SEIKO  HEART BEAT Magazine 感動の「時」を届けるスポーツメディア

文 大西マリコ
写真 落合直哉

山縣亮太は逆境に立たされるたびに“真価”を発揮してきた――。ケガから復帰するたびに自己ベストを次々と更新。2021年にはついに男子100mの日本記録9秒95を叩き出し、日本最速の男の称号を手にした。しかし、そうした活躍も決してコンディションが万全というわけではなかった。常にケガと向き合うなど、人知れない苦悩を抱えていたのだ。

そんな山縣が2022年はシーズンを完全休養にし、リハビリと走りの改革に専念することを決めた。「ここで終わるわけにはいかない。」と決意を固め、より高く飛躍するための準備期間をあえて設けたのだ。「今は心身ともに調子が良く、手ごたえは体感で80%くらい。」と語るように、2023年の復活に向けて仕上がりは上々。果たして山縣は、自身が取り組んだ走りの“進化”を見せることはできるのか。復活のシーズンと位置づける2023年、そしてその先の目標について聞いた。

前編はこちら

山縣亮太の“特別な1年間”。全休養に充てた“辛抱の年”に得た気づき

現在の調子は80%。2023年の“進化”した走りに期待

山縣亮太さん 写真

終始笑顔でインタビューに応じる山縣。トレーニングが順調なことは表情が物語っている                  

写真 落合直哉

いよいよ2023年の陸上シーズンがスタートしますが、現在の調子はいかがでしょうか?

身体の調子はスパイクを履いて全力疾走してみないと分かりませんが、気持ちも上向きで体感的には調子は80%くらいです。かなり良い感じに仕上がってきています。

80%と言える理由は2つあって、1つは走りが変わった手応えからです。言い方が難しいのですが、走りを機能的に改善できましたし、昔に比べて動き自体が変わりました。そうした走りの“進化”を主観でも感じるし、映像で見ても実感しています。

もう1つは、練習のスケジュールです。長期的なリハビリスケジュールがあって「この期間は強度の高い練習をする。」「何月の試合に出るためにはこの時期にこの強度のトレーニングをする。」と計画を綿密に立てているのですが、基本的にその通りに動けています。

100%に向けた残りの20%は、最後の一山です。スパイクを履いてコーナーを全力で走ることがクリアできたら、完璧だと言えます。実際にシーズンインしたら、そうした万全の走りを見せられるはずです。

リラックスした表情からも心身ともに調子が良いことが伝わってきます。これから本格的にシーズンインされると思いますが、2023年の目標を教えてください。

大きいことを言いたいのですが、僕のメインターゲットは2024年になるので、2023年はとにかく「1年を走り切る。」ということに尽きます。国内の大会はもちろん、ブダペストで行われる世界陸上にも出場し、ケガなく1年を無事に戦い抜くことを最優先させたいです。

タイムの部分に関しては、10秒1台を出せたら、まずすごく安心すると思います。そして、10秒1台が出たら10秒0台を、そしてさらに調子が上がってきたら世界陸上の参加標準記録10秒00を突破して9秒台に……という感じをイメージしています。100mに関してはそんな青写真を思い描いていますが、口だけにならないようにしっかり結果を出したいですね。「山縣は大変そうだったけど、完全復帰を果たしたな。」というのを、多くの方に見て感じてもらえる1年にしたいです。

山縣亮太さん 写真

自身にとって2度目となる世界陸上への出場は叶うのか。2023年は200mにも力を入れる                 

写真 落合直哉

世界陸上は、セイコーがオフィシャルタイマーを務める陸上競技の最高峰の国際大会ですね。2023年大会の舞台はヨーロッパで、ハンガリーのブダペストで開催されますが、出場への意気込みを聞かせてください。

世界陸上は出たいですね。「世陸に出たい。」と初詣で絵馬に書いたんですよ。絵馬には『世界陸上への出場』『膝の完治』『200mで19秒台』と3つの目標を書きました。普段、絵馬を書くほうではないのですが、2023年は気合いを入れて書きました。

実は僕、世界陸上には過去に2013年のモスクワ大会しか出たことがないんですよ。2年に1回開催される大会なので、チャンスはたくさんあるはずなのにどうも巡り合わせが悪いんです。個人的にもブダペストは行ったことがなく一度は行ってみたいので、すごく楽しみにしています!

世界の大舞台の準決勝で9秒台を出して夢の決勝へ

山縣亮太さん 写真

「逆境には立たされないほうがいい。」と笑う山縣。2023年は走りの“進化”を見せ、“真価”を発揮したい

写真 落合直哉

2023年を走り切った先には、2024年の世界の大舞台がターゲットになると思います。4度目の出場へ向けて今、何を思いますか?

2021年の東京大会では、大会に臨むまでの過ごし方に関していろいろと反省点がありました。その反省を踏まえて、「どんな準備をしてパリを迎えるか。」「どうしたら良い結果を残せるのか。」を日々イメージしています。1年間走ってみて何があるかは分かりませんが、「こうだったら100mで記録を出せるんじゃないかな。」という良いイメージは持っていますね。その実現に向けてトレーニングも積めています。

練習計画を順調にこなせているので、そういった意味での自信はありますし、楽しみな思いが強いですね。とはいえ、世界の大舞台では準決勝を9秒台で走らないと決勝には残れません。これまで何度もその壁に跳ね返されてきているので、「いかにその壁を突破するか。」を常に考えています。突破するイメージや気合は十分です!

山縣亮太さん 写真

ミスター逆境は追い込まれれば追い込まれるほど力を発揮する。また復活劇を見せてくれることに期待が集まる

写真 落合直哉

山縣選手は“ミスター逆境”“不死鳥”といった異名を持ち、追い込まれるとより強さを発揮する印象です。ケガや手術、リハビリへの専念を経たことで、これからの復活が期待されますが、ご自身もそういう逆境に強いという感覚はありますか?

逆境に立たされないことに越したことはありませんけどね(笑)。確かにこれまでを振り返ると乗り越えるたびに自己ベストという結果を出して“真価”を発揮してきたと思います。そういう意味では、今のケガもポジティブに捉えるというか、ある種の期待をしている自分もいますね。2022年で走りを“進化”させたので、その先にはきっと素晴らしい結果が待っているだろうという期待感はあります。

ただ、これまでの流れでいうと年ごとに上がり下がりを経験しているので、2023年で良い波が来てもその後も継続するように、2024年へと徐々にピークを持っていけたらと思っています。

自身の活躍こそ最大の次世代育成。背中で語れる選手に――

山縣亮太さん 写真

結果を出して活躍することが、次世代育成において重要だと語る山縣。後輩たちに背中を見せられるのか

写真 落合直哉

直近のターゲットとなる大会の話を聞いてきましたが、もう少し先のことについても語っていただきたいと思います。陸上競技を始めて20年、2022年に30歳を迎えて尚、日本陸上界のトップを走り続けている山縣選手ですが、選手としての今後の展望をどのように描いているのでしょうか?

キャリアも年齢も積み重ねてきましたし、ずいぶんと長い時間が経過しました。将来的には、ケガへの向き合い方や競技力の伸ばし方のヒントなど、これまでの日本陸上界になかったヒントを自分のチームでまずは作って「後世に残したい。」という気持ちが今のモチベーションになっています。

30歳の年に膝を手術して、スプリンターの世界の第一線に戻ってくることに対して「大丈夫なの?」と思う人は当然ながらいると思います。だけど、きちんとケガや自分と向き合って正しい努力ができた時、「戻って来られるんだ。」ということを僕が選手として証明したいです。だから「ここで終わるわけにはいかない。」と思って日々のトレーニングに臨んでいますし、そのためには結果を出したいですね。背中で語れる選手になりたいです。

山縣亮太さん 写真

山縣は自身の活躍だけでなく、陸上界全体の発展を強く願っている

写真 落合直哉

ご自身の活躍が次世代の陸上選手や陸上界全体の発展にもつながる。素晴らしい展望ですね。次世代育成に貢献するTeam Seikoの理念とも通じるところがありますが、昨年秋にはヤングアスリート対談企画で地元・広島の三好美羽選手と対談されました。こうした次世代育成活動については、今後どのように関わっていきたいですか?

陸上競技に限らず、次世代にバトンをつなげていくことは、現役選手としてすごく大事だと思っています。陸上競技に関して言うと、ジュニア期にやらなければいけない練習ができていない子が多いことを課題に感じています。僕は基礎を大事にしてほしいと思っているので、若い世代だからこそ知ってほしいことをこれからも教えていきたいし、発信していきたいです。

次世代の有望な選手たちに自分の話を聞いてもらったり、教えたりする機会があるならば、活躍している立場でありたいですよね。一線級の選手との会話は、子どもたちの心にずっと残り続けると思いますので。だからこそ、先ほども触れた「背中で語る!」ではないですけど、今はとにかく僕たちが活躍して、結果を出し続けることが次世代育成に対しての何よりの貢献になると思っています。

陸上短距離選手
山縣亮太

長年にわたり日本男子陸上界を牽引してきたトップスプリンター。2021年6月に自己ベスト9秒95で日本新記録を樹立。国内・世界の大舞台で活躍を続けている。幾多の困難から復活してきたその姿から、”ミスター逆境”の異名を持つ。

RECOMMENDあなたにオススメの記事

Seiko HEART BEAT Magazine

夢中になれるスポーツがある、
アスリートの熱い意志と躍動感を。
あなたの人生の「時」を豊かにしていく
ワクワクドキドキするストーリーを届けます。

HEART BEAT Magazneトップ