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【元インターハイ王者・山元隼さん監修】砲丸投のスピードと記録の関係性とは?高さと角度の重要性も紹介 【元インターハイ王者・山元隼さん監修】砲丸投のスピードと記録の関係性とは?高さと角度の重要性も紹介

【元インターハイ王者・山元隼さん監修】砲丸投のスピードと記録の関係性とは?高さと角度の重要性も紹介

文 堀部真由美

陸上競技の中でも大柄な選手が多く、「怪力自慢」が競い合う種目として注目される砲丸投。英語では「Shot Put」と呼ばれるように、砲丸を押し出すようにして遠くに飛ばす独自の投法が特徴です。円盤投げ (Discus Throw)、ハンマー投げ (Hammer Throw)、 やり投げ (Javelin Throw)とは異なり、投てき種目の中で唯一、種目名に「Throw」が含まれないことでも知られています。

このように他の投てき種目とも一線を画す砲丸投で記録を目指すためには、どのような要素が重要なのでしょうか。砲丸投の基本ルールやフォームの特徴に加え、記録を伸ばすために欠かせない力学的な要素についてもご紹介します。記事を参考にしつつ、砲丸を押し出す一瞬に全てを懸ける選手たちの挑戦をより深くお楽しみください。

砲丸の重さは?フォームの特徴は?知っておきたい砲丸投の基本とは

世界陸上などのテレビ中継で砲丸投を見かける機会はあっても、実際に競技経験があったり、詳しいルールを知っていたりする方は少ないのではないでしょうか。観戦をより楽しむためにも、砲丸投の基本的なルールや競技性を押さえておきましょう。

砲丸投の基本ルールをおさらい

砲丸投は、スコットランドの農耕民族が祭りで石を投げて競い合ったことが起源とされています。その後、鉄球を使う現在の形式へと発展し、陸上競技の正式種目として定着しました。

砲丸の重さは、男子が7.26kg(16ポンド)以上、女子が4kg以上と定められており、投てきに使用するサークルの直径は7フィート(2m13.5cm)です。試技の際、投てき後にサークルの前半分から体が出てしまった場合や、34.92度の扇形エリア(セクター)外に砲丸が着地した場合、その試技は無効(ファウル)となります。

また、投げ方にも厳密なルールがあり、投げる直前まで砲丸を首から離してはいけないと規定されており、野球のようなオーバーハンドスローやサイドスローは禁止されています。親指は軽く添える程度にし、中指の付け根に砲丸を乗せ、人差し指・中指・薬指の3本で押し出すのが基本的な投法です。ただし、砲丸の握り方は人それぞれであり、小指も使った4本の指で砲丸を押し出す選手もいます。

砲丸投の投げ方

セイコーの砲丸投距離計測システム(SHOT PUT VDM)

世界陸上のオフィシャルタイマーを務めるセイコーでは、砲丸投においても専門機材での計測を行っています。それが「砲丸投距離計測システム(SHOT PUT VDM/Shot Put Video Distance Measurement system)」です。放たれた砲丸が落下する瞬間を2台の高解像度カメラで撮影し、オペレーターがモニター上で2つの画像の落下点を特定して三次元上の座標から正確な距離を計測します。記録が映像として残ることで透明性が確保されるため、公平な計測が可能となります。

砲丸投選手のフォームや筋力の特徴とは

男子の砲丸の重さは、ボウリングのもっとも重い球(16ポンド)と同程度あります。これほどの重量を遠くへ飛ばすには、腕力だけではなく下半身の力が非常に重要です。地面を強く蹴って生まれる推進力を、下半身から体幹、そして上半身へと効率よく伝え、最終的に無駄なく一直線に砲丸へ伝えることが、記録を出すうえで欠かせません。

一般的な投げ方には主に2種類あり、ひとつはアメリカのパリー・オブライエン氏が考案したとされるグライド投法(後ろ向きに助走を意味するグライドをしながら、半回転しつつ砲丸を押し出す投法。別名:オブライエン投法)、もうひとつは回転投法(体を回転させることで砲丸を押し出す投法)です。特に主流の回転投法はパワーポジション(投てきする際にもっとも力を溜め込む姿勢)に入るまでの間に、2段階で体を加速させることができます。

まず1段階目として下半身を先行させて正面を向き、上半身を後方に残して体幹のひねりを生み出します。次に2段階目としてひねりを戻しながら、前上方へ砲丸を一気に押し出す形が砲丸投の一般的なフォームです。

この一連の動作には、強靭な下半身と体幹の筋力と、高い柔軟性が求められます。砲丸投はパワーが必要な種目であることは間違いありませんが、記録を出すうえでは洗練されたフォームと筋力、体幹の強さや柔軟性など総合的な能力が必要です。

そのため、選手たちはスクワットやジャンプ系トレーニングで下半身を鍛え、メディシンボールを使って体幹の筋力と可動域を磨きます。さらに短距離ダッシュや跳躍運動で瞬発力を高め、全身を連動させる技術を磨いています。このように、鍛え上げた全身の肉体から効率よく力が加わることで渾身の一投が生まれるのです。

砲丸投で記録を出すには「速さ」「角度」「高さ」のどれが重要?

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砲丸投の世界記録は、男子が23m56、女子が22m63と驚異的な飛距離です。仮にこの記録を更新するパフォーマンスを出すには、どのようなポイントを強化すればよいのでしょうか。砲丸投で記録更新するためのメカニズムを力学的に紐解きます。

記録に直結する「速さ」「角度」「高さ」の3要素

物理学の観点では、物体を遠くへ飛ばすには「初速度(速さ)」「投射角(角度)」「投射高(高さ)」の3要素が関係します。実際の競技では、これらのバランスによって飛距離が決まります。

投射角は、砲丸を押し出す際の「角度」です。地面の高さから物体を飛ばした場合、空気抵抗を考慮しなければ、理論上は45度がもっとも遠く飛ぶ角度です。一方、砲丸投は身長や腕の長さにより、投げる位置が地面よりも高くなるため、理想的な投射角はやや浅い37〜41度とされています。これよりも角度が大きすぎると山なりになりすぎ、反対に浅すぎると早く地面に落ちてしまい、飛距離が出ません。砲丸投では腕の角度でなく、体幹を反らせてから戻す動きによって自然な投射角が生まれます。感覚的には、ベンチプレスのように肩から水平に押し出す軌道に近いイメージです。

投射高は、砲丸を投げる際の「高さ」です。高ければ高いほど滞空時間が長くなり飛距離が伸びやすくなるので、身長が高く腕の長い選手が有利となります。しかし、無理に高さを出そうとするとフォームが崩れ、スピードが落ちる恐れがあります。

砲丸投で記録を出すためには「速さ」がもっとも重要

3要素の中で、飛距離にもっとも大きく影響するのが「初速度(速さ)」です。物体が運動している(動いている)際に持つエネルギーは「運動エネルギー」と呼ばれ、これは速度が大きく関係しています。

運動エネルギーは、物理の公式「½mv2(質量×速度2÷2)」で表されるように、速度が増すことでエネルギーが二乗となる点が特徴と言えます。たとえば、速度が2倍になると運動エネルギーは4倍になり、速度が3倍になると運動エネルギーはなんと9倍です。つまり、砲丸が手から離れる瞬間のスピードの差が、大きな飛距離の差につながるのです。

だからこそ選手たちは、筋力強化に加えて助走やフォームの細部にまでこだわります。体をムチのようにしならせることで地面を蹴った力を無駄なく砲丸へ伝えきり、押し出す瞬間に最大限のスピードを生み出します。実際の投てきはわずか1〜2秒。ほんのわずかなズレが結果を左右するため、精緻なフォームでの投げを実現しようとする選手たちの集中力は極めて高いと言えるでしょう。このように、「速さ」「角度」「高さ」の3つの要素は互いに影響し合っており、すべてを理想的に保つことは簡単ではありません。

渾身の一投を決めた瞬間に響く選手の雄叫びには、技術と精神力のすべてを注ぎ込んだ証が込められています。観戦の際は、ぜひ注目してみてください。

山元隼

陸上競技選手(砲丸投)
山元隼

岐阜県出身の砲丸投選手。大垣工業高校時代に2009年全国高校総体(インターハイ)男子砲丸投で優勝し、高校トップ選手として活躍。東海地方の名門・中京大学進学後も競技を続け、全日本インカレや日本選手権で上位入賞を重ねた。社会人ではフクビ化学工業に所属し、2018年福井国体成年男子出場、日本選手権4位など全国トップレベルで活躍している。

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