取材・文 やなぎさわまどか
写真 落合直哉
「時を学び 未来をつくる」——セイコーが取り組む次世代育成活動「時育®」は、時の大切さを学び、自ら考える力が育まれていくことを目指しています。その一環として展開する「セイコーわくわく教室」では、子どもたちが多様な本物に触れることで、感性を豊かにする機会をお届けしています。
2025年、春。たくさんの出会いが生まれる季節にぴったりの企画が開催されました。黒板アート作家のすずきらなさんによる指導のもと、みんなでひとつの黒板アートを制作する、わくわく教室初の美術教室です。「描いたら消すことまでがセット」という黒板アートを通して、瞬間的なきらめきをみんなで共有した一日をご紹介します。
わくわく美術教室の開催に先駆けた2月。セイコーハウス中央ショーウインドウには、らなさんたちによる黒板アートのインスタレーションが登場しました。展示期間中にはライブペインティングが4回開催され、題材も展示期間中に「進化のプロセス、太古からの地球の時間」から「セイコーわくわく教室」へと変化する、斬新で楽しい企画でした。銀座を行く人々が足を止めて見守るなか、鮮やかに変化を続けていました。
ウインドウに使われた半円型の黒板を活かした今回のわくわく美術教室では、たくさんの想像力が開花しました。黒板アートのテーマは「みらい時計」です。
会場はセイコーハウス6F セイコーハウスホールにて。
初のわくわく美術教室は、二日間にわたる開催となりました。一日目は「日学・黒板アート甲子園2024」ジュニアの部・入賞の実績を誇る、熊谷市立熊谷東中学から美術部の皆さんが、らなさんと一緒に黒板アートを制作。二日目は午前・午後の二部に分かれ、各回約20名の小学4〜6年生が参加して、それぞれの「みらい時計」を描きました。
「皆さん、はじめまして!黒板アート作家のすずきらなと申します。普段は小学校などの黒板や壁に大きな絵を描いて、みんなを驚かせるような活動をしています。
今日は、時計を半分にしたようなこの大きな黒板に、みんなで未来をテーマにして絵を描いていきましょう。でもね、黒板に描く絵は最後には消しちゃうんです。黒板だからね、また使う必要がありますから。だからこそみんなで楽しく、描きたいと思います。
皆さん、未来と聞くと、どんなことを考えますか?街や服装、道具などは、今とどう変わっているでしょうか?また、みんなも将来どんな大人になってると思う?まずは未来の様子や自分の姿を自由に想像して、それから今日描くものを考えてみましょう」
武蔵野美術大学在学中に参加した「黒板ジャック」の活動がきっかけで黒板アートに出会ったらなさん。翌朝登校してきた子どもたちが黒板を見て驚いてくれることに魅力を感じ、黒板アート制作を開始した。著書に『みんなで描こう! 黒板アート 学校行事編』(誠文堂新光社)
熊谷東中学の皆さんが一日目に完成させたカラフルな「みらい時計」の黒板アート。らなさんや二日目午前の部参加者と一緒にじっくり鑑賞した後で消していきます。消す時はみんなでカウントダウンも。
「ではまず、好きな色のチョークを1本取って、柱の黒板に好きに描いてみましょう。練習みたいな感覚でいいですよ。私も回って行くので、描き方が分からなかったら質問してください。
みんな普段から学校でチョークを使うこともあると思うけど、アートに使う時は、立てて持つだけじゃなく、横に寝かして、面を塗るように使うこともできます。いろんな色があるので、色を重ねて混ぜてもいいし、黒っぽい色を出したい時は、一度塗ったところを消すと、黒板の色を活かして見せることができますから、やってみてね」
色のぼかし方のひとつは、指で伸ばすこと。
カラフルなチョークの他、消しゴムやハケといった道具も用意された
早速、お花やくだもの、好きなキャラクターなど、それぞれ自由に練習開始です。
「きれいなお花が描きたい」
「らな先生のインスタで見た、ケーキを描いてみたい」
「時計はきらきらキレイなものというイメージなので、光る感じを出したい」
らなさんや、アシスタントの西村さんからアドバイスをもらいながら、どんどんひらめきを描いてみる参加者の皆さん。
学校で字を書く時とは違うチョークの使い方にチャレンジ。想像力は無限大。
「みんな、描きたいものは決まったかな。次はいよいよ、大きな黒板に描いていきましょう。マスキングテープで枠を作ったので、好きな場所を1つ決めて、その中に自由に描いてみてください。ポイントは、テープが貼ってある淵までできるだけ塗ること。そうすると、最終的な仕上がりがきれいになります」
台に登ったり、ゆずりあったり、相談したり。すぐに描きはじめる子もいれば、描くモチーフに悩んでいる子、描けたけど消して描き直す子。なかには、上の枠で何を描くのか聞き、それに合わせて下の枠に描くなど、たくさんの個性が一斉に黒板に向きあっています。会ったばかりのみんなが一つの目的を共有して交流する様子は、心が温かくなるものがありました。
「では、全部の枠が埋まりましたね。みんなありがとう。最後にマスキングテープを剥がしていきます。今まで黒板に近づいて描いていたと思うので、少し離れたところから全体を見てみましょう。さあ、どんなみらい時計ができたでしょうか」
午前の部で完成したみらい時計。
こちらは午後の部で完成したみらい時計。
「とってもカラフルですね!何があるかな?お花、妖精、サッカー、時計や時間、虹や楽器もありますね。何もないところからみんなで協力して、誰も見たことがない未来を描いてもらったら、こんなに明るくカラフルな絵ができました。みんなが未来に明るい期待を寄せて、将来を作っていくのかな、と感じています。みんなは描いてみてどうだった?」
めっちゃ楽しかった!もっと描きたい!という声が上がり、「よかった、私もとっても楽しかったです」と、らなさん。この後は、最後の工程の説明に移ります。
「大変だったかもしれないけど、良い作品ができましたね。せっかくなので記念写真を撮ったら、最初にお伝えした通り、消しちゃいます」
消すと伝えるとすかさず、「みんなで消したい」という一言が飛ぶ場面も。「そうだね、みんなで一緒に消そうね」と、らなさん。
「せっかく描いたのにもったいない、と思う人もいるかもしれないけど、みんなで協力して大きな絵を完成できたこと、それが大事です。ひとりで大きな絵を描こうとしたら、すごく大変で難しいですよね。それに、今日のこの絵は、みんなで作ったもの。一人でもいなかったら、この絵はできませんでした。そのことがとても大事で、尊いことだと私は思います。
今日は、みんなが工夫したり協力したり、がんばっている姿に心を打たれました。これから先、みんなが大人になってからも、周りの人と協力して一つのものを作る機会はたくさんあると思いますが、いつか今日のことを思い出してもらえたら嬉しいです。じゃあ、みんなでカウントダウンして、一緒に楽しく消しましょう」
まずは自分の描いたところをきれいに消します
練習した柱の黒板も消しました
二日間にわたり開催された初の「セイコーわくわく美術教室」。参加者の皆さんに感想をお聞きしました。
熊谷東中学校・美術部の皆さん
二日間のわくわく美術教室は、いかがでしたか。
「部員だけで一からデザインや構成を考えて描くことはあまりない体験だったので、すごく楽しかったです。未来の時計というテーマも初めてで、いろんなことを考える機会になりました」
「珍しい形の黒板だったので、それに合わせて構成を考えるのは難しかったですが、大きいものが描けて楽しかったです。黒板アートはチョーク独特の質感が面白いと思っています。今回使ったチョークは特に、とっても描きやすくて色の感じも好きでした。」
「らなさんにいろんなことを教えてもらえました。大事だと思ったことは、一旦、塗りたい色をまず塗ってみる、ということ。そうすることで、その後の完成度が高まる感じがしました」
熊谷東中の皆さんが1日目に完成させた「みらい時計」は、らなさんのアドバイスを元に、事前にみんなで構図を相談していたそう。次の黒板アート甲子園に向けた意気込みも感じられました
二日目に参加した小学生のおふたりにもお聞きしました。
わくわく美術教室に参加した感想を教えてください。
「初めての体験で、とても楽しかったです。いつも鉛筆やマジックしか使ったことがなかったので、黒板やチョークでの描き方をプロの方から教えていただけたのが嬉しかったです。いろんな絵を描くのが好きだけど、空想のキャラクターを描くことが多くて、今日もたくさん描きました。ツチノコみたいなブタの子が今日のお気に入りです。こういう体験をもっとしていけたらいいな」(小4、男子)
「今日は普段できないことを体験できました。紙に鉛筆で絵を描くのとは違った質感が面白かったし、チョークを使って大きなところに描けたことが楽しかったです。絵が好きなので、将来はデザイナーになって、ポスターをデザインしたりしてみたいです。中学生になっても絵を描くことは続けていきたいと思っています」(小6、女子)
二日間にわたり講師を担当してくれた、らなさんにもお話をうかがいました。
初開催だったわくわく美術教室。小中学生との二日間はいかがでしたか。
「熊谷東中学の皆さんは経験者だけあって、黒板に描く人と、離れたところから見て指示する人といった協力体制ができているなど、中学生ってこんなにパワーあるのか、とすごく驚きました。一緒にできて私も楽しかったです。
事前のテーマ決めのために私もオンラインMTGで話したんですが、その時はテクニックというより、未来のイメージをみんなで一緒に膨らませるような時間でした。きっとあの後みんなで意見を出しあって、デザインを考えてくれたんだと思います。
小学生のみんなは、初めて会った人同士が決められた時間で一つの絵を描くのはなかなか大変だと思ったんですよね。黒板アートを楽しみにして来てくれる一方で、何を描いたら良いんだろうという不安もあったと思うんです。それで黒板を分割して、同じテーマで描いたものを最後に繋げるという形にしました。いろんな子がいて、それぞれのペースや好みがあって、隣同士で描きながら一つの作品にできたことは、すごくよかったと思います。
みんなすぐに、こうやったらどうかな、とか、面白いモチーフを思いついたりとか、すごく短い時間なんですけど、でも成長していく姿を見せてくれましたね。斬新なアイディアをもっていたり、発見したことを繋げる力がすごくあって、私も刺激を受けました」
2月にセイコーハウスの中央ショーウインドウで開催されたライブペインティングでも、お子さんから大人まで大勢の人が立ち止まって見ていましたね。
「人前で描くことには慣れているんですが、やっぱり少し緊張しましたね。でも何もないところから作り上げてメッセージを伝えるって、ショーウインドウならではの魅力だと思います。過程を大事に伝えることも、私がしたいことの一つですし、ライブでできたことが嬉しかったです。
せっかくライブなので、描いた絵がどんどん変わったら面白いんじゃないかと思って、初めは地球だった絵が、その日の最後には恐竜などの絵に変化するような展開を考えました。お買い物や食事をして戻ってきたら絵が変わってるって、面白いですよね。描いて消して、描き変える。それによって時間の概念を取り入れることができるのも、絵という表現の面白さだと思うんです。私にとって絵を見てもらえた瞬間は、その時が存在した証明でもあるので、絵を使ったコミュニケーションが好きです。絵を描いてる理由の一つでもありますね」
それでも黒板アートは、消すところが大事なんですよね。
「そうですね。もともと私は大きい絵を描くことが好きなんですが、黒板サイズの絵をキャンパスで描こうとしたら、かなりハードルが高いんです。でも、消せると思ったら、大きな絵だって気楽に描くことができます。偶然的で、限定的なものには惹かれるものですし、その時にしか楽しめないことは、魅力的なことでもあると思うんです。作品としての尊さも感じますし、先のことを考えずに描けることもすごく良いです。
あと消す時に、みんなが「えぇー!」とか「消しちゃうの?」とか言ってくれることもテンションが上がるというか、モチベーションになるんですよ。この楽しさを、もっとお伝えできると良いなと思っています」
黒板アート作家
すずきらな
学校の黒板に大きな絵を描く黒板アート作品を多数制作して話題に。
2024年10月10日 「みんなで描こう!黒板アート 学校行事編」(誠文堂新光社)発売
2024年9月 第59回亜細亜現代美術展 入選
2021 年 2021 第105回記念 二科展 入選
2019 年 ART Battle Japan 日本一決定戦 優勝 世界大会日本代表
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