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文 村上アンリ
写真 近藤 篤

女子100m、200mの日本記録保持者である福島千里選手。北京・ロンドン・リオの舞台の日本代表であり、日本選手権の100mでは2010年から2016年まで7連覇を成し遂げ、2011年の世界陸上では日本女子史上初となる準決勝進出を果たした。福島選手が集大成と位置づけている来年東京で開催の大会。そこに向けて陸上大会が盛り上がりを見せる中、0.01秒に挑戦し続ける彼女の想いや意気込み、自分の求める理想の走りについて聞いてみた。

ストレッチ中の福島千里 写真

福島選手は二つの日本記録をお持ちですが、そのときのことは今でも覚えていますか?

はっきりとは覚えていないですけど、100mの方は確か2010年の織田記念陸上(11秒21)で、200mは2016年の日本選手権(22秒88)でした。

そろそろ日本新記録を出せそうだな、という雰囲気はあったのですか?

100mに関して言えば、当時の自分はとにかく快進撃の真っ最中でしたから、走っていればいつか必ず出るだろう、という感覚はありました。条件さえ合えば新記録は出る、と。若さゆえの勢い、みたいなものですね。

黄色いスニーカーの靴ひもを結ぶ福島千里 写真

当日は、「今日はいけるかも」という予感はあったのですか?

そんな予感は今まで一度もないですよ。やっぱり走ってみないとわからない……。いや、必ずしもわからないわけではないんですけどね。練習でやってきたことが試合に出るわけですから。

でも当時と今とでは考え方もかなり変わりました。これくらいは出るだろうという感覚を持ってレースに挑むと、自分の能力を「これくらい出るだろう」というレベルで止めてしまうのかもしれない。自分の能力に蓋をしないで、「どのくらい出るかはわからないんだ」という感覚を持っておかないと限界突破はできない、そんなふうに考えています。

自分の中にある潜在能力をもっと信じる?

そうですね。なかなか記録が出なくなってきてから、そういうふうに考えられるようになったのですけど。

福島千里 写真

トレーニングでとことん追い込んで、最大限の努力をして、それでも本番では力を出せなかったりする、その理由は何なのでしょうか?

なんでしょうね? 緊張、環境、それがわかったら困らないんですけど(笑)。

私生活がうまくいっていないとレースの方にも影響する、ということもあるのですか?

私にとってはプライベートと陸上は密接にリンクしていて、競技が充実しているからプライベートも充実しているということはあっても、その逆はないかもしれません。人生をかけてやっている陸上がうまくいかないときは、休んでいるときも心が落ち着かないです。

100mの方は日本新記録を樹立してから時間が経ちますが、11秒21というタイムをなかなか越えられないきつさや苦しさはありますか?

昨日の自分、1年前の自分、今よりももっと若かったときの自分を超えられない悔しさは常にありますけど、新記録とか自己ベストってそう簡単に出るものではないですよね。「きつい」というよりは「難しい」と表現した方がより正確かなと思います。陸上って本当に難しいなあ、って。

陸上トラックを走る福島千里 写真

福島選手にとっての0.01秒とはどういう時間ですか?

当たり前の話ですけど、0.01秒ってものすごく短い時間じゃないですか。

それこそ瞬きするくらいか、もしかするとそれよりも短い時間ですね。

ですよね。そのものすごく短い時間を更新するために、ものすごく長い時間を費やさなければいけない。何百時間、何百日、という時間を使って、努力とか我慢とかを積み重ねてゆくことでしか超えられない。それが私にとっての0.01秒というものです。でも、0.01という数字に特別フォーカスしているわけでもないんです。自分の求める走りができれば、0.01ではなく0.02もしくはそれ以上タイムが縮まることだってあるでしょうから。

陸上トラックを走る福島千里 写真

そもそも福島選手が陸上の世界に入るきっかけは何だったのですか?

小学校四年生のとき、学校の先生に勧められて陸上クラブに入りました。そのあとはずっと指導者の方と仲間に恵まれて、2007年に高校を出たあとは大学ではなく実業団に入ることを選択しました。ちょうどその翌年に北京で世界一を決める大会があって、私はリレーのナショナルチームに召集してもらったのですが、「みんなで北京を目指す」と言われたとき、それが初めて世界の舞台を意識するきっかけになりました。

子供の頃から北海道の地方都市で世界の舞台に憧れていた足の速い女の子、というわけでもなかったんですね。

そういう話ではないんです、すみません(笑)。足が速いということは私にとって部活でしかなかったんですね。子供の頃は看護師さんになりたかったですけど、他にこういうことをやってみたいな、って思ったことはないです。実業団に入った頃には、将来は走ることで生きていきたいと考えていましたけど。初めての世界の舞台も、当時の私は自分の気持ちよりもタイムの方が先行していって、まだ何も具体的なイメージはないまま、世界の舞台の方が向こうから近づいてきた、っていう感じでしたね。

客席の縁に座る福島千里 写真

初めての世界の舞台、北京に行って自分の中で変化したことはありますか?

世界の舞台に出場することが決まると、目標はなんですか?って聞かれるようになるじゃないですか。正直私は、そこでの自分の立ち位置がわからないのに目標なんて決められない、って思っていたんです。昨日までは世界の舞台に行くことが目標だったのに、いきなり世界の舞台で何番になりたいですか、って聞かれても、わからないんですよ。

なるほど。確かに行ったことのない場所について聞かれても、答えようがないですよね。

だから、すごくふわふわした状態で走ってましたね。で、実際に体験して、そこで世界との差を確認できたから、そのあとの目標が設定できるようになりました。そこは成長できたところです。でも一方で、先ほどもお話ししましたけど、今は、そういう目標をないことにして、どこまで行けるかわからないけれどその準備だけはしっかりやっていこう、って思っているんです。わかんないですよね?(笑)

福島千里 写真

いえ、よくわかります。でも福島選手のそのお話を聞いた後で、私が「で、次の東京大会では何を目指すんですか?」と訊ねたら、なんだかずいぶん愚かな質問になってしまいますね(笑)。

いえいえ、そんなことはないですよ!東京は自分自身にとってやはり集大成の場所ですから、これまでで一番のタイムを出し、一本でも多く走れることを目標にしています。でもまず今は東京大会の代表権を獲得する、そこが最優先です。

さきほどの、自分に蓋をしない、というコメントを逆に使わせてもらうと、福島選手にとって東京が集大成になるかどうかも、実は決めない方が良かったりするのではないですか?

確かにそうかもしれないですね。集大成と思う方が頑張れるのか、あるいは集大成だと思うと身体がガチガチになってタイムが落ちてゆくのか、そこは難しいところですけど、少なくとも私にとっては大きな区切りであるのは間違いないのかなと思います。

北京のときには何もわからないでやっていた、なんとなくわかるようになってきたら突破できなくなった、で、今はわかった上で突破できるようになった、もし東京という舞台でそういう流れになったら、本当に素敵だなと思います。達成感? 開放感? 走り終わったそのときに、どんな新しいものが見えるのか、そんなことを楽しみにしてやっていきたいと思っています。

客席の縁に体育座りをして笑顔を見せる福島千里 写真

最後に一つだけちょっとふざけた質問をさせてください。もし悪魔が福島選手に、もしお前の魂を売ってくれるなら世界の舞台の100m決勝に進出させてやる、と持ちかけてきたら、どうしますか?

魂ですか!?売ります、売ります!(笑)だって今でも、ある朝目が覚めたらもっと足が速くなってた、なんてことが起きたらいいのになあ、って思いますから。

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