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セイコーの腕時計ブランド「プロスペックス」の中でも特に人気が高いのが、本格的な性能と日常使いできる実用性を兼ね備えた、ダイバーズウオッチ。プロダイバーはもちろん、趣味でダイビングを楽しむ人や、その洗練されたデザインからタウンユースでも多くの人に愛されています。

1965年に国産初のダイバーズウオッチを発売して以来、セイコーはダイバーからの信頼を築くとともに、海の豊かさを守る活動にも取り組んできました。2016年には、世界最大のダイビング教育機関であるPADI(the Professional Association of Diving Instructors)とパートナーシップを結び、コラボレーションモデルの開発や海洋ゴミの清掃活動などに取り組み、海を愛するパートナーとして共に歩んでいます。

2025年7月11日には、廃漁網をリサイクルしたナイロン樹脂「REAMIDE®(リアミド)」を用いたファブリックストラップが付属する「SBDC205」が登場。サステナビリティへの真摯な姿勢と、海を愛する人々へのメッセージを体現した象徴的な製品となりました。この記事ではセイコーとPADIが歩んできた協働の歴史と、その最新モデルに込められた想いを紐解きます。

※REAMIDE®は株式会社リファインバースグループの登録商標です。

写真 左から花村翔太郎さん、伊東正人さん、林詩琳さん

お話を伺った3名。左からセイコーウオッチ 商品企画二部 花村翔太郎さん、パディ・アジア・パシフィック・ジャパン 代表取締役 ゼネラルマネージャー 伊東正人さん、同 Sustainability Strategist 林詩琳さん。

プロダイバーの集団が広げる海洋保全の輪

写真 ウオッチSBDC205

PADIはどのような活動を行っているのでしょうか?

― 林さん:PADIは世界中の人々にスクーバダイビングの魅力を伝えるとともに、海洋環境の保全にも取り組むグローバルなネットワークです。1966年の設立以来、日本を含む世界7拠点にオフィスを構え、現在は12万8千人以上のインストラクターを含むプロメンバーが所属しています。各地域でダイビング教育プログラムを展開するだけでなく、それぞれが自発的に海の課題にも向き合ってきました。

1989年には非営利団体「PADI AWARE Foundation」を設立し、ダイビングを通じた海洋保全活動を本格化させました。持続可能な海洋の実現に向けて、「サンゴ礁の回復と復元の加速」や「ダイビング業界のCO₂排出量の削減と相殺」といったグローバルな行動指針を掲げ、さまざまな教育や実践プログラムを展開しています。

ダイバーへの教育を発端に、世界規模での海洋保全活動に広がっていったのですね。

写真 林詩琳さん

パディ・アジア・パシフィック・ジャパン Sustainability Strategist 林詩琳さん

― 林さん:PADIの教育プログラムには、サンゴやサメの保護、水中ゴミ拾いのノウハウを学ぶコースなどのほかに、ノンダイバーが参加できるものもあります。これまでも海に潜らない方やお子さんを対象として、学校や地域のプログラムとして幅広く導入されてきました。

写真 ビーチクリーンアップ集合写真

セイコーウオッチ社員とPADIダイバーがともに取り組んだビーチクリーンアップ

セイコーとのパートナーシップの一環として行われたビーチクリーンアップは、海の中と外、それぞれの立場でできることの重要さが伝わる機会となったと伺っています。

― 林さん:PADIの「Marine Debris Program」では、2030年までに特定国で海洋ゴミを約50%削減することを目指し、ゴミの収集や分類に取り組んでいます。普段の生活ではなかなか目にすることのない海底のゴミも、ダイバー以外の方々と一緒に計量・分析することで、海の課題を実感できるプログラムになっています。

また、私たちは13年以上にわたり海洋ゴミの回収と記録を続けてきました。これまでに累計240万点以上の海洋ゴミを回収・報告し、36,000以上の海洋生物を水中ゴミの被害から救出しています。こうして集められたデータは、一般の方への公開や政策立案者にも提供され、国際的な課題解決にも活かされています。

― 伊東さん:PADIのダイバーは美しい海を心から愛し、その魅力を次世代へ伝えたいという思いで活動しています。日頃から清掃などに取り組んでいますが、どうしても手が届かない場所もあり、PADIだけの力では限界を感じることもあります。そうした中、セイコーさんのような企業が協力してくださることで、より多くの人に私たちの活動や啓発を広げることができています。

ダイバーの命を守り、心に響くダイバーズウオッチ

写真 花村翔太郎さん

セイコーウオッチ 商品企画二部 花村翔太郎さん

セイコーとPADIとの、製品におけるコラボレーションについて伺います。そもそも、ダイバーズウオッチとはどのようなものなのでしょうか?

― 花村さん:ダイバーズウオッチは、水中という過酷な環境でも確実に動作するよう設計された腕時計です。もともとはダイバー向けに開発され、その後、海底調査や海難救助、油田開発といった現場で働くプロフェッショナル向けに進化していった道具ですが、今ではレジャーダイビングや日常使いでも幅広く親しまれています。

セイコーでは1965年に国産初のダイバーズウオッチを発売し、1975年には水深600mの飽和潜水(※1)に対応するモデル、1990年には世界初のダイブコンピューター(※2)機能を搭載したモデルを発売するなど、長年にわたり技術革新を重ねてきました。防水・耐圧といった基本性能はもちろん、潜水可能時間が長く誤計測されないようベゼルが一方向にしか回らない仕組みなど、細かな工夫も施しています。

※飽和潜水:水深の深い場所で作業するための潜水方法。潜水前に体へ加圧するため専用の部屋で過ごし、その際、ヘリウムと酸素の混合ガスで体内を飽和状態にしてから潜水する。

※ダイブコンピューター:ダイビング時の水深や時間などをリアルタイムで計測し、減圧症のリスクを下げるために必要な休憩時間などの情報も提供する装置。

― 伊東さん:私たちダイバーにとって、水中で使う時計はまさに命綱と呼べるものです。高機能なダイブコンピューターも普及していますが、バックアップとして、アナログのダイバーズウオッチを併用している人は多いですね。

PADIでは職業ダイバーはもちろん、レジャーで潜る方にも「必ず安全に戻ってくること」を徹底して伝えています。ダイバーズウオッチはプロの道具であると同時に、誰もが安心して海と向き合うためのマストアイテムでもあるんです。

写真 伊東正人さん

パディ・アジア・パシフィック・ジャパン 代表取締役 ゼネラルマネージャー 伊東正人さん

ダイバーズウオッチは安全なダイビングに欠かせないアイテムなのですね。PADIとのコラボレーションモデルは、どのように生まれたのでしょうか?

― 花村さん:2015年ごろ、PADIアメリカから現セイコーグループにコンタクトがあったことがきっかけです。PADIは当時から全世界で活動しており、ダイバーからの知名度や信頼性が非常に高い教育機関でした。セイコーのダイバーズウオッチが日本だけでなく、世界のダイバーからも愛される存在になるために、グローバルなパートナーシップを結ぶことには大きな意義がありました。

コラボレーションモデルではPADIのロゴやカラーを随所に取り入れたデザインを展開し、海底での視認性など実用性にも配慮しながら、意見交換を重ねて開発してきました。2023年以降は、ダイバーが水中で出会う美しい光景をダイヤルに表現し、海の魅力を日常でも感じていただける時計を目指しています。

写真 ウオッチ「SBDY095」

伊東さん着用のコラボモデル「SBDY095」(2021年発売)。PADIロゴの地球を模したダイヤルや、中央のマークが特徴

写真 ウオッチ「SBDC205」

「SBDC205」のモチーフは水中から見た海面。エメラルドグリーンのカラーリングが美しく、水面のゆらめきが感じられる。

― 伊東さん:PADIのロゴが入ったモデルや、水中からの眺めをモチーフにしたデザインなど、時計を通して美しい海の情景が表現されているのが印象的です。水中で魚が頭上を泳ぎ、その上で太陽や波がゆらめく光景は、日常ではなかなか味わえないもの。毎年新作を見せていただくたびに、「今回も本当に綺麗だな」と感動しています。

― 花村さん:ありがとうございます。PADIのみなさんにはデザインだけでなく、機能開発の面でもご協力いただいています。たとえばダイヤルや液晶が水中でしっかり見えるか、アラート機能の付いているモデルでは急浮上時のアラート音が聞こえるかなど、様々な環境下でプロのダイバーの方からフィードバックをいただきました。PADIとの長いパートナーシップのなかで、しっかり意見交換できる関係が生まれたからこそ、現実に即したものづくりができていると感じています。

廃漁網からリサイクルされた、待望のファブリックストラップ

写真 ウオッチ「SBDC205」

2025年7月に発売された「SBDC205」では、REAMIDE®というリサイクル素材を使ったファブリックストラップが採用されています。開発の経緯について教えてください。

― 花村さん:2016年にPADIとパートナーシップを結んで以来、コラボレーションモデルの開発やビーチクリーンなどの海洋保全活動で協業を重ねてきました。そのなかで「製品そのものでも海洋保全に貢献したい」と考えるようになり、リサイクル素材を用いたファブリックストラップの開発を始めました。ファブリック素材自体は珍しくありませんが、ダイバーズウオッチで採用するとなれば、高いひっぱり強度や紫外線への耐性、装着時の適切なフィット感など、通常よりも高いハードルをクリアする必要がありました。

― 伊東さん:ダイバーズウオッチの着け心地には、ダイバーの好みが表れます。ウェットスーツが海中でフィットすることを見越してタイトに着ける人や、逆に最初から緩めに着ける人もいるので、ストラップが調整できることは大事なポイントです。素材は金属とラバーが主流ですが、金属よりも傷が目立ちにくいラバーやファブリックのニーズも根強いですね。

写真 伊藤さんが腕時計を見せる様子

素材の面から海洋保全に貢献するため、そしてダイバーの選択肢を増やすために、ファブリック素材のストラップ開発がスタートしたのですね。

― 花村さん:一般的なファブリック素材はダイビング用途には強度が足りないことが課題だったのですが、「製紐(せいちゅう)」という日本の伝統技法で編み込むことで厚みと強度を持たせ、ダイバーズウオッチとしての厳しい基準もクリアできました。その後、2021年に商品化したのですが、この時点ではリサイクル材ではなく、100%新品(バージン材)のポリエステルを使用していました。

そこからさらに一歩踏み込み、今回はバージン材ではなくリサイクル素材で作ることができないかと検討しました。もちろん、セイコーのダイバーズウオッチとしての品質基準は絶対に下げません。そこから複数の素材を検討・テストした結果、たどり着いたのがリファインバース社の「REAMIDE®」でした。

写真 花村さんがストラップを持っている様子
廃漁網(提供写真)

REAMIDE®の原料となる廃漁網(提供写真)

― 花村さん:REAMIDE®は使用済みナイロン製漁網をアップサイクルした原料です。一見すると従来品と大きな違いはありませんが、染色や穴あけなど工程ごとに新しい工夫が必要でした。素材の均質性ではバージン材に及びませんが、リサイクル材でもダイバーズウオッチの厳格な基準をクリアし、製品自体で「海を守る」メッセージを発信できたことに、大きな意義を感じています。

― 伊東さん:海に漂う漁網は「ゴーストネット」と呼ばれ、ウミガメなどの生物の動きを阻んだり、絡まって生き物が成長の過程で抜け出せなくなったりと、深刻な問題の原因になっています。ダイバーの視点から見ても、プラスチックゴミを減らすための取り組みとして、こうした素材が選ばれることにはとても共感できました。

写真 ストラップの金具にSEIKOの文字

― 花村さん:リファインバース社のデータによれば、REAMIDE®を採用することで、バージン材と比べて生産プロセスのCO₂排出量を約85%削減できるそうです(※リファインバース社がペレットにするまでの工程における比較)。また、日本の海洋ゴミの4割が漁網などの漁具だとも言われています。漁港で適切に回収されなければ、海や山へ廃棄されるリスクもあるため、アップサイクル素材として漁網を使う意義はとても大きいはずです。

ゴミとして廃棄されるはずだった素材がリサイクルされ、環境保全につながっているのですね。ダイバーズウオッチとしての機能性やデザイン性も高く、多くの人に愛されるモデルになりそうです。

海を未来につなぐ活動はこれからも

写真 左から花村翔太郎さん、伊東正人さん、林詩琳さん

世界中のダイバーに愛されるコラボレーションモデルの開発や、美しい海を守るための活動を続けてきたセイコーとPADI。廃漁網から生まれたリサイクル素材の活用と、ダイバーズウオッチとしての高い機能性を両立した「SBDC205」は、関わった多くの人の技術と思いが結集した、象徴的な一本となりました。

美しい海を未来へとつなげる活動は、個人や一つの団体だけでは成し得ません。海の中と海の外、そして世界中の協力があって初めて、少しずつ未来への道が開けていくように思えました。また、海の美しさを見つめ続けるまなざしや、新しい素材や製品開発への好奇心も、この活動の大きな原動力になっていました。こうした気持ちが途切れることなく、さらに大きな輪として広がっていけば、より良い未来につながっていくはずです。

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