text by Naotoshi Tamaru
photo by Naotoshi Tamaru/Wataru Setagawa/Mai Motoni
プロスポーツの世界では専任コーチをつけるアスリートも珍しくない。しかし陸上・山縣亮太選手は一人でトレーニングを続けている。熾烈な競争の裏側にあるトレーニングへのこだわりや考え方、コーチが不在の理由を伺った。
IMGアカデミーとは?
1978年にテニスアカデミーとしてスタート。現在はテニスのほかゴルフや野球、そして陸上競技など8種目を展開するスポーツ教育機関。長期留学生として中高生が在籍するほか、フィジカルやメンタルなども含めた総合的なトレーニング施設としてプロやオリンピック選手、大学生などトップアスリートも世界中から練習に訪れている。
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「“自分の感覚”を大事に」山縣亮太がコーチなしで練習する理由

今回のフロリダ合宿で他と比べて違ったことは何でしたか?
「IMGアカデミーに関して言えることは、競技に集中できる環境が整っていることが大きいですね。もちろん工夫すればどこでもトレーニングはできます。たとえばグアムだったらトラックはないけどなんとかなる。でも、トレーナーがいて、食堂もあって、アスリート向けの設備が一箇所にあることで、集中はとてもしやすくなります」
山縣さんは、基本一人でトレーニングされますよね?
「はい」
個人競技とはいえ、例えばチームに所属したり、陸上の専任コーチをつけたりする選手もいます。そうしないのは性格なのか、理想に辿り着くために選んだやり方なのか……。
「どちらが近道なのか、はっきり分かりません。ただ、“自分の感覚”を大事にしています。身体に対する感じ方を自分でマネジメントしたい、というか。走る時、結局は一人です。常に横にコーチがいるわけでもない。どのような時にパフォーマンスが良いのか、悪いのか。それを理解していれば、予測できない事態になっても自分でコントロールして、常に高いレベルでパフォーマンスができると考えています」
関わる他者が増えることで、不確定要素が増えてしまう?
「そうですね。コーチがいたとして、言われた内容を盲目的に信じないといけない部分はあると思うんですね。どれだけ説明を受けても、やはり他人のことを完全に理解することは難しい。コーチングがうまくハマればいいけど、ダメだった場合は理解できていない分、修正も難しくなる。それが、ある種のリスクだと思うんです」

なるほど。今回の合宿で印象的だったのは、練習を見せてもらう時に「見ても面白くない」と言っていたことです。確かにパッと見はシンプルな練習ですけど、身体のパーツを一つ一つ確認している様子が伝わってきました。
「部分的にはとてもこだわるけど、そこまでこだわっていないところもありますよ(笑)」
そうなんですね(笑)。でも、たとえばウォームアップで一歩一歩、接地を確認している作業は、身体と細かく向き合っているように感じました。
「地面を捕まえるときの、感覚を大事にしています。その日の練習でうまくできるかどうかは、トレーニングに対する意識も大事ですし、前日に何をして、疲労がどの程度あるのかに関わってきます。確認するのは、走る技術だけでなく、疲労度を知るためにも必要なんです。映像でフォームを見て良かったとしても、感覚として違うこともあるので、しっかり確認しています」
それだと、コーチが見ても分からない?
「おそらく、目の肥えたコーチならわかる人もいるんじゃないですかね」
そういう人に“出会いたい”という気持ちはある?
「あります」
でも、探さない?
「海外のコーチなら、やっぱり英語が壁にはなるので、内容は理解してもお互いが持っているニュアンスを差がないように伝えられるかは難しいでしょうね。日本語だとしても人によって使う言葉も違いますし、捉え方も変わります。でも、コーチに教えを請いたい気持ちもありますよ。僕が持っているよりも、経験や知識量が違うでしょうから」
それでも今のスタイルを取っているのは?
「今は“もっとこうしてみよう” “こんな意識で取り組んでみよう”と新しいアイデアがたくさん湧いています。フロリダに来る前に沖縄で練習をしたんですが、実は調子が悪かった。それを打開するために、たとえば論文をいくつか読んだりして、自分が今まで目を向けてこなかった筋肉に関する知識を得たり、新しく気づくこともたくさんあったりします」

今、一番足りないと感じているのは何ですか?
「“体作り”です。トレーニングメニューをこなせばいいのではなく、筋トレでも走りでも、どういう意識でやるか。2015年から本格的にやってきていますけど、毎年、新しい発見があります。今意識している走りのポイントも最近のことで、数年前は特に気にしていませんでした。とにかく知識量がまだまだ足りていないと感じています」
目指しているのは、どこなのでしょう?
「“記録”ですかね」
記録云々よりも“走る身体の喜び”みたいなものはあるのですか?
「記録が出ても、走りに違和感があると確かに嬉しくないですね。悪い走りをして、公認ギリギリの追い風で、たとえ9秒9台でも……あ、それは嬉しいか(笑)」
(笑)。
「でも、走った感覚が悪い時は、必ず記録も良くはなりません」
感覚と記録にギャップがないのですね。
「はい。ギャップは少なくありたい、と思っています」
IMGアカデミーならではのトップアスリートとの交流

今回の合宿ではテニスの錦織圭選手とも交流していましたね。
「釣りに行ったり、車に乗せてもらって一緒に買い物したり。ランチを食べて、ゲームセンターでビリヤードもしましたね」
盛りだくさんですね(笑)。
「錦織さんの性格のおかげか、フロリダにいる人のマインドなのか、リラックスできたというか純粋に楽しかったです」
普段お話するとき錦織選手からは何と呼ばれていますか?
「“ガッちゃん”ですね。“山ちゃん”“山P”どれがいいかな、とか、どうでもいい感じというか、僕のあだ名を考えるときも軽いノリで盛り上がれたのが楽しかったです」
山縣亮太の今後の展望
充実した合宿のようでしたが、最後にフロリダでの大会(ノースフロリダ大で行われた「Spring Break Invitational」)に臨みました。記録は10秒18(+2.1)。ダントツの一位でしたが、満足されていないように見えます。
「比較するなら、昨年の同じ時期に出たオーストラリアでの試合だと思うんです。大きく違ったのは、まず体重が1キロ増えていること。それをどう捉えるか。パワーはついたし、技術的にも昨年の春と夏以降では走りは違います。今年の方が“良い走り”だったと思う一方で、体がもう一つ言うことを聞いてくれなかったのは、あるポイントだけを気にし過ぎたのか。より複雑な筋肉が必要で、バランスがとれていなかったのか、など考えているところです」
シーズン初戦と考えれば、よいトライアルにはなりましたか?
「正直、もう少しタイムが出ていたら良かったです(苦笑)。確実に成長していることはあるので、足りないものをきちんと見定めることができれば、昨年よりも良い結果が出るシーズンになると思います。ただ、国際大会の前に、日本国内の選考の段階から厳しい戦いにはなります」
見る側からすれば、現在の日本には才能がある選手が多くて、試合が楽しみという気持ちもありますが、選手本人にとってはなかなか厳しい環境ですね。
「ライバルがいるから自分のモチベーションになるところもあるし、大いに刺激をもらいながら頑張ろうと思います」

RYOTA YAMAGATA
山縣亮太 選手の記事

陸上短距離選手
山縣亮太
長年にわたり日本男子陸上界を牽引してきたトップスプリンター。2021年6月に自己ベスト9秒95で日本新記録を樹立。国内・世界の大舞台で活躍を続けている。幾多の困難から復活してきたその姿から、”ミスター逆境”の異名を持つ。