文 佐藤俊
写真 近藤俊哉
サッカーという競技における時間は、常に流れていくものだ。前後半のキックオフの笛が鳴れば、各45分間にわたり時計の針は一度も止まることがない。絶え間なく時が刻まれ、プレーが連続していくからこそ、ピッチに立つ選手たちには試合の流れを読み、自らコントロールしていく能力が求められる。
現役時代の遠藤保仁は、まさにピッチ上で“時を操る”存在だった。チームが攻勢でも劣勢でも常に冷静沈着。中盤の底で攻守のつなぎ役となり、試合のリズムを巧みに変え、チームに流れを呼び込んでいく。
連載「時とアスリート」は、アスリートが歩んできた「時間」をひも解く。キャリアの節目に現れた出会い、挫折、栄光――その瞬間を掘り下げ、人生観や哲学を浮かび上がらせる。数々の指揮官から寵愛を受け、プロとして公式戦1136試合に出場した稀代の名司令塔が、1本1本のパスに込めたメッセージについて振り返った。(前後編の前編)
勝つために、時間と空間をつくる。
サッカーでは、自分たちがゲームを優位に進めるために「時間」と「空間」をつくり、相手はそれを崩しにくる。その逆もまた然り。90分間にわたり、その駆け引きがピッチ上で絶え間なく続いていく。
遠藤保仁は現役時代、「時間と空間をつくる」能力に長け、そこに面白さを感じてプレーしてきた。
「ここは相手に合わせるのか、それとも自分たちのために時間をつくるのか。それを試合のなかで自分たちのリズムや状況、相手の顔色やスタジアムの雰囲気も観察しながら見極めていく。試合は常に動いているので、そういう駆け引きをして自分たちの流れに持っていくのが面白いんですよ」
小学生時代から意識した一手先、二手先を考えるプレー
写真 近藤俊哉
サッカーは流れのスポーツでもある。
常に戦況が動き、一つのプレーを機に相手に攻め込まれる時間が続くと思えば、逆に押せ押せムードになった時は攻撃の勢いも上がっていく。そんな時、多くの選手が前がかりになるが、遠藤はよくわざと動きを止め、あえて流れを壊すようなプレーを選択していた。
「サポーターには『(流れを)止めるな』とよく言われたけど、そう見えるだけで実際は止まっていない。例えば、日本代表のアウェーの試合では、リズムが悪いなとか、ここで耐えればという分かりやすい時間帯があるので、自然にみんなが考えてプレーするんです。でも、ホームの時は勝って当たり前という雰囲気があり、試合を支配して、点を取って当たり前というムードがスタジアム全体に蔓延しています。そんな時にブレーキを踏むというか、『ちょっと休憩しませんか』という時間をよく作っていました」
なぜ、休憩時間が必要なのか。
「同じテンポの攻撃だと相手も対応しやすいですし、少しテンポを遅らせることで攻撃に関わる選手を前に行かせる時間をつくったり、攻撃により厚みをもたらしたりすることができるからです。また、流れをいったん止めることで、『急ぎ過ぎだ』というメッセージを味方に送ることもできます。広い意味で試合をコントロールするということ。自分の空間に、ピッチ上にいる(自分以外の)21人を巻き込むのが理想です」
ボランチを主戦場としていた遠藤は、ミドルゾーンにおいてボールを出し入れする時間を自由自在に操っていた。そこでうまく時間をコントロールしながら“間”をつくり、スペースを見つける。アタッキングゾーンに入れば流れを止めない。「どうぞアクセル全開にいってください」とばかりに、味方のサポートへ回ったり、逆にカウンターを受けたりしないように守備の意識を高めていく。
現役時代を通じて得意としてきた時間と空間を操る術を、遠藤はどのように身につけたのだろうか。
「小学校の時、『頭を使ってプレーしなさい』とよく言われていたんです。それはどんなプレーなんだろうと考えた時、まずは情報収集だなと。周囲の状況を把握するために、プレー中は首を振って周囲を見ていました。目の前のプレーだけではなく、一歩先のプレーが分かれば、次にどんなプレーを選択すべきか分かるようになる。もちろん判断だけではなく、それを活かす技術も大事。両輪の積み重ねによって18歳でプロに入る時には、時間をつくり、一手先、二手先まで読んでプレーできていました」
自分の“間”で蹴ったコロコロPK「ルーティンは一切ない」
写真 近藤俊哉
試合の流れを読み、プレー中に様々な修正をしながら展開を変えていく。いかなる状況においても、それを可能にしてきたのは「一つは、堂々としていること。『全然、大丈夫です。焦っていませんよ』というのを自分から醸し出していく」ことだという。
「試合で横パスやバックパスを出していると、サポーターから『もっと前に出せ』『前に行け』と言われたけど、一手先、二手先のことを考えていたので、まったく気にしませんでしたね」
遠藤は、選手時代から「鉄のメンタル」「焦らない」「動じない」とよく言われていた。代名詞と言える高精度の直接FK(フリーキック)やPK(ペナルティーキック)は自分の“間”を大事にして蹴っており、とりわけPKはGK(ゴールキーパー)を嘲笑うかのようにゆっくり転がして決め、「コロコロPK」と言われて話題になった。
「PKを蹴る時は、GKの細かい分析はしていないけど、この人は早く動くなとかの情報は頭に入れていました。蹴るタイミングは、その場、その場で考えている。クリスティアーノ・ロナウドのように助走は何歩とか決まったものはないですね。そういうのを決めていると、それが失敗した時にメンタルに影響するケースが多いじゃないですか。だから自分はルーティンを一切つくらなかったです」
写真 近藤俊哉
試合に勝つためには、時間や空間を操るだけでは勝てない。ピッチ上の選手の配置を変えたり、交代で選手を入れ替えたりして修正するのも一つの手段になる。
遠藤はそれを選手の立場で、2010年に南アフリカで行われたデンマーク戦でやってのけた。自ら華麗な直接FKを決め、3-1の勝利に貢献した一戦。日本代表はこの日、長谷部誠を2列目の右サイド、大久保嘉人をトップ下に置き、遠藤と阿部勇樹のダブルボランチにした4-2-3-1で臨んだが、思うように機能しなかった。阿部勇樹をアンカーに置いた、元の4-1-4-1にシステムを戻すべき――。そう思った遠藤は、ベンチの岡田武史監督のもとに走った。
「流れが悪いし、このままいけば失点するだろうなと思ったので、ポジションを戻すように岡田さんに言いに行ったんです。その時は岡田さんとの信頼関係があったから言えたけど、監督によっては『何言ってんだ、おまえ』と怒る人もいる。でも、この変化でチームが落ち着いて勝てた。人を動かして勝てた、代表的な試合だったと思います」
サッカー観に大きな影響を与えたプロ1年目の出会い
写真 近藤俊哉
26年にも及ぶ長い現役生活のなかで、遠藤は多くの監督のもとでプレーしてきたが、そのなかでも高卒ルーキーとして加入した1998年、横浜フリューゲルスでカルロス・レシャックに出会ったことが大きかったという。頭を使い、先を読むプレーを認められ、「これでいいんだ」と確信したことで自身のプレースタイルが確立されていった。
「レシャックさんの考えは、『走らずして勝つ』みたいな感じでした。でも、それは本当に走らないというのではなく、ただ走ればいいということでもない。どこでパワーを使うかということなんです。相手はチーム全体で130キロ走りました。自分たちは90キロしか走っていません。でも、勝ちましたのほうがいいじゃないですか。三手先のプレーを読んで同じ距離を1秒でダッシュするのか、5秒で走っていくのか。どちらが楽かと言えば5秒でテコテコ走ってボールに触れるほうがいい。自分は、そっち派。自分が走っていないよねといわれるのは、そういうプレーから判断されているからだと思うのですが、走っていないわけではなく、メリハリをつけてプレーしているということです」
遠藤曰く、サッカーの本質は「いかにボールを握って、相手ゴールにボールを入れられるか」で、レシャックはその本質を追求する監督だった。
「レシャックさんは僕のサッカー観に大きな影響を与えてくれました。楽して勝つサッカーを実践するには周囲のいろんな情報を分析して、頭を使ってプレーしないといけない。どこにスペースがあるのか、誰がどのように動くのか、その絵がないとそういうプレーができない。
自分は、そういうスペースを見つけるのが抜群に上手かったんだと思います。現役時代はこういうことを言いませんでしたが、みんなを寄せて『はい、こっち空いてますよ』と誘導するのが上手かった。最初は上手くいかなくても自分で修正して、自分の意図する攻撃にすることができた。それはプロとして、サッカーをする上で大きな武器になったと思いますし、それがあったから自信を持ってプレーできたんだと思います」
プロ1年目で確立したこの能力こそが、遠藤がどの監督からも必要とされた所以である。
後編へ続く