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文 大西マリコ & 久下真以子
写真 フォート・キシモト
ヘアメイク(田中選手) 長谷川真美

第19回世界陸上競技選手権 ブダペスト大会(世界陸上ブダペスト23)では、世界のトップアスリートが集う中で多くの日本人選手たちが各種目で存在感を示した。男子48人、女子28人の計76人の日本人選手が参加した今大会。その中でも、女子やり投げで金メダルを獲得した北口榛花選手、男子400mで32年ぶりに日本記録を更新した佐藤拳太郎選手、女子5000mで日本勢として26年ぶりの入賞を果たした田中希実選手の3人の活躍が特に際立っていたことは言うまでもない。決戦の地・ブダペストは、彼らの目にはどんな場所に映っていたのだろうか。

また、陸上競技界では、世界陸上ブダペスト23の翌年にパリ開催の世界の大舞台、さらにその翌年は世界陸上東京25が開催される。3選手ともアスリートとして脂が乗り切っている時期に、自らの実力を証明する舞台がひっきりなしに控えている状況だ。さらなる飛躍を遂げるために、彼らは今後についてどんなビジョンを描いているのだろうか。3選手のこれからについても聞いた。

前編はこちら

北口榛花、佐藤拳太郎、田中希実が語る。
世界陸上ブダペスト23の熱狂と喝采の後日談

大いに盛り上がった決戦の地・ブダペストでの思い出

北口選手「手拍子による後押しが最終投てきの力になった」

北口榛花 画像

チェコを拠点とする北口選手は、ブダペストの会場には車で向かったという。オンライン取材では終始笑顔で答えてくれた

世界陸上ブダペスト23は、特に熱い大会でしたね。私はドーハ、オレゴンに続く3大会連続での世界陸上出場でしたが、ブダペストはこれまで以上に観客の盛り上がりを感じました。1階席だけでなく2階席も満席で、会場のボルテージが上がった際は、国籍問わずみんなの応援に熱が入っていましたね。良い意味で「陸上競技でこんなに盛り上がれるんだ!」と感動しました。

優勝を決めた最終投てきの際には観客席に手拍子をお願いしましたが、会場のノリの良さと拍手による後押しが大きな力になったことは間違いありません。6投目で「絶対に悔いを残したくない!」と思っていたので、観客席からの届いた声援や熱気には本当に感謝しています。

個人的には、練習拠点のチェコから近いことも利点でした。チェコからブダペストまでは車で6時間くらいかかりますが、時差もないですし、チェコの友人たちが応援に駆けつけやすかったのですごくありがたかったです。

佐藤選手「ブダペストの街並みを散歩してリフレッシュできた」

佐藤拳太郎 画像

マイルチームとブダペストの美しい街を散歩できたのは、良いリフレッシュになったと語る佐藤選手

写真 落合直哉

世界陸上ブダペスト23は、ハンガリー建国史上最大規模のイベントだったようですね。まさに国を挙げて盛り上がっている雰囲気があり、国籍関係なく熱狂的な応援が常に聞こえてきました。すごく良い雰囲気でしたね。

大会期間中の休暇はありませんでしたが、空き時間にマイルチーム(1600mリレーチーム)でブダペストの街を散歩しました。街全体が世界遺産なので街並みが綺麗で、競技場の近くを歩くだけでもリフレッシュできて過ごしやすかったです。マイルチームとは、団結力を高めるためにもよく一緒にいました。真面目な話からプライベートな話までしましたし、「できるだけ一緒に食事を取りたいね!」ということで顔を合わせる機会を作るようにしていました。

今大会では、1600mリレーでは予選落ちという残念な結果に終わりましたが、チーム全員の感想として「悔しかった。」と言えたのは1つの大きな収穫だったと感じています。世界最高峰の大会で悔しさを感じられるようになったことで、チーム的にはさらに飛躍を遂げられると確信しています。

ブダペストの街並み 画像

ブダペストの街並み

©AfloSport

田中選手「ブダペストの人たちは陸上競技愛にあふれていた」

田中希実 画像

田中選手自身も複数の種目を観戦したが、現地の盛り上がりには競技者として感銘を受けたようだ

写真 落合直哉

開催地のブダペストでは、街を挙げて世界陸上を盛り上げている印象がありました。ハンガリーの歴史上で最大規模のスポーツ大会だったようで、街の中にもフラッグが至るところに飾られていましたし、観客席も連日賑わっていました。

私自身、3000m障害や自分が出られなかった1500mの決勝などをスタンドから観戦していましたが、本当にすごい盛り上がりでしたね。陸上競技はトラック種目とフィールド種目が同時進行で行われるのですが、どの種目も歓声が上がっていました。ブダペストの人たちが陸上競技愛にあふれているのを実感でき、とても嬉しくなりましたね。

私は「日本の食事じゃないとダメ…。」というタイプではないので、現地の食事をいつも楽しんでいます。好きな時に好きな物を食べますね(笑)。体重を毎日チェックする程度で、体脂肪率などもあまり気にしていないですね。ハンガリーの食事は私の口にとても合っていて、パンや煮込み料理はお気に入りでした。街へ出て美味しい物を食べに行くこともできました。東欧で人気のチムニーケーキという、煙突型のパンにアイスをトッピングしたスイーツもおいしかったです(笑)!

フラッグ 画像

街に飾られた大会のフラッグ

競技への向き合い方と課題の克服の仕方

北口選手「まだたった1回チャンピオンになっただけ」

北口榛花 画像

日本人女子初の快挙となる金メダル獲得だが、北口選手は今後も記録更新や世界大会での勝利を貪欲に目指していくつもりだ

写真 フォート・キシモト

金メダルを獲ったことで満足していると思われることが多いのですが、実際はまったく満足はしていません。記録的にはまだ世界のトップ10にも入っていないですし。そういう意味では世界陸上で「たった1回チャンピオンになっただけ。」と捉えています。

「モチベーションは何か?」と聞かれることは多いのですが、実はモチベーションの上がり下がりをあまり感じたことがないんです。やり投げを職業にすると覚悟を持って決めて、常に目指しているものがあるので、モチベーションについて考えたことはありません。例えば、「70mの記録を出したい!」という気持ちが強いのですが、まだまだ遠い記録なので届くように努力したいです。

世界陸上ブダペスト23で金メダルを獲得したことは本当に嬉しいことですが、成績に関係なく1シーズンごとに良くなることを目指しています。目標達成に努めているので今後もモチベーション関係なく、やるべきことをやっていくつもりです。

佐藤選手「『再現性』のある走りを意識することで44秒台を出せた」

佐藤拳太郎 画像

『再現性』に重きを置き、自らの走りを確立した佐藤選手。これからのアップデートにはさらなる期待がかかる

写真 落合直哉

世界陸上ブダペスト23のテーマは『再現性』でした。「400mをどう走ればいいのか?」を考えた際に自分の中で『核となる走り』を確立したかったんですよね。7月にタイで行われたアジア選手権の400mで、「レースの途中でこの動きを実践しよう。」と冷静に動きをコントロールできました。8月の世界陸上ブダペスト23では、アジア選手権の走りを再現できれば、44秒台は出せると確信していました。

とはいえ、まだまだ完成度は低いので2024年のパリでの世界の大舞台、世界陸上東京25に向けてさらにブラッシュアップしていく予定です。この分析と実験がうまくいけば、現在の限界値は44秒50あたりで、2024年以降には44秒前半、43秒台まで出せるようになるのではないかと思っています。

日本の陸上競技界では400m種目に関して、前半200mにこだわる傾向があります。私自身もこれまで後半200mにあまり意識を向けていませんでした。しかし、世界のトップランナーは後半200mにこだわった走りをしています。私が結果を出せたことで自分が先駆者になれれば良いですし、後半集中型の走りを日本の400mにおけるスタンダードとして広めていきたいと思います。

田中選手「世界を相手に自分から仕掛けて逃げ切るレースをしてみたい」

田中希実 画像

自らの課題としてラストスパートを挙げた田中選手。世界を相手に自分から仕掛けるレースをすることを目指している

写真 落合直哉

世界陸上ブダペスト23でも浮き彫りになった課題は、ラストスパートですね。ラスト1周で余裕が残っている場合、ペースを上げられるようにはなりましたが、世界のトップ選手たちは私以上にスパートをかけてきますし、追いかけるけど離されてしまう点に世界との差を感じました。また、もっと圧倒的な力をつけられたら、自分から仕掛けて逃げ切るレースをしてみたいですね。

5000mは年々スピード化が進んでいます。長距離のようなイメージがあるかもしれませんが、選手からしたらあっという間に終わるんですよ。序盤から普通にみんな速いですし、後半はさらにスピードアップするんですよね。レース中から選手の位置の入れ替わりが激しいことはあまりないんですが、ラスト1周の鐘が鳴ってから急に追い上げてきたり逃げ切ったりする選手がいるので、勝負はわからないものです。

もしかしたらレースを見ている人の中には、「なんでこんな集団で走っているんだろう?」と思うかもしれませんね。同じレースの中でも、タイムを狙っている人や順位を狙っている人など、それぞれの目標があります。けん制のし合いがあるところが、5000mの面白いところではないでしょうか。例えば誰かが前に飛び出してもついていかない選手がいた時、「この選手はどんなレースプランを考えているのかな?」と想像しながら見てもらえると、きっと楽しくなると思います!

24年のパリ、世界陸上東京25に向けた意気込み

北口選手「やり投げで“正真正銘の世界一”の選手になりたい」

北口榛花 画像

常にトップの座に君臨し続ける“正真正銘の世界一”を目指すことを公言した北口選手

写真 フォート・キシモト

今後の目標としては、やり投げで“正真正銘の世界一”になりたいですね。世界陸上だけでなく、2024年のパリの世界の大舞台でも金メダルを獲りたいですし、世界記録更新などを達成してこそ『世界一の選手』になれると思っています。いずれは“正真正銘の世界一”になれるよう日々努力し続けます。

今は25歳と年齢的にはアスリートとしてまだまだ時間があるので、将来的な世界一を視野に入れつつ、直近では来年パリで開催される世界の大舞台、世界陸上東京25に向けて準備を整えていきます。応援していただける方々に、さらに成長した姿をお見せできたら嬉しいです。

アスリートは『ストイック』とか『競技するときは真剣な顔』といったイメージが強いと思うのですが、私はスポーツをする人も見る人も楽しめることがもっとも大事だと思っています。私の試合の特徴は喜怒哀楽が投てき直後に出る、感情表現が豊かなところです。みなさんにも共感してもらえる臨場感ある試合を、これからもたくさん見せられたらいいなと考えています。

佐藤選手「43秒93のアジア記録にまずは到達したい」

佐藤拳太郎 画像

世界陸上東京25の会場である国立競技場を背に、アジア記録の更新と世界大会でのメダル獲得を誓う佐藤選手

写真 落合直哉

今後の目標としては、男子400mのアジア記録である43秒93を更新することを掲げたいと思います。43秒93は、2021年東京で開催された世界の大舞台では2位、世界陸上のオレゴン・ブダペストの2大会では金メダルを獲れる記録です。世界大会の決勝でしっかりと自分の走りで勝負ができ、安定して記録を出せる選手になりたいと思っています。そうすれば、必然的にメダル獲得も見えてくるはずです。

トレーニング面では分析と実験を引き続き実践していくつもりです。バイオメカニクス系の研究や、ウエイトトレーニングの内容の変更なども考えているので、できることを1つひとつやってどう変わるのか。自分の体を使った実験をしていきたいと思っています。とにかく今はやりたいことが多過ぎて、時間が全然足りないですね。

せっかくこうして競技を続けられているので、与えられた時間を無駄にせず、2024年のパリの世界の大舞台、世界陸上東京25に向けて突き進んでいきたいと思います。400mはもっとも長い短距離走で、最後の100mまで結果が分からない種目です。特に私は後半にスピードを上げるタイプなので、フィニッシュラインに到達するまでを楽しんでもらいたいです!

田中選手「2種目での決勝進出を現実的な目標としたい」

田中希実 画像

無念の準決勝敗退に終わった1500m後、5000mで結果を出せたのはトレーニングの成果だと語る田中選手

写真 落合直哉

2024年のパリでの世界の大舞台では、2種目で決勝に残るのが目標です。ただ、世界陸上東京25などその後も大きな大会が続くので、少なくとも5年後くらいまでは毎年、「今年も成長できている!」と思える活躍をしたいですね。また、レースを楽しむ気持ちを持てるようになりたいです。昔は「自己ベストを更新し続けたい!」という目標を掲げていましたが、それだと自分の手の届く範囲でもがいてしまう気がします。だから、制限を決めずに行けるところまで行って、その過程でいろんなことを学んで成長したいと思っています。

世界陸上ブダペスト23から2週間後に行われたダイヤモンド・リーグ(ブリュッセル)では、再び5000mで日本記録を更新できました。世界陸上ブダペスト23にピークを持ってきていたので、結果には自分でも驚いていますが、日々取り組んできたことが出せたのだと思っています。2023年はケニア合宿に行ったり、海外のレースにたくさん出たりと密なスケジュールを過ごせました。レースのたびに日々の取り組みの答えが出るので、次に進むことができる部分は大きいですね。

今後も結果を追い求める過程で、苦しい時期は訪れると思います。そんな時の乗り越え方をこれからも見つけていきたいですし、それをいろんな人に示せるアスリートになりたいです。そうなれたら、人間として一回りも二回りも大きくなれるんじゃないかなと思っています。

セイコーが行うスポーツ支援

セイコーは1985年にワールドアスレティックスと協賛契約を締結して以来、38年間パートナーシップを継続。世界陸上で18大会連続でのオフィシャルタイマーを務めた。

また、ブダペスト大会では日本代表オフィシャルスポンサーとなり、日本代表選手をサポート。今後も「100分の1秒でも速く」「1cmでも遠く」「1cmでも高く」を目指すアスリートを正確な計時計測で支える。

セイコータイミングチームが計時計測で支えたブダペスト大会のドキュメンタリーはこちら。

日本語版:Documentary of SEIKO TIMING TEAM(ブダペスト編)

日本語版:Documentary of SEIKO TIMING TEAM(ブダペスト編)

北口榛花

陸上競技・やり投げ選手
北口榛花

1998年3月16日生まれの北海道旭川市出身。水泳とバドミントンで全国大会出場歴を持つなど、幼少期からスポーツ万能だったが、高校時代にやり投げと出合う。2021年の東京五輪で入賞を果たすと、世界陸上オレゴン22では銅メダルを獲得する。そして、2023年のダイヤモンドリーグでは67m04を投てきし、自らの持つ日本記録を更新。日本人初のダイヤモンドリーグ優勝、世界陸上ブダペスト23ではフィールド種目で日本人女子初の金メダル獲得を成し遂げた。

佐藤拳太郎

陸上競技・短距離選手
佐藤拳太郎

1994年11月16日生まれの埼玉県出身。中学時代は野球部に所属しており、陸上競技は高校から始めた。高校生のころは400mの他には200mを主戦場としていたが、大学時代に400m専門に。五輪にはリオデジャネイロ、東京と2大会連続で1600mリレーの代表に選ばれた。世界陸上ブダペスト23では32年ぶりに男子400mの日本記録を更新を成し遂げた。

田中希実

陸上競技・中距離選手
田中希実

1999年9月4日生まれの兵庫県出身。幼少期は北海道マラソンで2度優勝した実績のある母親・千洋さんの練習を見て育ち、大学時代は父親の健智さんがコーチを務めるクラブチームで練習を重ねた。女子1000m、1500m、3000m、5000mと4つの日本記録を保持している。世界陸上ブダペスト23の女子5000mで日本勢として26年ぶりの入賞を果たした。

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