取材・文 やなぎさわまどか
写真 落合直哉
音楽の魅力をさまざまなかたちで発信するセイコーグループでは、プロの音楽家から直接指導を受けられる<時育>セイコーわくわく音楽教室を開催しています。音楽を楽しむことはもちろん、練習の大切さや、間近で感じ取るプロの技術など、貴重な体験と大いなる刺激をお届けする充実のセッションです。
今回は初めて「セイコーサマージャズキャンプ」で講師を務める、アメリカで活躍するジャズミュージシャンたちが、わくわく音楽教室を担当することに。開催地は、ジャズの街として知られる北海道札幌市です。
セイコーサマージャズキャンプとは、プロを目指す16〜25歳の若きジャズミュージシャンをセイコーグループが支援するプログラムのこと。ジャズの本場・アメリカで活躍するプロのミュージシャンたちを招き、理論や技術など、本格的な指導を行うミュージック・キャンプ(音楽合宿)として、2016年より開催しています。
今年も熱いキャンプの終了後、全国でのスペシャルライブを大いに盛り上げた講師陣たち。リーダーのマイケル・ディーズさんを含む6名が、わくわく教室のために札幌へやってきました。会場の札幌芸術の森で待っていてくれた参加者は、「札幌ジュニアジャズスクール(通称、SJF)」の皆さんです。
札幌市は2007年から「札幌がジャズの街になる」をテーマに掲げ、ジャズフェスティバル「サッポロ・シティ・ジャズ」が開催されています。市内の複数箇所でジャズに関する多彩なイベントが行われています。わくわく教室の翌日は、青空の下でジャズに親しむ「North JAM “Picnic” Session」の開催日でもあり、SJFの皆さんは、オープニングアクト(前座)にキャスティングされていました。
「皆さん、こんにちは!会えて嬉しいです。今日は一緒に音楽を楽しむ時間を過ごしましょう」と、マイケルさんからの和やかなあいさつで、スタートしました。
「では早速、みんなの演奏を聞かせてください」
「素晴らしい演奏を聞かせてくれて、ありがとうございます。みんなとっても上手ですね!この曲は元々ブラジルが発祥の、とても楽しい曲です。演奏するときも、体を動かしながら、ダンスを踊るように演奏する練習をしてみましょう」
マイケルさんの提案に、クインシーさんも「じゃ、みんな立ってみましょうか。まずはリズムに合わせて、左、右、左。そう、手を振って。足でステップを踏んだり、体を揺らしてもいいので、自由に動いてみて」とリードしてくれます。
「ジャズを演奏するときはいつも、思わず体が動いちゃうようになるのが大事。座ったままでも足元は動かせますからね。あと一緒に歌ってみると、もっと動きやすくなるかも。さあ一緒に!」
クインシーさんの言葉に、『マシュ・ケ・ナダ』のおなじみフレーズ、 “Obá, obá, obá”と歌いながら体を揺らし始めるSJFの皆さん。すっかり緊張も解けてきました。
みんなの様子を見ながら、「オッケー、いいね。じゃあイントロ部分だけ、もう一回やってみようか」と、繰り返し練習を促す先生たち。みんなの近くに行き、お手本を見せたり、ハイファイブをしたり、ステップを教えたり、と軽やかに、先生たち自身も全身で音楽を楽しんでいることが伝わってきます。
マイケルさんが「音楽は言語と同じ」と言った通り。ジャズを奏でる者同士、国も年代も性別も超えて、気づけば会場は笑顔に満ちていました。
「踊るように楽しむことともう一つ。音楽で大切なことは、一緒に練習する友達がいることです」とマイケルさん。
「例えば、何かのメロディを吹いて、それを聞いた隣りの友達は、自分の楽器で同じメロディを吹いてみせる。それを何人かで順番に何度も繰り返したりすると、楽しいし、すごく良い練習になります」
「例えばこんな風に」と、マイケルさんが短めに吹いてみせると、横にいたディエゴさんがサックスで同じメロディーを吹き、続いてベニーさんがトランペットで同様に応える。三人で音のキャッチボールを繰り返した後、急に恭士さんに振ってみるも、それに見事に応えた恭士さんに、会場全員がワッと沸きました。さすが即興の息もぴったり。
後半はもう一つの練習曲として、SJFの皆さんがジャズのスタンダード・ナンバー、『マック・ザ・ナイフ』を演奏してくれるところから始まりました。
「これもみんな、すごく上手ですね!聞かせてくれてありがとうございます。知ってるかな?この曲は1950年代にヒットして、これまでにたくさんのミュージシャンがレコードにしているし、当時はたくさんの人がダンスをした、とても有名な曲です。誰かこの中で、レコーディングされているこの曲を聞いたことがある人はいますか?」
あまり手が挙がらないのを見て、手元のスマホでボビー・ダーリンの『マック・ザ・ナイフ』を流しながら、マイケルさんの解説は続きます。
「さきほどの『マシュ・ケ・ナダ』がブラジルのボサノヴァであるように、どの曲にも文化的な背景が必ずあります。音楽を演奏するときは、そうした文化まで知ることで、その曲を一層深く理解することができるんです。過去にレコーディングされた音源を聞くことは、とても大切だし、すごく良い練習になりますよ」
「では今度は、僕たちがこの曲を演奏してみますね。聞きながら感じてほしいことは、ジャズとクラシック音楽の違いです。ジャズは多くの曲がライブ演奏でレコーディングされている一方、クラシックは譜面通りに演奏することが最も大事にされてきました。では僕らがどういう風に演奏するのか。聞いて、それぞれ感じてみてください。みんな、準備はいい?」
「ありがとう!それでは今度はみんなの番です。もう一回、今度はできたら譜面をなるべく見ずに、今日話したことを思い出しながら、楽しく『マック・ザ・ナイフ』を演奏してみてください」
先生たちからの提案にほんの一瞬、戸惑いを見せたSJFの皆さんでしたが、できる限り譜面を見ずに演奏してみる人も少なくありませんでした。ギターのヨタムさんからも「わたし自身、音楽を習いたての頃にすごく役に立った教えは、譜面に捉われ過ぎないようにしたことです。だんだん音を自分のものにする感覚がわかり、上達を実感できるようになりました」と、自らの経験からアドバイスも。
最後にマイケルさんからは、「ジャズは、人生をかけて楽しみ、学び続けることができるものです」という、実践者ならではのお話もありました。
「私もこれまでずっと、周りの先生や仲間たちにたくさん質問をしたし、過去の音楽もたくさん聞いてきました。皆さんはすでにとても上手に演奏できるスキルがあるのだから、どうかそのことに自信を持って、これからもたくさん練習を続けてください。今日は楽しい時間をありがとうございました」
あっという間の90分を終え、マイケルさんと恭士さんに感想をお聞きしました。
マイケルさん みんなすごく上手でしたね。きれいに音が出ていたし、集中力があって、音楽に対して真剣でした。今日は「過去の音楽をたくさん聞くといい」と勧めましたが、それは昔のジャズをたくさん聞くことで、どんな音を聴くと、どんな感情になるのかがわかるようになるからです。何度も聞いていると、それぞれの楽器がどのように奏で合うのかもわかってきます。それに、良い音楽を繰り返し聞くこと自体、すごく楽しいことなんだと体感できるでしょう。
良い音楽を聞くことは、それ自体がまるで、体に良い薬のように作用します。「音楽は、人を癒すことができる」。これは、音楽家が伝えられることのなかでも、もっとも重要なメッセージだと思っています。
恭士さん 本当、みんながあまりに上手でびっくりしました。まだあんなに若いのに、すごいことですよね。一番若い子が6歳くらいと聞いていたので、どんな説明の仕方だと伝わりやすいのか、僕らのメッセージの出し方にも、いつもより少し気をつけました。でも伝えたいことはいつも同じ、「楽しむこと」ですね。
マイケルさん あと、仲間がいることの大切さもお話しましたが、私と恭士がとてもいい例です。僕らは20年ほど前に、同じ大学で知り合いました。恭士は当時から、そして今も変わらず、とても親切で優しいんです。友達だから言うのではなく、人として尊敬できる人物なんですよ。
音楽の業界でキャリアを築きたい人は、まず人に親切で、誠実であることが欠かせません。なぜなら、優しさはその人のスキルをより際立たせてくれるからです。ミュージシャンとして成功を目指すなら、まず良い人間であることですね。
恭士さん ミュージシャンに限ったことではありませんが、誰かに親切にしたり、感じよく接することは、周りに伝わり、広がっていくものです。音楽活動を長く続けるには、良い人であることは本当に大切ですね。
そして自分と違う意見に対しても、オープンマインドでいることが大事だと思います。私の場合、高校の先生が初めてベースを紹介してくれて、あの時ベースを選んだことが今のキャリアに繋がっています。自分の感覚を信じて、好奇心を持ち続けていられたら、きっと道は開ける。だから若い皆さんには、これからも積極的に、音楽を楽しんで欲しいです。
マイケルさん 若いみんなに願うことは、お互いをケアし合い、支え合う関係性を築くことです。音楽を通して助け合うことは、世界をより良い場所に変えることにつながる、そう信じています。だからこそ、僕らは生涯をかけて、音楽を続けていく意味があると思います。
SJFでトロンボーンを吹く、小学6年生の加藤千結(かとう ちゆ)さんと、中学3年生の辻谷寛大(つじや かんた)*さんにも感想を聞きました。
千結さん 今日は世界的に活躍されている先生方に教えてもらえるということで緊張していたんですが、始まったらとても楽しくて、あっという間でした。マイケル先生はサックスやトランペットで吹くような、すごく早いメロディもトロンボーンで吹いていて、本当にすごい!今日教えていただいた「体を動かしながら演奏すること」は、普段の合奏の時にもやってみたいと思いました。
寛大さん 先生たち、本当にすごかったです!マイケルさんのグルーブ*がかっこよくて、近くに来てくれた時はちょっと緊張したけど、一緒に演奏できて、とっても楽しい経験になりました。今日は特に、リズムの取り方を体感できたことが勉強になりました。SJFでジャズを始めてから5年になりますが、来年はセイコーサマージャズキャンプのオーディションに挑戦したいと思っています。そして、いつかはプロになりたいです。
さらに翌日、North JAM “Picnic” Sessionのオープニングアクトを見事に務めた後のおふたりにも、少しお話しが聞けました。
千結さん (ステージを終えて)昨日わくわく教室で習ったことを思い出しながら、演奏の途中で手拍子をする時などは特に笑顔で、楽しみながらできたと思います。また昨日教えてもらったことを忘れないように、同じパートの人たちともっと息の合った演奏ができるように、練習を続けていきたいです。
寛大さん お天気も良かったし、お客さんもたくさんいて、すごく楽しく演奏できました。マイケル先生たちが言っていたことを思い出しながら、今日はとにかく楽しむことに集中できたと思います。
今の目標は、もっと体で楽しめるようになることです。譜面通りに吹くのはもちろんですが、譜面を見ていてはどうしてもリズムに乗りきれないので、頭で考えすぎず、音を体に染み込ませるように楽しめるようになること、それが目標です。
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