取材・執筆:淺野義弘
取材・編集:友光だんご(Huuuu)
撮影:番正しおり
私たちの生活は様々な電子機器に支えられており、その動力となる電池も欠かせない存在です。セイコーは1975年から腕時計用の電池を量産しており、現在では防犯カメラやドライブレコーダー、医療用モニタリングデバイスなど、様々な領域でその技術が活躍しています。
電池式の腕時計は、小型で正確な動作が求められるウェアラブルデバイスの代表格と言えるもの。かつて時計のために作られた電池が、時を超えて様々な機器に使われるようになった背景と、セイコーが手がけている製品の特徴について伺いました。
セイコーが電池事業に取り組み始めたきっかけを教えてください。
今井:セイコーは1950年代に腕時計の動力部品であるゼンマイの研究に取り組み、仙台の工場でゼンマイの生産を始めました。当時は腕時計といえば電池ではなく、ゼンマイを動力源とする「機械式」だったんです。その後、1969年にセイコーが世界初のクオーツ式腕時計「アストロン」を開発して以降は、水晶振動子を発振させ、モーターで時計の針を動かす「クオーツ式」が主流になっていきました。
セイコーは時計の部品をすべて自社で開発する方針を取っていたため、ゼンマイを製造していた工場で、腕時計用の電池も作るようになったのです。これが、電池事業の始まりだと聞いています。
ゼンマイと電池では領域が異なるように思えますが、問題なく製造できたのでしょうか。
原:もともと素材研究からゼンマイの製造を始めていたので、材料の扱いには長けていました。たとえば、電池の内部には電解液が入っているのですが、取り扱いの難しい液体材料を封止し、それを量産できるのは、セイコーならではの強みです。電解液が漏れ出すと機械全体に悪影響を与えるため、耐漏液性の高さは重視しているポイントです。また、時計の開発で培った技術により、超小型の電池を提供できることも特徴と言えます。
クオーツ式腕時計の普及に合わせ、時計を動かすための電池を開発し始めたセイコー。現在は使い切り式の「酸化銀電池」と、充電して繰り返し使える「リチウム二次電池」の2種類を扱っており、いずれもサイズが小さく、そして高い耐漏液性が特徴の製品です。まずは酸化銀電池について詳しく伺っていきましょう。
酸化銀電池にはどのような特徴があるのでしょうか。
原:酸化銀電池の特徴は、電池が切れる直前まで電圧が安定していることです。クオーツ式腕時計は水晶の振動で動くため、電圧が変動すると時間が狂ってしまいますが、酸化銀電池の安定した電圧のおかげで、交換するまで安定した動作が可能です。
時計を安定して動かすために、酸化銀電池の特徴が適していたのですね。
原:新たに電池交換式の腕時計が開発されることは減りましたが、現在使われている腕時計での交換需要があるため、酸化銀電池のニーズは今も根強いんです。酸化銀電池は他の電池に比べて安全性が高いため、輸送規制が少なく、低コストで世界中に輸出できるのも特徴です。
最近では、酸化銀電池が医療デバイスでも使われていると伺いました。
原:酸化銀電池は長年、時計だけに使われていましたが、10年ほど前から新しい用途を探す中で、医療用のモニタリングデバイスと相性が良いことがわかりました。
CGMと呼ばれるパッチ型の血糖値計で、酸化銀電池の入った専用のセンサーを糖尿病患者の腕やおへそあたりに貼り付け、数週間にわたって利用します。定期的に通信でデータを送り続ける必要があるので、安定した電圧を供給できる酸化銀電池の特性とマッチしていたんです。小型でありながら電池の容量が大きく、かつ耐漏液性が高く安全に利用できることも好相性でした。
なるほど!小型で安全性が高いので身に着けるセンサー用として最適だったのですね。他にも色々な応用先が見つかりそうです。
続いては、リチウム二次電池について教えてください。
今井:二次電池とは、充電して繰り返し使える電池のことです。セイコーが機械式やクオーツ式に加え、デジタル式の時計を作るようになり、ソーラー発電とも組み合わせられるようなリチウム二次電池の研究が始まりました。
今井:腕時計の進化と同じタイミングで、カメラや携帯電話、パソコンなどの電子機器も登場しました。これらの機器には時計機能が搭載されていますが、時刻を正確に管理するためには専用のIC(集積回路)が必要です。通常時はメインバッテリーでICが駆動していますが、電池交換やバッテリー切れのタイミングでも電力供給が途切れないように、IC専用の二次電池を搭載するようになったのです。
普段はメインバッテリーから、メインバッテリーが使えない時はリチウム二次電池から時計用ICに給電しているのですね。リチウム二次電池自体はメインバッテリーから充電することで、特別な作業をしなくても時刻を正しく管理できる。
今井:当時のデジカメや携帯電話は、バッテリーを本体から取り外して予備バッテリーに交換するタイプのものが多かったので、交換の間、時計用ICをバックアップ駆動させるための二次電池が求められるようになってきたのでしょう。
セイコーが時計用に開発していたリチウム二次電池も、こうした電子機器の時計用ICのために活用されることが増え、メインバッテリーを取り外せるタイプの携帯電話が普及した際などには、とても大きな需要がありました。
リチウム二次電池は防犯カメラやドライブレコーダーにも利用されていると伺いました。
今井:防犯カメラは時刻を、ドライブレコーダーはGPS情報などを常にICで記録したり、バックアップしたりする必要があります。これらの電子機器は、熱がこもって高温になる車内や食品倉庫のような低温下、あるいは電波が届かずネット経由で時刻補正ができない場所など、過酷な環境で使われることも多いんです。そこで、弊社では一般的な二次電池よりも動作温度の幅が広い、マイナス40℃から85℃まで使える製品を提供しています。
また、大量に生産される工業製品では、基板への取り付けにも工数がかかります。そこで、手作業のはんだ付けやソケットへの差し込みではなく、機械による熱処理で固定できるリフロー実装用の製品を開発し、大量生産のニーズに応えることができました。加えて、充放電のサイクル寿命が長いことも、弊社の製品が選ばれる理由の一つだと考えています。
今後取り組んでいきたい領域があれば教えてください。
原:電池の進歩は劇的なイノベーションというよりも、日々の改善の積み重ねによって、少しずつ性能を向上させてきました。医療デバイスを始め、今後も0.1mm以下の単位で小型化が進む電子機器において、50年以上積み重ねたセイコーのノウハウが活かせると考えています。
今井:IoTデバイスの中には、CGMのように一次電池を使っているものもあります。ですが、我々の二次電池とソーラー発電技術などを組み合わせれば、電池交換せずに使い続けることができるかもしれません。セイコーはソーラーウオッチで既にその実績があるので、どこかの企業で採用いただけたら嬉しいですね。電池事業は時計から始まったので、その延長線上でお客様のニーズに応える商品を提供し続けたいです。
マイクロ電池の性能向上は、貴重な金属資源を守り、環境を配慮することにも繋がっていきます。元々は腕時計のために培った技術が、小さいながらも安定した電池を生み出し、この先の暮らしも支えてくれるのでしょう。「小型化とウェアラブル化が進む世の中の電子機器は、すべて腕時計サイズに近付いているのかもしれません」と語る今井さん。まるで未来を先取りしていたような、時代を跨ぐ小さな電池の可能性が感じられます。
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