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文 沢田聡子
画像 アフロスポーツ

2018年の世界の大舞台への出場をはじめ、2017~20年の世界選手権に4大会連続で選出される(2020年はコロナ禍のため中止)など、フィギュアスケートの日本代表として多くの大会で活躍した田中刑事さん。演技に色気を感じさせるなど、独自の世界観が魅力のスケーターは2022年4月11日に引退を発表し、プロスケーターとコーチの活動を両立させる決意を明らかにしました。

アニメ好きで知られる田中さんは、現役時代には“アニメの曲を使ったプログラム”が好評を博しました。独自の選曲で個性を引き立たせた背景には、どんなストーリーがあるのでしょうか。フィギュアスケートと音楽の関係性について聞きました。

フィギュア界にアニメ楽曲を取り入れた第一人者

田中刑事 写真

2018年の全日本選手権のエキシビションでは、髪型をリーゼントにした田中さんは東方仗助のキャラクターになりきった

写真:フォート・キシモト

田中さんがアニメの音楽を使ったプログラムとして印象的なのは、2018-19シーズンのエキシビションナンバー『ジョジョの奇妙な冒険』ですね。

世界の大舞台の次のシーズンで、思い返せば「そこからどう競技を続けていこうか」という節目の時期でもありました。音源を探す中で、振付の佐藤操先生も知っている曲と作品だったので選んだのがきっかけです。僕は『ジョジョ』を熱心に見ていて、印象的な曲も多かったんですよね。その曲をたまたまYouTubeで見つけて、先生に「これ、どうですか?」と送ったら、「これ!」と即答いただいて、振付が始まった感じです。

『ジョジョ』を滑った翌季に、田中さんが「競技プログラムも“ジョジョ”みたいに滑ればいいのにと言われますが、それは無理です」という主旨の発言をしていた記憶があります。

エキシビションは競技とはまた違う場所であり、明確に差別化しています。エキシビションのプログラムには基本的に難しいジャンプは入れず、一方の競技では戦うためのプログラム作りをしています。もちろん競技プログラムにも芸術面として問われる部分もありますが、スポーツとして戦う部分もすごく重要なんですよね。

あのプログラムを戦いで使うとなると、競技とは違うところでの体力が必要になります。エキシビションで盛り上げるためのプログラムであり、両立はなかなか難しいですね。僕の中では相反するものだったので、分けて滑りたかった部分です。自分と違うものを表現し、『ジョジョ』の原作ファンにも受け入れてもらえるように作りたいなと思い、先生と相談しながらいろいろ考えました。

田中刑事 写真

『Paris』との出会いが、田中さんが2021年まで競技生活を続行させるきっかけとなった

写真:アフロスポーツ

一方で『シン・エヴァンゲリオン劇場版』のBGM『Paris』を最後のシーズンに使ったのは、競技用のプログラムに適した曲だと判断したということでしょうか?

そういうことですね。エキシビションで滑るとなると、自分の中で物足りなさがあって「ベクトルが違うものかな。」と。自分の直感で、「これを使うなら、競技の本気さで滑りたいな」と思って選びました。

新幹線の移動中に偶然聞いて「絶対、これで滑る」と即決されたそうですね。

実は2019年から20年にかけて、「もうそろそろ引退しようかな。」と考えていました。時代の変わり目で、強い後輩がたくさん出てきて、全体的にジャンプのレベルが上がる中で「自分はどう戦うべきか。」を若干悩んでいる時期でもありました。

もちろん2020-21シーズンは「しっかり戦おう。」という意識でいたのですが、同時に「次のシーズンはどうしようかな。」と。引退がうっすらと脳裏をよぎっていた2020年の夏、ショート・フリーの両方を作り終え「シーズンを戦い切ろう。」と決意している時に、『エヴァ』のあの曲を聞いたんですよ。映画の上映前で、冒頭の数分間だけ映像がネット配信されていて、その曲を聞いた時に「これを滑りたい。」という意志が強くなりました。もともとエヴァが大好きで、翌年上映するという時期だったので「これは縁だな。」と思ったんです。

エヴァはアニメ版も劇場版も観て曲を聞いていて、いつかは使いたいと思っていたのですが、「どれも競技プログラムで使うとなると難しい。」とも感じていました。でも、『Paris』に関しては「これならすぐいける。」という感じがありました。ただ、その年はもう競技プログラムを作ってしまっていたので「来年この曲を滑るなら、現役を続けないと。」という循環になったきっかけの曲です。

2020年NHK杯のエキシビションで『エヴァ』のプログラムが初披露

初披露となったのは、2020年NHK杯のエキシビションでしたね。

曲を初めて聞いた次の年にプログラムを作りましたが、コロナ禍に入ってしまって。試合が次々と延期になる中で、NHK杯だけは行われました。その時『エヴァ』で滑るショートは用意できたのですが、(振付師のいる)海外に行けず、フリーは作れなかったんですよ。『エヴァ』を滑るにあたっては、ちゃんとショートとフリーを違う路線の曲で固めて勝負したかったので、フリーが作れない現状で「この曲は一回おいておこう。」と。

『エヴァ』の曲を来年滑るとなると必然的に「(現役を)続けないといけない。」という循環になりました。そのシーズンは試合もアイスショーもなく、披露する場がなかったので、開催できた「NHK杯のエキシビションで滑ろう。」という感じでした。

ラストシーズンのショートで滑ることになった“エヴァ”は、大きな意味があった曲ということですね。

そうですね。雑誌の企画で(『エヴァ』の主人公・碇シンジ役の声優)緒方恵美さんと対談の機会をいただいた時、音楽プロデューサーの方も同席されていました。僕がプロデューサーさんに直接「この曲を使いたい。」という話をした結果、「ぜひ使ってください。」とOKをいただいて、実現できた経緯があるんですよ。(コロナ禍で)映画の公開もCD発売も延期になり、曲が使えるか分からない時期もありましたが、最終的には楽曲を提供するだけではなく、編集もしていただき使用できました。

フィギュアスケートで、曲の制作サイドと関係してプログラムを作るのは画期的なのではないでしょうか?

もう、勝手に運命だと思って……「絶対滑りたい。」という意志があり、全部上手くいって実現できた感じですね。

田中刑事 写真

2020年のNHK杯で披露された『エヴァ』の楽曲を取り入れたエキシビション

写真:アフロスポーツ

そこまで強い意志を持って曲を選ばれたのは初めてですか?

そうですね、いつもは振付の先生に音楽を選んでいただいていました。エキシビションは自分で選ぶことも多かったのですが、フリー・ショートに関しては自分の考えていない枠組みから曲を選んでほしかったので、僕はあえてチョイスをしないようにしていました。でも『Paris』に関しては、競技プログラムで滑るとなると、自分から言わないと実現しなかったので。

フィギュアスケートでは、比較的同じ曲が繰り返して使われる傾向がありますね。

選手それぞれに合った曲をこの世に存在する音楽すべての中から探す――しかもワンシーズンごとに変えるのは、大変な作業でもあります。選手に使いたい曲を聞く場合は、自分の好きな選手や憧れている選手のプログラムをきっかけにして探させる方法もあるので、結果的にそうなるのかもしれません。

そう考えると、田中さんと『エヴァ』の曲との出会いには運命的なものを感じますね。

そうですね。当たり前ですけど誰も使ったことがないし、まだ世に出ていないものだったので「スケート界では最初に使ってやりたい。」という、“謎の独占欲”が出た面はあります。

最後の2シーズンは上手くいったことはほとんどない期間で、(コロナ禍もあり)自由にできない環境にありました。「最善を尽くそう。」と動いていても上手くいかないことがたくさんあったので、その中での1つの支えだったのかなという感じです。

セイコーが行うスポーツ支援

セイコーでは、選手たちが氷上に舞う華麗な競技・フィギュアスケートの支援も行っています。精密な採点が求められるフィギュアスケートの大会運営を「フィギュアスケート競技システム」でサポート。

演技の美しさを競うフィギュアスケートのスコアを正確に計測することで、競技貢献を果たしています。

後編はこちら

公式アンバサダー・田中刑事に聞いたNHK杯の魅力!二足の草鞋を履く現在の心境とは?

田中刑事

プロスケーター
田中刑事

1994年11月22日生まれ、岡山県出身。2016年と2018年のエキシビションで『千と千尋の神隠し』『ジョジョの奇妙な冒険』を演じ、フィギュアスケート界にアニメ曲を取り入れたパイオニア。競技用プログラムとしても、アニメ『シン・エヴァンゲリオン劇場版』のBGM『Paris』の選曲を試み、好評を博した。2022年4月に27歳で20年に及ぶ長き競技人生に終止符を打った。現在は、コーチ業に携わる一方でプロスケーターとしての活動にも精力的に取り組んでいる。

画像:アフロスポーツ

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