文 沢田聡子
写真 落合直哉
ヘアメイク 長谷川真美
豪快なトリプルアクセルを武器に世界で活躍し、2014年四大陸選手権優勝など多くの実績を残したフィギュアスケーターの無良崇人さん。2018年に現役引退を表明し、その後はプロスケーターとして数々のアイスショーに出演。現在は佐藤駿選手のコーチや解説も務めるなど幅広い領域で活躍しています。
そんな無良崇人さんは、イヤホン収集やモータースポーツ・ドライブ好きなどでも知られる、多趣味な点もまた魅力です。スケーターとしての側面とは異なり、幅広い趣味の領域ではどんな表情を見せるのでしょうか。モータースポーツへの参戦など多方面に活躍している無良崇人さんに、活動への想いやその理由について聞きました。
あらゆる経験がスケートの滑りや人間性に深みを持たせる
写真 落合直哉
無良さんはドライブやイヤホン収集など多方面に趣味があるそうですね。
そうですね。幼い頃から乗り物全般が好きで、モータースポーツに興味を持っていたこともあり、サーキットでのレースにも出場させていただきました。音楽も好きで、イヤホンでの音楽鑑賞にもこだわっている点があるかもしれません。
試合前のウォーミングアップ時にイヤホンで音楽を聴いているようですが、イヤホンへのこだわりについてお聞かせください。
両親がフィギュアスケートのコーチなので家にプログラムの音楽を編集する機材があり、それに触れていたことでいろいろな音楽を聴くようになりました。イヤホンにハマったきっかけは、ウォーミングアップや移動時に音楽を聴くため日常的に使っていたことが理由です。ゆづ(羽生結弦さん)も僕と同じような経緯でイヤホンに詳しくなったようで、今でもアイスショーの現場で一緒になると、新しいイヤホンについて話したりしますね。最近はイヤホンの価格が高くなりすぎているとも思うのですが、多くのメーカーさんから新しいモデルが出てきていて、聴き比べてみると面白さが分かります(笑)。
写真:フォート・キシモト
無良さんはウォーミングアップの時、どんな曲を聴いていますか。
現役時代は、試合前に集中力を高めるため、状況に合わせてアップテンポな曲とスローで落ち着く曲を聴き分けていました。邦楽よりも洋楽を選ぶことが多かったです。プロに転向してからは、気分を上げるような曲を聞くことが大半ですね。
無良さんはプロ転向後、モーターレースにも出場されたようですね。フィギュアスケートと比べてみて、違った雰囲気や緊張感を体験できたのではないでしょうか。
乗り物の操縦や運転に憧れていたこともあり、引退後の2019年には縁があってモーターレースにも参戦しました。フィギュアスケートとモータースポーツの一番の違いは、競技者が一人なのか複数人いるのか、というところです。レースはシグナルが変わって一斉にスタートするので、自分のタイミングで動き出すフィギュアとはまた違い、いつスタートするかの緊張感を味わえました。モータースポーツももちろんですが、いろいろな経験を積んでいくことで、スケートの表現や人間性の部分にも深みが出ると考えています。
さまざまなコンテンツとのコラボでフィギュアスケートの普及を目指す
写真 落合直哉
2018年に「艦隊これくしょん―艦これ―」(オンラインゲーム)のアイスショーに出演されました。その時演じた“提督”(プレイヤーの分身であるキャラクターの呼称)が好評で、今も「艦これ」ファンからは無良提督と呼ばれているそうですね。
『「艦これ」鎮守府“氷”祭り in 幕張特設泊地 -氷上の観艦式-』出演時は、観客のほとんどが男性でした。一般的にフィギュアスケートは女性ファンが多い印象ですが、このアイスショーは真逆で、歓声も“おぉ!”という声が聞こえてきてすごく不思議な感じでした(笑)。
無良さんは、男性にとっても魅力的なスケーターということですね。
僕が演じた“提督”は、プレイヤー、つまり観に来てくださった方々を具現化しているキャラクターなので、演じる上で受け入れてもらえるかが不安でした。今でも“提督”として親しまれているのは、観に来てくださった方々が認めてくれたからだと思っています。そういったジャンルでファンとのつながりができることはあまりないので、すごく嬉しかったですね。
役を体現する才能は、「ワンピース・オン・アイス」のクロコダイル役でも発揮されていたと思います。
「ワンピース・オン・アイス」は、原作の『ONE PIECE』に寄せて滑りました。キャラクター設定は漫画を参考にし、氷上で演じる上での表現はアニメをお手本にしています。僕が演じたクロコダイルの台詞も一つひとつの意味を理解しながら話すことで、深みのある演技ができたと思います。そういう意味では新しい勉強をさせてもらいましたね。
2023年から公演が始まった「ワンピース・オン・アイス」は、2024年夏に再演されました。再演にあたり、心がけたことをお聞かせください。
初演時の映像を見直して「もう少し工夫した方が良かったな」と思った演技を修正しました。2024年公演は前年よりも会場が広かったので、キャラクターを魅せるためにも大きな動きを意識する必要があり、その違いを踏まえて細かい振りまで直したのが再演時に心がけたポイントです。
また、フィナーレを“スペシャルアンコール”にして時間を伸ばすことで、とても見応えのあるアイスショーに仕上がったと思います。もともと『ONE PIECE』が好きなので、クロコダイル役で「ワンピース・オン・アイス」に出演できたことがとても良い思い出になりました。
「艦これ」や『ONE PIECE』など別ジャンルのファンを取り込むことについては、無良さんは開拓者と言えるように思います。
荒川さん(荒川静香さん)や武史先生(本田武史さん)、大ちゃん(高橋大輔さん)、真央(浅田真央さん)、そしてゆづ(羽生結弦さん)と煌びやかなスター選手の活躍によりフィギュアスケートは日本でも人気が高まりました。ただ、観戦される方全員が選手のことや細かいルールなどを知っているわけではないと思います。そんな中で『ONE PIECE』という世界的に有名な作品とコラボできたことは、大きな意味があるのではないでしょうか。「ワンピース・オン・アイス」に出演するにあたって感じていたのは「『ONE PIECE』とフィギュア双方のファンにお互いのことをもっと知ってほしい」ということです。『ONE PIECE』ファンがフィギュアスケートに興味を持ってくれれば、アイスショーや試合に足を運んだり、テレビ放送で試合観戦したりと、さまざまな効果が表れるかなと。そうして興味を持つ入口を広げていくことが、今後のフィギュアスケート界において必要だと考えています。
興味を持った初心者の方がフィギュアスケートを観戦すれば、もっと会場が盛り上がるかもしれませんね。
会場に氷を張るフィギュアスケートはどうしても経費がかかり、チケットの価格については仕方がない部分があります。それでも競技を普及するためには、現役を引退した僕たちが次の世代、さらに先の世代に向けて発信を続けることが大切です。「艦これ」や『ONE PIECE』についても、フィギュアスケートを普及するという気持ちで精一杯滑りました。
活躍の場を広げて次世代に日本のフィギュアスケートを伝えたい
写真 落合直哉
現在、無良さんは佐藤駿選手を指導していますが、コーチとしての手ごたえはいかがでしょうか。
佐藤駿選手は昔からジャンプの才能を持っていましたが、シニア(17歳以上の年齢区分)で戦うにはジャンプだけでは駄目なことを学んでいる最中です。シニアの表現という意味では年々良くなってきているので、ジャンプに加えて表現力が身に付けば、世界でも戦っていける選手になると感じています。
ジャンプについては、どのように教えていますか。
佐藤駿選手は身体能力がとても高いので、イメージだけで跳んでいる部分がありました。僕の仕事は、佐藤駿選手のジャンプのクセを見抜いて、どうすれば正しい動きになるかアシストすることです。佐藤駿選手はまさに「次世代」という感じで、試合会場で指摘したことをすぐに本番で修正できてしまうくらいハイレベルな感覚を持っています。
解説者としても活躍していますが、その活動も含め、今後の意気込みをお聞かせください。
今はプロスケーター、コーチ、解説の三つの立場でスケートに関わっています。自分がやってきたことを振り返ることは、次に自分が滑るときに必要だと思いますし、次世代を育成する上でも役立つはずです。また解説する時は、現役の選手の良い部分をどう引き出して、伝えられるかを考えています。自分が現役当時に応援してもらったからこそ、先輩方やファンのみなさまにお返しするつもりで一生懸命取り組んでいます。応援していただいている方にも、ちょっとでもプラスになるような何かを伝え続けていけたらいいなと思っているので、今後も応援のほどよろしくお願いします!
プロスケーター
無良崇人
1991年2月11日生まれ、千葉県出身。2014年に四大陸選手権で優勝。全日本選手権歴代最多13回連続出場の経歴を持つ。世界ランキングの最高順位は6位。2018年現役引退を表明し、プロスケーターに転向。現在は「ワンピース・オン・アイス」などのアイスショーへ出演しているほか、解説者、指導者などマルチに活躍の場を広げている。