さらに、作業員の入退場管理、工事の進捗管理(検査)など、これまで複数のシステムにまたがっていたものを一つに統合できる可能性にも大きな価値を感じています。
― 佐野氏:高精度な位置情報は国土交通省が推進する「デジタルツイン(現実空間をデジタル上に再現する技術)」の実現にも不可欠です。これまで可視化が難しかった地下や高架下といった空間で位置情報を正確にデータ化できれば、建設DXは次の段階に進むと考えています。
左から:大谷氏(大成建設)、佐野氏(大成建設)
最後に、今後の展望についてお聞かせください。
― 大谷氏:3年、5年というスパンで、この技術を「現場の当たり前」にしていきたいですね。ヘルメットやスマートフォンにこの技術が組み込まれ、誰もが意識せずとも正確な位置情報を活用できる世界が来ることを期待しています。
― 佐野氏:日本橋のようなGPSが届きにくい現場での成功は、全国の他の現場にとっても大きな指標になります。これからもセイコーさんと共に、建設業界の課題を解決する「未来のインフラ」を創り上げていきたいと考えています。
― 磯谷氏:「Chrono Locate®」の高精度な位置情報は、単なる効率化に留まりません。ドローンが自在に飛び交い、ARで仮想と現実が融合する「未来の現場」を支えるインフラとなります。セイコーの技術が、次世代の都市づくりを支える礎になれば嬉しいです。
実証実験に携わった皆さん
左から:菊池氏(セイコー)、須田氏(セイコー)、大谷氏(大成建設)、佐野氏(大成建設)、磯谷氏(セイコー)
おすすめの記事
Pick Up Contents
About
サステナブル・ストーリーとは、持続可能な社会に向けて、
セイコーだからできるサステナブルな活動を発信していく
Webメディアです。