SEIKO  HEART BEAT Magazine 感動の「時」を届けるスポーツメディア

検索
青学を箱根駅伝3連覇に導いた指導術。陸上界の名将・原晋が語る「マネジメント」の正体 青学を箱根駅伝3連覇に導いた指導術。陸上界の名将・原晋が語る「マネジメント」の正体

青学を箱根駅伝3連覇に導いた指導術。陸上界の名将・原晋が語る「マネジメント」の正体

文 折山淑美
写真 落合直哉

「優勝するチームを作り上げるのに、魔法はいらない。当たり前のことを当たり前のようにやれるチームが勝利に近づける、それが駅伝というスポーツなんです」

2026年1月2日と3日に行われた第102回箱根駅伝で、3年連続9度目の総合優勝を果たした青山学院大学。2004年の監督就任から青山学院大を「常勝軍団」へと押し上げた指揮官は、今回の偉業を「マネジメントの勝利」と言い切る。

原監督のいうマネジメントとは何を指すのか。そして、どのような指導やアプローチで学生たちを高みへと導いたのか。陸上競技界きっての名将、その思考回路を詳しく掘り下げる。

箱根での優勝を確信したターニングポイント

原晋監督

箱根での3連覇について「難しいことはしていない。小さなことの積み上げが重要」と振り返った原

写真 落合直哉

前回大会では2位の駒澤大に2分41秒差を付け、2大会連続の総合優勝を果たした青山学院大。しかし今シーズンは、第101回大会の主役だった太田蒼生、若林宏樹、野村昭夢ら4年生がチームを去った。残ったエースは新主将の黒田朝日のみという状況の中、10月の出雲駅伝は7位。11月の全日本大学駅伝も3位に終わり、箱根の連覇に向けて黄信号が灯っていた。

だが、箱根の青山学院大はやはり青山学院大だった。1区の16位スタートから徐々に順位を上げると、1位・中央大から3分24秒差でタスキを受けた5区の黒田が驚異的な走りを披露。前回大会の区間記録を1分55秒も更新するタイムで首位を奪った。さらに復路でも5区間中2区間で区間賞を獲得、全区間で3位以内という安定した走りを見せる。往路、復路、総合、すべてが大会新記録という圧倒的な勝ち方だった。

「駒澤大学が4 区間を終えた時点で想定していた我々とのタイム差を上回っていたので、中央大を抜いた時点で『ここから1分以上は差を付けられるだろう』と思っていました。優勝を意識したのはそこからです。あとは黒田がやってくれました。6区の石川も山下りには絶対的な自信を持っていたので、ある程度総合優勝も見えたかなと」

そんな原にとっても、黒田の走りは想定以上だったようだ。

「目標は1時間7分50秒でした。普通のコンディションでいけば1時間7分台は出ると踏んでいましたが、本番ではそれ以上の力が出たかなという感じです。『まさか7分台前半までは行かないよな……』と思いながら見ていましたけど」(実際のタイムは1時間7分16秒)

16人全員が「区間トップを狙えるレベル」でないと優勝は狙えない

原晋監督

出雲と全日本の後で選手たちの意識が変わったことで、組織として前進するメカニズムが生まれた

写真 落合直哉

前々回、前回と2区を走っていた黒田を、今回は5区の山登りで起用した。そこには、ある葛藤があったという。

「彼を5区に置いたほうが優勝のチャンスは大きいと考えました。ただ一方で、4区までの選手たちが『いい勝負』以上の結果を出してくれないと意味がない。黒田がスタートする時に先頭から5分も6分も離されていたら、何も得られませんから。我々は、箱根で優勝することを目指してずっとやってきた。いくら黒田ががんばっても、『15~16位からがんばって最後に3位に上がった』くらいでは誰も納得しませんよね。補欠の選手たちも、ファンの方々も、強豪校のブランドを持つ学校も、そして何よりも我々のチーム自身が」

「それではダメなので、『黒田頼みで本当にいいのか』『テレビにも映らないで終わっていいのか』と檄を飛ばしたんです。出雲と全日本は文字通り『黒田頼みのチーム』で、結果を出せなかった。でもそこからチーム全体が『それでいいのか』という気持ちになっていった。一人ひとりが『自分もチームの主役となるんだ』と使命感を持つことで、組織として前進するメカニズムが生まれたと思っています」

優勝への勝ち筋を選手たちにしっかり伝え、「1区から4区が先頭と3分半以内でつないでいけば、あとは黒田がやってくれる」と話したという。そんな中で目を引いたのが、4区の平松亨祐だ。走者から外される予定だったが、1区予定の選手が大晦日に体調を崩し、4区予定の選手が1区に回ったという当日の変更により本番で走ることになったという。そんな平松が区間3位の走りで順位を5位まで上げ、「逆転のお膳立て」に貢献。それができた理由を、原はこう振り返る。

「11番目や12番目の選手が、10番目の選手と比べて極端に力が落ちるようなチームは、そもそも優勝なんてできないんです。箱根で優勝するには10人だけでなく、16人の登録メンバー全員が区間トップを狙えるくらいに仕上げていかないと。重要なのは、そういうことができるかどうか」

選手の能力はすべて数字が教えてくれる

原晋監督

120%を出させるのではなく、安定して80%以上を出せるように導くのが指揮官の役割だ

写真 落合直哉

神野大地を擁して初の総合優勝に輝いた2015年大会以来、2023年大会以外はすべてで何らかの優勝を成し遂げている青山学院大。その安定感を支えているのは大一番へ向けて故障者を出さない調整力の高さであり、原はそれを「マネジメントの力」と言う。

「高い目標を目指して無理なことをやらせるから選手たちはケガをしてしまう。だから、無理なことをやらせなければいいんですよ。選手は勝ちたいから高望みをする傾向にある。そのために無理をする。そこをコントロールするのが監督です。期待したくなる気持ちはわかりますが、選手の能力はすべて数字が教えてくれます。現在はタイムだけでなく心拍関連や赤血球関連などの生理学的データも収集できるので、まずはそれらをきちんと掴むこと。そこから実力の絶対値を把握し、あとは『本番で100%の力を出せる確率をどう高めていくか』に向き合うだけです」

「勝てない日は、選手が100%の力を出せていないから勝てないんです。半分以下しか力を発揮しきれなければ、当然良い結果なんて望めませんよ。監督が『この選手なら120%出せれば勝てる』と考えるのは都合の良い妄想です。事実=データを捻じ曲げて捉えるのは良くない。火事場の馬鹿力という言葉がありますが、実力の120%なんて普通は出せませんから(笑)。だからこそ、安定して実力の80%、90%、100%を出せるように導くマネジメントが欠かせないんです」

組織を作ること、文化を作ることへの使命感

原晋監督

優勝へ向けて物語を作っていくことが重要。それができているから、逆転優勝も可能になるという

写真 落合直哉

初優勝以来、12年間で復路優勝9回、復路2位2回という「後半戦の強さ」は、原が指導する青山学院大の特徴のひとつと言っていい。選手個々人を見ても、攻めの走りを見せて区間上位を勝ち取るというアグレッシブさが目立つ。その理由を、原はこう説明する。

「いくら優勝が現実に見えていたとしても、区間10位のようなペースで力をセーブして走ったら補欠の子はどう感じるでしょうか。『そんな走り見せるなよ!』と思わないですかね?私なら思ってしまいます。『俺だったらもっと走れるぞ!』って(笑)」

「選ばれた以上は、100%を出す気持ちでやらなければならない。うちのチームでは、選ばれなかった選手に対して『申し訳ない』という思いがあるからみんな頑張るんです。2021年大会で往路12位から復路優勝を成し遂げられたのも、チームメートに対するプライドがあったから。復路のタイムが安定して良いということは、組織として我々が目指している形が実現できているということでもあります。そういう文化を作ることが大切なんだと思います」

大学スポーツの中でも特に注目度の高い箱根駅伝で優勝すること、そしてそのための組織を作ること。企業勤めを長く経験してきた原は、自身やチームに課せられたミッションを強く意識しているのだろう。監督の指導が文化を作り、それが歴史や伝統となり、先輩たちが抜けてもそのカラーに合った選手が入ってくる。原の“本当の偉業”は、ここから5年、10年、15年かけて評価されていくのかもしれない。

後編はこちら

【後編】「もし、時を戻せるとしたら…」 白血病を越え、選んだ“今”という幸せ

原晋

陸上競技部監督
原晋

1967年、広島県三原市生まれ。中学から陸上を始め、広島県立世羅高校時代に全国高校駅伝で準優勝を経験。中京大学では3年時に全日本インカレ5000mで3位に入賞した。大学卒業後は中国電力へ入社し、陸上競技部へ入部。しかしケガにより満足な結果を残せず、5年で選手生活を終えた後は同社営業部のサラリーマンに。2004年から青山学院大学の陸上競技部監督に就任。2009年の箱根駅伝で本校を33年ぶりに本戦出場に導くと、2015年大会では史上初の箱根駅伝・総合優勝を達成。2026年大会では、大会新記録で史上初の2度目の3連覇を成し遂げた。チームマネジメントの手腕に対しては、ビジネス界からも熱い視線が注がれている。

RECOMMENDあなたにオススメの記事

Seiko HEART BEAT Magazine

Seiko HEART BEAT Magazineは、
スポーツが生み出すわくわくドキドキする瞬間を、
アスリートへのインタビューやスポーツにまつわるトリビアを通じてお伝えする、
セイコーのデジタルスポーツメディアです。

HEART BEAT Magazineトップ