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年齢を重ねる未来に「期待しかない」 ワクワクするか、しないか…母になった今も変わらない時の刻み方――時とアスリート・本橋麻里 年齢を重ねる未来に「期待しかない」 ワクワクするか、しないか…母になった今も変わらない時の刻み方――時とアスリート・本橋麻里

年齢を重ねる未来に「期待しかない」 ワクワクするか、しないか…母になった今も変わらない時の刻み方――時とアスリート・本橋麻里

文 石井宏美
写真 松橋晶子

 人生の岐路に立った時、本橋麻里はいつも心に問いかけてきた。ワクワクするのはどちらの道か、と。その判断基準は、2児の母となった今も変わらない。自らの感情に対して正直に生き、時を刻み続けている。

 連載「時とアスリート」は、アスリートが歩んできた「時間」をひも解く。キャリアの節目に現れた出会い、挫折、栄光――その瞬間を掘り下げ、人生観や哲学を浮かび上がらせる。後編では2018年に一般社団法人ロコ・ソラーレの代表理事に就任した本橋が、選手としての活動を休止し、本格的にチーム運営に携わるようになってからの姿を追った。(前後編の後編)

【前編】「どうせ散るなら故郷で散りたい」 24歳でロコ・ソラーレ結成、前例なき挑戦の裏にあった覚悟――時とアスリート・本橋麻里

 2018年平昌の後、本橋は競技者としての時間から一旦離れ、母としての時間を大切にする選択をした。

 2015年に長男、2020年には次男を出産。子どもの成長は競技の時間とはまったく異なるリズムで流れる。急がせることも、もちろん巻き戻すこともできない。

 日々の小さな変化が積み重なり、二人の息子も気づけば10歳、5歳に成長した。循環する時の中で新しい視点を得たと笑顔を見せる。

「子育てでかなり叩き直されましたね(笑)。私はすべてを100にしないと気が済まないタイプで、プランニングして遂行することが大得意だったんです。でも、子育ては思い通りにはいきません。優先順位を決めることも苦手でしたが、子育てをし始めてから取捨選択ができるようになりましたし、柔軟性を持つ大切さを学びましたね」

育児を経験して磨かれた時間の使い方

本橋麻里 画像

写真 松橋晶子

 完璧を目指すよりも状況に合わせて最適な道筋を描く。手を抜くところと抜けないところを瞬時に判断する。自分一人では抱え込まない。予測不能なことさえも楽しむ余裕を持つ。母としての経験は、彼女の競技観までも大きく変えた。

 時間の管理と決断力が競技の精度を上げ、柔軟性は試合中の対応力を磨いた。そして感情のコントロールは試合の流れを読む力を深めることにつながった。育児が、時間の質の変化をもたらしたのだった。

 2010年、出身地の北見市で「ロコ・ソラーレ」を結成。その8年後には一般社団法人ロコ・ソラーレを設立し、代表理事としてチーム運営に本格的に携わるようになった。現在は女子のセカンドチーム「ロコ・ステラ」、男子チーム「ロコ・ドラーゴ」など3チームを運営し、地域に根づくカーリング文化を未来へつなぐ役割を担う。

 経営者としての時間は、競技者としての時間とはまったく異なる。以前にも増して、数年先、あるいは十年先を見据えた判断が求められるようになっている。

 選手が競技に集中できる環境を整え、地域の子どもたちがカーリングに触れる機会をつくり、スポンサーや地域との関係を築き、組織として持続可能な仕組みを育てている。それは、すぐに成果が見える仕事ではない。

 だが、長い時間をかけて育てたものだけが地域の誇りとなり、未来の選手たちの背中を押す力になると考え、自身に与えられた現在の役割は未来のための時間を作ることだと信じ、前を向く。

人生の分岐点で大切にしてきた自らの心

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写真 松橋晶子

 ロコ・ソラーレが2022年に北京で銀メダルを獲得した時、多くの人が選手たちの明るい振る舞いに魅了された。だが、その裏には本橋が長い時間をかけて築いてきた環境と文化があった。

「この瞬間のために」

 その思いは選手時代も、代表理事としてチームを支える今も変わらない。

 なぜ、これほどまでに真摯にカーリングと向き合い続けられるのか。

 人生の大半をカーリングとともに過ごし、カーリングを通じて人と出会い、そして学びを得てきた。その原動力になっているのは、単純に彼女が努力家だからというだけではない。人生経験と競技観が見事に、絶妙に重なって生まれたマインドにある。

「泣いたり、笑ったり、怒ったり……それを繰り返しながらカーリングを続けてきました。一人のアスリートとしてこの組織を作り上げてきたなかで大切にしてきたことは、失敗を恐れない、失敗を失敗としないマインドですね。むしろ、課題を見つけたら大成功だと受け止めています」

 人生の流れを変える節目は誰にも訪れる。分岐点に立たされた時、重視してきたのは何を基準に選び、決断するかということだ。

「必ずワクワクする方を選択してきましたね」

 誰かの期待や義務感でもなく、自分の心が動く道へ。“ワクワク”はいわば彼女にとっての人生の道しるべであり、挑戦はいつもその基準からスタートしている。

毎日100%で全力疾走「過去は振り返らない」

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写真 松橋晶子

 だからこそ、今日という時間が厚みを増していく。

「後悔はしないじゃないですけど、毎日を100%で走り続けていますね。私の性格的なものにもよるのかもしれないですけど」

 この先の未来に期待しかないという彼女は、ロコ・ソラーレ、ロコ・ステラ、ロコ・ドラーゴの“ロコ・ファミリー”の未来の青写真を、今、どんなふうに描いているのだろうか。

「選手が入れ替わりながら成長していく姿を見ていくのは楽しいですし、どんな選手を育成できるかというところに面白さを感じています。基本的にこのスタンスは変わりませんが、その上で大切にしているのが、私自身の考えが凝り固まらないようにすること。どんな局面でも柔軟性を持って対応していかないといけないと考えています」

 本橋の「時」は、ただ流れていくものではなく、自ら選び、育て、未来へ手渡すためのプロセスだといえる。

「日本のカーリング界は過渡期に差しかかっているといえるかもしれません。平昌、北京とメダルを獲得できたからこそ、未来のカーリング選手にしっかりと道を作ることが使命だと考えています。常に目の前にある目標、そして未来にカーリングをどうつなげていくのか、より日本にカーリングを根づかせるためには何をすべきなのか。これからもそれを追求していきたいです」

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写真 松橋晶子

 現在39歳、6月にはまた一つ年齢を重ねる。次の1年がどんな時間になるのか、本橋は「楽しみで仕方ない」と目を輝かせる。

「周りの人生の先輩たちを見ていると、年齢を重ねるたびに本当に楽しそうにされているんです。そういう姿に接しているからワクワクする気持ちしかありません。過去はその時々でやりきったと思っているので振り返らないですし、あまり執着することもありません。むしろ年を取ることで、これから訪れる未来に期待しかないですね」

 年を重ねるほど、見える景色もどんどん広がる。人生の1ページを日々めくりながら、本橋はこれからもカーリングとともに時間を刻んでいく。

本橋麻里の「時」を知る3つの共通質問

Q1 あなたにとって、時を刻むこととは?

「楽しむ」ですね。私、実は年を取るのが大好きなので、過去はまったく振り返らないんです。その時々でやりきったと思っているから。先輩たちが素敵に年齢を重ねていく姿を見ていると、この先、自分に何が待っているんだろうとワクワクする気持ちしかありません。

Q2 競技と向き合っている時間はどのような意味を持つ?

 新しいものを自分に取り入れている時間です。現役時代もそうですし、今も一緒に戦っている選手たちが日々変化する姿を見て刺激を受けることが多いです。子育てのようなもので、瞬きをしている瞬間に成長するので、見逃さないようにしています。

Q3 年を重ねることの価値とは?

 チームの年齢幅も広いですし、基本的に年齢には執着していないですね。39歳になりましたがまったく抵抗はありませんし、「私、39年も生きていたんだ!」と胸を張れるくらいです。年を重ねることは重荷ではなく、人生に厚みをもたらしてくれるものだと思っています。

本橋麻里

一般社団法人ロコ・ソラーレ代表理事
本橋麻里

1986年6月10日生まれ、北海道北見市常呂町出身。「カーリングの町」として知られる地元で12歳の時から競技を始める。2005年からチーム青森に加入すると、翌年のトリノ五輪に日本代表として初出場、7位入賞で脚光を浴びる。2010年バンクーバー五輪でも8位となり2大会連続入賞を果たすと、同年8月に地元・北見市でロコ・ソラーレを結成。着実にチームを強化し、2018年平昌五輪ではリザーブとして日本史上初の銅メダル獲得に貢献した。その後は一般社団法人ロコ・ソラーレ代表理事に就任し、現在は女子セカンドチームのロコ・ステラ、男子チームのロコ・ドラーゴを含めた3チームを運営。選手の活動は休止しているが、2児の母として多忙な日々を送っている。

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