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文 生島 淳
写真 近藤 篤
ヘアメイク 中原康博

高校2年生まで、医師になることも考えていた。将来にはいろいろな選択肢、可能性があったのだ。進むべき道が見えてきたのは、高校3年生の時。ジュニアのナショナルチームに選ばれた佐藤翔馬選手は、そこからプールで急激な成長を見せた。慶應義塾大学に入学すると、1年生で200m平泳ぎのジュニア世界記録をマーク。一躍、平泳ぎのホープとして期待がかけられるようになった。伸び盛りの佐藤選手に、これまでの歩みと将来の展望を語ってもらった。

大会でガッツポーズをする佐藤翔馬選手 写真

第95回日本学生選手権水泳競技大会 男子 200m 平泳ぎ 決勝

写真 フォート・キシモト

佐藤選手は0歳から水泳を始められたそうですね。きっと、お母さまと一緒にベビースイミングだと思いますけど。

そうなんです。本当に体を動かすのが好きで、水泳に限らず、小学校まではいろいろなスポーツをやっていました。水泳は北島康介さんが小さいころから練習されていた東京スイミングセンター(東京SC)に入り、小学校では野球部に入っていました。そのほかにも、体操、サッカーに陸上も。そういえば、ピアノも弾いていました(笑)。

多種多様ですね。いつの段階で水泳に絞ったんですか。

中学校に入学する時点です。最終的に残ったのは野球と水泳だったんですが、水泳を取りました。

佐藤翔馬選手 写真

もしも、野球を続けていたら、同級生は慶應高校で夏の甲子園に出場していますから、まったく違った人生になっていたかもしれませんね。水泳ではいつから平泳ぎが専門になったんですか?

小学校3年生の時くらいですかね。気づいたら専門になっていた感じですが、僕としてはちょっと不純な動機もありまして……。

気になります。それはなんですか。

平泳ぎがいちばん楽な泳法だったんです(笑)。

その感覚は、平泳ぎに向いていたということかもしれませんね。中学校の時は、全中(全国中学校体育大会)の200m平泳ぎで5位に入賞されています。

全中では200mで自己ベストを10秒以上更新したんですが、いま振り返ってみると、当時から50m、100mだけでなく、200mもしっかり練習していれば、もっと早く結果が出たのかなと思います。中学までは、50m、100mが本命だと思っていたので、200mで活躍できると気づくまではかなり回り道をした気はします。

佐藤翔馬選手 写真

佐藤翔馬選手着用時計 セイコー プロスペックス SBDC083

回り道というと……。

中学から東京SCまでが遠いこともあり、練習時間が限られていました。全国大会を狙う仲間たちは上のクラスで練習していたんですが、僕はその下のクラスだったんです。ただ、そこでじっくりと基礎に取り組めたことがいまにつながっていると思うので、結果としては良かったと思います。

なるほど。そこで土台を作り、高校に入ってからは、3年生の時はジュニアのナショナルチームにも選ばれていますね。

このインタビューを読まれたみなさんは、高校時代も順調だったんだろうと想像しますよね。

自己ベストも更新してますし、順調だったんじゃないですか。

実は、高校2年生までは医学部を目指していたこともあって、将来どうなるかは自分でもハッキリしていなかったんです。それでも、高校3年生の時にジュニアパンパシフィック選手権の代表に選んでいただいて、将来が見えてきました。ただ、2020年には間に合わないかなと思っていたので、その先の国際大会を目指していこうと考えるようになりました。

佐藤翔馬選手 写真

スイマーとして勝負しようと考えるようになったんですね。

そうです。競泳、平泳ぎで勝負しようと思いました。

そして去年、大学1年生になって2分09秒21という世界ジュニア記録が出ます。一気に世界が近づいてきたな、という感じですね。

回り道した甲斐があったというか、中学時代に土台を作ってきたことが実を結んできた感じです。技術、体力がタイムに結びついてきたんです。

期すところがあったに違いない2020年。新型コロナウイルスの影響で、練習も思うようにならなかったんじゃないですか。

一時期はプールで泳ぐことも出来ず、それどころか家にいるしかなかったですからね。練習が再開してみると、脚の力が弱くなってしまったなという感覚はありました。でも、プールで泳げるとなった時は、本当にうれしかったですね。うれしすぎて、思いっきり飛び込んじゃいましたもん。「ヤッホー!」みたいな感じで(笑)。

佐藤翔馬選手 写真

慶應義塾大学に入学されましたが、日常の生活はどんな感じで過ごしているんですか。

2019年に入学し、2年生に進学して以来、ずっとオンライン授業が続いていて、通学がないので時間を有効に使えるのはありがたいのですが、ひとりで授業を受けているのがつらくて。キャンパスで友だちと会えないのが淋しいですね。みんなと食事しながら、いろいろ話すのが好きなので。

ステイホームが促されていた時は、家で音楽とかずいぶん聴いていたんじゃないですか。

昔から、「ONE OK ROCK」(ワンオクロック)を聴いてました。ライブにも行きましたし、大好きです。

将来の目標

将来は、基本的には200m平泳ぎで世界と勝負していく感じですか。

これまでは、時期によって50mのタイムが出たり、100mがよかったり、200mがいい時があったりしました。今は、100mではアダム・ピーティ(イギリス)という100mを56秒台で泳ぐ強敵がいるので、200mの方がチャンスがあると思ってるんです。

競泳の100mと200mでは、求められる能力がかなり違うようですね。

四泳法(クロール・平泳ぎ・背泳ぎ・バタフライ)の中で、もっとも抵抗が大きいのが平泳ぎです。負荷も大きいわけですが、腕でかき、脚でキックして、伸びる。伸びた瞬間の力の入り加減はゼロというか、限りなく少なくなり、そこから水をかくために一気に100まで持っていく。その繰り返しなわけですが、僕の場合、200mの方が感覚的に疲れないんです。

佐藤翔馬選手 写真

距離の短い100mよりも?

そうなんです。100mは最初から目いっぱい力を出さなくてはいけないので、僕にとってはハードです。そのかわり、200mは距離は倍になりますけど、楽に泳ぎながら速さをキープする感覚なので、そちらの方が好きですね。もちろん、将来的にはよりスピードもつけていきたいですけど、ストローク数を増やせば必ずしもタイムにつながるわけではないので、泳ぎの感覚を大切にしていきたいです。

面白いですね。200mの方が楽に泳げるというのは。

でも、分かってきたのは最近になってからですよ。中学3年生の時に初めて200m平泳ぎを泳いだ時は、最初から飛ばしてしまって、とてもつらい思いをしましたから(笑)。

競泳での夢、ターゲットはどこに置いていますか。

スイミングクラブの先輩である(北島)康介さんを超えたいという思いはありますね。

先輩は、高い壁を築きました。

どうやったら康介さんを超えられるかと考えると、長い間、世界の第一線で活躍して結果を残すしかないな、と思っています。

佐藤翔馬選手と服部真二 代表取締役会長 兼 グループCEO 兼 グループCCO 写真

佐藤翔馬選手と服部真二 代表取締役会長 兼 グループCEO 兼 グループCCO

今回、SEIKOのサポートアスリートの一員になったわけですが、どのように感じましたか。

日本選手権という大舞台では、電光掲示にSEIKOのロゴがあります。スイマーにとっては馴染みのある企業で、選ばれてとてもうれしく思います。自分としては、期待に見合った成績を出していくことが大切だと感じています。

2020年は、ようやく夏からシーズンが始まるという感じですが、来年に向けての抱負を聞かせてください。

2019年に自分が想像していたよりも成長できたので、今年はその流れで勝負できたら、という思いは正直、ありました。それでも、もう1年、成長できる機会をもらったと考えて取り組んでいきたいですね。現状の200メートルの自己ベストは2分07秒58ですが、2分07秒台前半に突入して、世界と勝負できるようになりたいですね。

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