文 久下真以子
カーリングは、氷上でストーン(石)をハウスと呼ばれる円の中に投げ入れ、得点を競うウィンタースポーツ。繊細な投球技術や緻密な戦略に基づく頭脳戦が繰り広げられることから、「氷上のチェス」とも称されています。ストーンの投球技術は試合の展開を左右する重要な要素ですが、その中で注目したいのは、ストーンが氷上を転がる速度。いったいどのくらいのスピードが出ているのでしょうか。また、その速さを生み出す秘訣とは。カーリングの魅力を「速度」という切り口で解説します。
ショットによって変わる?カーリングのストーンの投球速度とは
カーリングの1回の攻守は「エンド」と呼ばれています。試合は10エンド制で行われ、1エンドで各チームが8投ずつ投げ合います。各エンドで得点が認められるのは、ハウス内でもっとも中心に近い位置にストーンを置いたチームだけです。その上で、相手チームのストーンより内側にあるストーンの数が得点になります。投球では、約20kgの重さがあるストーンを、約37m先のハウスをめがけて滑らせます。ストーンは氷の上をただまっすぐ進むのではなく、回転(=カール)しながら進むのが特徴です。この動きが、競技名「カーリング」になったと言われています。
カーリングは、ストーンのスピードを競うスポーツではありません。そのため、投球速度はショットの目的や戦略によって大きく異なります。たとえば、相手のストーンを弾き出すための「テイクアウトショット」では、速さと力強さが求められます。一方、ハウス内にそっとストーンを置く「ドローショット」では、ゆっくりとした速度に加え精密なコントロールが重要です。
また、投球速度は「氷のコンディション」の影響を受けます。一見すると滑らかに見える氷の表面は、実際には細かな凸凹があり、その状態や温度によって滑り方が異なります。そのため、選手たちは試合前の練習や試合中にストーンの軌道を見て氷の状態を把握し、最適な速度を見極める必要があるのです。カーリングでは「氷を読むこと」が、勝敗においても重要なファクターとなります。
投げる目的や氷の状況によってまちまちですが、ストーンの投球速度は総じて1~5m/s(秒速1~5m)とされています。たとえば、秒速1mは、人がゆっくり歩くスピードとほぼ同じです。この速さで投げられるストーンは、氷上で絶妙なコントロールを発揮し、ピンポイントで狙い通りの位置に止めたい時などに有効となります。一方、秒速5mは時速換算にすると、時速18kmで自転車が軽快に走る程度の速さです。テイクアウトショットのように勢いをつけて相手のストーンを弾き飛ばすシーンで多く採用されます。
ストーンのウエイト(勢い)と曲がり具合を調整するスイープ

カーリングのストーンの速さや方向は、投球だけで決まるものではありません。投球後に重要な役割を果たすのが「スイープ」です。スイープは、「ブルーム」と呼ばれる特殊なブラシで氷をこするプレーを指します。テレビ中継などで見たことがある方も多いでしょう。
秒速1~5mの範囲内の速さで投球されるストーンは、その速さによって氷上を滑る勢いが異なります。滑っているストーンの勢いは、カーリング用語で「ウエイト」と呼ばれています。スウィーパー(スイープを担当する人)は、ブルームで氷をこすりながらストーンのコントロールするのが役割です。スイープによってウエイトと曲がり具合を調整することで、ストーンの止まる場所をより遠い距離まで伸ばすこともできます。
カーリングでは「投げが8割、スイープが2割」と言われるほど、投球技術が試合を左右する大切なポイントです。ただし、スイープによる微調整も結果に大きな影響を与えます。スイーパーたちは、氷の状態やストーンの進む状況を瞬時に判断。ストーンと並走しながら適切な力加減でスイープします。ちなみに、スイープは非常に体力を要する作業で、1試合中にスイーパーが掃く距離は、なんと2kmにも及ぶと言われています。
また、試合中、スキップ(ハウスで作戦を考え指示を出す司令塔)がスイーパーに「ヤップ!」「ウォー!」と叫ぶ様子を耳にしたことがあるかもしれません。「ヤップ」は「掃け」、「ウォー」は「掃くのをやめて」という指示です。ハウスの近くで見ているスキップと、実際に掃くスイーパーの連携プレーに注目すると、カーリング観戦をより一層楽しめるでしょう。

元カーリング選手・解説者
市川美余(いちかわ・みよ)
長野県軽井沢町出身の元カーリング選手。7歳からカーリングを始め、ポジションはサードを務める。中部電力カーリング部では主将として、チームを2011―2014年日本カーリング選手権4連覇に導いた。日本代表としては2011―2012年パシフィックアジアカーリング選手権、2013年世界女子カーリング選手権に出場。引退後は2018年平昌、2022年北京と2大会連続で世界の大舞台でのTV解説を務めた。2児の母として子育てに奮闘しながら、カーリングの普及に努めている。