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福島千里がスパイクを脱いでからの日々。指導者としての1年で見えたもの 福島千里がスパイクを脱いでからの日々。指導者としての1年で見えたもの

福島千里がスパイクを脱いでからの日々。指導者としての1年で見えたもの

文 大西マリコ
写真 落合直哉

2022年1月、惜しまれながらも現役生活に幕を下ろした福島千里。引退直後のインタビューで「競技人生をやり切り、解放感がある。」と語っていたように、スパイクを脱ぐことに一切の後悔も未練もなかった。当時の言葉にもあったようにセカンドキャリアを自分らしく走り始めた福島は、選手時代とはまた違う、リラックスした雰囲気に満ち溢れていた。

現在は大学院生として学業を中心に生活し、修士論文の仕上げに追われる毎日を過ごす福島。その傍らでセイコースマイルアンバサダーとしてわくわくスポーツ教室で子どもたちへの指導に励んでいる。そして、恩師の山崎一彦氏のもと、順天堂大学陸上競技部のアシスタントコーチに就任するなど学生への指導にも関わるようになった。トップアスリートから指導者へ――大きな転換期を迎えた福島は、この1年の変化に何を思うのか。2022年度の自身の取り組みについて振り返ってもらいつつ、2023年の抱負についても聞いた。

“教える”を中心に陸上競技と関わった2022年度

福島千里さん 画像

引退してからの1年を笑顔で語る福島。現役時代と比較してどんな変化があったのだろうか

写真 落合直哉

引退から1年が経過し、環境や生活が大きく変わったかと思います。まずは引退後の2022年度をどのように過ごしていたのかを教えてください。

現役時代に生活の中心だった日々の練習をすることがなくなったので、生活は本当に大きく変わりましたね。体への負担もなくなり、ケガも癒えて疲れのない日々を過ごしています。今は大学院2年生ですが、修士論文が本当に大変です(笑)。学生らしく学びながら、放課後はコーチとして大学生と一緒に部活動で汗を流しています。平日はそうした学生生活を過ごしつつ、週末はイベントなどで講師として陸上教室に参加するという日々ですね。

現役時代にできなかったことや、やってみたかったことに挑戦するなどプライベートでの変化はありましたか?

それが実は全然なんですよ(笑)。「ヤバい!この1年何も始めていないぞ……。」と思っていました。引退の際も話したと思いますが、現役時代から休み方が分からないタイプなんです(笑)。常にストイックに練習に取り組んでいたので、引退して練習する必要がなくなっても有意義な休み方はいまだに分からないままです。でも、2022年の1年間を通して、「練習しない生活はこういう感じなのか。」という流れはつかんだので、2023年は絶対に“何か新しいことを始めたい”と思っています。

陸上教室の様子 画像

福島自身が「陸上は楽しい!」という気持ちになることで、教わる子どもたちもより楽しんで取り組んでくれる

写真 落合直哉

学生、コーチ、講師として充実の1年を過ごされたのですね。環境や生活の変化に伴い、気持ちや陸上競技への向き合い方などの内側の変化はありましたか?

部活で毎日学生と一緒にトラックで走ったり、インカレなどの学生の大会に何回も応援に行ったりして、引退後も陸上競技が身近にあったので、気持ちのうえでの大きな変化は正直なかったです。でも、わくわくスポーツ教室を通して小学生に教える機会が増えたことで、タイムや結果ばかり求めてきた現役時代とは異なり、「楽しもう!」という気持ちが芽生えてきたことは実感しています。

現役のアスリートであれば、勝利至上主義になるのは当然です。「楽しくやろう!」という感情が先立つ日々ではありませんでした。ただ、直接指導する子どもたちに関しては、まずは走ることを好きになってほしいです。好きになるには楽しむことが何よりも大事だと思うので、指導する私自身が「陸上を楽しもう!」「陸上ってやっぱり楽しい!」という気持ちでわくわくスポーツ教室に臨むようになりました。

解説者という新境地で芽生えた“伝える”側としての意欲

福島千里さん 画像

解説の仕事を通して、視聴者が見えない部分を伝えることに使命感を抱くようになった

写真 落合直哉

引退インタビューで「何でもチャレンジしてみたい!」と語っていた通り、日本陸上競技選手権大会の解説やバラエティ番組への出演もされましたね。新しいフィールドでの経験はいかがでしたか?

そうした過去は恥ずかしくて記憶から消していました(笑)。解説の仕事やバラエティ番組への出演は初めてのことなので当然なんですけど、「もっと上手くやれたんじゃないかな。」と思うとやっぱり悔いが残りますね。

特に日本選手権の解説に関しては、自分もあの舞台で走っていた側なので考えれば考えるほど解説するのが難しかったですね。タイムや結果だけでは語れない選手の情報を伝えたいと思っていました。視聴者の方にテレビを観ているだけでは分からない選手の特徴や調子を、的確に客観的に伝えるのは難しかったです。

Seiko Heart Beat Magazineで増田明美さんが出演されている記事を読みましたが、やはり取材やリサーチでの情報量がすごいですよね。私なりに日本選手権までのグランプリシリーズの結果や選手の状態などをいろいろと調べて勉強して臨んだつもりでしたが、まだまだ調べも甘かったと思いました。とても増田さんのようにはなれそうにもありませんが、伝える側としても自分らしく一歩ずつ頑張っていきたいです。

後は客観的に試合を観るべきなんですが、Team Seikoの仲間のデーデー ブルーノ選手が出場していると気持ちが入っちゃいますよね。他人事に感じられなくて、思わず「頑張れ!」と心の中で応援していました。

【増田明美さん流マラソン解説の秘密】”選手”ではなく”人”への好奇心

福島千里さんと山崎一彦さん 画像

本人は謙遜するもののその指導力、とりわけ走りを言語化する能力は恩師の山崎先生も太鼓判を押す

写真 落合直哉

競技や選手について的確に、客観的に解説するのはものすごく難しいことですよね。ただ、福島さんの恩師でもある順天堂大学の山崎一彦先生が、以前の取材時に学生への指導の仕方に関して「福島さんは走りを言語化して説明するのが上手。」とおっしゃっていました。きっとこれからも解説のお仕事が増えると思いますが、現時点ではどんな解説者になりたいというイメージはありますか?

陸上競技の中でも短距離走はタイムや着順を争うレースなので、必ず勝ち負けがあります。勝った人がフォーカスされるのは当然なのですが、負けた選手にも光を当てて、注目してもらえる解説がしたいです。

レースは儚くも一発勝負になります。特に100メートルなんて10秒とかであっという間に終わってしまいますよね。でも選手が試合に懸ける想いや鍛錬の日々は相当なものがあるので、一瞬では語り尽くせない選手のバックボーンを深く伝えられるようになりたいです。

選手はみんな全力で頑張っているけど、自分から「頑張ってます!」なんて言えません。私も現役時代はそういうタイプでした。選手が自らの口で言えないことを伝えられる存在になれたらと思います。選手の内面を代弁するためには、心の内を話してもらえる信頼関係が大切だと思うので、コミュニケーションを積極的に取れるよう日頃から意識していきたいです。

2023年はTeam Seikoの仲間を“応援する”年にも

陸上教室の様子 画像

相手あってこその指導は難しい反面、やりがいを感じることも多いという

写真 落合直哉

セイコーとの関わりについても聞かせてください。昨年はわくわくスポーツ教室やイベントなど精力的に活動されました。特にわくわくスポーツ教室では全国の小学校を訪問しましたね。回数を重ねるごとに格段に先生らしくなっており、ご自身も楽しんでいる様子が印象的でしたが、子どもたちに指導するうえで心がけたことはありますか?

私も先生らしくなっていますか?自分では気づきませんでしたが、講師として成長できているならうれしいです!陸上競技の短距離の選手は、イメージと違って“走る”時間はすごく短いんですよね。スキップしたりジャンプしたりするなど、ウォーミングアップに時間をかけますし、そうした“速く走るための準備が練習の本質”なんです。なので、準備をいかに楽しんでもらえるかを毎回意識して指導しています。

たとえば、動いたり走ったりすることに加え、ゲーム形式を取り入れています。子どもたちは競争が大好きなので、対戦形式のウォーミングアップを取り入れると、熱心に取り組んでくれるんですよ。できるだけ楽しく伝えられるよう工夫を施すためにも、子どもたちの反応を見て毎回学んでいます。

現役時代は自分自身との勝負で、勝負の結果が目に見えるのでそういう点では自分軸で考えられるので分かりやすさがありました。それに比べると、陸上競技の楽しさを伝えたり、体を動かして楽しんでもらったりするのは相手あってのことなので難しくて毎回緊張しますが、やりがいも感じています。

Time to Shineの様子 画像

世界陸上オレゴン22で開催された「Time to Shine」では現地の子どもたちにも指導。ブダペスト大会でも実現なるか

すっかり先生としても様になってきていますね。2022年はアメリカ・オレゴン州ユージーンで開催された第18回世界陸上競技選手権大会(世界陸上オレゴン22)では、セイコーわくわくスポーツ教室の海外版である「Time to Shine」で初めて海外で講師を務めました。今年8月にハンガリーで開催される世界陸上ブダペスト23でもまた講師を務めたいとお考えでしょうか?

ぜひまた挑戦してみたいですね。今後のことはまだ分かりませんが、行けるチャンスがあればぜひトライしたいと思います。海外の子どもたちに教えるには、もっと英語も勉強しないといけないですね。国籍を問わず、直接コミュニケーションを取って教えるのはすごく楽しいことなので。

セイコーチーム 画像

2023年はTeam Seikoとしてもより充実した1年を目指す。特に他競技の選手を“応援する”のも福島の目標だ

写真 落合直哉

貴重なお話をありがとうございました。最後に、セイコースマイルアンバサダーとして、Team Seikoメンバーとしての2023年の目標を教えてください!

セイコースマイルアンバサダーとしては、今まで以上にたくさんの子どもたちとリアルで会って、陸上競技の楽しさを伝えられたらと思っています。全国各地の子どもたちに会えることを心から楽しみにしています。

Team Seikoとしては、まずは必ず全員と1回は会いたいです。仕事やイベントでは会えると思いますが、それでもなかなか集まる機会は少ないので意識的に会える機会を作りたいです。同じ種目の山縣亮太選手とデーデー選手にはリアルで会うことも多いですが、他競技の選手は応援にも行ってみたいと思っています。Team Seikoメンバーとしてつながりがあるのはすごく貴重なことなので、みなさんの現役時代の頑張りを直接応援したいですね!

セイコーわくわくスポーツ教室 in 世界陸上オレゴン22 ~Time to Shine~(Long) 日本語版

セイコーわくわくスポーツ教室 in 世界陸上オレゴン22 ~Time to Shine~

セイコーわくわくスポーツ教室 陸上編(Long version)

セイコーわくわくスポーツ教室 陸上編

福島千里

セイコースマイルアンバサダー
福島千里

北京・ロンドン・リオデジャネイロと3大会連続で世界の大舞台に出場。女子100m、200mの日本記録保持者。日本選手権の100mで2010年から2016年にかけて7連覇を成し遂げ、2011年の世界陸上では日本女子史上初となる準決勝進出を果たした。引退後は「セイコースマイルアンバサダー」に就任。「セイコーわくわくスポーツ教室」などの活動を通じて次世代育成に貢献している。

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