文 大西マリコ
写真 落合直哉
2024年夏、熱気に包まれた国際大会で、女子48kg級の王者として金メダルを手にした角田夏実が、今年1月末に現役を退いた。約25年間にわたる長き柔道人生に区切りをつけた彼女が今、見据えるもの――。それは、「柔道界の裾野を広げる」という新たなミッションだ。
今年4月、女子柔道の日本一を決める皇后盃の前日に、セイコーの次世代育成活動「時育®」の一環として「わくわくスポーツ教室」で小学生を指導する機会もあった。そんなセカンドキャリアの入り口に立った角田に、金メダリストとしてではなく「柔道を愛するひとりの人間」としての現在地と、今思い描く「これから」を聞いてみた。
やりたいことがなければ、引退は決断できなかった
「たくさんの人に助けてもらって今がある。だから自分も人のためにできることをしたい」という思いが強い
写真 落合直哉
角田夏実にとって最後の試合となったのは、2025年4月の第40回皇后盃全日本女子柔道選手権大会。柔道家であれば、誰もが憧れる舞台だ。そこからおよそ9ヶ月をかけて少しずつ視野を変え、生活を変え、次のステージへ向けた助走期間を過ごしてきた。
「本当に引退するかどうか、ずいぶん悩みました。でも、引退会見の時にはすっきりしていて。次にやりたいことが明確にあったから、決断に踏み出せたんだと思います」
柔道歴25年。人生のほとんどを畳の上で過ごしてきた角田にとって、引退は簡単な決断ではなかった。引退会見の翌日には、「これからは柔道のトレーニングで強くなることが自分の最優先事項ではなくなるんだ」という不思議な感覚に包まれたという。それでも、試合を見ればワクワクするし、「楽しそうだな」と思う自分がいる。柔道への愛着は、畳を降りたくらいで消えるものではないのだ。
引退を境に、時間の使い方は大きく変わった。トレーニング最優先だった日々から、柔道教室や普及活動、講演会の準備が生活の中心に。
「現役時代は周囲に柔道という『共通言語』が通じる方ばかりでしたが、引退してからは全く異なる環境で育ってきた方々と話す機会が増えました。これまで柔道しかしてこなかったので、今は『自分の想いを言葉で伝えること』の難しさを痛感しています。いくら伝えたくても、みなさんを投げるわけにはいかないですから(笑)。今は体を動かすより、教室や講演会などの準備をしっかりやることに時間を使いたい。そのために限られた時間、限られた一日をどう使うかという意識を強く持つようになりました」
海外の道場で見えた、柔道の「もうひとつの姿」
海外の道場では、日本に対するリスペクトが強く感じられるという
写真 落合直哉
引退後、角田が精力的にこなしている取り組みのひとつに、海外の道場訪問がある。アメリカ、スペイン、サウジアラビア――。行く先々で目にしたのは、日本とはまったく異なる柔道との向き合い方だったと角田は話す。
「海外では日本と違って、大人が白帯(段位を持たない人が締める帯)で柔道を始めるのが当たり前。しかも、黒帯までの間に実力などに応じた色帯がいくつかあり、レベルを上げていくプロセスをみんなが楽しんでいます。一般のフィットネスジムの中に道場があったりして、柔道が『普通のスポーツのひとつ』として自然に存在しているんですよね。日本だと少し敷居が高いイメージがありますが、海外ではまったく違うんです」
一方で、日本文化へのリスペクトもしっかりと根付いている。海外の道場に足を踏み入れると、子どもも大人も日本語で挨拶してくれるのだという。
「柔道を日本の素晴らしい文化だと言ってくれたり、『日本に行きたい』『日本で柔道を習いたい』と話してくれたりする方が多くて。現役時代は会場内で、選手同士で関わるだけというケースがほとんどだったので、知らないことがたくさんありました。でも、引退してからは街の道場で一緒に汗を流す親子、柔術や他のスポーツと掛け持ちしながら柔道を楽しむ人たち、強化選手ではない立場で柔道に向き合う人々の存在に触れる機会が増え、柔道を通じた国際交流の輪が大きく広がったと思います」
「日本では柔道人口が少しずつ減っている一方で、海外では逆に増えている国が結構ある。それってなぜだろうという素朴な疑問から、海外の道場を見に行くようになりました。日本の子どもたちが道場に足を運びやすくなるヒントがないか勉強しに行くのは楽しいですね」
「0を1にしたい」。道場を公園のような場所に
「指導者になるアスリートのほうが多そうだけど、私はトップ向きの指導者ではない」と話す角田
写真 落合直哉
角田が引退後のビジョンとして最も力を込めて語るのが、自身の道場を開くという夢だ。ただしそれは、強い選手を育てるための「強化拠点」ではない。
「私がやりたいのは、強化よりも裾野を広げること。つまり、0を1にしたいんです。柔道を知らない子たちが興味を持ってくれるきっかけを作りたい。それが結果的に競技人口の増加につながり、トップの強化にも波及すると思っています。理想の道場像は、公園みたいな場所。親子で遊びに来てもらえるようなアットホームな空間で、『遊びに行ってくるね』くらいの感覚で足を運べる場所にしたいです」
柔道衣がなくても参加できる日を設けるなど、「道場で柔道をしなければならない」という固定観念を壊すことも考えているという。その根底にあるのは、自身の原体験だ。小学生の頃に通っていたのはいわゆる強豪道場ではなく、みんなでワイワイ楽しめる道場。試合に負けて行きたくなくなることもあったが、練習前後の鬼ごっこが楽しくて通い続けた。
「練習中は元気がないのに、練習が終わるとまた鬼ごっこをしたりして(笑)。でも、それでもいいのかなと。柔道が嫌だから行きたくない、という場所にはしたくないんです。ずっと柔道を続けなくてもいいし、つらければ辞めてもいい。でも最初に柔道に触れることで、お互いを思いやる感覚が自然と身に付いていきます。投げられたら痛いとか、相手に怪我をさせないように投げなければならないとか。最終的に他のスポーツを選んだとしても、『子どもの頃に柔道をやっていて良かったな』と思ってくれたら、大人になってから試合を見たり、選手を応援したりしてくれるかもしれませんよね」
「金メダリストとして」のその先へ。踏み出した新しい舞台
今年4月の教室では、開会式の入場・整列やセイコー柔道表示盤での対戦表示など、本番さながらの舞台環境のもとで指導を行った
写真 小川和行
今年4月、女子柔道日本一を決める皇后盃が開催される会場で、大会前日に開催された「時育® セイコーわくわくスポーツ教室 柔道編 in皇后盃」。角田はそこで、全国から集まった小学5・6年生を指導した。子どもたちは全員が初対面だったが、一緒に体を動かすうちに自然と打ち解けていったという。
「ゲームの説明をしていたら、子どもたちのほうが先にルールを理解し、動き出していたんです。チームで自然に協力し合っている姿を見て、逆に私が勉強させられました」と話すなど、角田自身にとっても発見の多い時間だった。
教室での指導やYouTubeでの発信など、手がける活動すべてに通底しているのは「柔道の普及」という一本の軸だ。日本代表選手を「かけ離れた存在」ではなく、できるだけ身近に感じてもらうために、角田は球技が苦手な姿や失敗する姿もあえて見せている。
「子どもたちが『あれ面白かったよ』と言ってくれたり、『私も餃子好き!』なんて好きな食べ物が話題のきっかけになったりする。YouTubeなどの取り組みを通して、柔道をやっていない子も興味を持ってくれたらいいなと思っています」
「ただ講演活動は全然慣れなくて、いつもマイクを持つ手が緊張で震えています。それこそ、試合のほうがいいなと思うくらい(笑)。でも今はすごく大事な時期。何年か経つとみんな金メダルのことを忘れてしまいます。だから今のうちに場数を踏んで、金メダリストの肩書きがなくても求められる人になりたい。今は金メダルを見せるだけで盛り上がってもらえますが、それに甘えてはいられないですね」
角田自身は、自分のことを「技術的に何でもできる選手ではなかった」と振り返る。巴投からの関節技という独自の勝ちパターンを見つけ、それを極限まで突き詰めたからこそ大舞台での金メダルに手が届いた。だからこそ、指導の場でも「ひとつの強みを見つけて突き詰めていけばいい」という自身の体験を伝えたいと考えている。
「『背負投を教えてください』と言われて戸惑うこともあります(笑)。教えるのにもまだまだ勉強が必要だと感じていますが、自分から伝えられることもあると思います」
最後に、応援してくれるファンへのメッセージを求めると、角田は自身の歩みを振り返りながらこう語った。
「失敗を恐れずに挑戦してほしいです。私も『自分なんてできない』と思っていた子でした。でも、一歩踏み出してみることで見える世界が変わるんだと実感した。失敗しても、その過程を楽しんでほしいです。やってみて初めてできるかできないかがわかるし、やりたいかやりたくないかも決められるので。私も柔道を広めるためにできることは何でもやっていきたいですし、柔道で鍛えた体があるから他のことにも挑戦できます。まだまだ走り始めたばかりですけど、止まるつもりはありません!」
金メダリストの肩書きに頼ることなく、柔道の魅力を次世代に届けようとしている角田夏実。畳の上で鍛えた「一歩を踏み出す力」は、新しいステージでもまったく色褪せていなかった。
柔道家
角田夏実
1992年、千葉県生まれ。小学2年生から柔道を始め、東京学芸大学時代には2013年の全日本学生体重別・女子52kg級で優勝。3・4年生の時に参加した国体・成年女子の部では千葉県チームの連覇に貢献した。2017年の世界選手権・52kg級で銀メダルを獲得。2018年のグランプリ・ブダペストではオール一本勝ちで頂点に立った。その後48kg級へ転向し、2021年から世界選手権3連覇を達成。2024年のパリ五輪では日本勢第1号となる金メダルを獲得した。得意技は巴投と関節技。2026年1月に記者会見を行い、現役引退を発表している。