取材・執筆:淺野義弘
編集:友光だんご
撮影:本永創太
スマートフォンの地図アプリを始め、現代社会に欠かせない「位置」の情報を教えてくれるGPS。その仕組みの裏側では、正確な「時」の情報が大きな役割を果たしていることをご存じでしょうか?
GPSは、複数の人工衛星から届く電波がどれくらいの時間で届いたかを測り、その時間差から地球上での位置を計算しています。そのため、ビル街や地下空間など電波が届きにくい環境では、正確な位置を把握することが難しいという弱点を抱えていました。正確な位置を知るためには、正確な「時」の情報が不可欠なのです。
そこで注目されているのが、衛星に頼らずデバイスだけで位置を特定する仕組み。セイコーフューチャークリエーションが手がける「Chrono Locate™(クロノロケート)」は、100メートル程度の距離内にあるデバイス同士をナノ秒(10億分の1秒)レベルで同期させ、通信の時間差から距離を導き出すことで、衛星に頼らずセンチメートル単位の測位を可能にする技術です。
正確な「時」を追求し続けてきたセイコーが挑む、新しい位置計測のかたち。建設や農業、自動運転など幅広い領域で活用が期待される、この技術の仕組みと未来の可能性を伺いました。
お話を聞かせてくれた、セイコーフューチャークリエーション 先行開発部 製品企画グループのお三方。左から、磯谷亮介さん、安達秀範さん、井上彩子さん
「Chrono Locate™」はどのような技術なのでしょうか?
― 磯谷さん:Chrono Locate™に対応したデバイスが2台以上あれば、それぞれが通信し合い、センチメートル単位で相互の位置関係を特定できます。「基準局」が4台あれば、測定したい「移動局」と呼ばれるデバイスの位置を、平面+高さの3次元で測ることができるんです。
どのような仕組みで位置を特定しているのでしょうか?
― 磯谷さん:情報通信研究機構(NICT)が研究してきた「Wi-Wi(Wireless two-way interferometry)」という無線双方向時刻同期技術をベースにしています。これは、離れた装置同士が電波を双方向に送り合い、お互いの時刻を極めて精密に合わせる技術です。
― 安達さん:私たちが普段使っている時計も、たまに時刻合わせが必要ですよね。本技術ではデバイス同士が1秒間に約20回という頻度で補正を行います。電波が他のデバイスに届く時間を正確に測定できると、デバイス間の距離も同時に算出できます。つまり「時刻を同期する仕組み」そのものが「距離を測る仕組み」になっているんです。私たちはこの技術を基盤に、実際のサービスとして活用できる製品の開発を進めています。
デバイスの筐体(左)と制御基板(右)
数ある位置測定技術の中で、Chrono Locate™の強みはどこにありますか?
― 磯谷さん:最大の特徴は、衛星に頼らないことです。GPSは屋内や地下では電波がさえぎられ、精度が低下してしまいますが、Chrono Locate™はデバイス同士が直接通信して位置を算出するため、こうした環境でも安定して利用できます。
ただしGPSを置き換えるのではなく「屋外はGPS、屋内はChrono Locate™」というように、両者が補完し合いながらシームレスにつながる関係を目指しています。
― 安達さん:Chrono Locate™のデバイス同士は100メートル以上の通信が可能で、日本の電波法の制限内で最大限の性能を発揮できるよう設計しています。他の測位技術の中には数メートルごとに装置設置が必要なものもありますが、Chrono Locate™は少ない台数で広い範囲をカバーでき、かつセンチメートル単位の精度を維持できる点が実用面での強みになっています。
こうした特徴は、どのような場面で役に立つのでしょうか?
― 磯谷さん:最初に大きなニーズをいただいたのは建設分野でした。工事には測量が欠かせませんが、建築現場の鉄骨やコンクリートで衛星からの電波がさえぎられると、GPSは使用できません。従来の方法では時間もコストもかかっていましたが、Chrono Locate™は鉄骨に囲まれた現場や地下でも利用でき、初心者でも扱いやすいことから、現場の効率化に向けた検証が進んでいます。
他の領域ではいかがでしょう?
― 磯谷さん:自動運転分野では、GPSや画像認識技術を補完する役割が期待されています。
農業分野でも注目されており、数センチのズレが収穫量を左右する「苗の植え付け」などへの応用が期待されています。特に、ソーラーパネルによってGPSが遮られやすいビニールハウス内でも、農機と連携して高精度な作業支援を行えるよう検討を進めています。
Chrono Locate™の現状と、今後の構想を教えてください。
― 井上さん:現在は実用化に向け、さまざまな業界で実証実験(PoC)を進めています。「詳しい人間でないと使えない技術」ではなく、「ユーザーが現場で使える技術」であることを重視し、耐久性や持ち運びやすさの改善を重ねながら開発に取り組んでいます。
― 井上さん:今後は「小型化」も重要なテーマです。現在は装置を設置・携行して利用していますが、より小さな機器へ組み込めるようになれば、活用シーンは大きく広がるはずです。
― 安達さん:まずは現場で邪魔にならないサイズを目指し、その先にはスマートフォンなどに組み込めるサイズへの小型化も見据えています。そこには、セイコーが長年培ってきた精密化・小型化の技術が活かされているんです。
現場の声を受けながら、位置情報のインフラが日常に溶け込んでいくのですね。
― 磯谷さん:セイコーはこれまで、正確な「時」を追求してきました。時刻が正確に同期されれば、位置も正確に導き出せます。Chrono Locate™への挑戦は新しい取り組みであると同時に、私たちが積み重ねてきた技術の延長線上にあるものだと考えています。
開発に携わった皆さん
上段左から:須田正之さん、磯谷亮介さん、堰合順弥さん、下段左から:安達秀範さん、井上彩子さん、三林誠さん
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