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道路(街灯)の写真

部屋の照明や街灯、スマートフォンにPCなど。私たちは生活のさまざまなシーンで電気を使っています。今や電気のない生活は考えられないほどで、ひとたび停電が起きると不安な思いをしますよね。でも、このままだと10年後の日本では、停電だらけになってしまう可能性があるそうなんです。

その理由は、電気設備を保安する人が減ってしまうから。発電所から送られてくる電力を安全に扱うためには、設備の調整や定期的なメンテナンスが欠かせません。

電気設備を保安する人 写真

こうした日常的な管理やトラブルへの対応は、日本各地の電気保安協会に所属する技術者が中心に担っています。ですが、高齢化などの理由で人材が不足し、このままのペースでは業務が追いつかなくなる未来が予想されています。

こうした課題を解決するために、セイコーソリューションズが東北電気保安協会とともに開発しているのが「AIスマート保安サービス」です。

AIスマート保安サービス 図

その内容は、受変電設備にセンサー端末を取り付けることで高精度な自動点検を行い、さらにAIの判断によって保安業務の負担を減らそうとするもの。日常的なメンテナンスの効率を上げるだけでなく、災害時の復旧にかかる時間を大幅に短縮させた実績もあり、これからの活躍が期待されています。

私たちの電気をめぐる課題を、AIスマート保安サービスはいかに解決してくれるのか? 開発の経緯や仕組み、未来の展望について、セイコーソリューションズの担当者に話を伺いました。

電気のある生活は、保安業務によって支えられている

相原正仁さん(写真左)と小林実央さん(写真右)

話を伺ったのは、こちらのお二人。セイコーソリューションズ IoTソリューション本部 IoTソリューション第2営業統括部長 相原正仁さん(写真左)と、同第2営業統括部 IoTソリューション部 小林実央さん(写真右)です。

そもそも、電気保安とはどういうお仕事なんでしょうか?

相原:まずは電気が作られてから、私たちのところに届くまでの流れをざっくりと説明しますね。

電気が私たちのところに届くまでの流れ 図

相原:発電所で作られた電気は、電線を通して私たちが生活する家や建物までやってきます。電圧が高い方が送電効率がいいので、最初は何万ボルトもある状態なのですが、私たちが日常的に使うのは大体100Vの電圧ですから、使う前に電圧を調整する必要があります。

電柱には6,600Vの電圧で電気が届くそうですね。

相原:おっしゃる通りです。一戸建ての建物では、電力会社さんが電柱から100Vに変換して各家庭に引き込んでいますが、それ以外の集合住宅や商業施設などでは、受変電設備(キュービクル)と呼ばれる設備を経由して、電圧を調整しているんです。大きな鉄の箱に入っているもので、みなさんも見たことがあるのではないでしょうか。

受変電設備(キュービクル) 写真

キュービクルの一例。建物の大きさによって規模もさまざま

たしかに見覚えがあります!マンションの隅や屋上にも設置してありますよね。

相原:キュービクルの管理は、建物のオーナーの責任で行うことが法律で義務付けられています。ただし、高圧電力はとても危険ですから、国家資格を持っていないと扉を開けることさえ許されません。

そこで活躍するのが、全国10地区の電気保安協会などに所属する「電気主任技術者」という有資格者たちです。電気保安協会がオーナーから依頼を受けて、キュービクルの点検やメンテナンス、すなわち電気保安業務に取り組んでいるわけです。

電気主任技術者の方は、具体的にどのような業務を行うのでしょうか?

相原:毎月一度の設備点検や、年に一度、法規的に停電を起こして状態をチェックすることなどが求められています。これを怠ると、漏電に気づかず建物内で感電が起きてしまったり、うまく送電できず急に電気が使えなくなってしまったりするわけです。

私たちが当たり前に電気を使っている裏側には、保安業務を行う人たちの支えがあったのですね。

相原:意図せぬトラブルが発生した場合には、キュービクルに駆けつけて復旧業務も行う、まさに電気のある暮らしに欠かせない人たちです。しかし、そんな保安業務という仕事は、近年大きな課題を抱えているんです。

人材不足と「異常検知の精度」が大きな課題

相原正仁さん 写真

電気保安業界が抱えている課題について教えてください。

相原:まずは人材不足です。各地の電気保安協会は人が集まりづらい状況があります。地域ごとの特色あるCMでそれなりに知名度はありますが、専門的な試験の難しさもあって、新卒や転職先としての選択肢になりにくいようです。

電気保安の仕事は成果が分かりやすく世に出るわけではないから、そこで働くことをイメージしづらいのかもしれません。

相原:インフラを守る大切な仕事なんですけどね。さらに、現役の電気主任技術者の平均年齢は高いそうです。10年も経ってこの方達が定年を迎えた場合、後続もいなければどうなるか。設備の需要に対して供給が追いつかず、おそらく頻繁に停電が起きてしまうでしょう。

経済産業省の調査によると、2030年には約2千人の電気主任技術者が不足する見込みですが、これは本来必要とされる人数の1割程度。もし実際に電気主任技術者が少なくなり、十分な点検を受けられない状況になれば、停電はもちろん、漏電や火災といったトラブルが増加することも避けられません。

当たり前に守られていた電気の安全が、あと数年のうちに失われてしまう可能性があるのですね。多くの人の生活に関わる、危機的な状況と言えるかもしれない。

インタビュアー 写真

相原:もう一つの課題が、キュービクルにおける「異常検知の精度」です。今までも漏電を検知する仕組みはあったのですが、修理するために足を運ぶと、全体のうち2割程度は故障が直っているようなことが発生していたそうです。緊急性がないにも関わらず、漏電を検知している以上、まずは足を運ばなくてはいけなかったんです。

ただでさえ人手が足りないのに、5回に1回は動く必要のないエラーに対処しなければいけなかった。安全性が大事とはいえ、不必要な出動が重なると、技術者のモチベーションにも影響しそうですね。
そうした悩みを解決するために、東北電気保安協会さんから、セイコーさんに相談があったのでしょうか。

インタビューの様子 写真

相原:最初にお声がけいただいたのは、ちょっと違う理由だったんです。もともとキュービクルには絶縁監視装置がついており、漏れ電流の異常を検知すると通信で伝える仕組みがありました。あるとき東北電気保安協会さんが通信装置を調べてみると、そこにセイコーの通信モジュールが入っていたそうです。

キュービクルには昔からセイコーの技術が使われていたのですね!

相原:はい、10年以上前から使われていたそうで。その通信モジュールが対応していた電波帯が停波してしまうので、新たな電波帯に対応させてほしいという相談をいただいたんです。そこで詳しく話を聞いていくうちに、人材不足や故障原因の特定の難しさを教えてもらって。このままではいけない、何か力になれることがあるだろうと考え、ソリューションの開発提供へと話が進んでいきました。

ベテランの知見を反映した、センシング&AI分析システム

小林実央さん 写真

電気保安が抱えている「人材不足」と「異常検知の精度」という課題に対して、どのようなアプローチで解決を目指したのでしょうか?

小林:私たちが開発するAIスマート保安サービスは、漏れ電流の値だけでキュービクルの異常を検知していた絶縁監視装置に対し、多くのセンサーやAIによる判断を加えていることが特徴です。複数のセンサーが集めた情報をAIが複合的に判断し、まずはエラーの原因を特定する。その上で本当に対応が必要な時にだけ出動を判断するので、電気主任技術者の負担を減らすことができるんです。

スマート保安機器 写真

キュービクルに取り付けるスマート保安機器。通信モジュールと接続された制御端末に、長いケーブルで複数のセンサーがつながれている

小林:このスマート保安機器はインターネットに接続されており、電圧や電流に加え、温度や湿度、オゾンや超音波といった情報もセンサーで取得し、常にサーバー上で記録しています。

人間の五感をセンサーで代替しているようなイメージですね。

小林:キュービクル内で絶縁破壊(※本来は電気が流れない絶縁体に大きな電圧がかかり、電流が流れてしまう現象)が起こると、超音波が発生し、その数秒後にはオゾンガスが発生することが研究で明らかになっています。センサーで取得したデータをAIが判断して、数値の変化がこのパターンと合致した場合には絶縁破壊への対処が必要ですが、それ以外は別の原因であることがわかるのです。

単一のセンサーでは判断できないことでも、複数組み合わせて分析すれば、その経緯がわかる。複数のセンサーやAIの判断によって、緊急性のないアラートに対応する無駄が省けるようになるのですね。

各センサーの値を記録したグラフ

システム上で確認できる、各センサーの値を記録したグラフ

小林:ベテランの技術者は、現場に行くと匂いや雰囲気でエラーの原因がわかるそうです。もしかすると、超音波やオゾンの匂いを感じ取っているのかもしれませんね。ちょっと私たち素人には計り知れない領域ですが……(笑)。

私たちのAIは大学の先生の協力を得ながら作っているものですが、そうしたベテラン技術者の感覚をデジタルに落とし込み、知識や経験を次世代へと引き継いでいく役割も担っていると言えるかもしれません。

現役の電気主任技術者たちが引退する前に、その技術を再現可能なデジタルデータやAIとして残せれば、ノウハウが失われることを防げそうですね。他に電気保安システムならではの特徴はありますか?

小林:キュービクルは設置される場所によって環境が異なるので、まずAIはその場所の「普通の状態」を学ぶように設定されています。また、どうしても機械は劣化していくものですから、いつまでも新品のデータをもとに判断していてはいけません。定期的に「普通の状態」を更新していく、忘却型のAIであることも特徴です。

スマート保安機器が設置されたキュービクル内の様子 写真

スマート保安機器が設置されたキュービクル内の様子

小林:ただし、現在は安全性の観点から、システム上ではあくまで「こういう故障の可能性が高い」と伝えるまで。最終的に出動するかどうかの判断は人間に任せています。それでも、異常時対応の精度が上がって出動の回数が適切に減っていけば、人材不足の解消にもつながっていくと考えています。

災害からの復旧にも効果を発揮。活躍の幅は広がっていく

インタビューの様子 写真

AIスマート保安サービスは、現在どれくらいの規模で使われているのでしょうか?

小林:今のところ、東北電気保安協会を中心に、現在は数百か所ほどで運用しています。AIなどの先端技術に親しみのない方も多いので、フィードバックをもらいながら慎重に進めている状態ですが、私たちが想像していなかった活用事例も生まれています。こちらの地図をご覧ください。

異常を感知したキュービクルの位置を地図上に表示した画面

スマート保安機器が設置されたキュービクルの位置が、いくつかの色に分けて表示されていますね。

相原:2022年3月16日に福島県沖で起きた地震の影響で、一帯で停電が起きたときのデータです。東北電気保安協会も復旧のために動く必要があるのですが、そもそも大元の発電所から電気が来てないのでは、足を運んだところで対処のしようがありません。スマート保安機器が状態を判断して「そもそも発電所から電気がきていない」のか、「キュービクル内で異常が起きている」のかを地図上で可視化したことで、技術者が足を運んで対処すべき場所がわかったんです。

平時のメンテナンスの効率化のために始めたことが、災害時にも効果を発揮したのですね。

相原:これまでは地震が起きたら、手元にあるリストを全部取り出して、一軒一軒電話で状態を聞いていたそうです。こうして視覚的に被害状況を確認し、対処すべき場所だけに人員を集中させたことで、1週間ほどかかる見込みのところ、数日で復旧が完了したそうです。

大幅に時間が短縮されたのですね。大規模な自然災害も増えていますから、スピーディな対応に役立つ情報は重要性を増していきそうです。

「第5回インフラメンテナンス大賞」優秀賞の表彰盾

セイコーソリューションズと東北電気保安協会の取り組みは、経済産業省が実施する「第5回インフラメンテナンス大賞」で技術開発部門の優秀賞を受賞した

電気が必要な施設には必ずキュービクルがあるし、保安の必要もある。そう考えると、AIスマート保安サービスが活躍する場所も増えていきそうだと思いました。

小林:全国の電気保安協会はもちろん、個人で保安の仕事をしている方もいますし、高速道路や大型のビルなど、さまざまな場所での活用を想定してリサーチを続けています。現場ごとに専門的な知識が求められるので、学ぶことがとても多いですね。

東北電気保安協会が管理している40,000箇所のキュービクルをマッピングした画面

東北電気保安協会が管理している40,000箇所のキュービクルをマッピングしたもの

相原:先ほどお見せした災害時の地図も、土砂崩れや浸水の状況が示された衛星画像などと組み合わせれば、より適切な対応やアフターサービスができるようになるはずです。地上にこれだけの数のセンサーがあって、アクティブに動いているのだから、そのデータを活用できることが我々の大きな強みだと考えています。

相原正仁さん(写真左)と小林実央さん(写真右)

おわりに

10年後の話を聞いた時にはどうすれば……と思いましたが、今回、紹介いただいたスマートAI保安サービスが持続可能な未来を支えていくことに、希望が見えてきました。

印象に残ったのは、電気というインフラの重要性。お店やオフィスが停電したら、経済活動に支障が出るし、病院では命に危険が及ぶかもしれない。電気を止めずに活動を続け、不測の事態に備えるための電気保安の重要性が、身に染みてわかりました。

私たちの生活に欠かせない電力。それを支える電気主任技術者たちを、セイコーの技術が支え、次の未来へとつなごうとしていました。

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