文 茂野聡士
9月13日に開幕する「東京2025世界陸上」。驚きの記録を生み出すのは各国から馳せ参じるスーパーアスリートたちです。自らの肉体の限界に挑む彼ら彼女たちが叩き出す驚きの記録に、ワクワクする日々が近づいています。
そんな中、各選手が世界のてっぺんを目指すために欠かせないのが、各競技で使用される「器具」です。110mハードルのハードルが高すぎても低すぎても競技が成り立ちませんし、砲丸投げが野球やテニスの軽いボールだったら、いくらでも飛んでいってしまうでしょう。そう考えると、“ちょうどいい”競技用のグッズやルールを作った先人達には頭が下がる思いです。
では、ハードルや砲丸は、実際にどれくらい高かったり重かったりするのでしょうか。テレビ中継で見ている限りだと、意外と想像しづらいものです。そこで日常で食べたり使ったりするものと比較しながら、イメージを湧かせてみましょう。
女子やり投げ選手はバスケットボールを投げるイメージ

まずは注目の投てき競技である、やり投げの「やり」から見ていきましょう。やりの規格は、実は完全に一定ではなく、男女によって違いがあります。
<やりの規格>
- 男子:全長2.6~2.7m、重量800g以上
- 女子:全長2.2~2.3m、重量600g以上
細長くて日常で使うものといえば、学校や職場でおなじみの筆記用具、鉛筆です。まだ削っていない状態の鉛筆1本の長さは17.2cm以上、重さは3~10gくらい。仮に「17.5cmで10g」だとすると「男子なら長さ15本分、重さ80本分」「女子なら長さ13本分、重さ60本分」くらいになります。鉛筆13~15本を並べて、だいぶ長くしたうえで、500mlのペットボトルより少し重い、それが「やり」になります。
また、女子用のやり(600g)でだいたい同じ重さなのが……バスケットボールです。男子の高校や大学、プロリーグで使用される7号球では、約600gあります。「結構重いかも?」と感じる人も多いと思いますが、世界トップクラスの女子選手たちは、そんなやりを60~70mも先まで投げてしまうのです。
同じ投てき競技で使用する器具も、それぞれ見ていきましょう。
次に砲丸投げとハンマー投げで使用する「砲丸」。実はこの2競技では、同じ重さの砲丸を使用しています。
〈砲丸投げとハンマー投げの「砲丸」の規格〉
- 男子:7.26kg(直径11~13cm)
- 女子:4.00kg(直径9.5cm~11cm)
※ハンマーの全長は、男子117.5~121.5cm、女子116.0~119.5cm
キログラムで表示するだけで、かなり重そうに感じますよね。日常で見かける直径11cmほどのものといえば……スーパーの野菜売り場にある玉ねぎ。玉ねぎ1個の重さは約290gなので、男子の砲丸は玉ねぎ約25個分、女子でも約15個分の重さになります。砲丸投げの世界記録は、男子23.56 m、女子22.63m、ハンマー投げだと男子86.74m、女子82.98mです。玉ねぎ15~25個分の重さをそんなにも遠くへ投げるなんて――まさに驚愕するばかりです。
残り1つの投てき競技は、円盤投げです。
〈円盤投げの「円盤」〉
- 男子:2.00kg(直径約22cm)
- 女子:1.00kg(直径約18cm)
円状型で直径が同じくらいのものは、お皿。一般的なガラス皿は450gくらいなので、それより約2~5枚分くらいの重量になります。直径26.5mm、重さ7gの500円硬貨なら直径はおよそ6.8~8.3倍、重さは142~285個分。それを男子は75m56、女子は76m80の世界記録を残しているのだから恐れ入ります。

400mを全力で走りながらキッチン台の高さを10回ジャンプ

トラックで器具を使う競技といえば、ハードル走です。日本人男子が一気にレベルアップを果たした110mハードルを筆頭に、世界陸上での活躍が期待されていますが、種目と性別によってハードルの高さ、1本ごとの距離が微妙に異なります。
〈男子110mハードル〉
- 高さ:106.7cm
- 距離:スタートから1本目まで=13.72m、2~9本目=9.14m、10本目~ゴール=14.02m
〈女子100mハードル〉
- 高さ:83.8cm
- 距離:スタートから1本目まで=13.0m、2~9本目=8.5m、10本目~ゴール=10.5m
〈400mハードル〉
- 高さ:男子91.4cm、女子76.2cm
- 距離:スタートから1本目まで=45m、2~9本目=35m、10本目~ゴール=40m
けっこう高くて、ハードルごとの距離も長いことに気づかされます。
さて、そのハードルの高さを人間の体と比較してみましょう。
日本人の平均身長は、男性171cm、女性158cm。平均的な股下の長さは、男性で約76.5cm、女性で約71cm。つまり、「よいしょ」とまたげる位置よりも少し高くて、男子110m・女子100mハードルだと自分の“おへそ”を超えるくらいの高さを飛び越えるのです。その上で12秒~13秒台のスピードで走るというのは、鍛え抜かれたアスリートだからこそなせる業といえるでしょう。
400mハードルは日常生活に存在しているものでイメージしてみます。家を見回してみて比較対象となるのが、キッチン台の高さ。適切なキッチン台の高さは「身長÷2+5cm」と言われており、だいたい80~90cmになります。400mを走ったうえで、キッチン台くらいの高さのハードルを10回も飛び越しているとは……。トラック競技の中で最も過酷と言われ、スピードと持久力、ハードリング技術のすべてが求められる種目であることを、あらためて実感させられます。

水濠の最深部はレジャー施設の子供用プールくらい深い

もう1つ、トラック競技で器具があるものと言えば、2025年7月に日本記録が樹立されるなど注目が集まる、3000m障害です。この競技では、走るだけでなく4つの大きな障害と1台の水濠(すいごう)を飛び越えていきます。持久力と適応力の両立が求められるなかで、障害と水濠は以下のようなサイズになっています。
<障害と水濠のサイズ>
- 障害の高さ:男子91.4cm、女子76.2cm
- 水濠:最深部70cm、長さ3.66m
障害については、400mハードルと同じ設定になっています。一方で「えっ、そんなに長くて深いの?」というのが水濠です。
水を溜めて家で使うものを考えてみた時、夏にワチャワチャと遊んだ記憶がある子供用ビニールプールは、どれくらいの大きさなのでしょうか。
調べてみると一般的なサイズは深さ25~50cm、長さ1.5~2mくらい。水濠の最深部である70cmとなると、レジャー施設にある子供用プールの深さくらいあり、大人でも股下あたりまで水に漬かってしまうくらいなのです。そんな深さと長さということもあって、3000m障害の水濠では着地が上手くいかず転倒する選手も出るなど、順位変動が起きやすい難関になっていることは想像に難くありません。

陸上競技の各種目に欠かせない器具のサイズ感を様々な日常生活のものと比べてみると、「えっ、こんなに長かったり重かったりするの?」と新たな気づきがあったことでしょう。そんな器具を投げたり飛び越えたりして、地球ナンバーワンの飛距離やスピードを競い合う「東京2025世界陸上」は、セイコーがオフィシャルタイマーとして支援しています。アスリートが手にする器具の重量や全長、そして生み出される至高の記録……様々な数字に思いを馳せながら、国立競技場で開催される陸上の祭典に注目しましょう。