SEIKO  HEART BEAT Magazine スポーツを通して人生の時を豊かに

文 上田まりえ
写真 フォート・キシモト

2020年の東京マラソンを筆頭に、2度も日本記録を更新したスターが一区切りをつけた。プロランナーとしての大迫傑の挑戦の日々は、2021年に日本で開催された世界の大舞台での6位入賞という形で一度幕を閉じた。

選手としての実力はもちろん、常識にとらわれない言動でも注目され、まさに名実ともに日本陸上競技界のトップとして走り続けていた大迫。その孤高とも呼べる振る舞いは、「目的意識」を重視する自らの信念に基づいていた。常に現在を見据える大迫に、「走ること」のマインドについて語ってもらった。

一歩踏み出した「プロ転向」がターニングポイント

大迫傑選手 写真

大迫がプロ転向を決意したのは2015年。世界と戦う中で一歩踏み出す決断を下した    

写真 フォート・キシモト

2015年3月。陸上界のみならず、世間を大きく驚かすニュースが駆け巡った。大迫が所属する実業団をわずか1年で退社し、プロ一本化するという内容だった。プロ転向という日本の陸上界ではあまり前例のない挑戦。加えて活動拠点をアメリカに移すことを発表したのだ。

ラストレースから数か月が経った今、「アメリカでの生活がターニングポイントとなった。」と大迫はプロ生活を振り返る。

「あの時、躊躇しないでアメリカに行って良かったです。自分のコミュニティから一歩足を踏み出したことで、世界が広がりました。大変なこともありましたが、振り返るとあっという間で、とても濃い経験でしたね。一歩踏み出すことで、二歩目、三歩目が自然とイメージしやすくなりました。」

安定した収入が得られる実業団とは異なり、レースの賞金やスポンサー契約で食べていくプロの世界。厳しい環境に身を投じた異国の地での挑戦だったが、一歩踏み出したことで得られたものは、何にも代えがたい経験だった。

大迫傑選手 写真

周囲の批判も気に留めずに我が道をひた走った大迫。自身の目的を見失うことはなかった              

写真 フォート・キシモト

しかし、大迫本人の想いとは裏腹に周囲は騒がしく、当初は賛否両論が渦巻いていた。

「いろんなことを言われましたが、あまり気にしませんでした。”自分の目的”に集中していたので、周囲の反応に影響されることはありませんでした。」と当時を思い返す大迫。挑戦という目的意識が明確だっただけに、周囲に心を乱されることもなかった。

既成概念にとらわれずに己の道を進む大迫の姿は、ともすると”自由”に見えるかもしれない。大迫にとって自由とは、常に”自分で判断して行動を決める”ことだ。

「目的を優先するので、成し遂げる方法は何でもいいんですよ。軸を見据えたうえで自分で決断して、自由に動いています。例えるならば、定食ではなくビュッフェのイメージです。出されたものに対して“今日は日本食か”と受動的に受け取るのではなく、自分でどんな食事をしたいかを能動的に考え、食材を選んで自分なりのプレートを作り上げるイメージです。時にはお肉ばかり選んで偏りが出るかもしれませんが、その場合は炭水化物を減らすなど工夫する。そうした細かい誤差や遊びを日々楽しんでいます。」

ウィットに富んだ表現で自身の考えを説明できるところも、何とも大迫らしい。

選択をするうえで大切にしている「ワクワク感」

大迫傑選手 写真

常に自身がワクワクすることにチャレンジすること。大迫の判断基準はとてもシンプルだ

写真 東京マラソン財団

プロ転向に伴う渡米は大迫の大きな転換期だったが、結局はそれも「ただの手段だった。」という。ではアメリカに行った目的は何だったのか?

「自分のやることに飽きたらダメだと思いました。自分を飽きさせないワクワク感のある挑戦ができる環境に身を置きたかったし、常に自分自身がカッコいいと思えることをしたいんです。プロ転向がなければ、次の挑戦もありませんでしたし、現在の取り組みに対するワクワクもなかったかもしれません。」

より自分がワクワクするほうへ――大迫が大きな決断をするうえでの基準であり、それが新たな挑戦へと自身を突き動かす原動力なのだ。

「まずは自分の感覚でやってみるタイプです。”こんなことができそうだな”とパッと浮かんだ時に、まずはポジティブに物事を考えます。リスクもちょっとは考えますが、緻密に計算するタイプでありません。」

大迫傑選手 写真

東京マラソン2020での2度目の日本記録更新など、大迫は常に自身の挑戦に全力だった

写真 東京マラソン財団

プロランナー転向も、渡米も、すべてポジティブな感情に身を委ねた。あのラストラン宣言もそうだった。

「プロとして走ったり、国際大会に出たりするのを現状では一区切りつけます。ただ、今後も陸上界に関わっていきます。大会に出なくても別に死ぬわけじゃないので。妻や子どもたちにも、“パパ、一度走るのをやめてみるかも”と伝えたら、“あ、そうなんだ”という反応でした。」とあっけらかんと笑う。

あのSNSでの突然の周知も、世界の大舞台のマラソン開催10日前のことだった。

「あのタイミングでラストレースを表明したのは、自分の納得だけで終わるのではなく、いい意味でいろんな方を自分のドラマに巻き込みたかったからです。自分なりの達成感や感動を少しでも多くの方と共有できたらと思ったんですよね。」

最後と位置づけて自分を出し切り、”満足できるレースにしよう”と決意した大迫。スタート地点に立ったその表情は心なしか晴れやかに感じられた。そして、6位入賞を花道にプロランナーとしてのゴールテープを切った。2017年の初マラソンから4年半。ゴールした瞬間の晴れやかな笑顔とレース直後のインタビューに大迫の充実感を感じ取った方は多いだろう。

過去でも未来でもなく、大事なのは「今」

大迫傑選手 写真

大迫の真っすぐな視線は過去でも未来でもなく、常に「今」を見つめている

写真 東京マラソン財団

栄光に彩られたプロキャリアに一度区切りをつけて新しいチャレンジに身を投じた大迫。大きな岐路に立つ大迫に、過去・現在・未来のどこを軸を据えているのかを聞くと、迷わず「今。」と答えてくれた。

「常に今を大切にしています。今、この瞬間に行動しなければ何も変えられません。自分がワクワクすることや楽しめることにチャレンジできているのか。過去と未来はいわば、結果と想像でしかないですよね。時計が常に時を刻み続けるように、時間が止まることはありません。今を大切にし、日々を胸に刻んでいきたいです。」

大迫の行動に目的意識が伴うのは、今という瞬間を常に大切にしているからかもしれない。

「予定を決めて行動するのは好きではないので、常にその時にあった面白いことを軸にしたい。“どうあるべきか”“どうしたいか”を突き詰めるよりも、挑戦したいことやワクワクすることを優先したいですね。」

目的に対する軸がブレないからこそ、やりたいことの最短距離を選び、まっすぐ進めたのだろう。そして、そうしたマインドはこれからもずっと変わらないはずだ。

実業家・大迫としての新たな一面はこちら

大迫傑が紡ぐ縁のチカラ。
「コミュニティ構築」に励むワケ

大迫傑

陸上選手
大迫傑

中学校で本格的に陸上競技を始め、佐久長聖高校、早稲田大学と駅伝の名門校を渡り歩く。2013年モスクワ世界選手権10000m代表にも選出され、卒業後は日清食品グループ、ナイキ・オレゴン・プロジェクト(アジア人史上初)を経てナイキ所属のプロランナーに。2018年シカゴマラソン・2020年東京マラソンにおいて2度のマラソン日本記録を更新。2021年東京五輪男子マラソンにて6位入賞を果たした。現在はSugar Elite主宰で、株式会社Iの代表を務める。

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