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文 大西マリコ
写真 落合直哉

「セカンドキャリアも私らしく走り続けたい。」

2022年1月29日に現役引退を発表した福島千里が、自身の今後について会見で語った言葉だ。これまで多くを語らなかった福島だが、競技引退後についてはっきりと前向きに自分の意志を明示した姿が印象的だった。

長年にわたり日本短距離界の最前線を走り続けた女王はスパイクを脱ぎ、今後は『セイコースマイルアンバサダー(スポーツ担当)』としての活動を含め、次世代育成活動へ参画していく。すでに『セイコーわくわくスポーツ教室』の講師として子どもたちへの指導を開始しているが、自身のセカンドキャリアについてどんな構想を描いているのか。現役引退を決意した心境を聞きつつ、“福島千里らしいセカンドキャリア”の本意を探った。

現役引退決意から現在までの心境とその変化

福島千里さん 写真

福島千里着用時計 セイコー アストロン レディスコレクション STXD002
穏やかな表情でインタビューに臨む福島。競技引退後の未来にワクワクしているという

写真 落合直哉

長年にわたる競技生活、お疲れ様でした。改めて引退を決意した現在の気持ちを聞かせてください。

ありがとうございます。競技人生をやり切って区切りをつけたことで達成感というか、解放感があります。一方で、長い間当たり前のように練習をしてきたので、寂しい気持ちも大きいですね。すべてを懸けてやってきたものがなくなった虚無感というんでしょうか。

でも、プラスかマイナスかで言うと、プラスの気持ちが大部分を占めています。「これからの未来にワクワクしている。」というか。むしろ、そう思わないと引退を決断できなかったのが本音です。競技生活に区切りをつけても、「自分にできること、やれることはたくさんある。」と前向きに考えて引退を決めました。なので、「楽しみじゃないと困る!」というのが正直なところです(笑)。

現役引退をしてから現在までまだ日は浅いと思いますが、環境や気持ちに関して変化したことはありましたか?

一番実感しているのは、アキレス腱に対するストレスがなくなったことかもしれません。私は長年アキレス腱を痛めていたので、特に朝起きてベッドから降りる1歩目で痛むことが多くありました。ケガの影響を考慮して、毎朝「今日はどれくらい練習できるかな?」と考えるのは辛かったですね。でも今はそのストレスがなくなって清々しい気持ちです。練習をしていないのであまり痛みもなく、「じゃあまだ陸上やれそう!」と思ったりもするのですが、現役生活にはしっかりと区切りをつけたので複雑な感情が入り交じっています。

「0秒01でも速く」を追求し続けた競技生活

福島千里さん 写真

ストイックに競技に向き合ってきた福島。100mと200mの日本記録はいまだに破られていない

写真 フォート・キシモト

福島さんはストイックに競技に向き合う現役生活を過ごしてきました。これまでの道のりを振り返ってみて、ご自身ではどんな競技人生だったと思いますか?

辛いことや大変なことはたくさんありましたが、「やりきった!」と思える良い競技人生でした。日々の選択に対して責任を持って臨み、自信を持って決断し続けてきたので、後悔は1つもありません。そこに関しては、「しっかりやった!やったよね?」と自分に言い聞かせています。もちろん不安もありましたが、常に最善を尽くしてきたので、「ああしておけば良かった。」と思うことは1つもないんです。

100m(11秒21)、200m(22秒88)と、いまだ破られていない女子日本記録についても聞かせてください。ナンバーワンであり続けたことへのプレッシャーや不安はありましたか?

私のキャリアの中で日本記録を連発していた時もありました。でもそうではない結果の出ない時期も過ごしてきました。良い時、悪い時の両方を多く体験してきたつもりです。私の場合は、応援してくれるみなさん以上に自分自身に期待していましたし、自信を持っていました。なので、周りのプレッシャーに負けることはなかったですね。記録を出そうというよりは、「速く走りたい。」「世界で戦いたい。」という目標の結果として、記録や日本選手権での連覇があったと思います。

日本選手権は国内でもっとも規模の大きい重要な大会ですが、「日本選手権で優勝したい。」と思っていたのは最初の2、3回くらいまででしたね。もちろん、勝つことを目指していましたが、世界への切符を手にするための通過点でもありました。日々のトレーニングや練習の結果として優勝がついてきた感じです。

福島千里さん 写真

福島千里着用時計 グランドセイコー エレガンスコレクション STFG277
現役時代は「もっと速く」という想いが福島を常に突き動かしてきた

写真 落合直哉

福島さんにとって速さを追求すること、100分の1秒のタイムを切り詰めることはどんな意味をもっていますか?

「0秒01でも速く。」「昨日より速く。」「さっきより速く。」という感じで、今より少しでも速くなることが重要だと思っていました。なので、12秒から11秒99になるのと11秒22から11秒21になるのとではタイム的には異なりますが、私としてはどちらも同じように「0.1秒速く走れた。」という喜びを感じていました。いろんな0秒01や0秒1を経験してきましたが、どのタイム更新もすべて嬉しかったですし、やりがいを感じていましたね。速くなる喜びがあったからこそ、これまで続けられた面はあると思います。

ただ、記録更新の喜びは本当に一瞬だけなんですよ(笑)。コーチがタイムを呼び上げた時は、「やった!速くなった!」と喜ぶんですが、その1秒後には「もっと速くなりたい」。「このままではダメだ。」と思うんですよね。うれしい気持ちよりも「まだまだ。」という思いのほうが強かったので、いくら自己ベストから遠ざかっていたとしても、日々挑戦し続けられたのかなと思います。

また、0秒01を速くするだけでも、本当にいろいろなことを試みるんですよ。走る練習、筋トレ、ジャンプなど。そうしたちょっとした変化で反対に0秒01遅くなることもあります。本当に繊細な世界です。だからこそ、0秒01速くなった時は感動的ですし、「なんで速くなったんだろう。」とまた考えます。それで同じことをやってみても次は0秒01速くならないことなんてこともざらにあります。答えがない……と言ったらそれまでですが、そういう日々を過ごしていました。

自身の経験を次世代に伝えるセカンドキャリア

福島千里さん 写真

会見ではセイコースマイルアンバサダー(スポーツ担当)就任も発表された

「これからの未来にワクワクしている。」とお話ししていましたが、今後の活動についても教えてください。

どんなことがやりたいのかは、まだはっきり分かっていないですね。陸上以外ではまだまだ無知な部分も多いので、だからこそ何でもやってみたいと思っています。きっと学びのすべてが自分の経験になって、人生をより豊かしてくれるはずです。これまでは選手として陸上一筋で人生を歩んできましたが、これからは自分自身の成長や陸上界のためになる経験をたくさんしていきたいです。興味の矢印を多方面に向けることによって、私に多くをもたらしてくれた陸上に恩返しをしていければと思っています。

現役引退と同時に『セイコースマイルアンバサダー(スポーツ担当)』に就任されました。陸上とは今度どのように向き合っていきますか?

まずは私自身がしっかり勉強したいと思っています。スポーツについて勉強しているので、学びを深めて陸上界や後輩のアスリート、これからを担う子どもたちに対して何かしらの形で還元していきたいです。今すぐというわけではありませんが、将来教える立場になるとしたら選手より勉強して、いろいろな知識を蓄えていないとダメですよね。これまで自分のためにやっていた学びが他の人の役に立つなら、こんなにうれしいことはありません。他の人にも速くなることへの想いを伝えられたら良いなと思います。

福島千里さん 写真

セイコーわくわくスポーツ教室では、子どもたちへの指導を通して多くのことを学んでいる

写真 落合直哉

今後は子どもたちにスポーツの楽しさや感動を伝える『セイコーわくわくスポーツ教室』のシリーズ化が期待できそうですね。また、次世代育成活動についての考えも教えてください。

『わくわくスポーツ教室』はもちろんのこと、多くの次世代育成活動に積極的に携わっていきたいです。参加してくれた生徒さんの中には、「私は足が遅いけど、福島選手の指導でタイムが上がりました。」と言ってくれる子もいて、そういった声をいただけるのは本当にうれしいことですね。

私自身も速く走れた時や状態が良い時の気持ち良さを、誰よりも肌で感じてきました。イメージしやすいのが、風を切っている感覚や地面が跳ねている感覚ですね。人それぞれ感じ方は異なりますが、そうした新しい感覚との出会いは本当に感動的なんですよね。指導した子どもたちにもぜひそうした感覚を体験してほしいですし、それを味わってもらえることにやりがいを感じます。

子どもたちに陸上を教えるという機会は、福島選手にとってどんな刺激・学び・気づきがあったのでしょうか?

今までの経験上、同じ子に何回も教えることがなかったので、常に新しい雰囲気、新しい会場、新しいメニューを教えることがすごく新鮮でした。メニューはその時のカリキュラムに合わせて考えますし、もちろん自分が「教えたい。」「やりたい。」という内容をテーマに沿って教えることが多いですね。やっぱり、毎回毎回、新しい気づきや学びがありますね。私自身が子どもたちに教えることを通じて楽しみながら勉強させてもらっている感じです。

今後の『わくわくスポーツ教室』に関しては、より私らしく教えられるように回を重ねるごとにバージョンアップしていきたいと思っています。より良いプログラムを考え、さらに良い教室にできたらうれしいです。そうした自らが学んで指導する活動の1つひとつが、“私らしいセカンドキャリア”につながっていくと思っています。

福島千里さん 写真

写真 落合直哉

福島千里 写真

CHISATO FUKUSHIMA

セイコースマイルアンバサダー(スポーツ担当)
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福島千里
福島千里

セイコースマイルアンバサダー(スポーツ担当)
福島千里

北京・ロンドン・リオデジャネイロと3大会連続で世界の大舞台に出場。女子100m、200mの日本記録保持者。日本選手権の100mで2010年から2016年にかけて7連覇を成し遂げ、2011年の世界陸上では日本女子史上初となる準決勝進出を果たした。引退後は「セイコースマイルアンバサダー(スポーツ担当)」に就任。「セイコーわくわくスポーツ教室」などの活動を通じて次世代育成に貢献している。

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