

文 大西マリコ
写真 落合直哉
2016年にリオデジャネイロで開催された世界の大舞台のトランポリン種目において、男子個人で日本人選手最高タイとなる4位入賞を果たした棟朝銀河。さらに2019年の世界選手権男子シンクロナイズドでは、田﨑勝史とのペアで優勝という快挙を成し遂げた。日本トランポリン界で輝かしい実績を誇る棟朝は、2018年にTeam Seikoに加入。選手として競技に真摯に向き合いながら、トランポリンの普及にも尽力してきた。
そして、2024年、また勝負の年がやってきた――。パリで開催される世界の大舞台へ向けた日本代表選考会「トランポリン・グランドチャンピオンシップ(TGC)」が5月に行われる。男女ともに16人枠しかない至高の舞台に棟朝は舞い戻ることはできるのか。TGCに向けた想いや競技生活でずっと抱き続けている“トランポリン愛”について、思いの丈を語ってもらった。
楽しむ気持ちを大切に、宙高く飛躍する1年に!

パリに向けて日々鍛錬を積む棟朝。勝負の年に文字通りの飛躍を遂げることはできるのか
写真 落合直哉
2024年ももうすでに3月です。年始には、今年の目標として『心躍る演技』をキーワードに掲げていましたが、その意図を改めてくわしく教えてください。
「まずは自分が全力で楽しんで演技をすることが大事。」と改めて感じたので、自分の中で意識するようにしています。例えば、海外の試合に出る際、「代表として……。」「日本を背負って……。」と考えながら臨むと、気負い過ぎてしまってなかなか力を出しきれないことがあります。
僕はトランポリンが大好きで、楽しいからこそ今まで競技を続けてきましたし、これまでも自分自身が楽しんで演技することを常に意識してきました。ただ、2023年は腰痛に悩まされて思うような演技ができない期間が続いたので、初心に返って楽しむことを強く意識しています。
腰痛などケガに悩まされた期間もあったようですが、現在の調子はいかがでしょうか。
腰痛は2023年のもっともひどかった時期に比べるとかなり改善されました。トレーニングもできる部分から積み上げられたので、5月のTGCに向けて結果を出せるように準備しているところです。トランポリンの跳躍もようやく躍り始めました(笑)。また、体の調子が良くなってきていることで気持ちも前向きになっています。
「トランポリンが好きで、楽しくて続けている。」というお話もありましたが、それほどまで夢中になれるトランポリンの魅力はどんなところでしょうか。
なんといっても、普段自力では到達できない高さまで跳べるところです。高いところに行く手段はいろいろとありますが、“身一つ”で8mの高さまで到達できる方法は他にはないですよね。自分の体をコントロールして高く跳び、さらに高さを活かして技を繰り出す。それも地上ではできないアクロバティックな技にチャレンジできるのは本当に魅力的です。さらに10回の跳躍で演技時間はわずか21秒という一瞬の緊張感――。何回やっても飽きないですね。

トランポリン愛を語る棟朝は、競技を始めた小学2年生の頃と何も変わらない純粋でまっすぐな少年のままだ
写真 落合直哉
小学2年生でトランポリンと出会い、その魅力、楽しさが続いているからこそ選手としての今があるのですね。20年以上続けている中で、選手として現在はどんなフェーズにいると感じますか?
今年で30歳になるので、完全に“選手として完成形に仕上げなければいけないフェーズ”に入っていると思います。トランポリン選手で30歳を超えても現役を続けている人は少ないので、だいぶ年配者になってきました(笑)。
トランポリンは『演技点(美しさ)』『難度点(難しさ)』『跳躍時間点(高さ)』『移動点(移動の少なさ)』の4つの要素からなる採点競技ですが、大学生の頃は難しい技をたくさんやって難度点を上げて勝つスタイルでした。現在は技の難しさよりも完成度・安定感を高める戦術に変えて、ひたすら打ち込むフェーズに入っています。限りある選手人生、しっかりと堪能できるように仕上げていきたいです。
時間とともに選手としてのフェーズが変化していくのに合わせて、日頃のトレーニング内容や取り組み方も変化しそうですね。
そうですね。もちろん、大学生の頃と同じ練習はしていないです。練習量をこなして完成度を上げるのではなく、量は少なくても1回1回の質を高めるスタイルの練習に切り替えています。ただ、このやり方はこれまでの蓄積があるからこそできるスタイルで、今までのトランポリンにかけてきた時間や練習量の賜物ですね。
経験と熟練の技で掴み取る大舞台への切符

出場するだけで世界のベスト16入るという狭き門のパリの舞台。棟朝はこれまでのすべてをTGCにぶつける
写真 落合直哉
2024年はパリで世界の大舞台が開催されます。棟朝選手にとってはどんな大会でしょうか。
やはり特別な大会ですね。4年に1度しかないうえ、各国最大でも2人しか代表として出場できません。トランポリンに限って言えば、世界でたった16人しか出場できない狭き門なので、出場するだけで世界のベスト16入りを果たすことになります。それだけ出場することが難しい、トランポリン選手が憧れる、夢の舞台ですね。
再びあの大舞台に立てるかどうか、現状では厳しい立ち位置にいるのは間違いありません。「棟朝はもうすぐ30歳なのにまだ続けるの?」と言う人もいるかもしれません。でもチャンスが少しでもあるなら、最後まで諦めずに走り切るつもりです。
日本人選手は最大でも2人という狭き門の出場枠を獲得するために、棟朝選手が必要だと感じていることは何でしょうか。
2023年の大会の成績を振り返ると、腰痛で踏み込み切れずに高さを出せなかったのが反省点です。一方で、演技点は高さが出せなかったにもかかわらず、それなりに評価してもらえたと感じています。
そのため、まずは踏み切って高さを出すことが何よりも重要です。滞空時間1秒が1点になるので、採点要素として高く跳べることは大事ですが、その他にも高さが出るだけで演技の終わらせ方にも余裕が出てきます。技と演技点にも良い影響があるので、高さのある演技を披露するためにも体づくりに励んでいるところです。

以前とは自身のトランポリンのスタイルを変え、総合力で臨むTGC。どんな跳躍を見せてくれるのだろうか
写真 落合直哉
ベテランの域にもう達している棟朝選手だからこその武器や強みは、どんなところだと思いますか。
最近の試合では高さを出しきれていないので、「高さが強み!」とは自信を持っては言えないのですが……。本来は高く跳べるのが強みで、跳躍時間点と難度点で高得点を獲得できる選手でした。
現在は、昔ほど高さが出せない代わりに総合力が強みになりました。経験値からある程度の高さを出せて、かつキレイな演技もできる。「特別欠けている要素がない!」ことが強みだと思います。そして、総合力を活かしきるための高さはやはり大事になってくるので、改めて高さを出せるように頑張っていきたいです。
5月12日の日本代表選考会「トランポリン・グランドチャンピオンシップ(TGC)」への自信のほどはいかがでしょうか。
自信があるかないかで言ったら、もちろんあるので競技を続けています(笑)。演技構成などはもうほぼ決まっていて、「棟朝選手、やっぱり演技高いんだな~」と思われる演技をしたいですね。高さがある演技ができた時には結果がついてくると思うので頑張りたいです。
「自信がある!」と言ったように、気持ちが折れないようにすることは何より大事だと思います。ゴール地点が描けていないと、届くものも届かないですよね。僕は昔から「運が良いね!」と言われるのですが、最低限その幸運を拾える実力がないとダメだと思っています。準備ができているからこそつかめるのが運です。チャンスが来るか来ないかは運だとしても、転がってきた時に掴み取れるかは実力なので、しっかりと準備をしたいと思います。
Team Seikoの環境、仲間、サポートに改めて感謝

いつも近くから見守ってくれるセイコーの社員らのサポートに感謝しつつ、棟朝はトランポリンの競技に励んでいる
写真 落合直哉
Team Seikoについてもお話を聞かせてください。棟朝選手は2018年から在籍している古参メンバーですよね。社員アスリートとして、周囲からのサポートにどのように感じていますか?
競技に専念できる環境を整えていただき、本当にありがたく感じています。セイコーは昔からスポーツと密接な関わりがある企業なので、スポーツに対しての理解度がとても高いのが特徴です。日頃からこまめにコミュニケーションを取って、アスリートが競技に専念しやすい環境づくりやサポートをいただけるので本当に感謝しています。
最近嬉しかったのは、2023年12月の大会にみなさんで応援に駆けつけてくれたことです。セイコーカラーのイエローのタオルを持って、『セイコー軍団』のような感じで(笑)。普段から応援していただけていることは分かっていますが、そうやって現場に駆けつけて応援してもらえるのはすごく嬉しかったですね。
良い関係性が伝わってきます。棟朝選手がTeam Seikoとして活動することで、トランポリンという競技を広める力にもなっていそうですね。
トランポリンは野球やサッカーなど人気競技と比べると、競技人口の少ないスポーツです。競技人口を増やし、裾野を広げていく意味では、まずは競技自体を知ってもらうことが大事だと思っています。その点でも、セイコーがすごく力になっています。
Team Seikoには陸上や水泳など、時間=タイムが重要な競技の選手が多い中、トランポリンだけ競技的に少し異色じゃないですか。トランポリンも高さの点数において、一応タイムが絡む競技ではありますが、それでも異色です。そんな中、僕が Team Seikoメンバーであることで、「トランポリンは楽しい競技なんだ!」と認識してくれる人が増える――これはセイコーの力を実感する瞬間の1つです。
選手として結果を出すことに加え、トランポリンを広めることにも精力的なのですね。
昔は純粋に自分が楽しいという気持ちだけで競技をやっていました。でも、こうしてトランポリンを続けてこられたのは、多くの方々の助けがあったからです。自分自身への戒めではないですが、日々支えられているという気持ちを忘れないためにも、自分ができることをしてトランポリンという競技を広めることで恩返しをしたいと思っています。

黄色に黒字のセイコーのロゴを胸に、棟朝は世界での飛躍に向けて今日もトランポリンを跳び続ける
写真 落合直哉
2018年は4人だったTeam Seikoですが、現在は9人に増えました。やってみたいことや他競技の選手に聞いてみたいことはありますか。
実際にトランポリンを跳んでみてほしいですが、一流のアスリートにケガをさせたら大変なのでなかなか難しいですよね……(笑)。聞いてみたいことは色々とあって、特に私生活について聞いてみたいです。みなさんすごくストイックなイメージなので、アスリートならではの話ができればと思っています。特に興味があるメンバーは、山縣亮太選手です。ピアノを始め、多趣味だと聞いたので好きなこととか、時間のやりくりの仕方とか聞いてみたいですね。
今日は棟朝選手のトランポリン愛が伝わってきて、非常に楽しかったです。最後に読者のみなさんにメッセージをお願いします。
2024年に掲げた目標のように、自分自身も見ている人も『心躍る演技』ができるように、現在頑張っているところです。高さと迫力のある演技に期待していてください!また、5月にはTGCがあります。最後のチャンスが転がってきた時に掴み取れるよう、しっかりと全力を出し切ってチャンスを拾いに行く準備を進めているので、みなさん応援のほどどうぞよろしくお願いします!

トランポリン選手
棟朝銀河
2016年リオデジャネイロ五輪 男子個人で日本選手最高タイとなる第4位入賞。日本人として初の難度点18点台をマークし、第34回世界トランポリン競技選手権大会男子シンクロナイズドでは金メダルを獲得した日本トランポリン界を引っ張るベテラン。心躍る、躍動感のある演技をモットーに今日も未踏の高みを目指し、飛躍し続ける。