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文 大西マリコ
写真 落合直哉

2022年より始動したTeam Seikoメンバーが次世代の若手選手に会いに行くヤングアスリート対談企画。第1弾は、チームのリーダー格である山縣亮太が13歳の超新星・三好美羽との対談を実施し、若き才能の片鱗と素顔に触れた。待望の第2弾の担当は、セイコースマイルアンバサダーとして「セイコーわくわく陸上教室」などの次世代育成活動に貢献する福島千里。対談相手は、3000m障害の日本記録保持者の三浦龍司だ。

三浦は2021年の東京開催の世界の大舞台で日本人初の7位入賞、ダイヤモンドリーグファイナル・チューリッヒ大会2022では世界4位で入賞を果たした。21歳の大学生ながら世界のトップアスリートとしのぎを削る若手のホープだ。三浦と福島は順天堂大学・大学院と同じキャンパスで学んだ間柄であり、共に日本記録保持者でもある。そして、福島は2023年度から順天堂大学スポーツ健康科学部の特任助教に着任している。そんな2人の対談には、世界で戦う者にしか分からない日本王者同士ならではの共感があった。常に高みを目指す2人の陸上競技への向き合い方や素顔に迫った。

3000m障害の詳細はこちら

陸上競技の中でも異色な「3000m障害」!
水濠(すいごう)を跳び越える
過酷なレース

走って跳んで水しぶきまで!「サンショーは僕の天職」

三浦龍司 写真

大学生ながら世界のトップアスリートとしのぎを削る三浦は、自身の種目・3000m障害を天職と語る

写真 落合直哉

三浦選手は8分9秒92の日本記録を保持するなど、日本における3000m障害を象徴する存在ですが、種目の魅力はどんなところにあるとお考えですか?

三浦:最初から最後まで気が抜けない、良い意味での“緊張感”でしょうか。速いレース展開の中で走る、跳ぶ、水に入るなどさまざまな動きがあり、神経を使う種目なので選手も観客も緊張感があるのが特徴です。下手をすれば転んだり、水濠(すいごう)で足を取られて大幅なロスタイムにつながったりするなどアクシデントは付き物で、何が起きるか分かりません。さまざまなアクションがあるので観る側も分かりやすく、最後まで飽きずに楽しむことができる種目だと思います。

種目における三浦選手の強みや、注目してほしいポイントはどこでしょうか?

三浦:ラスト一周でのハードリング、跳び方を変えてスピードに乗るスタイルが特徴であり、自分の武器だと思っています。また、個人的には水濠は得意なほうだと思っているので、サンショー(3000m障害)を観戦するうえで注目してほしい点ですね。

福島千里 写真

大学院に入って三浦を知ったという福島。3000m障害という種目に興味を持ったきっかけも三浦だった

写真 落合直哉

福島さんは3000m障害という種目や、日本のトップに君臨する三浦選手についてどんな印象をお持ちでしょうか?

福島:実は、3000m障害に興味を持ったきっかけは三浦くんなんです。自分が現役の時は他の種目のことを気にする余裕がなかったんですが、順天堂大学大学院に入学して「3000m障害にすごく速い選手がいる。」と三浦くんの存在を知ったことでルールを調べたり、動画を見たりするようになりました。

実際に校内で練習を見たことがありますが、ハードルはテレビで見るよりも大きくて重そうで、それを越える怖さは「相当なものだろうな。」と想像していました。

三浦:福島さんが3000m障害に興味を持っていただけているなんて嬉しいです。ハードルの跳ぶ部分は樹脂なのですが、そこ以外は金属製で重いため、当たったらひとたまりもありません。僕も練習中に思い切り太ももをぶつけたことがありますが……ケガをして日本選手権を欠場しました。

福島千里(写真左)と三浦龍司(写真右)

3000m障害を“陸上競技の合わせ技”と語る福島。100mの女王からしても三浦の能力は驚きのようだ

写真 落合直哉

三浦選手は小学生から陸上競技を始め、クラブコーチに薦められたことをきっかけに高校生から3000m障害に取り組んでいますよね。さまざまな陸上競技がある中、3000m障害を専門としたのはどんな理由からだったのでしょうか?

三浦:正直に言うと、高校生になってサンショー(3000m障害)を始めるまでは全国大会に行っても予選落ちレベルの選手だったんですよ。当時は全国でトップを目指すことなど全く考えていませんでした。でもサンショーをやり始めてから能力が一気に開花して……今は天職だと思っています!

福島:天職!素晴らしいですね。ということは、すごく練習したというよりはサンショーという種目が向いていたんですか?

三浦:そうだと思います。そのおかげで1500mなどの中距離や駅伝などのレベルも上がった気がしています。サンショーは総合的な種目なので、そこで力をつける過程で他の能力の向上にも結びついていたのかなと。

福島:中距離を走ってハードルを跳んで、スプリント能力も要求される。サンショーはまるで“陸上競技の合わせ技”みたいな種目じゃないですか。全てにおいて能力が高いけれど、三浦くんはラストスパートのスプリントがめちゃくちゃ速いですよね!3000m近く走ってラスト100~200mあんなに速いのすごいの一言です!

時間管理や練習方法は真逆!日本王者のスタイルの違いとは

福島千里(写真左)と三浦龍司(写真右)

共に日本記録を保持する王者同士、競技スタイルは違うものの、共通点のある話題で盛り上がる

写真 落合直哉

先ほども少し触れましたが、三浦選手は3000m障害の他にも1500mなどの中距離や大学駅伝でも大活躍していますよね。さらに学生生活では勉学にも励み、最近は教員免許取得のために教育実習にも行っていたそうですね。とても忙しいと思いますが、時間管理は得意ですか?

三浦:必死で頑張っています!陸上競技のことになったら頑張れますが、マイペースな方なのでそれ以外のことは……特にプライベートは結構ダラダラしてしまいますね。

福島:アスリートってそれぞれタイプがあると思うのですが、三浦選手はオンオフの切り替えが上手なタイプですか?

三浦:無理やりにでも切り替えてオフの時間がないと続けられないですね。もちろん陸上競技は好きでやっていますが、でもそれと「自分の時間を作ること。」は僕の中で別なので、競技を長く続けるためにもオンオフをはっきりさせています。

福島:素晴らしいですね!私は現役時代休むのがヘタであまり休んでこなかったので尊敬します!心配性なので、特に大会前は不安で休んでいても疲れが取れなくて……。「だったら練習しちゃおう!」となるタイプでした。

三浦龍司 写真

トップアスリート同士だからこそ通じあることもあるのか、自然と三浦からも福島への質問が出て話が弾む

写真 落合直哉

三浦:オフといえば、僕から福島さんにお聞きしたいことがありました。中距離選手は1年を通して何らかの大会があるので明確なオフシーズンがないですが、短距離選手はオフシーズンがありますよね?オフの過ごし方はどんな風に管理されているんですか?

福島:短距離選手はオフの期間もめちゃくちゃ練習します……ってなんでそんなこと私に聞くんですか!?

三浦:僕はオフシーズンがないので新しい練習やチャレンジがなかなか難しいのが悩みで……。たとえば、サンショーで「世界レベルの人たちがやっていることを試しに取り入れて試合に臨んでみたい!」と思うことがあるのですが、通年競技をやっているので失敗したら痛手が大きく、なかなかできないんですよ。だから一流のオフシーズンの過ごし方を聞きたいと思いました。

福島:優秀なマルチプレイヤーゆえの悩みですね。確かに、オフシーズンは試合がないので集中して練習ができます。試合という、ある種のストレスがないのでとにかくやり込めますね。その後、春のグランプリシリーズ、日本選手権、世界大会と短距離選手は大きな調子の波を作りやすいと思います。言い換えると私たちは「ボロボロになってもいいや。」という時期を作れます。「ダメでもいいからこれをやってみよう。でも、ダメだったら変えよう!」といったチャレンジが可能な期間がありますが、それを中距離の選手が確保するのは難しいですよね。

三浦:今は時間的に難しいですが、お話を聞いてめちゃくちゃやってみたいと思いました!

福島千里(写真左)と三浦龍司(写真右)

練習の効率を考える福島と、がむしゃらにやるべきことをこなす三浦。両者のスタイルの違いは非常に興味深い

写真 落合直哉

陸上競技を続けるためにも「自分の時間を作る。」ことを実践する三浦選手ですが、自分の時間であるオフはどんなことをして過ごしていますか?

三浦:時間がある時が少ない分、オフは完全にスイッチを切って陸上競技のことを一切考えないようにしています。時間にとらわれずに自分のしたいことをするのが幸せです。最近だと、少し大きめのテレビを買ったので映画をひたすら観て、眠くなったらソファーで寝て、夕方くらいになって「こんな時間か。」と起きてごはんを食べる……みたいな、全て自分の体内時計で過ごすようなオフが一番ゆっくりできます。

時間管理の仕方が真逆なお2人。もし福島さんが、三浦選手のように100mの他にもさまざまな種目に挑戦していたらどのように練習時間を使いましたか?

福島:私はオンオフを分けられない人間でありながら横着者なので(笑)。同時に全部やりたいですね。もし2つの競技を一緒にやるのであれば、負荷が大きくなっても同時に網羅できそうなトレーニングを行います。その分、他のことに時間に使いたいので1個ずつではなく、ギュッと凝縮して練習するイメージです。ロスタイムがもったいないので効率的にやっていきたいですね。

三浦:僕も横着なのですが効率はあまり考えず、がむしゃらにやっている感じです。やるべきことがあったら1つずつ潰していくという感じなので、本当に真逆のスタイルで面白いですね!

福島:年齢を重ねるとやれることが限られてくるので、効率的にならざるを得ない部分もあるのですが、効率だけを求めていても強くなれないんですよね。効率的な練習には限界があると思うので、三浦くんのようにがむしゃらにやるべきこと、やりたいことをやり切れる活力があるのは素晴らしいことだと思います。

ライバルは自分自身!世界大会は王者ゆえの孤独な戦い

三浦龍司 写真

大学生ながら世界を経験する三浦は、王者ゆえに同じ視点で語れる仲間が国内にいないのが悩みでもある

写真 落合直哉

女子100m・200m、男子3000m障害と種目は違えど、2人とも日本記録保持者という第一人者ですよね。そんなお2人が世界と戦うなかで感じていることについても伺いたいです。特に三浦選手は2021年に東京での世界の大舞台、2022年には世界陸上オレゴン22、ダイヤモンドリーグファイナルと世界最高峰の舞台で戦う機会がありました。

三浦:僕自身、「世界と戦いたい!」という想いが大学に入って強くなっています。世界の大舞台で7位入賞とある程度結果を出せたことが大きくて、“世界”が現実味を帯びてきたことで自分の気持ちに拍車がかかりました。ただ、国内では自分がトップになったことで同じ視点で語れる仲間がいないのは、孤独に感じる点でもあります。

福島:孤独感については何となく私も分かります。でもダイヤモンドリーグのファイナルでは4位ですもんね!本当にすごいことです。世界と戦う点では高次元というか、私の見たことのない景色をすでに見ていて尊敬しています。いろいろと聞きたいことがあるんですけど、ダイヤモンドリーグファイナルってどんな感じなんですか?

三浦:ファイナルに臨むのもそうなのですが、ヨーロッパやトップリーグを転戦できていること自体が“ザ・世界で戦う”というか、世界の土俵に立っているのを実感できました。予選で4位に入れたからギリギリでファイナルに行けたという状況ではありましたが、そこでちゃんと結果を残して最後まで走り切れたのは、「ひとつ景色が上がった!」という感覚でした。

福島:素敵な表現ですね。世界の大舞台では決勝で先頭に立つシーンもありましたが、「あんなに前で走るってどんなに気持ちいいんだろう?」と思いながら見ていました。実際どんな気分なんですか?

三浦:先頭で走る時の賭けというか、全ての標的にされているような緊張感というか……とても独特な雰囲気を感じました。日本では経験できないサバイバルさですよね。長距離だとレース展開が長いので選手の動きや思考がある程度分かるんですけど、そういうのが伝わってくるほど生温くはないというか。「削り合いだな!」というのはすごく感じました。

福島千里(写真左)と三浦龍司(写真右)

対談終盤は2人だけの陸上トークで盛り上げるシーンも多々あった。今後も交友を深めていくことを約束した

写真 落合直哉

お2人とも、本日は貴重なお話をありがとうございました。最後に三浦選手の今後の目標と、福島さんから三浦選手へのエールをいただきたいです。

三浦:直近の目標だと世界陸上ブダペスト23です。昨年のオレゴン大会では「世界陸上に出て決勝に残りたい!」と言ったのに残れなかったのでリベンジというか、再挑戦という気持ちで挑みたいと思います。それから、自己ベストは狙っていきたいです。自己ベスト=日本記録になりますが、まずはこれまでの自分を超えないと目指したい、戦いたい舞台のレベルでは勝負できないので、まずは自分超えを実現したいですね。

そして、来年はずっと目指してきたパリの舞台なので、メダルの夢を叶えたいです。東京では恐れ知らずで、エネルギーのままに行けた感覚があるので、2024年はそこまでの経験で培った経験を生かして、選手としての強さを発揮したいです。

福島:観る側としてもとても楽しみで、今から三浦選手の活躍にワクワクしています!特にコロナ禍で無観客のモニター越しでの応援が続いたので、これからはより多くの人が現地で応援してくれると思います。すごく力になるし素晴らしい経験になるはず。私も陸上競技の先輩として、サンショーの時に会場を満員にできるようにアイディアを出したいですね!3000m障害という種目と、三浦くんの勇姿を多くの人に観てもらいたい思います。

※こちらの記事は、2023年2月27日取材時の内容となります。

福島千里(写真左)と三浦龍司(写真右)

写真 落合直哉

福島千里

セイコースマイルアンバサダー
福島千里

北京・ロンドン・リオデジャネイロと3大会連続で世界の大舞台に出場。女子100m、200mの日本記録保持者。日本選手権の100mで2010年から2016年にかけて7連覇を成し遂げ、2011年の世界陸上では日本女子史上初となる準決勝進出を果たした。引退後は「セイコースマイルアンバサダー」に就任。「セイコーわくわくスポーツ教室」などの活動を通じて次世代育成に貢献している。

三浦龍司

陸上競技選手
三浦龍司

8分9秒92の記録を持つ男子障害3000mの日本記録保持者。バネを生かした伸びやかな走りが持ち味であり、障害3000m以外でもトラックの中距離種目や大学駅伝などマルチに活躍している。順天堂大学に在学中の大学生ながら、東京五輪、世界陸上、ダイヤモンドリーグと世界最高峰の舞台を数多く経験。若手陸上競技選手のホープと言える存在だ。

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