文 寺沢薫
サッカーの試合で最も緊張感が高まる場面のひとつが、PK戦です。選手たちが懸命に走り、体をぶつけて競り合い、全身全霊を傾けて戦った末、最後の決着はわずか10.97メートル(ペナルティスポットからゴールまでの距離)からの1本のキックに託されます。キッカーに与えられる時間はほんの数秒。しかしその数秒は、選手にとっても観客にとっても、実際の時間以上に長く感じられるものです。
一瞬で決まる、勝者と敗者――。本記事では、そんな極限のプレッシャーの中で行われるPK戦について解説します。国際主要大会におけるPK戦の基本ルールや実際にどれくらい時間がかかるのか、そしてサッカー史上最も長く続いたPK戦について知ることで、サッカー観戦をより一層楽しめるでしょう。
押さえておきたい、国際主要大会でのPK戦の基本ルール
はじめに押さえておきたいのは、「試合中のPK」と「PK戦」の意味合いが異なる点です。
試合中のPKとは、ペナルティーエリア内で守備側の反則があった場合に与えられるペナルティーキックのこと。キッカーは、ゴールから12ヤード(10.97メートル)離れたペナルティースポット(※1)にボールを置き、ゴールキーパーと1対1でシュートを行います。
一方、PK戦は引き分けがないトーナメント方式の大会などで、勝敗を決めるために行われます。2026年6月に開幕する国際サッカー連盟(FIFA)主催の主要国際大会でも、決勝トーナメント以降の試合で延長戦終了時に同点だった場合は、PK戦によって勝敗が決まります。
PK戦では、まず両チームが5人ずつキッカーを選び、交互にキックを行います。5本ずつキックを終えた時点で得点数の多いチームが勝者となります。ただし、途中で一方のチームが残りの本数で追いつけない差をつけた場合は、その時点で試合終了となります。
では、5人ずつ蹴って同点だった場合はどうなるのでしょうか。
その後は、両チームが1人ずつ追加でキックを行い、同じ本数を蹴り終えた時点でいずれかのチームの得点が上回ったら試合はそこで決着します。例えば、6人目に先攻チームがゴールネットを揺らし、後攻チームがシュートをゴールキーパー(GK)に止められたら、そこでPK戦は終了。7人目が蹴ることはありません。
PK戦のキッカーは、120分間(延長戦を含む)の試合終了時にピッチに残っている選手の中から選ばなければなりません。また、一度蹴った選手は、GKを含む両チームの全選手が蹴り終わるまで2本目のキックを行うことはできません。つまり、両チーム22人(11人+11人)の選手たちが蹴り終えてもまだ決着がつかなかった場合は「2巡目」に突入。どちらかが成功し、かつどちらかが失敗するまでキックを繰り返すことになります。
ルール上、PK戦に制限時間はありません。1本ごとのキックにかかる時間はわずか数秒ですが、選手やサポーターたちが感じる極限の緊張感は、勝敗が決まるその瞬間までずっと続いていくことになるのです。
(※1)ペナルティースポット:PKを蹴る際にボールを設置する場所
意外に短い?それとも長い?PK戦が決着するまでにかかる時間
PK戦は、両チームが5人ずつ蹴り終えるまでに決着するケースが多く、所要時間はおよそ7〜10分程度です。キッカーがセンターサークル(※2)からペナルティースポットへ移動し、ボールをセットした後、レフェリーの笛を合図にキックを行います。その後、レフェリーが結果を記録し、次のキッカーが準備を始めるまでを含めると、1本あたり約40〜60秒かかるため、全体では7〜10分程度が目安となります。
もちろん、これはあくまでも目安です。一方のチームの失敗が続いて早い段階で決着することもあれば、前述したとおり5人目までで決着せず、6人目、7人目、8人目……と続いていくことも珍しくありません。
たとえば、FIFA主催の主要国際大会の本大会におけるPK戦の最長記録は、両チーム合わせて12本(各チーム6人ずつ)です。1982年大会の西ドイツ(当時)対フランス、1994年大会のスウェーデン対ルーマニアの2試合で生まれたこの数字が大会記録となっており、どちらもやはり10分以内で決着しています。
「なんだ、最長記録と言ってもたった10分か」と感じるかもしれませんが、この10分はただの10分ではありません。選手たちは120分間にわたる激闘を戦い抜いた後、自国のサポーターの期待を背負いながらPKスポットに立ちます。「失敗すれば敗退につながるかもしれない」という極限のプレッシャーの中で迎える数秒間は、実際の時間以上に長く感じられることでしょう。 だからこそPK戦は、サッカーの中でも特に大きな緊張感とドラマを生み出す場面として、多くの人々の記憶に残るのです。
(※2)センターサークル:コートの中央に描かれた円
「史上最長」の試合はPK戦だけで約45分の大熱戦?
では、サッカー史上最も長く続いたPK戦は、どういう試合で生まれたのでしょうか。ギネス世界記録の公式サイトによると、PK戦の最長記録として掲載されているのは、2005年にナミビアで行われた国内カップ戦の「48本(17対16で決着)」です。
しかし、もう少し範囲を広げて各国の報道から確認できる最長記録を探してみると、2024年に行われたイスラエル3部リーグの昇格プレーオフの試合で「56本(23対22で決着)」という記録が残っています。
この試合は延長戦を終えて2対2の同点。勝敗はPK戦に委ねられましたが、両チームが28本ずつキックを行う展開になるとは、誰も予想していなかったでしょう。フィールドにいた22人(各チーム11人)の選手全員が2回目のキックを行い、そこからさらに12人の選手(各チーム6人ずつ)が3回目のキックを蹴った計算になります。
PK戦だけでおよそ45分、試合全体では3時間超の大熱戦だったと報じられており、普通なら5人ずつ、合計10本前後で決着することが多い中、この試合で記録された56本という数字は異例です。選手たちはもちろん、見守る観客にとっても、緊張と興奮が長く続く忘れられない一戦だったことでしょう。
これほど長いPK戦は滅多にありませんが、PK戦は自分が蹴る瞬間だけでなく、順番を待つ時間、仲間たちのキックを見守る時間もまたゲームの一部で、緊張感を抱えたまま過ごすものです。そう考えると、PK戦は一瞬の勝負であると同時に、精神力が試される持久戦の側面も持っていることがわかります。「PKは運」とも言われますが、問われるのは運の強さやキックの技術だけではありません。極度の緊張状態の中でも集中力と平常心を保ち、練習で培った力を発揮できるかどうかが、結果を左右する重要な要素なのです。
時計で測れば、1本のキックはほんの数秒。PK戦自体も長くても10分程度で決着することがほとんどです。しかしその短い時間の中には、選手たちが日々積み重ねてきた技術、経験、精神力、集中力が凝縮されています。だからこそ、スタジアムの観衆も、映像で見守るファンも息を呑み、まるで時が止まったかのような緊張感を味わうのでしょう。
サッカージャーナリスト
小澤一郎
1977年、京都府生まれ。大学卒業後、社会人経験を経てスペインに渡り、5年間活動した後に帰国。2024年6月から再びスペインへ移住し、ジャーナリストとしてスペインサッカーを中心にさまざまな情報を発信している。日本とスペインで育成年代の指導経験あり。現在はサッカー関連のイベントや番組への出演を精力的にこなし、U-NEXTではスペインリーグ中継の解説を務める。著書20冊。自身のYouTubeチャンネル「小澤一郎Periodista」はチャンネル登録者数約15万人(2026年5月時点)。