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文 久下真以子
写真 落合直哉

日本のトップスプリンターである山縣亮太にとって、ここ2年は苦難の連続だった。2019年に肺気胸を患い日本選手権を欠場。その後も足首の靭帯断裂や右ひざ痛と度重なるケガに見舞われて2020年シーズンをほぼ棒に振った。

しかし、逆境に立てば立つほど、山縣は力を発揮するタイプだ。2013年の日本選手権の100mでは、肉離れから復活して優勝。2017年の全日本実業団では、足首痛を克服して100m自己ベストの10秒00を記録するなど、これまでセンセーショナルな復活劇をいくつも見せてきた。それだけに4月29日に開催される織田幹雄記念国際陸上競技大会は、山縣の“復活の舞台”になることが期待されている。

「今までプレッシャーがなかったからこそ記録を更新できた部分もありましたが、“今年の山縣は(記録を)出せるのか”という周囲の期待を感じるし、自分でも期待しているんですよ。」と語る“ミスター逆境”にとって、2021年は真価が問われるシーズンとなる。

山縣亮太選手 写真

「攻め」の姿勢を貫いたシーズン序盤戦

山縣の復活ロードとなる2021年シーズンの戦いは、2月28日に幕を開けた。室内で行われた鹿児島でのレースで、10秒39を記録するなど初戦で上々の仕上がりを見せる。

「昨年の8月以来のレースだったので、すごく緊張しましたね。以前はひざに不安を抱えていましたし、何も不安のない状態でスタートラインに立てる喜びを感じました。試合ってこんな緊張感だよなとか、みんな仕上がっているなとか、速そうだなとか感じながら、レースにしっかり臨めました。」と半年ぶりのレースに充実感をにじませた。

そして、屋外初となった第2戦では10秒36とさらにタイムを縮めた。
「初戦より2戦目のタイムが良かったことを、プラスにとらえています。ただ、世界の大舞台に出場するには派遣標準記録である10秒05を切らなきゃいけないんです。そういう意味では、もう少し記録を出しておきたかったという思いもあり、複雑な心境ですね。」

山縣亮太選手 写真

2021年シーズンの初戦で10秒39、第2戦で10秒36と上々のスタートを切った山縣                               

写真:アフロスポーツ

2戦目では、試合に向けた調整方法を変えたという。それが、ピーキング(試合で実力を最大限に持ってくるための調整)だ。
「通常は試合1週間前からは疲労を抜いて、本番はフレッシュな状態で走れるようにするのがセオリーですね。でも僕は、それをいつもより短縮してみたんです。少しでも多くの時間を体作りに割きたかったのと、経験則として1週間なくても回復できると思ったんですよね。」

4年に一度の夢舞台まで4か月前というこの時期。何かを変えることに対して、意外にも怖さはなかった。
「織田記念の1か月前だったし、ここからまた6月の日本選手権まで記録を狙い続けなければいけない。そのためには、攻めることも必要なんです。今回の調整のどこが良くてどこが課題なのか、それをこのタイミングで知れたという意味でも、すごくいい経験になりましたね。」
シーズン序盤戦で攻めの姿勢を貫くことによって、完全復活への足掛かりを何かつかんだのかもしれない。

競技をする意味を再認識した「空白の1年」

2020年は陸上界に限らず、多くのアスリートにとって練習が思うようにできず、大会も中止が続くなど我慢の1年となった。
「他のアスリートもそうだと思いますが、練習がなかなか継続しづらい環境にあるうえに、試合もないとモチベーションもなかなか上がりにくいですよね。ましてや国際大会があるのかどうかも分からない中で、“何で自分は今日練習するんだろう”、“何で走るんだろう”という、自分と向き合う時間が長かった1年でしたね。」

自分と向き合うことで、新たに再認識できた答えがあったという。
「“好きだからやる”という根本や、探求することの楽しさに改めて気づけたんですよね。もちろん結果は大事です。でもそれだけだとなんか味気なくて。”陸上って奥が深くて、知れば知るほど楽しいよね”という気持ちに改めて気づけましたね。なかなか結果が出なくて苦しい時期でもあったんですけど、“陸上が大好き” という気持ちを再確認できました。」

山縣亮太選手 写真

そうした自己分析や試行錯誤こそが、山縣にとっての陸上の醍醐味だ。
「陸上の楽しさって、レースでいい記録が出たときはもちろんですけど、その裏側にある試行錯誤にもあると思うんですよ。なんでケガしたんだろう、ケガをしないようにするためにはどういう筋トレがいいんだろう、体の使い方をどう変えればいいんだろうと考える過程がものすごく面白いんですよね。僕は釣りが趣味ですが、少し似ている部分がありますね。釣れなくても海を見ながらぼーっとする時間そのものが楽しい。でも釣れたときは最高に楽しい。そんな感じなんです(笑)。」

山縣亮太選手 写真

4×100mRでは世界2位に輝いた日本だが、“日本人は個人でも速い”と印象付ける結果を残したいところだ                            

写真:アフロスポーツ

そんな理論派の山縣が現在、見直しているのが足の回転数だ。10秒00の自己ベストの走りと比べると、今はまだピッチが足りていない。これをベストの状態に近づけることができれば、派遣標準記録に届くと考えている。

0.01秒の違いは、距離にすると10センチほど。このわずかな世界の戦いに、陸上選手たちは挑み続けている。期待されるのは、ミスター逆境・山縣亮太の復活。そして、夢の9秒台だ。

「前回の世界の大舞台では、4×100mRで銀メダルを獲得し、世界2位に輝きました。でも”一人ひとりは速くないけれど、力を合わせたら速いよね”という見られ方をしているのを肌で感じたんですよね。だから、今年の世界の大舞台では“日本人は個人でも速い”とイメージを根本的に変えるきっかけになったらいいなと思いますね。」

織田記念で期待がかかる「10秒05」の記録突破

3年ぶりとなる織田記念の舞台は、地元・広島。山縣にとっては何度も制している相性がいい大会だ。
「3年前もそうだし、2012年、2016年にも優勝しているんです。自己記録も結構出しているので、今回もプラスのイメージを持って臨めそうですね。通い慣れたトラックでどこに何があるかも頭に入っています。どこでウォーミングアップしようかとか、雨降ったらどこに行こうかとか、人が多かったらどこに逃げようかというのも全部イメージできていますよ(笑)。」

山縣亮太選手 写真

ライバルたちを破り、何度も優勝を果たしている織田記念は山縣にとって相性がいい大会でもある                            

写真:フォトキシ

国際大会 への派遣標準記録は10秒05。織田記念で突破できるかどうかが、最大の見どころだ。
「“10秒05”は6月の日本選手権も含めてどこかで切っておかないと、日本代表には選ばれない状況だと思います。織田記念は今シーズンを占う重要な大会で、世界と戦うためにも目標をクリアしたいですね。今向き合っている課題が全部ハマれば、必ず狙える記録だと信じています。」

織田記念では、自身の所属先であるセイコーがオフィシャルタイマーを務める。応援を背に、10秒05を切ったタイムが表示される……そんな光景を浮かべ、チームセイコーの一員として大会に臨む。

山縣亮太選手 写真

山縣亮太着用時計 セイコー プロスペックス SBDC101                       

「いつも合宿や練習環境など何から何までサポートしていただいているので、そろそろ結果を出したいですね。オフィシャルタイマーでいい結果を掲示できるように走れたらと思います。いい結果が出れば、おのずといい方向に進んでいくはずです。織田記念をはずみにして、その後は自己ベストを狙います。」

織田記念をマイルストーンにした、山縣の2021年シーズンの復活劇のシナリオは、まだ序章に過ぎない。

代表選考のカギを握る織田記念陸上に注目

4月29日に開催される「第55回織田幹雄記念国際陸上競技大会」は、セイコーがオフィシャルタイマーとして大会を支えます。
セイコー社員アスリートからは山縣亮太選手、福島千里選手の2名が熱い戦いに挑みます。
織田記念は4年に一度の夢舞台の代表選考にもつながる大事な大会。
選手たちが苦しい時期も積み重ねてきた努力が花開くのか、目が離せないレースとなりそうです。

セイコーは0.01秒を争うスポーツのタイム・スコアの正確な計測によって、多くの競技を支えています。
肉体を極限にまで鍛え上げ、自らの限界を超えた領域に挑み続けるアスリートたちの成果を記録として残すことで、スポーツが生み出す「ドラマの証人」となってきました。

スポーツに本気で向き合う人の気持ちに寄り添い、その内面に少しでも触れられる機会を作るためにも、HEART BEAT MAGAZINEではスポーツの魅力やスポーツの持つ力を、余すことなくお伝えします。

山縣亮太 写真

RYOTA YAMAGATA

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プロフィール写真

陸上短距離選手
山縣亮太

長年にわたり日本男子陸上界を牽引してきたトップスプリンター。2021年6月に自己ベスト9秒95で日本新記録を樹立。国内・世界の大舞台で活躍を続けている。幾多の困難から復活してきたその姿から、”ミスター逆境”の異名を持つ。

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