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文 田中凌平
写真 落合直哉

「壊れて止まってしまった時計がまた動き出した。そんな気持ちになりました。」

2024年5月に行われた第11回木南道孝記念陸上競技大会の男子100mで自己ベストとなる10秒18を記録した際に、デーデー ブルーノは自身のSNSでそう吐露した。東海大学4年時に迎えた2021年の日本陸上競技選手権大会男子100mで2位になり、10秒19を叩き出すなど陸上界に彗星の如く現れたデーデー。翌年にはTeam Seikoにも加入を果たすなど順風満帆な競技人生を予感させたが、以降の3年間はタイムを更新できなかった。

復活を印象づけた木南記念後に行われた6月の日本選手権では、国内のトップスプリンターと肩を並べつつ4位の成績を残した。徐々に調子を上げているデーデーだが、決して現状に満足していない。果たしてデーデーは再び日の丸を背負うことができるのか。2008年の北京で400mリレーで銀メダルを獲得した塚原直貴氏をコーチに迎えたデーデーに、「今」感じていることや今後の展望をコーチとともに語ってもらった。

待望の100m自己ベストは通過点に過ぎない

デーデー ブルーノ 画像

デーデーは自己ベストを更新したものの、世界で戦うにはさらに殻を破る必要があると語る

写真 落合直哉

2024年のデーデー選手は100mで自己ベストの10秒18を叩き出すなど、調子が上向いていると感じます。自身の感覚はいかがでしょうか?

デーデー選手 2021年に記録した10秒19から突き抜けたタイムではなく、まだもがいている部分が多いと感じています。最近もパリで行われた世界の大舞台を見て、速い選手の動きに感化されて自分の走りに多少なりとも影響が出ています。しかし、「まずは自分の動きを完全に出し切ることに集中しよう」と塚原コーチと話して、今は自分のベストを尽くすことに集中しています。

塚原氏 今のデーデーは能力を発揮しにくい状況で動いていると感じました。自分で考えている走りと実際の動きがうまく嚙み合っておらず、狙い通りの力が発揮できていません。なので、まずは「考えと動きが一致した部分を磨き切ってみよう」と話しています。

優先順位を考えて「今そのトレーニングが必要なのか」と現状と向き合いながらデーデーが練習に臨めるようにしています。僕の役割は、デーデーの“交通整理”をすることです。

デーデー選手 今の自分では自己ベストを出しても世界の舞台では戦えないと感じているので、なんとか塚原コーチの力も借りて殻を破りたいですね。

デーデー ブルーノ 画像

自身の力を最大限に発揮する走りの感覚を身に付けて、9秒台を目指す

写真 落合直哉

苦しんでいる中でも自己ベストが出せたことについては、どのように捉えていますか?

デーデー選手 木南記念で10秒18を出せたのは、力が発揮できる走りの形ができてきたからだと感じています。レース前にトレーナーと相談して身体がより動くようにコンディショニングの方法や自分の考えを変えた結果、それらが良い方向に作用してくれました。

正直なところ、ベストが出るとは思っていなかったので驚いている部分もあります。しかし、この感覚に慣れていけば少しずつ余裕が出てきますし、タイムを更新するためのトレーニングを積めば、10秒0台、そして9秒台の世界が開けると思っています。

さらにレベルアップできそうな感触はつかんでいるのですね。

デーデー選手 感覚自体は悪くありません。たまに自分の走っている姿を動画で見ると「気持ち悪いな」って思うことはありますが(笑)。塚原コーチからは「動きよりも自分の感覚を大事に!」と言われているので、今の感覚を大きく崩さないように、いろいろと模索しています。

塚原氏 画像

大切なのは気持ちをコントロールできる感覚を見つけることだと語る塚原コーチ

写真 落合直哉

塚原氏 レース動画は振り返りとして見るものです。最終的に世界の舞台に立つと、自分の感覚しか信じられるものがありません。なので、練習の時から気持ちの浮き沈みをコントロールできる感覚の落としどころを見つけておくことが大切です。

本人は「ベストが出るとは思っていなかった」と言っていますが、出力は少しずつ噛み合ってきています。積み上げてきたものが結果に表れた10秒18なので、たとえ過去の自分と100分の1秒しか変わらなかったとしても大きな違いです。ここを通過点として、もっとタイムを縮めていきたいですね。

日本選手権での4位という結果はどのように感じていますか?

デーデー選手 優勝しか狙っていなかったので悔しいです。レースを振り返ってみると、自分の中でのちゃんとした走りは準決勝で終わっていて、決勝でうまくまとめられないところに弱さを感じました。

塚原氏 日本選手権で感じたのは、アップからのルーティーンが定まっていないことです。もっと走りを良くしようと試行錯誤しているのは素晴らしいことですが、試合前のアップで試すことではないかなと感じました。3年前に東京で開催された大舞台の経験もあるため、再び代表の座を勝ち取るうえでのプレッシャーや不安などもあったと思いますが、コントロールすべきところは自分でコントロールできるようにしていきたいですね。また、デーデーが抱える日本選手権の悔しさは、自分への期待と、目標を達成できなかったことからきています。この悔しさは、世界陸上東京25と4年後のロサンゼルスに向けた”火種”にしてほしいです。

Team Seikoの仲間と切磋琢磨して高みを目指す

デーデー ブルーノ 画像

同じTeam Seikoメンバー、山縣亮太からの学びも多いようだ

写真 落合直哉

今年のはじめには、Team Seikoメンバーに2024年を漢字一文字で表していただきました。デーデー選手は「進」と掲げられましたが、進歩を感じた点はありますか?

デーデー選手 大学を卒業して3年ほど経ちますが、自分の中で走りのクオリティが下がってしまった部分もあると感じていました。2024年は自分がすべきことを見直して、新しい道に進もうと「進」を掲げています。

今は学生時代と違って1人で走ることが多く、計画を立てて気持ちを高めることが必要です。僕は気持ちがタイムに直結するタイプなので、生活面から大きく見直しを図っています。

特にTeam Seikoメンバーの山縣亮太選手との合宿はとても勉強になりました。食事による身体の変化や、体重からデータを出して自分のいい状態を知る方法なども聞けました。食事面でも気を使うようになりましたが、我慢ばかりは良くないのでチートデイに甘いものを食べるのを楽しみにしています。

先ほど山縣選手との合宿の話もありましたが、Team Seikoに加入してからの約2年半でどのような変化を感じていますか?

デーデー選手 学生の頃は周囲の友達と気分転換をしていましたが、競技が仕事になってからはプレッシャーを感じ始め、結果を残さないと喜べなかったと感じています。しかし、Team Seikoに加入してからは、同じアスリートとして分かり合えつつも気を引き締めてくれる仲間ができました。
今は成田実生選手やレスリングの尾﨑野乃香選手ら、若くして活躍している選手も増えてきたので、いい刺激になっています。

Team Seikoのメンバーとはプライベートで関わることはありますか?

デーデー選手 競技によってシーズンが異なるので、なかなか会うタイミングを作れないのが難しいところです。ただ、同じ陸上の山縣亮太選手とは2023年の12月にふたご座流星群を見に行きました。その日は曇っていて全然見えませんでしたが(笑)。山縣選手は釣りが好きだと聞いたので、僕が船酔いしなければいつか一緒に行ってみたいと思っています!

憧れは、ウサイン・ボルトのような人に影響を与える選手

デーデー ブルーノ、塚原氏 画像

世界陸上東京25の目標とともに憧れの姿を明かすデーデー ブルーノ

写真 落合直哉

2025年に東京で行われる世界陸上に向けた意気込みをお聞かせください。

デーデー選手 自分の持っている力をもう一段階・二段階上げないと勝負にならない世界なので、出場する大会全てで優勝を目指してアベレージタイムを上げていきたいです。ベストも9秒台を狙います。

最終的には記録だけでなく、周りの人を感化させる選手になりたいと考えています。尊敬するアスリートの中の一人にウサイン・ボルトさんがいます。記録だけでなく、インタビュー中に国歌が流れたら配慮してインタビューを止める人間性も尊敬しています。周りにリスペクトができ、様々な人に活力やプラスの影響を与えられるアスリートでありたいと思っています。

塚原コーチから今後のデーデー選手へ期待のエールをお願いします。

塚原氏 今のデーデー ブルーノは1年前とは違いますし、1ヶ月前のデーデー ブルーノとも違います。心境の変化によって身体も変わってくるので、いかに“強い想い”を持てるかが鍵を握ります。

優しい雰囲気の人なので誤解されるところもありますが、本人は自分の成長に対してイライラしながら日々走りと向き合っています。情報が溢れている現代だからこそ、僕もしっかりデーデーの交通整理をして、長期的な目線でサポートしていきます。

最後に、デーデー選手からHBM読者のみなさんへメッセージをお願いします。

デーデー選手 僕たちは、いかに足が速いかを競う世界で戦っています。その姿を見て応援してくださる方がいると、もっと期待に応えたいという気持ちになります。ファンの方がいるからこそ頑張れるので、これからも応援のほどよろしくお願いいたします!

デーデー ブルーノ

陸上短距離選手
デーデー ブルーノ

高校2年生から陸上競技を始める。2021年、大学4年生時の日本学生陸上競技個人選手権で優勝。さらに、同年の日本陸上競技選手権大会では100m、200mともに自己ベストを記録して準優勝した陸上界期待の若きホープ。400mリレーの日本代表にも選出された。自己ベストは10秒18。

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