文 沢田聡子
写真 落合直哉
ヘアメイク 長谷川真美
プロスケーターとして高い人気を誇る無良崇人さんは、現役時代に2014年四大陸選手権優勝など輝かしい実績を残しています。中でもISUフィギュアスケートグランプリシリーズの国内大会となるNHK杯には5回出場しており、2014年と2015年には3位となり表彰台に立ちました。現在はプロスケーターや解説者、コーチとしてのキャリアも歩んでいる無良崇人さんに、これまで出場したNHK杯の思い出と、2024年11月8日に開幕する今大会の見どころについて聞きました。
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NHK杯は“無良崇人”を形作り成長させた大会
写真:フォート・キシモト
無良さんのNHK杯デビューは、2008年の30回記念大会でした。当時17歳での出場でしたが、何か印象的な出来事や思い出はありますか。
「日本のファンの方は、すごく目が利く!」という印象がありました。良い演技をした時は本当に喜んでくれますし、失敗した時には明確な反応もありましたね(笑)。NHK杯や全日本選手権など国内開催の大規模な大会では細かい箇所も見られるため、選手としては緊張感があります。
3位に入賞した2014年のNHK杯(大阪)では、フリープログラムの曲が『オペラ座の怪人』でした。一緒に出場された羽生結弦さんと同じ曲で、贅沢な競演となりましたね。
フィギュアスケートにおいて『オペラ座の怪人』は有名な曲ですし、シニア(17歳以上の年齢区分)になったら誰もが一度は使うレベルで人気の曲目です。もともと「『オペラ座の怪人』が似合うスケーターになったら滑りたい!」と思っていたところ、ゆづ(羽生結弦さん)と偶然同じタイミングで重なりました(笑)。2014年はボーカル入りの曲についてルール変更もあった年で、僕が曲のボーカルがある部分を使うことで個性が出たと思います。当時あの選択ができて良かったです。
ファイナルに進出した2014年のグランプリシリーズでは、好成績を残しましたね。
改めて振り返ると、思い出に残っているシーズンは3つあります。グランプリシリーズ・フランス大会で初優勝した2012-13シーズン、2014-15シーズン、そして現役最後となった2017-18シーズンです。前季の四大陸選手権で優勝して迎えた2014-15シーズンは、「やっとシニアとしてちゃんと成績が残せるレベルになってきた。」と実感したシーズンでした。
そして、2015年のNHK杯(長野)でも銅メダルを獲得しました。ショートプログラムの『黒い瞳』は、2014年に開催されたソチ大会の金メダリスト チャーリー・ホワイトさんによる振付でした。
たまたま縁があって、チャーリーに振付をお願いできました。振付の前に、いろいろなエッジワークを一緒にやって勉強したのですが、一緒に滑ってもどんどんおいていかれるし、僕自身スケーティングをやってきたものの「ここまで意識してなかったな……。」とその差を肌で感じたのを覚えています。
チャーリーが専門としていたアイスダンスは、シーズンによっていろいろなジャンルを踊り分け、表現することに重きを置く種目です。チャーリーには「この曲はこういうテイストだから、こういう顔や手の使い方をする。」という細かい部分まで、アイスダンサーならではの視点で指導や振付をしてもらいました。意識を変えるきっかけとして、僕の中では本当にすごく大きな出来事だったと 感じています。
2015年NHK杯のフリープログラムでは、シルク・ドゥ・ソレイユの曲『O』で素敵な演技をされましたね。
『O』も、僕が滑りたかった曲の一つでした。今までの自分のキャラクターを変化させるというか、違う形で成長させてくれたイメージがすごくあります。
NHK杯の注目は、鍵山選手、坂本選手、りくりゅうペア
写真 落合直哉
2024年NHK杯の見どころや注目選手を教えてください。男子日本人選手は、鍵山優真選手、三浦佳生選手、壷井達也選手が出場します。
鍵山選手はスケーティングや演技のレベルが高く、安定感があります。世界選手権などの国際大会で必ずメダル争いに絡める安定感と、一つひとつの要素のクオリティの高さが彼の持ち味ですね。今シーズンは、その強みに加えて表現面をどうブラッシュアップして臨めるのかが見どころだと思います。
一方で三浦選手は、鍵山選手とは対照的な個性の持ち主です。荒々しさが持ち味で、若さゆえの勢いがあります。鍵山選手と三浦選手のような対照的なキャラクターが一緒にNHK杯に出場するのは、注目ポイントの一つになると思います。現在4回転の種類をどんどん増やしている二人でもあるので、4回転ジャンプが成功するかどうかが鍵を握りますね。
男子海外勢は、アメリカからジェイソン・ブラウン選手、イタリアからはダニエル・グラスル選手、マッテオ・リッツォ選手、ガブリエレ・フランジパーニ選手が出場します。
ジェイソン選手は4回転を跳ばず、全ての演技や技術に超・プラスをつけて勝負しているタイプです。高難度の4回転に挑戦しているイタリア勢が失敗してしまった場合、ジェイソン選手の評価が上がるという試合展開もあり得ます。ジェイソン選手は表現面で優れており、スタートからエンドまでがつながっていて、ジャンプも含めて一つの演技になっているのが持ち味です。ジェイソン選手とイタリア勢も、対照的と言えるかもしれません。
NHK杯に出場する日本女子は、坂本花織選手、千葉百音選手、青木祐奈選手です。世界女王の坂本選手は、優勝候補として勢いに乗っていますね。
坂本選手のフリープログラム『シカゴ』は、とても素晴らしいですね。あそこまで長年戦うと「次はどう伸ばしていこうか?」という方向性を決めるのは、すごく難しいことです。僕がイメージしていたかおちゃん(坂本花織選手)の選択肢としては『シカゴ』はちょっと意外でした。でも、実際見てみたら「すごい、さすがだな!」と感じました。彼女のシニアの選手としての経験を生かした演技は、見どころの一つでしょう。若い千葉選手は、NHK杯という舞台を楽しむことで飛躍してほしいですね。
女子海外勢では、北京の大舞台出場後に引退したアメリカのアリサ・リウ選手が氷上に復帰しますね。
彼女は若い頃に出てきて、勢いよく一気に上り詰めたタイプでしたが、正直「もうちょっと観たかったな」という思いがありました。また競技シーンで彼女を観られるのがすごく楽しみです。
日本人ペアでは、三浦璃来選手&木原龍一選手、長岡柚奈選手&森口澄士選手が出場します。
りくりゅうペア(三浦&木原組)は、結成以来ずっと、飛ぶ鳥を落とす勢いで成長してきました。昨季はケガもあり、少し苦しい経験をしたと思いますが、そこから復活してまた表彰台に上がる姿が見られると思うとすごく楽しみです。実績を積んでいる二人なので、安心して観ていられますね。
龍一(木原龍一選手)は、シングル時代から長年知っている選手です。シングルスケーターだった当時はよくスケーティングでひっくり返っていたのですが、ペアに転向してからはそういうことはなくなったなと(笑)。
アイスダンスでは、日本の若いカップル、田中梓沙選手&西山真瑚選手、吉田唄菜選手&森田真砂也選手が出場します。
この二組は、日本のアイスダンスを牽引する次世代のペアです。なので、今はいろいろな経験を積むべき時期なんじゃないかなと思っています。世界の大舞台への出場を考えると、今季はすごく大事になるので、良い経験をしてほしいですね。
写真 落合直哉
かつては「NHK杯で優勝すると、世界チャンピオンになれる!」とも言われていたそうですね。
NHK杯は日本人選手である僕たちにとっても、普通に過ごすことができて競技に支障が出ない、戦いやすい大会でした。ホスピタリティ精神が感じられる大会なので、競技に向き合いやすいのかもしれないですね。そんな理由からなのか、僕が現役だった当時も「NHK杯に出たい!」という海外の選手はたくさんいました。レベルの高い選手が集まりやすいので『世界チャンピオンになれる大会』と言われるのかなと思います(笑)。
2024年のNHK杯は、第6戦まで行われるグランプリシリーズの中で、第4戦となります。
これまで、NHK杯をグランプリ1戦目、2戦目として出場してきた選手もいます。第6戦になることが多かった今までのNHK杯とは、試合の雰囲気がガラッと変わる可能性はあるかもしれないですね。
会場は国立代々木第一体育館(東京)になりますが、無良さんは何か思い出はありますか。
僕が初めて出場した2005年全日本選手権が、代々木での開催でした。(本田)武史先生が現役最後の年で、僕が最初の出場となった年でした。僕としては、代々木はすごく思い入れのある会場だし、縁起のいい場所というイメージがあるので、NHK杯に出場する選手には「代々木で滑れて、いいなあ。」と思っています。
2026年にはミラノ・コルティナダンペッツォ大会が控えていますが、2024年はどんな位置付けになるでしょうか。
4年に一度の大舞台のサイクルで考えると、2024年は自身の滑りにいろいろと挑戦できる最後のシーズンです。2026年のミラノ・コルティナダンペッツォ大会では、各選手が100%以上の実力で演技ができるプログラムをチョイスしてきます。そのため、今季で今までにない方向性のプログラムがはまれば、来季以降はその方向で調整する場合もあります。もし今季で上手くいかなくても、元の路線に戻すこともできます。今季はプログラムの方向性を決める最終段階に入るので、そういう意味ですごく大事なシーズンだと思います。
競技と音楽表現が一体化するのが、フィギュアスケートの美しさ
写真 落合直哉
無良さんが考えるフィギュアスケートの魅力とは、どういうものでしょうか。
競技と表現を一体化させることが、フィギュアスケートの面白さだと思っています。また、60m×30mという大きい氷の上を一人で滑ることによって表現するのも難しい部分ですよね。そんな中で迫力のあるジャンプを決め、観ている方が引き込まれていき、演技の終わる瞬間には前のめりになってしまうのが、フィギュアスケートの魅力です。スケート技術と音楽表現が、高い次元でマッチしているからこそ、多くの人たちを魅了できるのだと思っています。
初めて観る方には、スタートから終わるまで、演技を純粋に楽しんでほしいです。「この選手が表現したいことがすごく伝わってくるな。」という単純な部分でもいいので、フィギュアスケートを観て、ちょっとでも感じるものがあれば嬉しいですね。
セイコーが行うスポーツ支援
セイコーでは、選手たちが氷上に舞う華麗な競技・フィギュアスケートの支援も行っています。精密な採点が求められるフィギュアスケートの大会運営を「フィギュアスケート競技システム」でサポート。
演技の美しさを競うフィギュアスケートのスコアを正確に計測することで、競技貢献を果たしています。また、グランプリシリーズ第4戦のNHK杯フィギュアではスポンサーを務めています。
プロスケーター
無良崇人
1991年2月11日生まれ、千葉県出身。2014年に四大陸選手権で優勝。全日本選手権歴代最多13回連続出場の経歴を持つ。世界ランキングの最高順位は6位。2018年現役引退を表明し、プロスケーターに転向。現在は「ワンピース・オン・アイス」などのアイスショーへ出演しているほか、解説者、指導者などマルチに活躍の場を広げている。