文 久下真以子
写真 落合直哉
10月から3月にかけてのマラソンシーズンでは、全国各地で多くの大会が開催されます。10kmやハーフなど大会のカテゴリーはさまざまですが、多くのランナーにとって人気があるのが42.195kmのフルマラソンです。長い道のりを走り抜けるフルマラソンに挑戦する際は、レース本番に向けた準備が欠かせません。しかし、「どうやってトレーニングを始めればいいのか」「レース本番で緊張せず走るには?」といった疑問を抱いている初心者ランナーの方も多いのではないでしょうか。
そんな初心者ランナーの疑問を解消すべく、スポーツジャーナリストであり、“細かすぎる解説”でおなじみの増田明美さんに、レース本番に向けたトレーニング法とメンタルケアをインタビュー。増田さん自身も、2024年に10年ぶりのフルマラソンに挑戦しています。フルマラソンを完走するためのトレーニング内容や、レース本番に向けてのモチベーションの保ち方について、実体験に即したアドバイスを伺いました。
本番を想定した練習で「自分を知る」ことが、記録へのカギ。

水戸黄門漫遊マラソンへの参加を振り返って、トレーニング内容やレース本番の魅力を語る
写真 落合直哉
増田さんは、2024年10月に「水戸黄門漫遊マラソン」に出場されました。10年ぶりのフルマラソン挑戦だったそうですね。
還暦を記念してチャレンジしました。今の60代は元気な方が多いですよね。人生100年時代ですから、「私も元気に60代のスタートを切りたい」という思いで走りましたよ。50代で挑戦したフルマラソンは、2014年の静岡マラソンでした。当日は大雨で、富士山の裾野も見えず、修業マラソンになってしまいましたね(笑)。
水戸黄門漫遊マラソンに出場されていかがでしたか。
静岡マラソンに比べて天候に恵まれたので、50歳の時より速く走れるかもしれないと期待していました。でも、ちゃんと歳をとっていましたね。私(笑)。それでも気持ちよくフィニッシュできたのは応援の力があったからです。沿道には、黄門様・助さん・格さんのコスチュームを着た応援や子どもたちのチアグループなどがいて、声援に切れ間がありませんでした。38km地点では、「明美!行け~!」と言う声援もあり、ラストスパートをかけることもできました。終盤は1km5分ペースで快調に走れ、5時間12分51秒で無事に完走できて良かったです。
10年ぶりのフルマラソン挑戦となりましたが、どんなトレーニングをされましたか。
ランニングをテーマにした番組の撮影があり、そこで共演したプロのランニングコーチから練習メニューを作っていただきました。指導を受けられてとてもラッキーでした。
レース本番は10月だったので、5ヶ月ほど前から「週1回、1km6分以内のペースで10km走る」というメニューを取り入れました。それまでは夫と一緒に、1km7分半~8分のペースで亀のようにゆっくり走っていましたが、ペースを上げると身体も心もすごく引き締まりましたね。すると、「もっと走りたい」という気持ちになるんです。ウサギになったようでした。
スピードを意識した練習が大事なのですね。レース本番が近づいてきたら、どんな練習をすれば良いでしょうか。
本番まで残り1ヶ月になってから30km走に取り組みました。コーチに「練習で走った距離しか本番で走れない」と指導いただいたからです。9月に公園のランニングコースで30km走に挑戦しましたが、午前中から暑さが厳しくて途中で熱中症になり22kmで断念してしまいました。でも諦めずに、回復した1週間後の夜に25km走を完走し、本番に向けて自信をつけましたよ。
実際に練習である程度の長い距離を走ってみないと分からないことがあるのですね。
レース本番は、その日の天候やコースのアップダウンなどが体調に影響しますね。ですから、さまざまな状況を想定した練習をするといいと思います。階段や坂道で走ったり、暑い日は日陰を探して走ったりと、練習に変化をつけたほうが飽きずに継続できますよ。何より練習をこなすことで「自信」がつき、メンタル面でもいい状態でスタートラインに立てると思います。これはトップアスリートも同じです。
マラソンはチームスポーツ?仲間の存在がメンタル維持に

仲間の存在や練習後のご褒美がモチベーション維持につながると、初心者ランナーにおすすめしてくれた
写真 落合直哉
日々練習に取り組んでいると、記録が出なくて悩んだり練習がつらくなったりするランナーもいるかと思います。
おすすめは、「仲間を見つけること」です。とくに、スピード練習は、強度が高くつらい場面もあると思います。そんなつらい練習でも仲間と一緒だと乗り越えられて、楽しみながら練習ができます。練習の後に「みんなで美味しいご飯を食べに行こう」なんて、ご褒美があるとより頑張れますね。もちろんビールも!
増田さんの気分転換法はありますか?
私は大会に出場することそのものが気分転換法です。大勢の人と一緒に走るのが楽しくて、気付けばあっという間にフィニッシュしています。
マラソンに挑戦するときは、よく「旅をするように走る」と言っていますよ。だいたいマラソン大会のコースは風光明媚なところや観光名所を巡るようになっていますから、景色を数えながら旅を楽しんでいます。
いざレース本番となると、緊張することもあるのでしょうか。
私も若い頃はすごく緊張していました。マラソンではありませんが、800mのスタート直前、空気の味が変わってしまうような感覚で、逃げ出したくなりました。あの「白ワインが腐ったような味」の空気、懐かしいですね。その緊張を乗り越えるのは、場数を踏むしかないです。
初心者ランナーの場合はどのように緊張に向き合えばよいでしょうか。
大会はいつもの練習よりも楽しいので、スタートすれば緊張はないと思います。集団の波に乗って、運ばれるように走るんです。そういう意味では、市民マラソンって個人種目のように見えて、チームワークが大事な団体スポーツかもしれません。途中で苦しくなったら沿道の応援に力をもらってください。「がんばって」「いい走り」なんて褒めてもらえますから。たとえば、大阪の大会では「足痛い?気のせいや」「歩くんやったら代わったろか」なんてツッコミもあるので楽しめますよ(笑)。
初めてだからこそ、「マラソンという旅」を楽しもう

開催地の景色やご当地の食事を満喫できるのもマラソンの醍醐味だと語る増田さん。
写真 落合直哉
これからレースを迎える初心者ランナーにアドバイスをお願いします。
マラソン大会は、ご当地の美味しいご飯を食べられる楽しみなどもあるので、旅に出る気持ちでチャレンジしてみてください。また、大会では5km、10km、ハーフなど、さまざまな部門があります。初めての方はまずは短い距離から出場して伸ばしていくのもいいですね。まずはエントリーすることを目標に、楽しく練習してください。ランナーの皆さん、ファイト!

スポーツジャーナリスト・大阪芸術大学教授
増田明美
1964年、千葉県いすみ市生まれ。成田高校在学中、長距離種目で次々に日本記録を樹立する。現役引退後、永六輔さんと出会い、現場に足を運ぶ“取材”の大切さを教えられ大きな影響を受ける。現在はコラム執筆の他、新聞紙上での人生相談やテレビ番組のナレーションなどでも活躍中。2017年4~9月にはNHK朝の連続テレビ小説「ひよっこ」の語りも務めた。日本パラ陸上競技連盟会長、全国高等学校体育連盟理事、日本障がい者スポーツ協会評議員。