文 佐藤俊
写真 近藤俊哉
四半世紀以上にわたってプロサッカー選手として戦った“鉄人”には、熾烈な競争社会を生き抜いてきたからこその人生哲学がある。わずか1本のシュートやパスが、運命を大きく変える瞬間を目の当たりにし、誰よりもワンプレーの重みを理解している。
連載「時とアスリート」は、アスリートが歩んできた「時間」をひも解く。キャリアの節目に現れた出会い、挫折、栄光――その瞬間を掘り下げ、人生観や哲学を浮かび上がらせる。
2023年限りの現役引退から約2年半、遠藤保仁は指導者として前進を続けている。「ずっと勉強ですよ」と笑顔を見せながら、次世代の育成に力を注ぐ名手の今に迫った。(前後編の後編)
公式戦通算1136試合出場、日本代表キャップ数は歴代最多の152。鉄人ぶりを発揮し、数々の記録を打ち立てた遠藤保仁は、2023年限りで現役を引退した。「正直、よく(これだけ多くの試合に)出たなと思います」と表情を崩すが、26年にも及んだ現役生活のなかで、“サッカーの質”は大きく変わったと感じた。
「自分がプロ生活を始めた時は、いかに魅せて勝つか、いかに点を取るかがサッカーの本質でしたけど、今は選手のコメントでも一番最初に出てくる言葉がハードワーク。さらにスピード、デュエルといった言葉なので、アスリート色が濃くなったなぁと思います」
遠藤自身は、変わりゆくサッカーの世界に身を置きつつ、26年にわたってプレーしてきたが、「時間と空間をつくる」ことにおいて、できなくなったり、難しさを感じたりすることはあったのだろうか。
「自分一人でやるなら見えているものも変わらないですが、サッカーは11人でやりますし、監督の方向性や選手の思考も違います。サッカーの質の変化もあって、自分が思い浮かべていたプレーじゃないなというのが増えていきました。ただ、チームのやり方に合わせないといけないけど、逆にそれに合わせ過ぎてしまうと自分の一番の武器がなくなる。そのせめぎ合いは34歳以降、めちゃくちゃ増えていきました」
思い描くサッカーの未来「いずれ10番のサッカーに戻る」
写真 近藤俊哉
サッカーは、監督が志向する戦術やスタイルに選手が合わせることが求められ、その要求に応えられない選手はレギュラーから外れていく。ただし、監督の構想を超える個性や能力を発揮し、なお違いを見せられる選手はピッチ上に生き残ることができる。遠藤は、そういうタイプの選手だったわけだが、自分自身が最も楽しく試合ができたと感じられたのはプロ1年目の1998年、カルロス・レシャック監督が率いた横浜フリューゲルス時代だった。
「これぞ、“ザ・サッカー”みたいな感じでした。自分たちがボールを持っていれば走るのは関係ない、省エネで、1点でも多く取って勝つというサッカーが本当に楽しかったです。あとはガンバ大阪時代の超攻撃的なサッカーでリーグ優勝した時ですかね。1-0で勝つよりも5-4で勝つみたいな。守備の選手は『あかんやろ』と言ってましたけどね(笑)。1-0が美しいと言われている時代があったし、今もそれがいいみたいに言われていますが、自分は全くそう思わないです」
2023年限りで現役を引退すると、翌24年からはガンバ大阪のトップチームでコーチをしている。いずれ監督になるために指導経験を積んでいる最中だが、遠藤の考えがピッチ上に反映されると、かなり個性的なチームが生まれそうだ。
「監督になったら、まず10番(技巧派の司令塔タイプ)を復活させたいですね。今の(フィジカルや走力が重視される)アスリート系のサッカーから、いずれ10番のサッカーに戻ると思っているんですよ。それが10年後になるのか、誰がその最初になるのか分からないけど、自分がその10番(を軸にしたチーム)を最初につくったら楽しいかなと思っています。
でも、監督になったら難しいんだろうなぁと。勝たないといけないですからね。でも、勝たなきゃいけないという前に楽しむというのが自分のなかにあるので、楽しくて、めちゃくちゃいいサッカーをして5連敗でクビになっても、まぁいいかなと思っています」
自分で考えてプレーしてこそ生まれる成長
写真 近藤俊哉
現役時代と異なり、指導者になった今は時間の使い方がかなり変わったという。現役時代は朝、クラブハウスに行き、練習をして風呂に入り、お昼ご飯を食べて帰るのが一定のパターンだった。トップチームのコーチを務める今は、どのように変わったのだろうか。
「今は朝、自分のトレーニングをしているので7時にはクラブハウスに行って、8時までトレーニングをしています。終わって8時30分ぐらいに自分の席について10時からの練習の準備。練習が終わってコーチ間で話をして、その後は相手チームと自分のチームの分析などをして16時ぐらいまで仕事をしています。今はチームのために仕事をしなくてはいけないので、現役時代よりもクラブハウスにいる時間が増えましたね」
遠藤は現役時代から、クラブや日本代表で多くの外国人監督と同じ時間を過ごしてきた。時にはお互いのサッカー観をぶつけ合ったり、戦術について議論をかわしてきたが、特に指導者になって以降、外国人監督に対して遠藤が気をつけてきたことがある。
「外国人なので、曖昧な発言はしない。『これ、どう思う?』と聞かれて違うと思ったら、それが監督の考えではなくても違うとズバッと言う。そこから議論が生まれるんですよ。『なぜそう思うの?』みたいな感じで話が進んでいく。答えが出ないこともありますが、それが大事。監督にない考えを自分が伝え、それがチームにとって良い方向に行くんじゃないかと思えばそれでいいですし、ダメでもいい。(チームを良くしたいなら)監督のイエスマンになるのだけは絶対にダメですね」
外国人監督は日本人とはやり方が大きく異なると、選手として接していた頃から感じていた。例えば「こういう時はどうするのか?」と選手に聞かれた場合、日本人監督はその答えをしっかり準備しているが、外国人監督だと、それは選手自身が考えることで、チームとして結果を出せればそれでいいという考えがある。
「答えを簡単に教えてしまうのは、日本人の良いところであり、悪いところですかね。ただ、僕は『自分で考えろ』というタイプです。マラソンで言うと20キロまでは教える。その先は自分でコンディションやその他いろいろと考えて走り、42.195キロが終わった時にトップで帰ってきてね、みたいな感じです」
自分で判断し、決断するのはどんなスポーツでも難しい。特に対人競技の場合は、一つとして同じシチュエーションがないからだ。今はサッカーの質がアスリート系に変化し、少しのズレを突かれてピンチやチャンスをつくられるので、自分の役割について「事前に指示してほしい」と言ってくる選手が増えたという。
「今の選手は、自分で考えてプレーしているけど、指示を待っている顔に見える時があります。責任を負うのが怖いのか、単に(相手に)やられるのが嫌なのかは分からないです。声をかける時もあるし、どうぞ自分で考えてやってくださいと言う時もある。全部は指示しないですね。基本的に考えてプレーしないと成長しないので」
指導者になった今も大切にするピッチ上の感覚
写真 近藤俊哉
指導者としてピッチに立つと、現役時代とは異なる感覚を覚える。走らないのが一番の違いだが、練習中にコーチとして選手に何かを伝える際、遠藤が意識していることがある。
「分かりやすく的確な言葉で言います。サッカーは瞬間的にプレーがどんどん変わっていくので、プレーの途中でグダグダ言っても頭に入りません。頭にバシーンと入るような言葉を言う。最初、言うタイミングを掴むのが非常に難しかったですが、今は慣れてきました。バシッと言うと選手の顔色が変わります。面白いくらいに変わるので、今は言ってからどんな反応をするか、選手の顔色を見るようにしています」
選手からすれば、現役時代に「一番ピッチが見えている」と言われていたコーチに指摘されれば、ドキッとして考え、必要なプレーを実践していくだろう。遠藤の言葉は、特効薬として効きそうだが、日頃から選手に伝えている言葉があるという。
「いつも『ワンプレーで人生が変わるから』と言っていますね。それを実現したのが大黒将志。最終予選の北朝鮮戦でゴールを決めてから日本代表の常連になり、サッカー最大の祭典の2006年ドイツ大会にも出場しました。たった1点ですが、攻撃の選手なら1点、中盤なら1本のスルーパス、GKなら1本のビッグセーブの重みを大事にする。そういう一つのプレーで人生が変わるというのを練習中から常に言っておかないと、雑にプレーしてしまうんですよ。『まぁ、このくらいでいいか』という感じでプレーしてしまう。そういう時は言いますね。『おまえ、それでいいのか?』って」
写真 近藤俊哉
試合中は一瞬も目を離さないようにゲームを見て、考えている。現役時代もピッチ上の監督としてチームを指揮していたが、今はコーチとしてピッチの外から試合の流れを読み、たくさんの引き出しを持つようにしている。
「基本的に試合は相手をどうやったら崩せるのか、こうしたほうがいいんじゃないかというのを考えながら見ていますし、これをやれば崩せるんじゃないかというのを考えています。それがすごく楽しいです。そういうカードというか考えを持って、監督に聞かれた時、バシッと答える。そういう準備をするのがコーチの仕事。常に監督が有利になるように、次の一手を考えています」
試合後、選手に選手交代について話を聞くこともある。
「ピッチにいる選手と外で見ている選手では感覚が違うんですよ。例えば、選手交代で違う選手のほうが良かったかもしれないという点で、お互いの考えにズレが生じたりします。最終的には監督が決めることなので、その結果についてどうこう言うことはないですが、『あぁなるほど。選手はそう思っていたんだな』と理解することは大事。これからもいろいろ学んでいかないといけません。ずっと勉強ですよ(笑)」
独特の感性とサッカー観に学びが融合した時、遠藤が日本サッカー界の新たな扉を開ける指導者になったとしても、なんら不思議ではない。
※本記事は、2026年6月に実施した取材をもとに構成しています(本文中の役職やチーム状況等は取材当時のものです)。
遠藤保仁の「時」を知る3つの共通質問
Q1 あなたにとって、時を刻むこととは?
難しいですね(笑)。今で言えば、先のことを考える、先を予測するということですかね。コーチになってから先のことばかり考えています。2試合先の対戦相手の映像を観たり、分析したりするのはもちろん、自分のスケジュールもそう。現役時代も先を見て、動いてプレーしていたので、それはコーチになった今も変わらないです。
Q2 競技と向き合っている時間はどのような意味を持つ?
ピッチではまずは楽しむこと。それは現役時代も今も変わりません。自分が楽しまないとサポーターには伝わらないし、いいプレーができないので。
Q3 年を重ねることの価値とは?
大きなケーキに年齢を重ねるごとに1本1本ロウソクを立てていくとすると、そのケーキを徐々に明るく照らしてくれるじゃないですか。たぶん年齢を重ねるのはそれに似ていて、年齢というロウソクが増えるごとにいろんなものが見えてくると思うんです。最後にケーキ全体を明るく照らして、こんな形なんだと分かるし、きれいなケーキになるので、そういう年齢の重ね方をしていきたいですね。
ガンバ大阪トップチームコーチ
遠藤保仁
1980年1月28日生まれ、鹿児島県出身。1998年に鹿児島実業高校から横浜フリューゲルスに加入。プロ1年目から活躍すると京都パープルサンガ(当時)を経て2001年にガンバ大阪に完全移籍した。司令塔として攻撃的スタイルの中核を担い、J1優勝2回、2008年AFCチャンピオンズリーグ制覇などクラブ黄金期の確立に大きく貢献。2020年途中からジュビロ磐田に移籍し、2023年に26年間の現役生活に幕を下ろした。日本代表でも長年にわたって活躍し、ワールドカップに3度出場。国際Aマッチ152試合出場は歴代最多記録。2024年からガンバ大阪のトップチームコーチを務める。