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元祖マーメイド・小谷実可子の飽くなき挑戦!マスターズでAS混合デュエットに臨むワケ 元祖マーメイド・小谷実可子の飽くなき挑戦!マスターズでAS混合デュエットに臨むワケ

元祖マーメイド・小谷実可子の飽くなき挑戦!マスターズでAS混合デュエットに臨むワケ

文 久下真以子
写真 落合直哉

2023年8月、世界マスターズ水泳選手権2023九州大会で快挙を成し遂げたマーメイドがいる。30年ぶりの競技復帰となった舞台で、アーティスティックスイミング(AS)のソロ・デュエット・チームの3種目で金メダルを獲得。今から36年前の1988年のソウルで銅メダルを手にした際に勝るとも劣らない眩い輝きを放ったのが、小谷実可子(57歳)だ。

30年ぶりに競技復帰を果たしてトレーニングに励む姿がテレビをはじめとした多くのメディアに取り上げられるなど、大きな反響を見せた。そして、3つの種目で頂点に立った翌年の2024年には、世界マスターズ水泳選手権2024ドーハ大会の混合デュエットに安部篤史と出場する。そして、小谷のこの新たな決意に魅せられたセイコーは、ドーハ大会出場をサポートする。スポーツ界の要職やコメンテーターをはじめ、さまざまな立場からスポーツ界を支えてきた小谷が、選手として再び挑戦する理由は何なのか。その胸中を聞いた。

「競技を止めてはいけない」という直感から混合デュエット挑戦へ

インタビューを受ける小谷選手

選手として復帰を果たしたことで、自身や周囲に良い影響を与えられていることを実感していると語る小谷

写真 落合直哉

2023年の九州大会の目標は、「メダルの色と数でソウルを上回る。」だった。それがその目標を大きく上回る快挙を小谷は実現した。

「3つの金メダルを獲得でき、想像以上に最高の形で九州大会を終えました。その過程で、“周りの応援が力になること”を改めて実感しましたね。私が再び選手として真剣にトレーニングをしている姿を見て、周りの人がつられて元気になったり、『刺激を受けて自分もジムに行き始めたよ。』という声をもらえたりと、すごく良い化学反応が起きました。

九州大会では80代の方がASに出場されていましたが、その姿が本当に美しくて。私もそんな風になりたいと思わされましたね。」

世界マスターズ水泳選手権は通常2年ごとの開催。しかし、コロナ禍の影響でイレギュラーの日程となり、次大会は2024年2月にドーハで開催される。九州大会からわずか半年後という非常に短いスパンでの大舞台となる。

「タイトなスケジュールですが、せっかくここまで体を作ってきたし、このまま終わってしまうのはもったいない。むしろ、競技をやめちゃいけない気がしました。現役を退いてからの30年間は、後輩たちやスポーツ界のために”お手伝いをしている”感覚でした。でも選手復帰を果たして改めて当事者としてスポーツをする喜びを感じたし、選手と両方することで自分の中でむしろバランスの良さを感じたんですよね。」

インタビューを受ける小谷選手

混合デュエットへの出場を決めた理由を語る小谷。ペアを組む安部篤史の存在と競技の認知度拡大が決め手となった

写真 落合直哉

ドーハ大会は、混合デュエット1種目のみでの出場予定だ。男子選手との新たな挑戦を決めた理由はどこにあるのだろうか。

「男子のASを盛り上げたいという強い想いがあります。パリの世界の大舞台では、ASのチーム種目で男子選手の出場が認められるようになりました。スポーツ界の男女平等が叫ばれており、各競技で女子選手の参加が増えていく中で、世界大会におけるASは女子しか出場できない稀有な種目でした。まだまだ男子の競技人口は少ないですし、男子の競技があることを知っている人すら少ないのが現状です。“ASは男女の競技”であることをより多くの方に知ってもらいたいと思っています。

もう1つの理由は、安部篤史選手という日本AS界の男子のパイオニアがいたからです。彼とは競技を始めたころからの知り合いで、たまたま誕生日も8月30日で一緒なんですよ。それで毎年『お誕生日おめでとう!』というメッセージを送り合う仲でした。

2024年は篤史君が42歳になる年で、私が58歳になるから、『足したらちょうど100歳じゃん!』ということに気づいたんですね。数字そのもののキリが良いことに加え、マスターズは2人の平均年齢でカテゴリーが決まるので、私と篤史君なら50代の部への出場資格が得られます。だから、私から篤史君を誘いました。私と篤史君が出て話題性を作れればと思ったんです。」

ゾーンに入ることで時間の概念をも超越するASの演技

インタビューを受ける小谷選手

男子選手との混合デュエットは未知だった部分が多い反面、新たな発見を常に楽しんでいる様子だ

写真 落合直哉

小谷にとって初めてとなる混合デュエットへの挑戦。練習中は新たな驚きと発見の連続だったという。

「そもそもチームやデュエットでは、選手同士の距離が近いと難易度が上がり、高得点が狙えます。一方で、距離が近くになればなるほど水の取り合いになり、水を蹴り損なうこともあるんですよ。男子とのデュエットをしてみて気づいた未知の部分や新たな発見がたくさんありました。やはり男子選手はパワーがあるので、リフトでちょっと持ち上げてもらってもパンっと高く上がりダイナミックな泳ぎになるし、一緒に泳いでいると水流がすごくて巻き込まれそうになるのにはビックリしましたね。まるで別の競技かと錯覚するほどです。

ドーハでは私たちは曲として”オペラ座の怪人”を選びました。そうしたペアとしてのやり方や意思疎通において、篤史君もだんだん意見を言ってくれるようになって信頼関係が築けてきました。男女ならではの表現力をどう見せるか、日々楽しみながら練習しています。」

小谷の練習を見ていると、印象的なのはその表情。楽しそうな笑顔が多く見られるのだ。

「もちろん練習はキツイし、この年齢になって一番ネックだったのは足がすぐにつることでした。でも、『昨日より足がキレイに伸びてるな!』とか、『昨日は30分でつっちゃったのに今日は1時間持ったな!』とか、自分の進化に気づけるのが楽しいんですよ。

現役時代は、日本代表選手として練習環境や費用、食事や水着などすべて整えられていてありがたかった分、責任やプレッシャーも大きかったですね。でも今は全て自分の責任で自分のためにやっているので、プレッシャーはありません。足がつらないように、飲み薬・貼り薬・塗り薬も自分で調達します。ドラッグストアのポイント10倍デーとか、15%クーポンをめちゃくちゃ活用してますよ(笑)。」

インタビューを受ける小谷選手

ゾーンに入ると水と音楽と選手と観客がすべて1つになる。そうした感覚を小谷も経験したという

写真 落合直哉

50代後半を迎えても、まだまだ新しい発見を提供してくれるAS。彼女にとってASの魅力とは何なのだろうか。

「すべてが上手くいくと、水と音楽と自分と観客が1つになれるんですよ。よくアスリートは、『声援が力になります!』というじゃないですか。あれは本当にそうで、応援してくれる方の気持ちが演技中にワーっと自分の中に入ってくる瞬間があります。それを体験できると幸せな気持ちになれますね。

演技中は、観客席の声が聞こえるのはもちろん、顔も見えています。遠いですけど、誰がどこに座っていたとか、結構覚えていますね。あとは足に視線を感じるんですよね。水面下で複雑な動きをしているときでも、『世界が私の足を見ている!』という感じです。不思議な感覚なんですけど(笑)。」

周りの景色や音も感じ取り、演技に取り込んでいる小谷。その数分間は、まるでスローモーションなのだという。

「調子が悪いというかジタバタしている時は、淡々と時間が刻まれているんですよね。3分半の演技だったら、きっちり3分半、チクタクチクタクといった具合。でも上手くいっている時は時間の概念がない感覚です。時間を超越した世界で生きている感じがするんですよ。それがいわゆる“ゾーン”なのでしょうね。水と体の境界線がなくなって、水に溶けているような感覚です。

ここで手足を動かして、ここで高く飛び出て……と頭で考えるのとは違う研ぎ澄まされた感覚なのが特徴で、ゾーンに入った時は結果的に国際大会でも優勝しました。この話を他のアスリートにしたら、すごく共感してもらえたことがあります。陸上短距離界のスーパースターだったマイケル・ジョンソンは、自分の足で走っているのではなく、台車の上に乗っかって坂からスーッと滑り降りている感覚で、ゴールしても永遠に走り続けられそうだったと聞いたことがあります。」

小谷実可子の描く未来「体はいつまでも進化する」

3つの金メダル

九州大会では3つの金メダルを獲得した小谷。混合デュエットで4つ目の金メダル獲得を目指す

写真 落合直哉

仕事に家庭、それに加えて競技。多忙な毎日の中、三足の草鞋を履くことでも注目されている。

「実際は三足どころではなく、十五足くらいですけどね(笑)。それでもすべてを両立している意識はないですね。仕事のスキマに家事をやっているので、何をもって両立なのか、家庭のことをちゃんとやれてるのか、自分ではよく分かりません。

でもとりあえず料理も洗濯もするし、掃除もするし子どものお弁当も準備するし、家族も手伝ってくれている。だから『家族みんな元気に暮らしているな~。』ということだけは言えますね。睡眠時間は取ってますよ。ほら、大谷翔平選手も睡眠は大事と言っていたじゃないですか……その考えはそのままいただきましたよ(笑)。

もともと時間管理が得意ではあると思います。でもやらなきゃいけないことが多すぎて、集中すると止まらなくなってしまうんですよ。だから、タイマーをかけながら生活をしています。家事の後に仕事をしたかったら、タイマーが鳴るまでに掃除洗濯を終わらせる!タイマーが鳴ったら、まだやりたい家事があってもそこで”主婦・小谷実可子”は終了。仕事の後に練習があるので、またタイマーをかける……といった具合です。終わり時間を決めていると、だらだらせずに済みますしね。」

インタビューを受ける小谷選手

57歳とは思えない美貌を維持する小谷。心も体も若返っているようであり、夢としては娘とのデュエットを掲げた

写真 落合直哉

一度現役引退してからは、ASの教室の講師やショーの出演をこなすなど、全く水から離れているわけではなかった。しかし、本格的に選手復帰して、「やればやるほど体が動くようになってきている。」という。

「22歳のソウルの時より難しい演技をこなせています。最初は楽しめたらいいやくらいの気持ちでマスターズの挑戦を決めましたが、恩師の先生に『楽しんでいるだけの小谷実可子は誰も見たくないから勝ちに行け!真剣にやれ!』と言われたんですよね。それでやっぱり勝ちたい気持ちが出てきました。

結果的に3種目で金メダルを取れたし、先生にも『57歳でよくぞここまでやった!』と褒めていただきました。20代の時のようなピチピチした体ではないかもしれないけど、技術も筋力も50歳を過ぎてここまで進化できるんだなって改めて実感しています。

新陳代謝が良くなったからなのか、メイクさんも『実可子さん肌が蘇ってますよ!』と言ってくれます。確かに顔の張りが戻ったんですよね。体だけではなく、心が充実しているから起こっている変化だと思っています。」

次の目標はもちろん、ドーハ大会での自身4つ目の金メダル。そしてその先に描く未来とは。

「ドーハなので、金メダルをラクダの首にかけて散歩したいなあ(笑)。九州大会で組んだ藤丸真世さんとは当時年齢を足して100歳、今回は安部篤史さんと足して100歳。2大会でソロとデュエット、チーム、混合デュエット、全てにおいて挑戦したことになります。今後思い描いているのは……娘の存在。実は高校生の次女が、一時期ASの競技をやっていたことがありまして。

3年後に私は60歳、娘は20歳になります。ということは、足して80歳なので40代の部で出られるなと!親子で泳げるのは楽しそうですよね!あとは先ほど話した方のように、80代になっても泳いでいたいです。体が続く限り、挑戦し続けたいと思っています。」

小谷実可子

アーティスティックスイミング選手
小谷実可子

幼少期からアーティスティックスイミング(旧・シンクロナイズドスイミング)の才能を認められ、高校時代には米国に単身留学を経験。日本代表としてソウル五輪で初の女性旗手を務め、ソロ・デュエットで銅メダルを獲得。引退後は、五輪・教育関連の要職に抜擢されるとともに、世界大会のリポーターなどメディアにも出演。自身がコーチを務めるクラブでアーティスティックスイミングの魅力を伝える活動を続けている。東京2020では招致アンバサダー、組織委員会スポーツディレクターなどの要職を歴任。

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