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文 久下真以子

弱冠20歳の佐藤翔馬にとって、2020~21年は“飛躍の1年”となった。進化を続ける平泳ぎの新鋭は、この1年で5度の自己ベストを更新。2021年4月の競泳日本選手権では200m平泳ぎで2分6秒40の日本新記録をマークし、世界の大舞台への切符を手にした。

「応援してくださる方々に頑張っている姿を見せたい」と語る佐藤にとって、日本記録更新が進化の過程にすぎないことを証明する舞台になるはずだ。

平泳ぎ・日本記録更新で上り始めたスターへの階段

平泳ぎの新鋭として注目度も急上昇中の佐藤だが、日本選手権で2分6秒40の日本新記録を叩き出すことを予想できた人はどれぐらいいただろうか。しかし、当の本人は自身に課したミッションのクリアを冷静に見据えていた。

「以前までは本当に夢のまた夢の舞台だと思っていたので、しっかりとタイムを出して代表権を獲得できたことはすごく嬉しかったですね。100m平泳ぎで優勝して先にメドレーリレーでの内定をもらいましたが、200mの個人種目で内定した時にようやく、“ああ、本当に行けるんだ”と実感が湧いてきましたね。」

世界の大舞台の出場権獲得という目標達成に加え、日本記録更新という快挙だっただけに、家族や友人からのお祝いのメッセージが多く届いたという。

佐藤翔馬 写真

電光掲示板に自己ベストが表示されているのを確認し、ガッツポーズを見せる佐藤                              

写真 フォート・キシモト

「レース後に携帯を見たら、メッセージの通知が500か600通になっていて……嬉しいと同時に、ビックリしましたね。全部返信するのに4、5日はかかりました(笑)。」

200m平泳ぎ決勝の前日に行われた予選では自己ベストよりも2秒以上遅く、準決勝でも全体3位のタイムでの決勝進出だった。しかし、それもプラン通りだったという。

「予選、準決勝、決勝と200mを1つの大会で3回泳ぐのが初めての経験だったので、初日の疲れが2日目の決勝にどれだけ残るかは未知数でした。だから決勝に向けて温存しようと思っていたんです。さすがに準決勝のタイム(2分9秒18)は遅すぎて、周りから”大丈夫か”と心配されましたね(笑)。でも泳ぎは出来上がっていたので、疲れさえなければ決勝でちゃんとタイムを出せる自信はありました。」

佐藤翔馬 写真

佐藤が意識しているのが「止めない泳ぎ」。勢いを落とさずに水をかくことを心がけているという                              

写真 フォート・キシモト

そんな年齢に似合わない冷静さがあり、的確な自己分析ができる佐藤が現在取り組んでいるのは、「止めない泳ぎ」だ。
「平泳ぎでは伸びを利用して進んで、伸び切ってから水をかく泳ぎ方がありますよね。もちろん、伸びは重要ですが、伸びすぎるとスピードの勢いが失われてしまいます。なのでどこまで伸びで進み、どのタイミングで水をかくかを見定めています。勢いを維持したまま、水をかくことでさらにスピードに乗る泳ぎを意識したいです。」

自分を客観視することができているからこそ、コーチのアドバイスを汲み取ってすぐに実践することができる。そうした素直さも佐藤の武器の1つだ。

「自分にとって”ベストな泳法は何なのか”を常に自問自答しつつ、試行錯誤しながら本番に向けて調整していきたいです。」と語るだけに、これからの佐藤のさらなる進化、そしてさらなる記録の更新を期待せずにはいられない。

世界で結果を残すための水泳に懸ける1年

現在、大学3年生の佐藤だが、2021年は休学して水泳に懸けることを決意した。

「大学に通いながらだと、どうしても授業優先になりますよね。テストと大会の時期が被るなど両立が難しい面があります。学業を疎かにせずにしっかりと勉強したいですが、同時に大会でベストな結果を出すのは難しいかなと思って休学を決めました。」

決して簡単ではなかっただろうが、世界の大舞台で結果を残すために下した冷静な決断だった。そして、現在は水泳漬けの毎日を過ごしているという。

「最近は合宿ばかりで家に帰る時間もほとんどないですね。ただ、トレーニングの合間にはちゃんと休息を取るようにしています。合宿中のオフは、ずっと動画を見ていますね。アニメやドラマが好きなんです。」

佐藤翔馬 写真

写真 近藤 篤

そんな20歳らしい一面とは裏腹に、YouTubeに公開されたセイコーの企業CF「TIME IT 佐藤翔馬篇(15秒)」は、再生回数が125万回を突破。水泳選手としての注目度は増すばかりだ。

「初めてのCM撮影でしたが、すごく楽しかったですね。ほぼ1発か2発くらいでOKが出ましたよ! 周りからの反響もあって、大学の同級生にも”YouTubeを見ていたらお前が出てきたんだけど”と言われたりもしました(笑)。でも、そうやって注目してもらえるのはすごくありがたいですよね。水泳界が盛り上がることが1番嬉しいので、自分自身も貢献していけたらと思います。」

スター街道を歩み始めた佐藤だが、水泳で世界を目指すと決めたのは意外にも高校生になってからだったという。

「それまでは大した記録を持っていませんでしたし、高校3年の時に初めてジュニアの国際大会の代表に選ばれて水泳の道を本気で志しました。家が医者家系ということもあって、医者になりたいと思っていた時期もありました。ただ、人生って本当に何が起こるかわからないですし、今では水泳を選んで本当に良かったなと思えます。」

自身を奮い立たせる「100分の1秒の勝負」

水泳や陸上などのスプリント競技は、数十秒から数分という短い時間であっという間に勝敗がつく。佐藤は水泳のどんなところに魅力を感じているのだろうか。

「誰が見ても勝敗がわかりやすいところですかね。ゴールした瞬間に記録も順位も、電光掲示板に表示されるところは魅力的ですよね。特に接戦になった時や100分の1秒差での勝負になるほど、すごく面白いと思います。僕は200mを泳ぐ時は、100mの折り返しでちょっと顔をあげて電光掲示板を確認するんですよ。経過タイムを確認するためなんですけど、自分の現在地を把握できる瞬間が本当に好きですね。」

自らがサポートアスリートとして所属するセイコーがオフィシャルタイマーを務める大会で、自己ベストを更新するのは格別だという。そして、100分の1秒を争う醍醐味が、佐藤をさらに水泳に夢中にさせている。

佐藤翔馬 写真

佐藤翔馬選手着用時計 セイコー プロスペックス SBDC083                            

「水泳はタイムがコンスタントに出る競技じゃないですよね。コンマ何秒速くなる時もあれば、反対にコンマ何秒遅くなる時もある。10代の頃は2秒などの大幅な更新がありましたけど、現在は10分の1秒、100分の1秒を競う世界になってきたと感じています。シビアですけど、そこが水泳をやっていて興奮できる時間ですね。」

プールの外でも、”時計”には大変お世話になっているようだ。

「朝起きる時は分単位で目覚ましをかけているんですよ。例えば、合宿中で8時半に朝ごはんと言われた時は、8時27分にセットするんです。3分前に起きて、寮で準備する感じで。朝はギリギリまで寝ていたいんですよね(笑)。」

泳ぎだけではなく朝の身支度も、佐藤は速いようだ。客観的に自身の泳ぎを分析する冷静な一面と、20歳ならではの素顔。そうしたギャップが佐藤をより魅力的に感じさせるのだろう。

日本記録を更新し、いまや日本水泳界における平泳ぎの盟主として君臨する佐藤翔馬。しかし、自身の憧れの存在だと公言する、平泳ぎのレジェンド・北島康介氏の境地には達していないと考えているようだ。後編では”北島2世”と呼ばれることへの心境、”北島超え”を果たすうえでより成長すべきだと考える点について聞いた。

後編はこちら

“北島2世”佐藤翔馬がレジェンドに一歩近づく日

佐藤翔馬 写真

SHOMA SATO

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プロフィール写真

競泳選手
佐藤翔馬

0歳から水泳に親しみ、小学3年時に現在の所属先である東京スイミングセンターに移籍。大学1年時に世界ジュニア選手権に出場し200m平泳ぎで銀メダルを獲得した。2021年の日本選手権で200m平泳ぎで2分6秒40の日本新記録をマークした“日本男子平泳ぎの顔”。

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