文 田中凌平
唸るような剛速球に、視界から消える変化球、何万人もの観客がボールの描く放物線を目で追うホームラン——。団体スポーツでありながら、投手と打者の対戦における一瞬の駆け引きは、野球の醍醐味の1つです。しかし、そうした駆け引きには時間が要され、“間のスポーツ”とも呼ばれる野球は他の競技と比べて試合時間が長くなりやすい傾向にあります。そのため、試合時間を短縮する目的で各リーグへの導入が進んでいるのが「ピッチクロック」です。ピッチクロックがあることで、投手の投球間隔や試合時間においてどのような影響があるのでしょうか。
投球間隔のテンポアップに期待!ピッチクロック導入の狙い
野球の本場である米大リーグ機構(MLB)では、2023 年シーズンから導入されたピッチクロックが話題となりました。ピッチクロックとは、投手が打者に投球するまでに使える時間を制限する仕組みです。野球は両チームが9回ずつの攻防を繰り広げ、1球1球に“間”があるため、試合時間が長いスポーツとしても知られています。長時間化する試合をよりコンパクトにするためにも、投手の投球間隔を短縮する狙いでピッチクロックの導入が進んでいます。
2024年シーズン時点でのMLBでは、投手はボールを受け取ってから、走者なしの場合は15秒以内、走者がいる場合は18秒以内に投球動作を始めなければなりません。走者がいる場合は、牽制や盗塁への警戒など投手に求められる要素が多いため、3秒多く時間を使うことが可能です。決められた時間内に投球動作が始まらない場合、1つのボールが宣告されます。つまり、3ボールの時点でピッチクロック違反をしてしまうと、四球となって打者を塁に許すこととなります。
また、ピッチクロックにおいては投手がプレートを外す回数にも制限があります。同一打者の間にプレートを外せる回数は2回まで。もし3回目の牽制で走者をアウトにできなければボークとなり、走者は進塁となります。ピッチクロック導入前まではプレートを外す回数に制限はなかったため、1打席にかける時間が長くなる傾向にありました。
日本においても、2024年シーズンの社会人野球や独立リーグでピッチクロックが導入されました。特に社会人野球では、日本野球連盟が「日本野球連盟(社会人野球)スピードアップ特別規程」を制定。MLBとは秒数が異なり、投手はボールを受け取ってから走者なしの場合は12秒、走者がいる場合は20秒以内に投球動作を始める必要があります。ピッチクロック違反となった際に走者なしの場合では1つのボールが申告され、走者ありの場合では1度目は警告、2度目からは1つのボールが申告される点と、プレートを外す回数が2回までという点はMLBと同様です。
野球の試合時間短縮を求める動きは世界中に広がっており、今後は日本の野球界でピッチクロックの導入がさらに進む可能性もあります。
ピッチクロックによって野球の試合時間はよりコンパクトに?

そもそもMLBでピッチクロックが導入されたのは、主な収入源であるテレビ放映権の意向によるものです。また、4年おきに開催される世界の大舞台で野球とソフトボールを定着させるため、世界野球ソフトボール連盟(WBSC)などが時短をアピールポイントにしていることも、後押しとなっています。
ピッチクロックを導入していない日本野球機構(NPB)においても、試合時間は年々短くなっている傾向にあります。年の平均試合時間【9回試合のみ】は3時間9分だったのが、2023年は3時間7分に、そして2024年には3時間2分とよりコンパクトな試合時間となりました。
2024年シーズン時点での試合時間短縮の取り組みとしては、「本拠地球団の打者が打席に入る際の登場曲を10秒以内にすること」「攻守交代を2分15秒以内にすること」「投手交代をイニング間およびイニング途中の場合はともに2分45秒以内にすること」などがあります。
また、4年ごとに開催される「WBSC世界野球プレミア12」では走者なしの場合に20秒のピッチクロックが採用されており、国際試合でも導入が進んでいます。試合時間短縮に加えて国際試合に対応するという観点からも、NPBでのピッチクロック導入の議論は今後も活発化するでしょう。もしピッチクロックがすべての試合に導入されれば、野球の試合時間はより明確に短縮されるかもしれません。

元NPB審判員・
審判系YouTuber
坂井遼太郎
(さかい・りょうたろう)
1985年、大阪府生まれの元プロ野球審判員。金光大阪高卒業後、アメリカのジム・エバンス審判学校での研修を終え、2007年にセ・リーグ審判員に。2010年にはわずか4年目で1軍戦に出場した。2017年にオールスターゲームも経験し、翌2018年にプロ野球審判員を引退。現在は起業し、全国の大学野球リーグ戦を無料配信する野球事業や、元NPB審判員としての知識を活かし、SNSなどを通して正しい野球ルールの普及に努めている。