文 神原英彰(Creative2/THE ANSWER)
写真 松橋晶子
区切りとなる瞬間をいくつ過ぎても、アスリートの走る理由は消えない。金メダル、日本記録、自己ベスト……その先にまた新しい挑戦が始まる。陸上の女子中長距離3種目で日本記録を持ち、Team Seikoの一員として活躍する田中希実も、そんな終わりのない“時”を歩んできた。
連載「時とアスリート」は、アスリートが歩んできた「時間」をひも解く。キャリアの節目に現れた出会い、挫折、栄光――その瞬間を掘り下げ、人生観や哲学を浮かび上がらせる。
第2回に登場する田中は、なぜ挑戦をやめないのか。それは「苦しみながらも走ることが、私にとっては生きること」だからだ。9月に行われた東京世界陸上での活躍も記憶に新しい、日本最速ランナーが語る“アスリートの宿命”と、その先に描く未来とは――。(前後編の後編)
2025年9月20日。田中希実は幸せに包まれていた。
東京世界陸上、女子5000m決勝。360度を5万人の観衆に囲まれ、何周しても大音量の歓声がずっとついてくる。客席にいた人は日本人選手の周回に合わせ、「ルーレットみたいに(歓声が)回っている」と言った。
4大会連続の決勝で15分7秒34の12位。世界で16人だけに許されたファイナリストとなり、強豪アフリカ勢に食らいついた。「観客がほぼ日本人という中を走れる経験は一生で一度あるかないか。すごく幸せだった」。
しかし、田中にとって最も記憶に残る瞬間は、この数日前にあった。
5000m決勝の数日前…実施した異例のタイムトライアル
写真 松橋晶子
大会初日(13日)に行われた1500m予選は組10着で敗退した。
ライバルが準決勝と決勝を走った14日と16日、800mと1000mのタイムトライアルをコーチの父・健智さんに提案し、2本とも自己ベストを破った。通常は体力を温存し、調整に専念するのがセオリーなのに、なぜ走ったのか。
理由は驚くほどシンプル。走るつもりだった日に走らないのは「私らしくない」だった。
「本当は1500mも準決勝、決勝と走りたかった。調整にもならないし、何のために走るのか分からない。父もコーチとしては止めないといけないけど(笑)、更新できたことを一緒に喜んでくれて、私も純粋に嬉しかった」
なんとも田中らしいエピソード。
「速さとは何か」を求め、論理や常識で説明がつかない世界で挑戦を続ける。単に勝ち負け、記録を狙うだけでは太刀打ちできない領域がある。だから、常識にとらわれない手段で「速さ」を追いかける。異例のタイムトライアルも一つの形。
走る。問う。思考する。その繰り返しが、彼女をつくってきた。
「なんか、そういう瞬間がすごく楽しかったなと思います」
日本記録、日本一を幾度も達成しても…また走り続ける理由
写真 松橋晶子
これまで幾度も日本記録を更新し、日本一を達成している。
しかし、そのたびに「もっと上を」と、さらなる挑戦の時間が再び動き出す。終わりのないゴール。それでも、走り続ける理由は明確だ。
第一に「まだ競技者としての可能性を感じているから」。もう一つは「自分の言葉にできない想いを走りで伝えたいから」という根源的な動機に起因している。
小学3年生から日記を書き続け、不安、怒り、喜び……その時々の感情を文字にする。
「モヤモヤして行き詰まった時、走ることでしか気持ちも整理できない。書こうとしても書けない時は走っている方がスッキリしたり、文章として出てきたり。その整理のために走る部分もある」
田中にとって「走る」は一つの自己表現であり、生きることの一部だ。そして、アスリートの“生”について自身が執筆したコラムに、強烈な一節がある。
「アスリートは勝利を常に求めずにいられない。何者にも折り合いがつけられない。死んでもいいから勝ちたいと思うことだってある。そしてそれは、アスリートにとっては、生きたいという願望そのものなのだ」
その真意を聞いた。
「自分を追い詰めない走りは“本当の走り”じゃない」
写真 松橋晶子
ここから田中の言葉は、競技という枠を超え、“なぜ走るのか”という、より根源的なところへ降りていく。
「志半ばで引退した選手は『陸上はもういいや』となっても、後になって『やっぱり走っている自分が好き、また走りたい』と思うと聞く。でも、現役のうちは結果を求めているから、そういう自分に気づけない。
一定数の選手は走るべくして生まれてきた宿命があり、結果を求められ、追い詰められ、それでも走りたいと思っている。私も競技は辞めていないものの、自分を追い詰めない走りは“本当の走り”じゃないと思うというか……」
時間をかけながら、心の底にある言葉をすくい上げていく。
「自然の中を何も考えずに走る時間はすごく幸せで、ずっとこうしていたい。でも本当にそればかりなら、喜びに感じられるのか。苦しい時間があって初めて、純粋に楽しい時間と両方を味わえるんじゃないか。
だから、苦しみながらも走ることが私にとっては生きていることだし、一定数の選手にとってもそうなんだろうと思う」
結果に捉われると、人は走る喜びを忘れてしまう。競技から距離を置いた時に初めて、アスリートという生き物の宿命を知る。同時に、苦しみと喜びの共存こそが走る意味として輪郭を持ち、「死んでもいいから勝ちたい」と思えるほどの渇望が湧く。
時を過ごす中で大切にするのは「その時々の“今”を大事にすること」
写真 松橋晶子
そんな今、田中が現役アスリートとしてできるのは「その時々の“今”を大事にすること」だ。
「振り返った時に後悔しない時間を大事にしている。読書している時や走っている時は時間にとらわれてない。でも、そう感じられるのは限られた時間が存在するから。その二つを自分の中で分けて時間を味わったり、逆に時間を超越したり、うまく操れる人になりたい」
26歳。競技者としても一人の人間としても、道のりは長い。これから、どんな時間を刻んでいくのか。
「今までは不安があった時、逃れようと目を背けようとして、むしろその時間に縛られていた。いろんな不安や恐怖を乗り越えたり、逆にそれに負けたり、ひと通りをある程度経験できた。何が良い悪いと決めず、全部をありのまま受け入れていく時間を過ごしていきたい」
走ることで世界を飛び回りたい。
幼い日の夢は気がつけば、単なる“願望”を超え、生き方そのものになった。速さとは何か。生きるとは何か。田中希実にとって、走ることは答えのない問いを一つずつ、確かめていく冒険だ。
しかし、その旅はまだ途中にある。
続きは、また未来のトラックで。
田中希実の「時」を知る3つの共通質問
Q1 あなたにとって、時を刻むこととは?
難しいですけど、自分がずっと続いていくことかなと思います。どの瞬間も自分だと思うので。だから、すごく変わったように思えて変わっていなかったり、同じように思えて変わっていたりする。でも、やっぱり結局は自分は自分なのかなと思います。
Q2 競技をしている時間はどのような意味を持つ?
『生きている』って一番感じられる瞬間かなと思います。性格的に競技というか勝負事に向いていない部分もあるんですけど、命を削るというか、しんどいことに向かっていく走りが、自分にとっては生きていることでもあるので。
Q3 年を重ねることの価値とは?
いつもその年齢になった実感が全然ないまま、どんどん年齢が上がっている感じ。でも、今振り返ったら20歳前後の時がすごく若いなって感じられるので、いつか26歳の自分も若いなって思えるんじゃないか。それがちょっと楽しみ。なので、知らないうちに成長していることを楽しめるのが年齢を重ねることなのかなと思います。
陸上競技・中距離選手
田中希実
1999年9月4日、兵庫・小野市生まれ。ランニングイベントの企画・運営をする父、市民ランナーの母に影響を受け、幼い頃から走ることが身近にある環境で育った。中学から本格的に陸上を始め、西脇工高(兵庫)に進学。同志社大を経て、豊田自動織機へ。2023年4月にNewBalance所属アスリートとして プロ転向。2021年東京五輪1500mで日本人初の8位に入賞するなど、複数種目で日本記録を保持する。趣味は読書。好きな本のジャンルは児童文学。とりわけ現実世界に不思議が入り混じった「エブリデイ・マジック」が大好物。