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文 大西マリコ
写真 落合直哉

2023年は豊田兼にとって大きな飛躍の1年となった。目標としていた世界大会出場に関しては、世界陸上ブダペスト23は惜しくも逃したものの、8月に中国・成都で開催されたワールドユニバーシティゲームズに出場。110mHで金メダル獲得という、同種目における国際大会での日本人初の快挙を成し遂げた。また、10月に新潟で行われたヨギボーチャレンジでは、400mHで48秒47の日本歴代6位のタイムを記録し、パリで開催される世界の大舞台の参加標準記録を突破した。

400mHと110mHの両種目で結果を出した二刀流ハードラーは、入学時から目標として“パリ行き”を掲げている。「4年計画でパリを目指してきた。」と語る豊田の表情からは、積み上げてきた自信と目標達成への並々ならぬ覚悟がにじみ出ていた。父親の母国であるフランスの首都・パリで開催される世界の大舞台はこれ以上ない巡り合わせだ。パリへの切符獲得まであと一歩に迫る豊田に、二刀流の原動力となる“兼ねる精神”や大学生活、大舞台への特別な想いを聞いた。

二刀流で確かな結果を残した2023年

豊田選手がインタビューを受ける様子

2023年を飛躍の年とした豊田は、400mHと110mHの二刀流で結果を出した

写真 落合直哉

2023年10月に新潟で行われたヨギボーチャレンジの400mHで48秒47をマークしました。世界の大舞台の参加標準記録を突破し、さらに日本歴代6位(学生4位)のタイムを叩き出しました。その時の心境を教えてください。

参加標準記録を突破した瞬間は、目標を達成できたことで喜びが爆発しました。ただ、直後はすごく喜んでいたのですが、あらためて冷静に振り返ると47秒台を狙っていたので、「タイム的にはもう少し伸びしろがあるかな。」と分析することに頭を切り替えました。

また、一度だけでなく安定して好タイムを出せるようになりたいです。「48秒47水準のタイムをもう一度出したい!」と再現性を高めることへの欲が出てきたので、今シーズン中に必ず結果を残していきたいと思います。

大学入学時から世界の大舞台出場を目標に掲げて練習に励んで来たようですが、入学時の目標達成まで後一歩のところまで来ました。今の率直な気持ちを聞かせてください。

大学入学時、コーチと一緒に2024年のパリで開催される世界の大舞台までの4年間のスケジュールを立てたのを覚えています。4年計画の中で1年目は安定したフォームやケガをしない体作りを徹底し、2年目である程度大会で結果を出せるようにして、3年目で国際大会に出場することを意識していました。概ね計画通りに進んでいるので嬉しいです。

現状は400mHで参加標準記録を突破しましたが、代表入りできるかは6月の日本選手権で決まります。4年間の集大成を見せられる最高の舞台だと思うので、しっかり目標を達成したいです。

4年間という時間は、豊田選手にとって長かったでしょうか?それとも短く感じましたか?

あっという間でしたね。出場権獲得まで目の前のところまで来ていますが、まだ心の準備ができていない部分もあります。常にパリを意識してしまうので、気負わず考え過ぎず、普段通りを心がけていきたいです。日本選手権で緊張しすぎてしまうのは避けたいと思っています。4年という時間を振り返ると、競技面でも精神面でも大きく成長できたと感じています。

競技の面に関しては、安定してタイムを出せる自信がつきました。1年生の頃はうまくいく時といかない時の波があったのですが、今は多少コンディションが悪くても、400mHであれば49秒台は出せると思っています。経験を重ね、さらに成果を出してきたことで気持ちを強く保てるようになりました。

ユニバの舞台で豊田選手が日本国旗を両手で持っている写真

ユニバの110mHでは日本人としては同種目初となる金メダルを獲得した豊田

写真 フォート・キシモト

2023年シーズンは前半こそ、膝の痛みに悩まされたそうですが、後半は目覚ましい活躍を見せて“快進撃”の年となりました。この急成長の秘訣はどこにあるのでしょうか?

2023年の前半に関しても、自分の中では好タイムを出せる自信はありました。ただ、毎週のように試合に出場し、少し無理をし過ぎて心身ともに疲弊していたので、一度きちんと休むことを決めました。一度リセットする期間を設けたことが良かったのだと思います。シーズン後半はタイムが上がりました。

前半は「すべての試合に出たい。」と焦っていたのですが、コーチも「無理しなくていいから一旦リセットして、次はユニバの舞台で世界一を狙おう!」と冷静に方向性を指南してくれました。その言葉もあったおかげで安心して休むことができて切り替えられたと感じています。

400mHでは標準記録突破、110mHではユニバで金メダル獲得と本当にすごい結果を残しましたね。“二刀流ハードラー”として両種目でのパリ行きを狙うと公言されていますね。その背景にはどんな想いがあるのか教えてください。

2つの種目を両立できる大学での練習環境のおかげもあり、フィジカル・コンディションも良好なので両種目とも記録が伸びてきています。可能性がある限り二刀流で世界の大舞台を目指したいです。ちなみに『兼』という僕の名前は、フランスと日本を『兼ねる』、国と国との架け橋になってほしいという想いがあったと両親から聞いています。そうした名前の由来も含めて、2つの種目にチャレンジすることに意義を感じています。

また、性格的にも向いているかもしれません。1つに集中し過ぎるよりも、Aが上手くいかない時はBをやって、またAに戻る……とその時々で選択するやり方が自分には合っていると感じます。別のことに切り替えることでリフレッシュできるというか、良い相互作用が生まれる感覚がありますね。

2024年の世界の大舞台は、豊田選手にとって特別な大会になりそうですね。お父様の母国であるフランス開催ということで、現地での思い出などがあれば教えてください。

パリには子どもの頃によく家族旅行で訪れていました。僕が幼い頃にエッフェル塔の前を走っている写真があるんですが、あの頃はまさか将来パリのトラックを走ることを目標にするなんて、想像もしていませんでした(笑)。 もちろん、父も応援してくれているので、父の母国で最高のパフォーマンスを見せられたら嬉しいです。

伝統ある慶應競走部を主将として牽引

豊田選手がインタビューを受ける様子

伝統ある慶應競争部の主将としてチームを引っ張る豊田。セイコーのロゴとともに『K』の文字が胸で輝く

写真 落合直哉

大学では慶應義塾大学体育会競走部107代目主将に就任されましたね。伝統ある部をまとめる責任感や、やりがいについて教えてください。

主将という大役を任されたことへのプレッシャーは、もちろんありました。でも主将になれたことを誇りに思っていますし、「チームを引っ張っていく!」という強い責任感も芽生えました。

僕たちの代のスローガンは『すゝめ~We Over Me~』。これは大学の創立者の福澤諭吉先生の『学問のすすめ』から着想を得たものです。『すゝめ~』という言葉には、1人ひとりが陸上競技に真摯に向き合い、自分の競技人生を前に『進め』てほしいという願いも込めました。そして、副題の『We Over Me~』。この言葉は、僕がちょうどアメリカの大学に1ヶ月ほど練習に行った時に現地の大学生が話していたフレーズで、『チームは個人を上回る、個人の力を結集してチームの力に変えていく』という意味合いがあります。

僕自身、これまで大学では競技を伸び伸びとやらせてもらって、そのおかげで記録が出せている側面があります。だから今度は僕たちが低学年のメンバーに伸び伸びと陸上競技ができる環境、関係を作ってあげたいです。主将像としては、「走りを背中で見せる。」ことを常に実践したいと思います。

慶應のトラックに立つ豊田選手

Team Seikoの山縣亮太も汗を流したこの慶應のトラックで、日々の練習に励む豊田

写真 落合直哉

豊田選手と同じ慶應大学出身で、同じTeam Seikoの山縣亮太選手は在学中にロンドンで開催された世界の大舞台に出場されました。偉大な先輩の存在についてどう感じていますか?

山縣さんがロンドン大会に出場したのは大学2年生の時でした。本当にすごいことだと思いますし、尊敬しています。自分は4年生のタイミングで勝負の年を迎えましたが、「必ずあの舞台に立つ!」と強い覚悟を持っています。

3月のオーストラリア遠征で山縣さんと一緒に大会に参加しましたが、レースに向けてストイックに自分の心身と向き合う姿がとても印象的でした。改めて僕も「山縣さんに追いつきたい!」と思いましたし、「大学在学中に世界の大舞台に出場する!」と気が引き締まりました。

Team Seikoの仲間と共に目指す世界の大舞台

豊田選手がインタビューを受ける様子

Team Seikoのメンバーの1人でも多く一緒にパリに行きたいと語る豊田

写真 落合直哉

Team Seiko加入から約半年が経ちました。この間で感じた変化や、他のメンバーとの交流で得た刺激などがあれば教えてください。

これまでは大学陸上という領域で、大学の競走部を代表して走る立場でした。でも今は「SEIKO」のロゴをつけて大会に出場しています。少しずつTeam Seikoの一員という自覚が出てきたように感じます。

普段、他の競技の選手と交流する機会はほとんどないので、そういった面でも新鮮です。2023年末のセイコーのイベントでは初めてTeam Seikoのみなさんとお会いして、緊張しながらもいろいろなお話を伺えて刺激になりましたし、とても楽しい経験となりました。

競泳の大橋悠依選手、成田実生選手はすでにパリ行きの切符を獲得しています。また、同じ慶應大学出身の棟朝銀河選手も、5月にトランポリンの日本代表選考会を控えています。メンバーの活躍についても聞かせてください。

みなさんと直接お話はしていませんが、大橋選手、成田選手のパリ行きが決定したということで、同じTeam Seikoのメンバーとして 「自分も追いつきたい!」という気持ちになりました。

棟朝選手は同じゼミの先輩でもあるので、先生からも学生時代のお話を聞くことがあります。SNSで近況を拝見していて、5月の選考会も応援しています。おそらくTeam Seikoのメンバーの多くがパリを目指していると思うので、1人でも多くの仲間と共にその夢を実現させたいです。

新潟のトラックで優勝のパネルを持つ豊田選手

日本選手権は参加標準記録を出した新潟の地。縁起の良い会場で出場権獲得を目指す

写真 フォート・キシモト

最後に日本選手権に向けての抱負とHBM読者のみなさんへのメッセージをお願いします。

いつも応援していただいているみなさん、本当にありがとうございます。みなさんの声援があるからこそ、トラックを全力で走り続けられています。

6月の日本選手権では、パリ行きの切符を獲得できるよう、ベストを尽くします。日本選手権の開催地である新潟は、参加標準記録を出した縁起の良い場所でもあるので、あの時の再現を狙いたいです。「パリの地で躍動する!」というのが、僕のずっと追いかけてきた目標なので必ず達成します。ぜひ応援のほど、よろしくお願いいたします。

豊田兼のプロフィール写真

陸上短距離選手
豊田兼

身長195cmの恵まれた体格を活かし、400m/110mH/400mHの3種目をこなすマルチハードラー。2023年8月に中国で行われた第31回FISUワールドユニバーシティゲームズの男子110mHで学生世界一に輝き、同年10月のアスレチックスチャレンジカップでは日本歴代6位となる48秒47を記録し、世界の大舞台の標準記録を突破した。陸上競技界の未来を担うホープ。

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