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文 大西マリコ
写真 落合直哉

「ここまで陸上競技の試合から離れたのは初めてですね。」

2022年を完全休養に充てた山縣亮太は、“特別な1年間”をそう振り返った。不安を抱えていた右膝の手術に踏み切ったのが2021年秋。そして、翌2022年は一切レースに出場せず、リハビリと走りの改革に専念した。試合に出ないことへの不安はもちろんあった。しかし、これまでと違う角度から陸上競技に向き合った1年間は、想像以上に有意義だったようだ。

日本最速の男は、“走らないシーズン”をいかにして過ごしたのだろうか。普段はあまり語られない山縣の素顔やプライベートにも少し踏み込みつつ、再起を期した時間の過ごし方について聞いた。

2022年はほぼトレーニングに注力した1年に

トレーニングをする山縣亮太さん 写真

真剣な表情でウエイトトレーニングに励む山縣。2022年はトレーニングに打ち込んだ1年だった

写真 落合直哉

山縣選手にとっての2022年はリハビリと走りの改革に専念して試合に出場しないという、キャリア初のシーズンだったと思います。どのように過ごしていましたか?

2022年はリハビリから始まって、基本的にはずっと練習の1年間でした。しばらく走れなかったので、夏頃まではリハビリとウエイトトレーニングを行い、ようやく走り始めたのが8月くらいでしたね。そこから徐々に練習の強度を上げていきました。

夏前は身体に負担をかけすぎないトレーニングとして、自分が有効活用できていなかった筋肉を使う「慣れない動き」を実践していました。2022年の後半に入ると、「慣れない動き」のトレーニングを週1回程に減らし、実際の走りに耐えられるよう強度の高いファンクショナルなトレーニングに移行していった流れです。本当にトレーニングしかしていないという稀有な1年でした。

山縣亮太選手トレーニング動画_ウエイト編
山縣亮太選手トレーニング動画_陸上編
基本的な1日のタイムスケジュール 画像
ボールを蹴る山縣亮太さん 写真

練習の合間にはボールを蹴ってサッカーを楽しむなど、さまざまな動きを取り入れて体づくりを行っている

写真 落合直哉

試合に出場しないというキャリアの中でも初の経験だったと思いますが、その一方でプライベートはどのように過ごしたのでしょうか?ピアノをされているとのことでしたが、今も継続していますか?

ピアノにはずっとハマっていて毎週レッスンに通っています。誰かの前で披露したいとか発表会があるとか、そういうわけではないのですが(笑)。楽しいし、リフレッシュになるので続いていますね。

スポーツ以外の趣味を持つことで、陸上競技のトレーニングや走りにも好影響を与えてくれるなど、相乗効果があると感じています。

競技以外の時間を過ごして広がった視野と人生観

山縣亮太さん 写真

普段とは違う1年では、一人旅など競技以外に時間を割くことができたと語る山縣

写真 落合直哉

趣味を通して競技にも良い影響を与えられる。とても素敵な相乗効果ですね。他にも普段とは違う1年だからこそ行ったことや経験したことなどがあれば教えてください。

5月に人生で初めて一人旅をしたのは印象に残っていますね。初めて自分で「何日目にどういうルートで行って……。」と計画を立てたのですが、それがすごく楽しかったです!

ちょうど2022年は聖徳太子が亡くなってから1400年という節目の年だったので、「ゆかりの地を巡りたい。」と思って奈良県のお寺や神社仏閣を訪問しました。元々、歴史や御朱印集めが好きなんです。あまり詳しくはないですが、歴史にはロマンがあって、そこに想いを馳せるのに楽しさを感じます。

奈良にはインターハイで行ったことがありますが、お寺や街を見て回るのは初めてで。特に奈良公園の鹿は可愛くて面白くて、癒されました。広島出身なので宮島の鹿には馴染みがあるのですが、奈良の鹿はとにかく数が多くて、広島の鹿よりも荒っぽい印象を受けました(笑)。鹿せんべいをあげたら広島とは比べものにならないくらいたくさん寄ってきて、懐かれましたね。おろしたての服が汚れたのが少し嫌で「あぁ……。」となったのですが、やっぱり可愛くて動画もたくさん撮りました。

山縣亮太さん 写真

「人生は陸上競技だけではない。」と思うことで、より俯瞰的な視点や冷静さを持って競技に取り組めた

写真 落合直哉

初めての一人旅、楽しそうな様子がすごく伝わってきました。そういった競技以外の時間を過ごすことで感じたことや、気持ちの変化はありましたか?

2022年は本当に競技以外の時間を過ごすことが多かったですね。一人旅以外にも岩手の農家さんのところに行くなど、ご縁があって外に出る機会が多かったです。広い世界から見た際に、「陸上競技は人生の一部分でしかないな。」と感じました。そのうえで、「どう陸上競技と向き合っていくべきか。」「陸上競技を通して自分は何をしたいんだろうか。」みたいなことを考えるきっかけになったと思います。

夢中になれるものがあるのは素晴らしいことですが、1人の人間として、「人生は陸上競技だけではない。」ということに気づける時間になったかもしれません。そうした俯瞰的な視点や冷静さは、きっと競技にも良い影響を与えるのだと僕は信じています。

辛抱の時を支えてくれたのは、仲間の存在

山縣亮太さんとチームの面々 写真

辛抱の時を支えてくれたのはチーム山縣の存在。1人ではないからこそ、日々の練習も楽しんで取り組めた

写真 落合直哉

公私ともに特別な1年間だったという印象を受けました。シーズンをすべて休養に充てた2022年は、山縣選手にとってどんな時間だったのでしょうか?

やっぱりケガしたからこそ味わえたというか、普段できないことが体験できた1年でした。元気に走れていたら絶対にこういう時間の使い方をしないので、手術したからこそ体験できたことや感じたことがたくさんあるという意味で、“特別な時間”だったと思います。

大会に一切出場しないなど、ここまで長く陸上競技を離れた経験は初めてでしたが、競技へのモチベーションは全然衰えることはありませんでした。メンタル面の調子はめちゃくちゃ良いです!

充実した1年間を過ごされていたことが伝わってきました。とはいえ試合には一切出ず、リハビリへの専念や走りの改革に徹する日々でした。時にはモチベーションが下がることもあったかと思います。そんな時間を支えてくれたのは何だったのでしょうか?

チームメイトやサポートしてくださる方々の存在が本当に支えになりました。特にチーム山縣のメンバーには感謝しています。メンバーにはマネージャーやコーチ、理学療法士らがいるんですが、さまざまな角度から自分の練習をサポートしてくれます。その存在には常に助けられていますね。

正直、練習って地味だし「これ意味あるのかな。」「この動きができるようになるの何日後かな。」みたいなことを考えてしまうこともあって、メンタルを保つのは大変なんです。でも、そんな時も日々の練習の中で常に話し相手になってくれる仲間がいることを心強く感じています。「練習に行くか……。」と思うのか、それとも「今日もみんなと話しに行くか!」と思って練習に行けるのかでは、日々を継続していくうえで大きく違いますよね。

みんな陽気で明るくて、楽しくトレーニングできる環境なので本当に助けられています。競技のことに目を向けると1試合も出ていないし、辛抱の1年ではあったんですけど、練習は本当に楽しかったです!

山縣亮太さん 写真

Team Seiko懇親会での1コマ。同じテーブルだった大橋悠依らと談笑し、メンバーとの仲を深めた

写真 落合直哉

2022年はTeam Seikoとしての活動も多く、楽しみながら積極的に行われている姿が印象的でした。以前に「メンバーとBBQをしたい」とも語っていましたね。2022年の Team Seiko活動で感じたことや今後について聞かせてください。

10月に懇親会が開催されましたが、Team Seikoメンバーが一同に集まる良い機会となり、とても楽しかったです。特にこれまであまりお話したことがなかった競泳の大橋悠依選手とはテーブルが一緒でいろいろと話せました。

それから、Team Seikoの活動ではないのですが、デーデー・ブルーノ選手は僕の練習拠点に何度か来て体組成を測ったりデータを出したりしました。秋には「セイコーわくわくスポーツ教室」で一緒に講師もして、仲間意識がさらに深まりました。彼が同じTeam Seikoではなければここまで仲が深まることはなかったと思いますし、これからも良きライバルとして切磋琢磨しつつ、僕にできることがあったら力になりたいですね。

昨年の夏に話していたBBQは2023年こそ実現させたいです!陸上に限った話ではないのですが、競技の枠を越えた横のつながりは年齢とともに減っていくので、Team Seikoを通していろいろな種目のアスリートのみなさんと関われるのはとてもありがたいことです。こういうつながりは大事にしていきたいと思います。

後編はこちら

ミスター逆境・山縣亮太が示す“2つのシンカ”。2023年は“走り切る1年”に

プロフィール写真

陸上短距離選手
山縣亮太

長年にわたり日本男子陸上界を牽引してきたトップスプリンター。2021年6月に自己ベスト9秒95で日本新記録を樹立。国内・世界の大舞台で活躍を続けている。幾多の困難から復活してきたその姿から、”ミスター逆境”の異名を持つ。

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