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文 富澤えいち
写真 望月みちか
ヘアメイク 只友謙也

なぜその歌声は、聴く人を魅了するのか──。

ある人は、3オクターブを超える音域を絶対音感によってコントロールすることができるからだといい、またある人は、圧倒的と評される声質を分析すると癒やしの効果がある「f分の1ゆらぎ」を発していることが実証されているからだという。

いずれも正しいが、それだけではない。

その歌声の主であるサラ・オレインは、5歳で楽器を手にしてからヴァイオリンひと筋の10代を過ごしてきた。そしてシドニー大学を最高点で卒業し、東京大学へ留学を果たす。

サラ・オレイン 写真

作詞・作曲にもその才能を発揮するだけでなく、英語、日本語、イタリア語、ラテン語を操るマルチリンガルとして翻訳や海外の広告を手がけるなど、活躍の場は音楽の世界にとどまらない。

つまり、彼女は決して「歌うため“だけ”に生まれてきた」のではないということだ。

もともと歌への興味も、「バイオリンが人間の声にいちばん近い楽器」という説に、彼女自身がとても共感したことに端を発していた。そしてその共感は、彼女がなりたかった自分になるための、勇気と手段を与えることになった。

「中学生のころ、ボーイ・ソプラノという表現方法が世の中にはあるということを知ったんです。すごく衝撃的でした。女性のような声だけど、女性には出せない、なんともいえない“はかなさ”を感じました。私自身、幼いころから男の子と一緒に外で遊ぶことが多かったから、男の子にはなれないけれど、ボーイ・ソプラノなら近づけるんじゃないかと思って、一生懸命まねをしたんです。そうしたから、いまのような高音を出せるようになったんじゃないかと思っているんです。」

そのサラ・オレインが、2019年5月31日に開催されたSeiko presents "Starry Night Concert Vol.24"~前田憲男 The Syncopated Clock~に登場した。

ステージのもようを追いながら、サラ・オレインの“時間”に対する考え方を追ってみたい。

24回の時を重ねたStarry Night Concert

2019年5月31日に東京・築地の浜離宮朝日ホールで開催されたSeiko presents "Starry Night Concert Vol.24"~前田憲男 The Syncopated Clock~は、2007年に作編曲家・ジャズピアニストの前田憲男とスペシャルゲストの“一夜限りの特別なセッション”を生のステージで届けようという趣旨でスタートしたイベントだ。

前田憲男と主催のセイコーホールディングスは、1970年代にTBS系列でオンエアされていた音楽番組「Sound Inn "S"」を共に創り上げてきた間柄だった。

13年ほど前にセイコーホールディングスの服部真二CEOが、良質な音楽番組として語り継がれていた「Sound Inn "S"」を現代に蘇らせることはできないかという声に応え、まずはコンサートで始めようとしたのが“Starry Night Concert”だった。なお、テレビ番組「Seiko presents Sound Inn "S"」も、2015年からBS-TBSで毎月放送されている。

コンサート中のサラ・オレイン 写真

“Starry Night Concert”は年2回の開催。つまり24回目の今回は、12年目という干支のひとまわりという節目にあたる。その特別な回のスペシャル・ゲストとして迎えられたのが、サラ・オレインだった。

当夜の第1部は、このコンサート恒例のセイコーホールディングス有志が集結した四丁目合唱団による「オーバー・ザ・レインボー」で幕が開く。そして、2018年11月に天へと召された前田憲男の遺志を継ぎ、このステージのために結成された“前田憲男メモリアル・バンド”の演奏のコーナーへ。

サラ・オレインのマイ・ウェイ

休憩を挟んで第2部の冒頭、スペシャル・ゲストのサラ・オレインの名がコールされた。

コンサートを前にして、彼女はステージに立つときの心構えを、こんなふうに語っていた。

「そのステージでなにを歌うかを考えるときに大切にしているのは、“物語”です。私のステージを楽しみに来てくれる人にも、私を初めて観る人にも、私がステージに立っている時間はエンジョイしていただきたいから。」

サラ・オレイン 写真

「その日のために選んだ曲は、すべてに意味があるのはもちろんなんですけれど、それと同時に“どうやって最後までエンタテインメントできるのか”も考える必要がある。そのためには、いちばん印象に残る“最後の曲”に、そのステージのために私が考えたテーマを完結させる重要な役割を担ってもらわなければならないんです。」

そう語ったサラ・オレインが、自分のコーナーのラスト・ソングに選んだのが「マイ・ウェイ」だった。

コンサート中のサラ・オレイン 写真

「この曲は、フランク・シナトラが歌ったバージョンが世界的にも有名ですよね。そのせいなのか、男性が自分の人生の幕が下りるときに振り返って、『自分は本当に悔いなく生きてきた』って堂々と歌っているというイメージが強いんじゃないかと思うんです。でも、私の解釈はちょっと違っていて、男性だけじゃなく“現在を生きる人”ならすべてに『この瞬間は二度と戻ってこないのだから、いまできることを悔いなくやろう』と言っている気がするんです。それって、私自身の“座右の銘”でもあるので、ステージでも皆さんに問い掛けたいと思っているんです。」

当夜のステージでも、彼女は「一度きりの人生を悔いなく生きたい、そんな想いにピッタリな名曲をお届けしたい」と前置きをしてから、「マイ・ウェイ」を歌い始めた。

「マイ・ウェイ」を歌うサラ・オレイン 写真

実はサラ・オレイン版の「マイ・ウェイ」は、彼女のこの想いを反映して、最後のワン・フレーズだけ、歌詞をアレンジしている。“and did it your way”、つまり「それが俺の人生だった」ではなく「そうやって生きてきたことがアナタの人生(なのだから、それで悔いはありませんか?)」と問い掛けていたのだ。

「皆さんも自分らしく生きてきましたか、と。この曲で私が感じているこのテーマって、誰に対してもすごく大切なことなんじゃないかって思っているんです。私たちは永遠に生き続けることはできないし、その人に与えられた時間は限られている。だからこそ、この瞬間を大切にしなくちゃいけない。『後悔なく生きていますか?』って。」

サラ・オレイン 写真

サラ・オレインとセイコー、そして時間

サラ・オレインとセイコーは、今回が“初顔合わせ”ではない。

これまでにも、BS-TBS音楽番組「Seiko presents Sound Inn "S"」や銀座・和光で開催される「和光演奏会」、2019年3月11日に東京・渋谷のオーチャード・ホールで開催された「“わ”で奏でる東日本応援コンサート」への出演と、こちらも回を重ねている。

「オーストラリア育ちの私にとって、セイコーという会社のイメージは、やっぱりワールドワイドの時計ブランドというものでした。日本人は時間に正確だというイメージもあったので、それを象徴するブランドでもあると思っていましたね。」

サラ・オレイン 写真

「日本に来て、こうして音楽文化への積極的な支援にも当事者として関係するようになって、セイコーへのイメージはものすごく変わりました。東日本大震災の復興支援もそうですし、スポーツや音楽に限らず、本当にアート全般に対するリスペクトをもっている企業ですよね。こんな素敵な企業と一緒に活動できて、とても嬉しく思っています。」

サラ・オレイン 写真

最後に、彼女が考える“時間”について聞いてみた。

「“時間”とはなにか……。“いま”という時間は二度と戻ってこない、ある意味で“はかないもの”でもある。つまり、“タイムレス”ではないんですよね。少なくとも、人間ひとりひとりに与えられている機会は“タイムレス”ではない。だからこそ、この“いま”という、二度と戻ってこない“この瞬間”こそを、大切にしたいし、していただきたい。それが私のテーマであり、歌や演奏をとおして伝えたいことでもあるんです。」

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