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2022年の春から段階的に「育児・介護休業法」が改正されていることをご存知でしょうか。事業者への義務化に伴い、セイコーグループでは10月1日より、出産育児に関する制度が改定されました。
従来の育休とは別の制度として新たに創設された「出生時育児休業(通称:産後パパ育休)」(出生後8週間以内に最大4週間)ですが、注目すべきは、セイコーグループが出生時育児休業を法定を上回る100%有給として導入した点です。
 
本施策を決めた高橋修司社長の視点は、男性社員の育児参加を後押ししたい思いと共に、さらにその先にあるものに向けられていました。

「これは育休を取る人に限らず、いろいろな働き方を応援するためのひとつに過ぎません」と語る高橋社長と、”笑っている父親を増やしたい"という気持ちからNPO法人ファザーリング・ジャパンを運営する安藤哲也さんの対談を通して、セイコーの人材戦略への思いを深掘りしたいと思います。

安藤さんと高橋社長の対談の様子

安藤氏(写真左)を講師に迎え、セイコーグループ社内セミナーとして男性社員の育休取得に関する講演を開催。高橋社長(右)からのメッセージと共に、多様な働き方がもたらすメリットについて熱く語られた。

ワークライフバランスを女性だけの問題にしない

安藤さんのご講演では、ご自身の育児経験なども踏まえてお話されていましたね。

安藤さん:わたし自身これまで、自分の三人の子育てに積極的に関わってきました。管理職だった時から保育園のお迎えもしていましたし、どうしたら成果を上げながらも定時に帰ることができるかと常に考えながら仕事をしていたんです。学校の三者面談などにも有休を使って行ってましたね。当時はまだ父親の育児参加を珍しがられましたが、やろうと思えばできたんです。また、上司がそうすることで部下たちの意識も変わっていきます。現在ファザーリング・ジャパンがNPOとして行っていることも、そうした社会変容を目的としています。

セイコーでは2013年から女性活躍推進を掲げ、さらに現在では全員活躍推進という取り組みを進めていますが、社内で起きた変化をどのように実感されていますか。

高橋社長:活動を開始した2013年時点では、5.3%だった女性管理職比率を3年で10%に引き上げることを目標に掲げていました。最初のうちは順調に女性のマネジメント層が増えたのですが、そのうちに現実的な問題が浮き彫りになったんです。それは、男性の管理職をロールモデルにしていたため、仕事と家庭・育児を両立しながら管理職として働く女性社員に負担が集中してしまうという問題でした。

安藤さん:多くの大企業で同じ問題を抱えてきたと思います。大変そうな女性管理職を見ていると、後輩の女性たちは管理職になることに魅力を感じなくなり、キャリアよりも家庭や育児を優先するために一線から退く、いわゆる「マミートラック」と呼ばれる人材損失の問題も起こります。それでも女性社員に下駄を履かせようと思ったら、今度は男性社員たちに対して昇進機会を奪われるような不安を与えてしまうでしょう。

安藤さん 写真

ご自身も二男一女の父親である安藤さん。乳児期から子どもに向き合った子育ての経験が、仕事でもさまざまな面で役立ったそう。

高橋社長:セイコーでも女性管理職比率の伸び率が頭打ちになってしまったことで、女性だけの問題ではないことを明確に認識しました。上司や仲間の理解を伴い、結局は全社員が活躍できる職場にしなくてはいけない。残業が前提でたくさんの業務量に対応できる人が評価されるような人事制度そのものを変える必要があると思いました。

安藤さん:どうしてもキャリア的に忙しくなる年代と、家庭や子どもをもつ年代が重なるんですよね。女性の社会的な活躍を意味する女性活躍と、男性の家庭での活躍。その両方をミックスして、どちらも生きやすくすることが僕らの活動でもずっと伝えてきたことです。

セイコーが目指すダイバーシティのかたち

安藤さん:今回、国の産後パパ育休制度導入にあたり、セイコーさんでは100%有給にしましたね。これはまだ国内に1〜2社しか事例がないことですし、リーディングカンパニーとしてすごく意味がある取り組みだと思いました。

高橋社長:元々セイコーは、女性社員の産前産後8週間の休暇が有給だったんです。始まりは、世間でやっと男女雇用機会均等法ができた1986年頃だったと記憶していますので、当時そんな先進的な制度を導入している企業はなく、随分メディアにも取り上げられました。当時の女子大生には就職先の人気1位でもあったそうです。
今回の制度改正では、この産前産後の有給も、直接子会社8社にまで拡大することにしました。こうして少しでも、時代を牽引する役を務められたらと思っています。

高橋社長 写真

ダイバーシティが意義を発揮するために、企業に必要なことはどんなことでしょうか。

高橋社長:ダイバーシティマネジメントを企業の生産性に繋げるためには、働き方の仕組みを変える必要があります。具体的には、子育て、介護、病気療養など、何かしらの理由で時間的制約のある社員の働き方に応える制度です。そうした意味でもDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進を進めています。長年セイコーでは時差出勤や在宅勤務の対策を課題にしてきたのですが、コロナ禍によってある種、強制的に社内のDX化が急速に進みました。コロナ自体は大変なことでしたが、DXの実装が欧米並みになったことはチャンスだと捉えています。

安藤さん:確かにダイバーシティと人事制度はセットですね。多様性は、ただいろいろな人を雇えばいいわけでなく、いろいろな従業員の幸せを願うということでもあります。例えば、子どもを産んだら辞めなきゃいけないとされていた女性や、仕事だけしてればいいとされてきた男性、あるいは身体が不自由だったりサポートが必要な人など、いろいろな背景や考え方を持つ人が、仕事に従事できる環境を整備する、その気持ちです。そうしたさまざまな人が入社することを想定して、いつでも就業規則を上書きできるような柔軟性をもっていると、制度全体のイノベーションに繋がりやすくなりますね。

高橋社長:まさにいろいろな人が、それぞれ良い仕事に取り組めるようにしたいんです。女性に限らず、外国人や経験者採用の人材など、多様な社員が何もハンデなく同じ条件で仕事に取り組めるような人事制度をつくろうとしています。

そうしないと、男性社員の育休を打ち出したところで現実的な取得が難しい、といったことになりかねません。社員それぞれの意識を変え、制度を改革することが必要だと考えています。今回の男性育休をきっかけにして、個々人の働き方を多様化するための意識改革を進めていきたいです。

“1番ピン”が波及するところを考える

男性社員の育休取得をボウリングにたとえた図

安藤さん:セミナーなどでもお伝えしていることですが、男性社員の育休取得は、ボウリングで言うところの1番ピンに当たります。1番手前のピンが倒れたら、2列目以降にあるピンに影響するんです。2列目のピンとは、例えば男性の育児参加によって守られる家庭の安全や子どもの権利のこと。その次のピンは、女性活躍や多様性推進といった企業内の課題、採用の安定や介護離職の防止といった長期的なメリットにも影響するはずです。そしてそれらが最終的に行き着く奥にあるピンは、人生100年時代におけるWell-beingでしょう。1番ピンである男性社員の育休からは、こんなに多くのメリットがもたらされるんですね。これからセイコーさんの男性育休の取得が100%になったら、同業他社だって変わらざるを得ないでしょうし、影響力は大きいはずです。

高橋社長:日本の会社は横並びの意識が強いですし、そもそも社会課題を解決するためには、1社がやっているだけでは変わらないですからね。社会そのものを変えるためにも、できる時に早く手を挙げて、早く始めることもセイコーのできることだと捉えています。

安藤さん:学生たちもそういう企業の取り組みには注目していますよ。本当の意味での女性活躍が進んだら賃金格差もなくなるでしょうし、ただ制度だけが存在するのではなく、実際に文化として浸透しているかどうかを見ている。もちろんそれが社内に浸透することは、今いる従業員にとっても心理的安全性の確保につながります。

僕はよく講演などで、男性育休やダイバーシティマネジメントが現場に浸透するための三か条として、本人の意識と、管理職の啓発、そして、経営者からのメッセージの発信、とお伝えしています。セイコーさんの場合はすでにこうして高橋社長が熱く発信しているので、あとは管理職に就いている皆さんに理解が進むと早いのではないでしょうか。そしてもちろん、ちゃんとダイバーシティーマネジメントを進めている管理職の人たちを評価する仕組みも重要です。

高橋社長:そうですね、いくら私が力んで伝えても管理職に就いている社員が問題を自分ごとに捉えられないと進まないですからね。今日の安藤さんの社内セミナーも、管理職は必ず見るように伝えています。それに合わせて、人事部には制度の理解や浸透を目的とした育児制度に関するガイドブックを作成してもらっています。制度を改定するだけではなく、社員全員の理解と意識改革につなげることが重要です。子育てに限らず、親の介護や、大病を克服して時短勤務したい人など、育休だけに限らない重要な人材戦略だということをわかってもらいたいと思います。

高橋社長 写真

安藤さん:そうですね。ただ本当のダイバーシティはファミリーバランスに限りません。独身の人も増えているし、結婚しても子どもをつくらない選択をする人もいます。そういう人のワークライフバランスも考慮して、それぞれの人生を会社がサポートする信頼関係ですね。自分が願うライフデザインにできるような制度で支援してもらい、成長した社員は貢献という形で会社との関係性が強まっていくはずです。

ダイバーシティ実現の先に見えるもの

高橋社長:ちょうど新たな5ヶ年計画である中期経営計画が始まりました。これは創業145周年となる2026年度に向けたもので、SEIKO Milestone 145、略して「SMILE(スマイル)145」と呼んでいます。その中で5つのコア戦略を策定しました。どれも欠かせないことではあるのですが、私が特に重要だと考えているのが今回の人材戦略です。

いくらビジョンを描いてイノベーションや新規事業の案が出てきても、いつもネックになるのは「人」の問題でした。人材育成が十分でなかったり、働き方が均質的だったことなどにより、質、量ともに人材の改革の時がきています。会社の示したビジョンに対して、個々人のパーパスを一致させながらエンゲージメントを高めること。そうして企業の成長と個人の成長、どちらもベクトルを合わせることができれば、いろいろなことが前に進み出すはずだと捉えています。

安藤さん:いいですね、人的資本経営。いろいろな企業さんとご一緒してますが、ヒューマンリソースを鍛えるところがやっぱり勝ちます。個人がより良いライフを送れると、より良いワークも実現しやすいからです。これまで個人の問題にされてきた男性育休だって、こうして企業の課題に捉えられているし、今がいいチャンスだと思います。セイコーさんのイノベーションに期待しています。

安藤さんと高橋社長 写真
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安藤哲也

安藤哲也

1962年生。二男一女の父親。出版社、書店、IT企業など9回の転職を経て、2006年に父親支援事業を展開するNPO法人ファザーリング・ジャパンを設立し代表に。「笑っている父親を増やしたい」と講演や企業向けセミナー、絵本読み聞かせなどで全国を歩く。最近は、女性活躍、男性育休推進やダイバーシティ時代の管理職養成事業の「イクボス」で企業・自治体での研修も多い。
2012年には児童養護施設の子どもたちの自立支援と子ども虐待やDVの防止を目的とするNPO法人タイガーマスク基金を立ち上げ代表理事に就任した。子どもが通う保育園や小学校ではPTAや学童クラブの会長も務め地域でも活動中。2017年には「人生100年時代の生き方改革=ライフシフト」をテーマにライフシフト・ジャパン(株)を設立し取締役会長に就任。
厚生労働省「イクメンプロジェクト推進チーム」顧問、内閣府「男女共同参画推進連携会議」委員、東京都「子育て応援とうきょう会議」委員、にっぽん子育て応援団 共同代表、内閣府「子供の未来応援国民運動」発起人等を務める。
著書に『できるリーダーはなぜメールが短いのか』(青春出版社)、『父親を嫌っていた僕が「笑顔のパパになれた理由」』(廣済堂出版)、『パパ1年生~生まれてきてくれてありがとう』(かんき出版)、『パパの極意~仕事も育児も楽しむ生き方』(NHK出版)、『PaPa’s絵本33』(小学館)など。読売新聞でコラム「パパ入門」を連載。ラジオパーソナリティも務める。
ファザーリング・ジャパンは、平成30年度/内閣府『子供と家族・若者応援団表彰〜子育て・家族支援部門』にて「内閣総理大臣表彰」を。令和3年度/よみうり子育て応援団大賞にて<選考委員特別賞>を受賞した。

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