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ライター さとうことり
カメラマン 藤牧徹也

「生物多様性」という言葉、耳にする機会が多くなりました。雑誌や新聞でも、企業の生物多様性保全活動が掲載され、それを目にする機会が増えています。

環境保全に力を入れるセイコーも同様に、生物多様性保全の活動に力を入れています。なかでも地道な活動で高い評価を得ているのが、岩手県にある盛岡セイコー工業。いったいどのような取り組みをしているのでしょうか。

……と、その前に、そもそも「生物多様性」ってなんなのでしょうか? 「地球温暖化対策にはCO2排出量の削減が欠かせない」という理屈はわかりやすいけれど、生物多様性は、なぜ大切で、それが失われると地球環境にどんな不都合があるのでしょう。もしかしたら、多くの人は「なんとなく」わかっているだけなのかもしれません。そこで、まずは専門家に生物多様性について聞きました。

温泉旅館の夕食は生物多様性の見本!?

訪れたのは、緑豊かな京都・上賀茂に建つ総合地球環境学研究所。ここで特任教授として、人間と環境の関係にまつわるさまざまな研究を進めている中静透先生は、生物多様性の維持と自然と共生する仕組みをつくることを目的に設立された一般社団法人いきもの共生事業推進協議会(ABINC)の代表理事も務める、「生物多様性」研究の第一人者です。

中静透先生 写真

先生が「生物多様性」のわかりやすい例として挙げてくれたのは、「温泉旅館の夕食」でした。

「旅行の楽しみのひとつに、その土地ならではのおいしい食べ物がありますね。そこでしか味わえない魚介をはじめ、各種の野菜など。一つひとつ数えていくとお膳の上の食材だけで40種類くらいはある。さらに、魚の成長には、エサとなる小魚、その小魚が食べるプランクトンが必要だし、醤油や味噌など発酵食品にはさまざまな菌が欠かせません。そう考えると、温泉旅館の夕食一つとってみても数百種もの生物の恵みを受けていることになります」

なるほど……! 私たちの食生活がいかに多くの生物に支えられているかがわかります。

人間のためにやってきたことが人間を滅ぼす

しかし、種が多様なだけで生物多様性とは言えないようです。中静先生は、次に鶏肉と鳥インフルエンザの関係で説明してくれました。

「私たち人間は、美味しい鶏肉を食べるために、品種改良をした鶏を飼養しています。しかし、同じ遺伝子の鶏ばかり増やすことには、実は大きなリスクが伴います。たとえば鳥インフルエンザが流行したとき、その病気に弱い鶏だけの集団だったら一気に死滅してしまいます。人間にとって都合の良い性質を一面的に注目して画一的な生物を生み出していくのは非常に危険なことなのです」

生物多様性には、遺伝的な多様性も重要なのですね。「人間が人間のためにやってきたことが、いつの間にか人間を滅ぼすことにつながる場合がある」。こう中静先生は指摘します。

中静透先生 写真

私たち一人一人にできることは?

人間の存在に関係なく、気候変動や隕石などを原因とした種の絶滅はこれまでにも起こってきました。でも「人間が出現してからの絶滅のスピードは、それ以前の比ではない」と中静先生。

生物多様性を維持し、地球環境を守ることは、これまで多大な影響を地球に与え続けてきた人間の責任なのです。では、具体的に私たちは何をすればいいのでしょう。

「生物多様性というと『絶滅危惧種を開発から守ろう!』といった一地域の問題だと思う人がいるかもしれませんが、本当の問題は、生き物同士の関係や、生き物と環境の関係など、あちこちに課題があるのに、そのことを誰も気にしていないことです。私たちは意識や生活自体を変えていかないといけません」

「生物多様性について、興味を持つこと。」それが一番大切だと中静先生は語ります。さらに、個人での取り組みに加え、「企業が生物多様性に取り組みことの意義はとても大きい」とも教えてくれました。

中静透先生 写真

中静先生のおかげで、あまり理解できていなかった生物多様性という言葉の意味と重要性がクリアになってきました。これで「生物多様性」に対する活動で高い評価を得ている盛岡セイコー工業に行っても活動の意義がわかるはず……! 確信を得た取材班は盛岡へと向かいました。

秋の盛岡セイコー工業へ!

盛岡駅から車で約20分。岩手山の裾野、「山と牧場と出湯の町」をキャッチコピーとする自然豊かな雫石町にその工場はありました。

早速、工場の敷地内に残されている自然林へ向かいます。ここが「生物多様性」に関する活動のメインの場です。案内をしてくれたのは、環境管理課 課長の青木悟さんと、村里法志さん。工場のインフラの管理全般に加え、樹林の管理や自然観察会など生物多様性の活動を担当している方々です。

青木悟さんと村里法志さん 写真

青木さん(向かって右)と村里さん。きれいに色づいた森の前で

樹林は工場を取り囲むように広がっていました。秋の陽を浴びた森はやさしい色合い。一歩足を踏み入れると、足元は木々から落ちた葉や草からなる自然のふかふかカーペットです。アスファルトの道とはまったく違う感触のなんと気持ちいいこと! この下にもさまざまな命が育まれているのでしょう。

秋の樹林 写真

木漏れ日が美しい秋の樹林。落ち葉のカーペットも生物の住処です

大きなミミズ 写真

大きなミミズも生態系の大事な一員

小さなカエル 写真

小さなカエルも見つけました!

ここにある約980本の木は、1本1本、位置や高さ、太さ、健康状態などを調べる毎木調査がされ、樹木台帳に記載されているそうです。その台帳を見ながら「樹林全体のバランスを考えた樹木の更新を検討したり、あの木は健康状態が悪くて倒れる可能性があるから切ってしまおう」というような判断を下しています。

13個の巣箱も設置されていました。シジュウカラなどの鳥が毎年、巣作りをするそうですが、リスが巣として使っていた年もあったとか。

木につくられたキツツキの巣穴 写真

巣箱を利用する鳥ばかりではありません。キツツキは自力で木に巣穴をつくります

森を歩いていると、ところどころに小さな枠で囲われた場所があり、ここには、エビネやキクザキイチゲ、ヤマジノホトトギスなど、貴重な植物が命をつないでいました。

ササハギンラン 写真

春から初夏にかけて白い花を咲かせるササハギンラン。落ち葉かきをしたら芽を出したそうです。時には人の手助けが必要なこともあります

多様な生物のためにギザギザ刈り

来年、創立50周年を迎える盛岡セイコー工業ですが、一帯には創立前から栗の木やコナラの樹林帯が広がっていたそうです。そんな盛岡セイコー工業の生物多様性保全活動のスタートは、世界的に生物多様性へ注目が集まり始めた2011年。

「親会社のセイコーインスツル(SII)が、活動の場として盛岡セイコー工業の敷地に広がる樹林に着目したのがきっかけでした。専門家に評価をしてもらったところ、実は貴重な自然林で、近隣の生態系にとって要石の役割を果たしているということでした。とは言うものの生物多様性の観点からは全く管理が出来ていない状態で、そこから生物多様性改善の本格的な活動が始まりました」と青木さん。

青木悟さん 写真

専門家の指導を受けながら、取り組みを進めた結果、2015年、工場として初めてABINCから「いきもの共生事業所」の認証を受けます。その過程では多くの試行錯誤があったと言います。

「たとえば草刈り。以前は林床の草はきれいに刈っていましたが、専門家の助言を受け、あえて刈らない場所を残したり、高さを変えギザギザに刈ったりした結果、より多様な生物が見られるようになりました」と村里さんは語ります。さらに、今春には虫を呼び寄せる装置「インセクトホテル」も設置したそうです。

インセクトホテル 写真(上)、インセクトホテルと村里法志さん 写真(下)

草や木など自然の素材を利用して作られたインセクトホテル。虫たちの住処になり、周囲の緑をさらに豊かにするために働いてくれます

このように、生物多様性にまつわるさまざまな活動を行う盛岡セイコー工業。その活動の中でもとりわけ力を入れているのが、「活動内容の発信」です。

春と秋に、緑地の手入れと社員及び家族への生物多様性教育の一環として「環境活動」を実施。休日の開催にも関わらず、毎回100人近い参加があるそう。そこで敷地内の生命に触れてもらい、普段意識しない生物多様性について考えを巡らせてもらっているそうです。ちなみに、「インセクトホテルは、今年の環境活動で社員の子供たちが中心となって作ったものです」と村里さんが教えてくれました。

村里法志さん 写真

さらに毎年1回、地元住民や行政関係者を招き、工場見学と環境活動を報告する「環境報告会」を開催。社内の人だけでなく、地域住民を巻き込んだ活動を行っています。そこでも参加者と一緒に生物多様性について考え、その重要性について発信しています。これらは中静先生が言っていた「生物多様性について興味を持つことが一番大切」という言葉をまさに体現した活動です。

村里さんも「小さな緑地の多様性を上げたからといって地球環境に大きな貢献ができるわけではありません。最も大事なのは、普及活動を通じて多くの人に生物多様性の意味を知ってもらうことだと思っています」と活動の意義を語ってくれました。

心の豊かさにも生物多様性

人間は無意識のうちに生物多様性を求めているのかもしれません。最近は、敷地や建物に緑を多く配したビルほど人が集まり、テナントが入るそうです。「盛岡セイコー工業のような環境で働きたいと思う人たちが増えていけばいいなと思います。そうなっていかないといけない」と中静先生は語っていました。

盛岡セイコー工業外観 写真

生物多様性のことがようやく少しわかってきたかもしれません。盛岡セイコー工業の青木さんも「当初は生物多様性の活動と言われても正直ピンとこなかった」そうですが、「この森をどうやって守っていくかを考えること自体が生物多様性を維持する活動になる」という専門家の言葉を聞き、手探りで活動を続けてきたと言います。

生物多様性の問題は確かにわかりにくいけれど、大事なのは「どうすれば多様な生物と人間が共生できるのか」を考えること。考える人が増えれば、それが生物多様性保全につながっていくのです。

「また春に来てください。花も咲いて、きれいですよ」。盛岡セイコー工業の皆さんは、そう言って見送ってくれました。

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