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「時(とき)の森だ、と思いました」

グランドセイコーの機械式時計を製造する工房を「時の森」という言葉で表現した森本千絵さん。アートディレクター、そしてコミュニケーションディレクターとして、多くの人が街中で目にする広告や、著名なアーティストとの協働など、幅広い制作を手掛けるプロフェッショナルです。

岩手県雫石町にあるグランドセイコースタジオ 雫石に出向き、生物多様性の保全活動として2022年に完成したビオトープ「わくわくトープ」を見学した森本さんは、そこで感じたことをビジュアル化しました。セイコーグループが取り組むサステナブル活動の思いと交差した森本さんのデザインは、2023年1月26日から2月22日まで、SEIKO HOUSE GINZAのショーウインドウを飾ります。

セイコーのビオトープ『わくわくトープ』の
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雫石の工場で感じた、「自然と共存するあり方」

森本千絵さん 写真

今回のショーウインドウはどんなコンセプトで制作されたのでしょうか。

森本さん:雫石での感動を「銀座を歩く方々にもお伝えしたい」と思いました。雫石では、工房見学の前にビオトープを見せていただいたんですが、冬でしたので地面にたくさん重なっている枯れ葉がとてもきれいだったんです。その上を歩くとサクサクと音がして、足の裏から自然を感じたり、「空気がおいしいなぁ」と思ったり。葉っぱの上に直接寝転んで、木々の隙間から差し込む木漏れ日を見上げて、鳥の声や自然の音を聞いて、自分の吐息も白くなっていると認識しているうちに、どんどん五感が研ぎ澄まされていくように感じられました。

その後工房にお邪魔して、職人さんたちの仕事をガラス越しに見せていただき、本当に感動したんです。とても小さな渦巻き状のパーツをきれいにしている方の前で、ガラスにへばりつくように眺めていました。手元で回転させながら、数ミリの渦巻きの間を調整されていたんですが、その渦巻きの間からきれいな光が等間隔に通っていくのを見て、「さっきビオトープで見たのと同じだ」と思ったんです。

森本千絵さん 写真

グランドセイコースタジオ 雫石に、ずっと行ってみたかったと言う森本さん。「隈研吾さんの建物もかっこよかったです」

森本さん:ビオトープの水辺は循環しながらも、風が吹くと水面にきれいな波紋ができていました。ちょうど光がきれいに映る時間だったこともあり、遠くに見える山と一体化した美しい風景を感じたばかりだったんです。ガラス越しに見ていた匠の仕事が、さっき外で見た景色と重なって見えてきて、「整ったものが到達する美しさは、自然と共存する在り方なんだ」と感じました。

例えば、足元の落ち葉を拾って見ると葉脈がとてもきれいでした。葉を活かすために形成された葉脈が、それぞれの距離を保ちながら並んでいて、パソコンで測ったりコピペしたものではない美しさだと思いました。細い葉脈の、小さな小さな世界はまるで、匠の手の中にあったパーツのようでもある。また、スタジオの入り口にディスプレイされたたくさんの時計のパーツは、昆虫採集やタネの標本のようでもありました。それで、「時計のパーツひとつひとつが時を作り出している」と思ったら、昆虫や植物など、私たちを取り囲む自然がこの世界を作り上げてるんだ!とピタッときたんです。これは本当に、とっても感動した瞬間でした。

「わくわくトープ」 写真

森本さんのスマートフォンで撮影された、グランドセイコースタジオ 雫石にあるビオトープ「わくわくトープ」。「忘れかけていた生き物としての感覚が目覚めるような気持ちよさでした」

森本さん:今思えば、屋外のわくわくトープと工房のお仕事、その両方を見られたことが良かったと思います。たぶんビオトープだけしか見学していなかったら、自然界と時計を重ねて見るようなことはできなかったでしょうし、先にビオトープで五感が刺激されていたからこそ、感じることができたのかもしれません。自然から受けたインスピレーションは、頭ではなく、背中や足の裏や全身から感じたもので、だからこそ色んな方向に表現することができます。頭だけを使っていると、どうしても説明しようとする力が強くなってしまうんです。

銀座のショーウインドウは物心ついた頃からいつも注目していたので、もともと自分の中にはいろんなアイディアもあったのですが、雫石での感動体験と掛け合わさって、実は雫石からの帰り道にはもう最初のデザイン案を描きました。

ショーウインドウのデザイン模型 写真

ショーウインドウのデザイン模型。森本さんが最終デザイン画を届けた後ですぐに作られたもの。「その日のうちに模型の画像が届いて、すごくワクワクしました。素晴らしいお仕事ですね」

デザインとアートのはざまで

制作時に苦労されたのは、どんなことでしたか。

森本さん:どこまで写実的にするかは悩ましかったです。体験した思いは描きたいですが、鳥の存在やインセクトホテルなどのディティールをどれほどリアルにするのが良いのか。特に雫石まで行ったことのない人や生物多様性の活動を知らない人に伝えるために、どのくらいリアルにするのが良いかを考えました。すべてを抽象的にしてしまうと絵本の世界みたいになってしまうし、バランスの取り方はむずかしいですよね。

しかも実際の着彩はスタッフが行うので、自分の五感で感じたことを伝えきれない歯がゆさがあります。今回に限らず他の制作でも同じですが、資料や写真など、できるだけスタッフと共通の「言語」になるものを考えて、細やかに伝えるように気をつけています。

個を活かしながらチームで動くなど、視点や思考も柔軟であることが求められますね。

森本さん:私自身は広告の世界で体得したものがありますが、それぞれ違うバックグラウンドの人材が集まっているし、そもそもお仕事によってニーズもすべて違いますからね。毎回、目指す目的のために本当に必要なデザインは何か、そして目的の先にあることは何か、と考えています。

広告の仕事は自分のアート表現とは違うので、クライアントに憑依するくらい気持ちを寄せて、決められた枠の中で、社会に向けてどれだけジャンプできるのかが問われます。そういう意味では今回も、私は完全にセイコーさん側の気持ちになって「銀座で雫石を伝えるにはどうしたらいいか」と考えました。その上でクリエイティブを楽しみ、どこまでリアルに、もしくは、どこまでファンタジーに描けるか。今はまだ完成前なので、作りながらバランスを取っているところでもあります。(※インタビューはウインドウディスプレイ制作途中で行いました)

個人的に、視点の振り幅は広いんです。ものすごく細かくフォーカスしてみることもあれば、反対にかなり俯瞰して捉えることもあって、常にそれを繰り返しながら物事を見ています。イメージ的には、自分自身が小さくなったり大きくなったりする感じです。雫石で職人さんの手元を見ている時も、細かい渦巻きのパーツの間に、小さくなった自分がいるように感じていました(笑)

森本千絵さん 写真

森本さんのメタファーは独創的でありながらも分かりやすい。さすがコミュニケーションの作り手。

欲というものをもつ人間が、環境と向き合うためには

わくわくトープは生物多様性の保全活動ですが、森本さん自身は社会の持続可能性についてどうお考えですか。

森本さん:サステナビリティは、平和をアップデートするために必要な手段の一つだと思っています。国連が分かりやすく17の目標にしてくれていますが、もっとずっと前から求められていた大切なことだし、やらなきゃいけないことも17では足りないですよね。昆虫たちも循環型で生きているのに、人間は誰かが分かりやすく提示してくれて、初めて気づけている状態です。

でも同時に、欲があることもまた人間の面白いところだと思うんです。やっぱりおいしいものは食べていたいし、国どころか地域や会社の規模でも、全員の意見をまとめるのは簡単じゃない。私自身、物も溢れているし、究極的にはデザインの仕事は無駄なことだと言われてしまうかもしれません。

だからこそ、今を大切にして、お互いを認め合い、いかしあって、感謝して、柔らかくなって、子どもたちの未来のために同じ方向を向く。そうした平和の捉え方をアップデートさせていくことが大事なんじゃないでしょうか。わくわくトープだって、セイコーが願う生物多様性のある世界を示した、実践のひとつですよね。

森本千絵さん 写真

まさに今回、森本さんが「わくわくトープ」を銀座で再現すること自体が、サステナビリティの思想を標榜しているのですね。

森本さん:サステナビリティへの取り組みはこれからもずっと続くものなので、今回のディスプレイだけに収まるものでもないと思います。例えば夏休みなど、親子で銀座に来る人が増える時期とかに、また同じチームでこの展示を育てていけるようなことができたら良いですよね。

もともと私は理念のあるセイコーのブランド性が好きで、広告や表現にも注目してきました。アートディレクターの先輩がセイコーの広告に関わっていたことを知って、私の好きなディレクターに仕事を依頼するならきっと私も仲良くなれるはず、と思っていたので、今回ご一緒させてもらえることは本当に幸せです。お近づきになりたくてアプローチしてきたことが叶いました(笑)。

伝統という大切に守り続けている価値がある上で、新しい革新にも挑戦して、さらに世界にも向かっていく姿は、アスリートを応援するような気持ちで惚れてしまうんです。ご一緒させてもらえることで自分もすごく学べるし、ワクワクします。ショーウインドウをご覧になる方にも、このワクワクする気持ちを一緒に楽しんでもらえたらうれしいです。

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森本千絵

アートディレクター/クリエイティブ・ディレクター
森本千絵

1976年青森県三沢市で産まれ、東京で育つ。 千絵という名には「沢山の糸(ひと)と会う」という意味が込められている。 幼少期から生け花の先生である祖母とテーラーを営む祖父の影響で 切り花や残布のコラージュで絵を描くことが好きになった。 目的があり、人に伝えるための絵作りに早くから目覚め、中学生の頃から広告会社を目指す。 武蔵野美術大学 視覚伝達デザイン学科を経て博報堂入社。 2007年、もっとイノチに近いデザインもしていきたいと考え 「出会いを発明する。夢をカタチにし、人をつなげる」をモットーに株式会社goen°を設立。 現在、一児の母としてますます勢力的に活動の幅を広げている。

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