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歯科治療の椅子に座る様子 写真

みなさんこんにちは。今日はセイコーのグループ会社「セイコーフューチャークリエーション」の取り組みを取材にきたのですが、なぜだか歯科治療のイスで横になっています。 時計でおなじみのセイコーのなかでも、開発技術に特化した人が集まるというセイコーフューチャークリエーション。そんなチームと歯医者さんとの間には、いったいどんなつながりがあるのでしょう。 その答えが、このとても小さな電子部品。

小さな電子部品 写真

小さすぎてよく見えない? ではもう少し拡大しますね……。

小さな電子部品 写真

よく見ると、基盤やバッテリーらしき部品が

こちらは15.5×5.0mmという極小サイズながら、口の中で温度を計測し、そのデータを無線で送信する「口腔内センシングデバイス」です。しかも、電池一つで180日間も動作し続ける、小型&長寿命の画期的なセンサーなのだとか。

取材の様子 写真

この口腔内センシングデバイスは、セイコーフューチャークリエーションと昭和大学歯学部の教授による共同研究によって開発されています。 矯正用のマウスピースに取り付けて治療に役立てるだけでなく、将来的にはインターネットに接続してIoT化したり、体温や呼吸の観察で歯科以外の治療にも活用したりと、さまざまな展開も見込まれているんです。 そんな可能性に満ちたデバイスの使い方や開発の経緯、今後の展望などについて、研究を先導するお二人に伺いました。

正しい治療をするために、客観的なデータを記録する

セイコーフューチャークリエーション 開発一部部長 電子デバイス担当の吉田宜史さんと、昭和大学歯学部教授の槇宏太郎先生 写真

話を伺ったのは、こちらのお二人。セイコーフューチャークリエーション 開発一部部長 電子デバイス担当の吉田宜史さん(写真右)と、昭和大学歯学部教授の槇宏太郎先生(写真左)です。

見せていただいたデバイスの小ささにびっくりしました。こちらは、どのように使うものなのでしょうか?

吉田:歯を矯正するマウスピースに取り付けることで、装着した人の口の中の温度を継続的に記録するための道具です。マウスピースを付けているときと外しているときで温度が変わるので、患者さんが装着している時間を正確に知ることができるんです。毎日使っても、180日くらいは計測を続けられますよ。

口腔内センシングデバイスを取り付けた矯正用マウスピース 写真

口腔内センシングデバイスを取り付けた矯正用マウスピース

歯にかぶせた状態のマウスピース 写真

デバイスを装着したマウスピースを歯に被せて使用する

装着時間がわかると、どのようなメリットがあるのでしょうか?

槇先生:このタイプのマウスピースは患者さん自身が着脱するので、病院で矯正の経過を見るときも、付けていた時間を本人から聞かせてもらいます。そこで、人によっては「言われた通りにマウスピースをつけていなかったことを叱られる」と思うのか、実際よりも長い時間を申告する方もいらっしゃるんです。

先生の言うことを守れていないと、ちょっと引け目を感じてしまう気持ちはわかります。

昭和大学歯学部教授の槇宏太郎先生 写真

槇先生:でも、正しくない時間を報告することは、とても危険なんです。飲み薬で考えるとわかりやすいですが、本当は1粒しか飲んでいないのに「2粒飲んでいる」と言われたら、薬の効き目が弱いと判断して、次回からは量を増やそうという方針になりかねないですよね。

マウスピースも同じで、事実と異なる装着時間を伝えられてしまうと、矯正の強さを正しく調整できません。場合によっては、必要以上の負荷をかけてしまい、歯が倒れてしまうかもしれない。装着している時間を正確に知ることで、より良いオーダーメイドの治療につなげられるんです。

ごまかそうとする気がなくても、つけていた時間を正確に覚えていなかったり、忘れてしまったり、ということは起きそうです。人に代わってデバイスが正確に記録してくれるのは、患者さんにとっても先生にとっても安心ですね。

小さくて省電力。時計開発のノウハウが歯科のニーズにマッチした

話を聞く筆者 写真

吉田さんと槇先生は、どのように知り合ったのですか?

槇先生:歯科用品はニッチで、進化が遅い分野です。装着時間がわかるマウスピースも、他の誰かが商品化するのを待つのではなく、自分たちで開発したいと思って工学系の学会に参加しました。そこで「こういうものが欲しい」というニーズと、「こういう技術がある」というシーズ(種)をマッチングさせる場があり、たまたまセイコーの方とお話をしたのが始まりです。

おぉ、学会が出会いの場だったんですね。セイコーが欲しい技術を持っていそう、と最初から頭にあったのでしょうか?

槇先生:いえ、全然(笑)。でも、言われてみれば、普段から時計を作っているのだから、「電池で動く小さいもの」を作れるのはセイコーさんだろうと思ったんです。

吉田:先生の要望は、とにかくデバイスを小さくして口の中に入れたいというものでした。消費電力の少ない温度センサーを使うことを提案し、無線で情報を飛ばせる部品と組み合わせて試作機を作ったのですが、いざ動かしてみると、電池が想定していたよりも持ちませんでした。会社でフル充電したのに、病院で槇先生に見せた時にはもう動かなくて……。

動作時間のほかにも、口の中に入れるものなので、生体適合材料で覆わないといけなかったり、舌が当たっても違和感がない位置やサイズへの調整が必要だったりといった課題があり、開発のしがいがあると感じました。

電子部品の画像

最初の試作機(一番左)から現在のデバイス(一番右)に至るまで、4年ほどかけて改善を続けてきた

小型化と長寿命化の両立は、矛盾するように聞こえます。課題を解決するために、どのような工夫をしていったのでしょうか。

吉田:小さな電池でも長続きするように、電子回路の設計や部品を改善しました。無線通信が届く距離も、必要十分な性能に調整しています。また、不使用時の電力を節約するためにON/OFFを切り替えたかったのですが、触って操作するスイッチをつけると、そこから水が入ってしまうという課題がありました。そこで、防水性と省電力を両立するために、「エネルギーハーベスト」と呼ばれる仕組みを採用しています。

エネルギーハーベスト?

吉田:太陽発電のような、強い光を当てることで発電する仕組みです。私は昔、着用者の体温と外気温の温度差で発電する腕時計の開発を担当していました。そこでは、熱発電で生まれた小さな電力を、時計を動かせるくらいまで昇圧する回路を作っていたんです。

その技術を応用し、今回は防水用の素材で覆った上から光を当てることで小さな電力を生み出し、そこからデバイスが起動してセンシングを始める、という仕組みになっています。

腕時計で培ってきた技術が、デバイスに必要な機能にフィットしたんですね。

セイコーフューチャークリエーション 開発一部部長 電子デバイス担当の吉田宜史さん 写真

吉田:デバイスを開発する過程で、ワイヤレス給電を専門とする研究者の方にも声をかけました。今の電池は使い切りですが、より使いやすくするために、ワイヤレスで充電できるバージョンも開発しています。

温度だけじゃない。センシングデバイスと医療の未来

デバイスからのデータを可視化するアプリ 写真

デバイスからデータを受け取って可視化するアプリ。デバイスが感知した温度変化がグラフとして表示される

デバイスもアプリも実用レベルになり、実際に使える日も遠くなさそうですね。

吉田:いまは研究チームで実験を重ね、病院の患者さんにも協力してもらいながら、実用化に向けた準備を進めている状態です。

槇先生:デバイスを医科(内科、耳鼻科)に見せたら、いろいろな分野で使えるのではないか?という反応がありました。体温の変化を見て身体の異変に早く気づいたり、センサーを変えて顎の動きや呼吸量を取れるようにしたりと、さまざまな応用法について予備実験をしています。

身体のデータを測る方法はたくさんありますが、皮膚を傷つけずに正確なデータを取れるものは珍しいんです。口の中は皮膚というよりも粘膜なので、多くの情報を含んだ体液がある。そこから長時間にわたってデータを集められることには、大きな価値があります。

時間とともにさまざまに変化する、人間のデータを測る。言うなれば、今まで手付かずの領域だった「生物の時間」を測る装置として、口腔内センシングデバイスには大きな可能性があると思っています。

身体の中に装着するウェアラブルデバイスとして、いろいろな応用が生まれていきそうでワクワクします。

昭和大学歯学部教授の槇宏太郎先生 写真

こうしたデバイスを日常的に使えるようになれば、患者さんも自分で健康状態を判断できるようになるのでしょうか?

槇先生:そこは諸刃の剣というか、難しいところですね。データを見ても、誰もが正しい判断をできるとは限りませんから。最近は人工知能がめざましく発展しているので、そことの組み合わせがうまくいけば、ようやく医師の仕事が減っていくのかもしれません。

あくまでデータはデータであって、その先の判断には専門的な知見や、分析のためのテクノロジーが求められるのですね。

吉田:分析のためのビッグデータを構築するために、このデバイスをIoT機器として活用することも想定しています。

槇先生:インターネットに繋いだら、高齢者の見守りのようなことにも使えるかもしれませんね。マウスピース以外にも、入れ歯やインプラントとの組み合わせもありえるでしょう。発病する前の微小な変化を捉えられれば、ひどくなる前に治せる。「未病」(みびょう)という考え方も実践できます。

視点と強みが混じりあう、ギブアンドテイクの産学連携

取材の様子 写真

病院ならではのニーズや視点と、それに応える企業の技術があるからこそ、ここまでプロジェクトが進んできたのだと感じました。共同研究を進めるにあたって、なにか気をつけていることはありますか?

槇先生:これまでも頭部のCTスキャナーや練習用の歯科患者ロボットなどの分野で、企業との共同研究に取り組んできましたが、ギブアンドテイクが成り立たないと、決して前には進みません。この研究からセイコーさんにフィードバックできることがあるはずですし、私たちも多くのことを学ばせてもらっています。お互いがWin-Winの関係になれるよう、情報交換はとてもオープンにおこなっていますね。

吉田:お互いが気を遣わず「デバイスの改良はまだですか?」「まだ実験しないんですか?」なんて言いあえる関係になっていると思います(笑)。

また、実験に必要な倫理審査や、実用化のための国の審査を通すためには、やはり先生たちのお力が必要です。私たちだけでは解決できないことがたくさんありますし、会社にいるだけでは分からない、別分野のことを知る機会にもなっています。

槇先生の研究チームメンバーと吉田さん 写真

槇先生の研究チームメンバーと吉田さん

お話ししている様子を見ていて、チームのような一体感が伝わってきました。

吉田:そうですね、仕事に直接関係のないところでもよく話をするようにしています。2週間に1度は松戸の研究所から大田区の昭和大学病院に足を運び、槇先生や大学院生の方々と直接やりとりをして、デバイスへの要望を聞いたり、開発のヒントをもらったりしています。学生さんから論文の相談を受けることもありますよ。

歯科治療室内部 写真

今後もこうした共同研究には、積極的に取り組んでいくのでしょうか?

吉田:先生たちからもいろいろなご要望をいただいていますが、まだ追いついていない状況です。私たちはセイコーの中でもフューチャークリエーション、つまりは新しい事業を起こすというミッションを持っています。槇先生との共同プロジェクトは、まさに新しい事業そのものですし、しっかり取り組んでいきたいです。

槇先生:面白いプロジェクトだと思うし、セイコーの人たちはすごい技術があるから、これからも一緒に頑張って進めていきたいね。

セイコーフューチャークリエーション 開発一部部長 電子デバイス担当の吉田宜史さんと、昭和大学歯学部教授の槇宏太郎先生 写真

小さく、長持ちして、安心して使えるもの。そんな腕時計のように、私たちのそばで暮らしを支えてくれるアイテムとして、口腔内センシングデバイスが新たな歯科治療の技術として研究が進められていました。セイコーフューチャークリエーションが手がける、立場や領域を超えた新しいテクノロジーの活用が、今後も楽しみです。

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プロフィール写真

大学教授
槇 宏太郎

 1984年、昭和大学歯学部卒業。1989年に昭和大学大学院・歯学研究科を修了、2003年に昭和大学歯学部主任教授へ就任。2013~2019年、昭和大学歯科病院長ののち、2019年より昭和大学歯学部長を務める。

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