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文 村上アンリ
写真 近藤 篤

セイコーがオフィシャルタイマーである2019世界柔道世界選手権東京大会(2019世界柔道)が、8月25日から9月1日まで、9年ぶりに東京で開催される。

今回のHEART BEAT MAGAZINEでは、全日本柔道連盟 全日本男子監督の井上康生氏に、この2019世界柔道への抱負と意気込みを聞くとともに、武道である「柔道」と、世界で進化したスポーツ「JUDO」について、また、監督、指導者として心がけていることについて伺った。
(本記事は、2019年7月時点の内容となります。)

指導中の井上康生 写真

国際柔道連盟(IJF)が主催する世界柔道選手権大会(通称“世界柔道”)は文字通り、柔道の世界一を決定する大会。井上監督自身も1999年(バーミンガム世界柔道選手権大会)、2001年(ミュンヘン世界柔道選手権大会)、2003年(大阪世界柔道選手権大会)で優勝している。

世界柔道選手権大会への抱負

今年の8月には 未来に向けて重要な意味を持つ世界柔道選手権大会が東京で開催されます。まず最初に、日本チームを率いる井上監督の抱負、意気込みなどを聞かせていただけますか?

今現在の日本柔道界において、ストロングカテゴリーは軽量級から中量級です。この階級はここ数年相当高い確率でメダルを獲得してきています。特に73キロ級以下で参加する5名の選手たち、ここでどれだけのパフォーマンスを見せられるかに注目ですね。

つまり大会前半の部分ですね。

これはどの大会にも言えるのですが、いいスタート、いい風を起こすと、その風に乗って続く選手も良い結果を出すことが多いんです。もちろん重いクラスにおける日本柔道界の復権もみなさん期待されていると思うので、そこのところも当然しっかりと強化しています。

指導中の井上康生 写真

世界柔道は9年ぶりに東京(8月25日〜9月1日)で開催される。舞台は聖地・日本武道館。男女各7階級の個人戦と男女混合団体戦が行われる。

来年は、やはり強く意識されていますか?

私自身は50年に一度、100年に一度の大イベントだと認識しております。気持ちの高ぶらない人間はいないのではないでしょうか(笑)。そこで戦えることに、誇り、あるいは喜びを強く感じます。しかし同時に、そう簡単にはいかない世界であることも十分理解しているつもりです。非常にやりがいのある、生きがいのある毎日を過ごさせてもらいつつ、反面、不安や恐怖、そういうものと闘いながらの日々でもあります。

指導中の井上康生 写真

井上監督のような方でも、不安や恐怖というものを感じたりするのですか?

もちろんです。たとえ全く何も考えていないような人間でも、そういう感情は絶対にあると思いますよ(笑)。4年に一度、しかも世界の舞台で勝つことで今後の人生は間違いなく大きく変わっていくことがわかっている。舞台が大きくなればなるほど、思いが強くなればなるほど、監督も選手たちも当然不安になり、怖くなります。当然そこから受けるプレッシャーも大きくなっていきます。

そういった感情に、監督ご自身はどのように対処されているのでしょうか?

これはもう、受け入れるしかないんです。とにかく、そんなものだと覚悟を持って受け入れる。そこから始まると思います。逃げたければ代表を降りればいいし、監督の座を辞退すればいいだけですから。私の場合、前回大会までの4年間でものすごい怖さを味わいましたが、また今回も監督の仕事を引き受けました。そして引き受けた以上は、全身全霊を込めてやるだけです。

「競技である以上、柔道はスポーツである」

指導中の井上康生 写真

井上監督は日本代表が惨敗した後、今の座に就任されました。そして4年後には金メダル2つを含む全階級でメダル獲得という素晴らしい結果を残されています。根性論を排除した、科学的なトレーニングに取り組むようになった、選手へのアプローチが変わった、そういったお話をよく伺いますが、実際のところその4年足らずの間に何が変わったのでしょうか?

私は根性論をすべて廃止したことなど一度もありません。気持ちも、根性も、精神も、これらが強くなければ、あの厳しく辛い世界では到底勝ち抜いていけません。孤独に耐えうるためには、内面の強さは当然求められます。そういうものがなければ、代表として戦っていくことは無理ですから。

確かにその通りですね。

日本柔道が本当のどん底というものを味わった事がその後の成功の大きな理由だと思います。そこから、私も含め、指導者、選手、あるいはそれを取り巻く企業、大学……本当にすべての人が、このままでは日本柔道が終わってしまう、みんなで協力し合ってもう一度立て直さなければならない、と真剣に考え始めたから、好結果につながったのだと思います。

指導中の井上康生 写真

やはり漢字で書く柔道と、アルファベットで書くJUDO、ロンドンの時まではこの2つの柔道の違いに対する認識不足というのがあったのでしょうか?

日本における柔道というものの在り方、それに固執し過ぎてしまっていた部分はあると思います。世界の動き、世界のJUDOをあまり見ず、我々の柔道を追求し過ぎたために、ああいう結果になったのかもしれません。例えば、技一つとっても、外国人選手の繰り出す見慣れない技は、ロシアのサンボだとか、ジョージアのチダオバ、あるいはモンゴルのモンゴル相撲をルーツにしていたりするわけです。そういう流れの中で、我々の柔道はこうなんだ、これを極めていけば勝てるんだ、という意識に落とし穴があったのかもしれません。

井上康生 写真

柔道という競技は、我々日本人にとってはある意味で未だ武道の一つ、という感覚があると思います。一方で海外では、一つのスポーツとして捉えている人が圧倒的に多い。この差も、日本柔道にとっては不利に働いているのでしょうか?

いえ、それはないと思います。ただ、競技である以上、柔道はスポーツである、という観念、観点を持っていなければ対応していけないですよね。やはりバランスよく柔道に接することが大事だと思います。武道的なもの、スポーツ的なもの、そのどちらが欠けても長期的な視野に立つと、日本柔道にとってはマイナスの要素になりますからね。

井上康生 写真

監督は現役時代から、世界の潮流に自分を柔軟に合わせていける、フレキシブルなメンタリティを持った若者だったのですか?

私自身そういうところはあったかもしれませんが、東海大学の柔道部自体がそうでした。お世話になった山下泰裕先生、あるいは山下先生が柔道を教わった佐藤宣践先生、みなさんいい意味で保守的であると同時に、新しいものにチャレンジしながら自分たちを高めていこうよ、という指導方針、哲学を持った方々でした。高校の時、当時はまだ導入されていなかったブルーの柔道着を着させてもらったりしましたから。

井上康生 写真

どんな感覚でその見慣れない柔道着に腕を通しましたか?

当時は今よりももっと水色に近いカラーだったのですが、最初は少し恥ずかしかったりもしました。でも同時に、自分は最先端を行っているんだという誇らしさ、喜びもありました。これからの柔道は変わっていくんだぞ、世界を常に見ておけよ! という指導の一つだったのだと思います。私の指導者としての考え方は、この東海大学から学ばせてもらったことが本当に数多くあります。

井上康生が監督、指導者として心がけること

井上康生 写真

監督、指導者として常に心がけていることはあるのでしょうか?

そうですね、まず第一に、常に健康で元気でいることです。私自身が潰れてしまってはどうしようもない。ですから、食事、睡眠、運動は強く意識しています。内面的な部分の話では、まずは“熱意”です。毎日、現場でどれだけの熱意を持って指導にあたれるか。それもほどほどの熱意ではなく、圧倒的な熱意で、どれだけ真剣に、死に物狂いですべてをかけられるか、ですね。二番目は、“創意”です。考えに考えて物事をやっていく。柔道も人生も単純なものではないので、常に学び続けることが大事です。そして最後に、“誠意”です。いかにたくさんの方々の協力を得ながら、この柔道界を良くして行けるのか。私の基本となっているのは、この3つの言葉ですね。この三意を忘れることなく、選手とともにより成長していければと願っています。

2019世界柔道、そしてその先の舞台での素晴らしい結果を楽しみにしております。

ありがとうございます。残された時間の中、1秒たりとも無駄にすることなく、精一杯頑張ります。

2019世界柔道世界選手権東京大会

場所

日本武道館

日程

2019年8月25日(日)〜9月1日(日)

個人戦
8月25日(日)  
男子60kg級 / 女子48kg級
8月26日(月)  
男子66kg級 / 女子52kg級
8月27日(火)  
男子73kg級 / 女子57kg級
8月28日(水)  
男子81kg級 / 女子63kg級
8月29日(木)  
男子90kg級 / 女子70kg級
8月30日(金)  
男子100kg級 / 女子78kg級
8月31日(土)  
男子100kg超級 / 女子78kg超級

団体戦
9月1日(日)  
男女混合団体戦

公式サイト

代表選手23名のプロフィールや大会への意気込みを公開

https://tokyojudo2019.jp

※別ウィンドウで2019世界柔道選手権東京大会サイトへリンクします。

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