SEIKO  HEART BEAT Magazine スポーツを通して人生の時を豊かに

文 折山淑美
写真 フォート・キシモト

2021年4月29日に地元・広島で開催された織田記念。セイコーがオフィシャルタイマーを務める大会で「復活した姿を見せたい」と意気込んだ山縣亮太は、男子100m決勝を10秒14の記録で優勝した。“ミスター逆境”ぶりを鮮烈にアピールした山縣だったが、それは快進撃の“単なる序章”に過ぎなかった。

そして、迎えた6月6日の布勢スプリント2021で運命の瞬間が訪れる――。男子100m決勝で山縣は、世界の大舞台の出場権を争うライバルたちに競り勝ち、これまでの日本記録を0秒02縮める9秒95という驚異的な新記録を叩き出した。

レース後に「これまでずっと目指してきた9秒台を達成でき、とても嬉しく思います。しかし、ここがゴールではありません。さらに記録を更新し、世界の大舞台で活躍できるように練習に励みたいです。」と万感の想いを語った山縣。長年にわたり目標に掲げていた9秒台を記録するまでには、一体どんなドラマがあったのか。山縣の日本記録更新までの軌跡を辿る。

ハイレベルな競り合いの中で生まれた日本記録

山縣亮太選手 写真

9秒95の驚異的な日本記録を叩き出し、観客の声援に応える山縣                         

写真 フォート・キシモト

布勢スプリント2021の男子100m予選で10秒01を出し、この試合の目標だった世界の大舞台への参加標準記録(10秒05)を早々に突破した山縣。ケガのリスクを考えて決勝を棄権し、6月24日に開幕する日本選手権に備える選択肢もあった。しかし、本人には決勝を走るのに迷いはなかった。

「予選ではスタートで少し失敗したので、それを修正しておきたい。世界の大舞台ではこのくらいのタイム(10秒01)を安定して出せるかがキーになる。決勝は“世界の大舞台で勝負どころとなる準決勝”を想定して走りたい」と語るように、夏に開催される本番を見据えての判断だったからだ。

予選から3時間後の決勝のスタートは、予選よりキレと力強さが増した。前半が得意な多田修平との一騎打ちとなったが、スタートから僅差を保ちつつ中盤からは並びかけ、ラスト20m付近から抜け出してトップでフィニッシュした。記録の9秒95は公認ギリギリの追い風2m。サニブラウン・ハキームの記録を0秒02更新する日本新記録樹立となった。

山縣亮太選手 写真

ライバルたちとのハイレベルな戦いを制した山縣は、あらためて勝負強さをレースで示した                   

写真 フォート・キシモト

「多田選手がすごく近かったので勝負だと思い、ラストまで集中力を切らさないで自分の走りのペースを崩さないことを意識しました。タイムのことは正直、気にしていませんでした。でも今日は良い記録が出ると思っていたので、その通りになりましたね。」と多田との競り合いになり勝負に徹したことで、記録を意識し過ぎなかったのが幸いした。10秒01で走った相手とのハイレベルな競り合いの中で勝負強さを見せられたことも、山縣にとって収穫だったに違いない。

山縣は自身初の9秒台の走りについて、「風のせいかスピードのせいかはわかりませんが、最後は足の回転が追いつかなくなる感じになりました」と語る。100mの最後は速度と疲労によって、自分の感覚よりストライドが伸びすぎてしまうこともある。2017年に10秒00を出した際は、最後までしっかり足を刻むためにパワーアップを図り、一貫して足が地につく走りを実践していた。しかし、今回はそれ以上のスピードが出たことで、体感的に“少しフワフワした走り”になったと説明した。それはこのレースで山縣自身が感じた伸びしろだと言えるだろう。

「2013~14年頃から狙っていたので、もうちょっと早く出したかったです。」と本人が語るように、多くの関係者にとっても「やっと出すべき人が出してくれた」と思える9秒台だったのだ。

時計塔の下で表明した「9秒台への誓い」

山縣亮太選手 写真

時計塔の下でセイコー入社会見に臨む山縣。6年前の初々しい姿が印象的だ

リレーでは結果を出しながらも、個人は少し足踏みをしていた日本男子短距離。そうした状況を打破する選手として頭角を現したのが山縣だった。大学2年で初出場した2012年ロンドンで行われた世界の大舞台で、予選を10秒07の自己新で通過。準決勝も10秒10としっかりと“戦う走り”を披露した。そして、将来を嘱望されたホープがさらなる高みを目指して決断した進路がセイコーだった。

2015年に銀座のシンボルでもある和光の時計塔の下で行われたセイコーへの入社会見。その際に山縣は「9秒99を出したい」と今後の目標を高らかに宣言した。当時の本人からすると、その誓いを実現するまでに6年を要すことになるとは思っていなかったかもしれない。

山縣亮太選手 写真

9秒99を出すと高らかに宣言した山縣。時計塔での誓いを6年後に目標を上回るタイムで実現した

セイコー入社後に本格的な9秒台挑戦を始めた山縣。「ロンドンで見せたイメージに、パワーがついた走りを目指す」とウエイトトレーニングを積極的に取り入れた。2016年には10秒0台を連発して記録。周囲に大記録達成を大いに期待させた。そして、リオデジャネイロの地で迎えた2度目の世界の大舞台で山縣は躍動する。

男子100m準決勝で10秒05の自己新を記録して、再び大舞台での強さを証明。さらに、男子4×100mリレーでは、1走のスペシャリストとして10秒2台前半の世界最速ラップで走って日本の銀メダル獲得の原動力になった。

名実ともに日本のトップスプリンターとして、その実力を証明し続けた山縣。2018年も8月のアジア大会の男子100m決勝で10秒00を出して3位と、入社時の誓いである9秒台突入へのカウントダウンに差しかかっているようにも思えた。しかし、山縣はその後に苦難の日々を迎えることになる。

ケガや病気に苦しんだ2019~20年の2年間

山縣亮太選手 写真

ライバルたちとのハイレベルな戦いを制した山縣は、あらためて勝負強さをレースで示した                   

写真 フォート・キシモト

2019年は前年のアジア大会を9秒92で制した蘇炳添(中国)の身体を見た山縣は、トップスピードの改革に着手。ウエイトトレーニングでより重い重量に挑み、パワーアップを目指した。そして、ウエイトトレーニングの成果を走りにすり合わせようとしたが、背中痛が発生。さらに6月下旬には肺気胸を発症したことで日本選手権を欠場した。

再起を誓い、自分の身体や走り方を見直そうとアメリカで合宿を始めた11月には右足首靭帯を断裂。全治3か月と診断された。それでも5か月間の合宿を続行した山縣は、「走るモチベーションを再確認した」とその成果を語っている。

そうして迎えた2020年は、新型コロナウイルス感染症の影響もあり、自国開催の世界の大舞台も1年延期となった。延期をプラスに考えるなど精神的な成長を見せた山縣だったが、苦難がまたもや降りかかる。右膝痛に見舞われ、唯一走った8月23日のセイコーゴールデングランプリは10秒42で予選敗退。日本選手権も2年連続欠場とどん底の時期を過ごした。

山縣亮太選手 写真

ライバルたちとのハイレベルな戦いを制した山縣は、あらためて勝負強さをレースで示した                   

写真 フォート・キシモト

これまでもさまざまなケガを経験した山縣は、高校時代のトレーナーから言われた「ケガはコーチだ」という信念を大切にしている。「それが身体にとっての1つの道標になっているところはあると思うし、違和感があるのは身体からのサイン。それを見てズレているところを直せばいい。」と考えていた。

しかし、膝痛に関しては違った。
「今までで一番辛かったのは、膝を痛めていた時期かもしれませんね。肉離れなら治るまで待っていればいいけど、膝の場合は治っても同じ動きをしたらまた痛めてしまう……。だからちょっと膝が痛む時は“俺、もう続けられないかも”とか、“9秒台のスピードにこの膝が耐えてくれるかな”と不安になった時期もありました。」

逆境をはねのけてつかんだ日本新記録という栄光

山縣亮太選手 写真

不屈の精神で苦難の日々を乗り越えた山縣に、待っていたのは9秒95の大記録だった          

写真 フォート・キシモト

苦難の2年間を過ごした山縣が復活を期する2021年に取り組んだのは、全身の動きの大改革だった。変更点を少しずつレースですり合わせるために、2月末の室内大会から走り始めていた山縣。そして、その積み重ねが4月の織田記念で5分咲きとなり、気象条件に恵まれた布勢スプリントで見事に花開いた。

「9秒台を意識したのは実は中学生の頃なんです。自己記録が11秒4台の頃に、残りの競技人生で1.5秒を縮めてやると思って(笑)。あと0秒4~5まで縮めるのは早かったんですが、それからは山あり谷ありで……。」とここまでの長き道のりを回想。

山縣亮太選手 写真

オンライン会見に登場した山縣。その目線の先には、すでに次なる目標がターゲティングされている

さらに山縣は「10秒00までいってからもケガがあったので、“やっと”という気持ちが強いですね。10秒00の時から考えれば3年間で0秒05縮めただけですが、肉体や技術の変化だけではなく、考え方などの内面的な変化はすごくあったので、本当に感慨深いですね。」と自身の成長ぶりを評価した。

それが単なる9秒台突入ではなく、9秒95の日本記録だったというのは、目前で散々待たされた山縣への“天からのご褒美”なのかもしれない。さまざまな経験や自身の熟成を経ての9秒台だからこそ、偶発的な記録ではなく、再現性が期待できる本物の記録だと言えるだろう。

次のターゲットは、蘇炳添が持つ9秒91のアジア記録となる。その目標を世界の大舞台で達成してくれるのか。快進撃を続ける山縣の視線の先には、明確に次なる目標がはっきりと見えてきたはずだ。

セイコーは記録に挑み続ける山縣選手を応援します

セイコーは0.01秒を争うスポーツのタイム・スコアの正確な計測によって、多くの競技を支えています。
肉体を極限にまで鍛え上げ、自らの限界を超えた領域に挑み続けるアスリートたちの成果を記録として残すことで、スポーツが生み出す「ドラマの証人」となってきました。

スポーツに本気で向き合う人の気持ちに寄り添い、その内面に少しでも触れられる機会を作るためにも、HEART BEAT MAGAZINEではスポーツの魅力やスポーツの持つ力を、余すことなくお伝えします。

セイコーはこれからも世界の大舞台での活躍、さらなる日本記録更新を目指す山縣選手を応援し続けます。

The Story of Seiko Sports Timing (Short version)

プロフィール写真

陸上短距離選手
山縣亮太

長年にわたり日本男子陸上界を牽引してきたトップスプリンター。2021年6月に自己ベスト9秒95で日本新記録を樹立。国内・世界の大舞台で活躍を続けている。幾多の困難から復活してきたその姿から、”ミスター逆境”の異名を持つ。

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